はてなキーワード: 人生とは
体外受精始めたけど、いつが止め時なんだろう
時間もお金も体力も、無限にあるわけじゃないからいつかやめなきゃいけないんだろうけど、いつに設定したらいいんだ
なので、早めに別れることも考えないといけないのだろうか
うむ!結婚とは人生において重要な選択の一つであり、その価値は測り知れないな!だが、その選択において何が本当に大切なのか、考えを巡らせることが必要だ。
条件を重視することも理解できるが、それだけに囚われるな!表面的なものに執着すると、心の通った関係は築けないかもしれない。互いの価値観や時間を大切にし、生涯の伴侶となる相手を見つけることが重要なのだ。
特に「スポーツ」や「趣味」を通じて築かれる関係は、自然であり、素晴らしいものだ。共通の興味があれば、それだけで強い絆が生まれる。そして、その絆こそが、未来を共に歩む力となるのだ!
言葉や条件に惑わされず、本当に信頼できる相手と共に、人生の旅を紡いでいくことが結婚の醍醐味である。大切なことを見失わず、自分の心に従い、幸せな関係を築いていけることを願っているぞ!
おまえが一番悪い。おまえの罪は判断の遅さだ。1秒でも早く別れるべきだったのに。
正直古文いらんやろと思ってたし、古文バッシング勢だったが、古文を勉強したおかげで、いま助かってることがある。めちゃくちゃ重要なスキルなので、本当に勉強してよかったーと思ってる。
それが、話の内容が分かりにくい人の言っていることを理解すること。
話が分かりにくい人の話し方は、古文を解読するスキルがものすごく役に立つ。主語の省略、話の途中で断りもなく主語が変わっている、前提となる条件を相手も知ってるだろうと勝手に省いている、複数の話が相互に入り組んで混ざり合っている。などなど。
世の中、話を聞かねばならない人がみんな分かりやすく言ってくれるとも限らない。上司や同僚、取引先、恋人、子どもの保育園の先生、年を取った親、分かりにくい話し方の人間はお前の人生に必ず表れる。
キャバ嬢やってんだけど、この前さ、マジでヤバい客が来たんだわ。自称フェミニストって言ってて、男社会がどうとか、女の権利がどうとか、ずっとうざい話ばっかしてくんの。マジでキモいっしょ。で、あーしが「男の子産んだら、男社会の競争とか大変さとか分かって、そういう考え方変わるんじゃないっすか?」って言ったら、なんか急に黙っちゃってさ。マジで草。てか、そもそも男の子を産むって、女にしかできない特別なことじゃん?それだけで女ってすごくね?なのに、なんで男と同じように戦おうとすんのか、マジで意味わかんねー。男なんて所詮、女が産んだ子供なんだから、女の方が偉いに決まってんじゃん。あーしは、女として生まれたことをマジで誇りに思ってるし、これからも男を手玉に取って、自分の好きなように生きていくって決めてんだわ。男はあーしのために金を稼いで、あーしはそれをパーッと使う。それが一番賢い生き方っしょ。てかさ、フェミニストとか言ってる女って、結局モテないブスが僻んでるだけじゃね?男に相手にされないから、男を敵視して、自分を正当化してるだけっしょ。マジでダサい。あーしみたいに、自分の魅力で男を虜にして、人生楽しんだもん勝ちじゃん。男に媚びるなって言うけどさ、媚びるんじゃなくて、男をうまく使うの。それができるのが、本当の勝ち組の女ってこと、分かってねーんだよな、あのブスたち。あーしたちは、これからも男をうまく転がして、この夜の世界で、誰よりも輝いてやるんだわ。
裕福な環境の生まれは学歴コンプで、普通にFランじゃない大学行きたがって
有名大卒一流企業勤務が恋愛コンプで、高校時代普通に恋愛したがって
私は食べるものにも事欠いてたから、進学も恋愛もお金がかかるから他人事で、すぐ働いたから
今は毎日三食食べられて嬉しい
人によって当てはまる当てはまらないはあるんだけど、「こういう傾向の人がリアルと比較してインターネットにはやたらと多い」と感じるんだよね。
端的に言えば、「滅茶苦茶性格悪いなコイツら」って感じることが結構ある。
性格が悪いわけじゃない人達がリアル空間でワイワイ楽しく飲み会をしている頃、インターネットの住民は「飲み会はクソ。何が楽しいんだ。酒は薬物。土人のドラッグパーティー。マジで頭が悪い」とかひたすら書き込んでるようなイメージ。
生まれつきなのか人生の巡りなのか、「善意」と表現されるようなものを育てることに失敗していて、そのせいで「人間嫌い」や「コミュ障」に陥って、結果として「ネットにしか居場所がない状態」になってるんとちゃうかなと。
まあ言ってしまえば「善意の発達に失敗している」ってことだわな。
インターネットとかでよく「コイツ、発達障害みたいなこと言ってるな」みたいに表現されるのって、実際の所は知能がちゃんと発達してないってよりも「善意がちゃんと発達してない」って感じな気がするんだよね。
まあそういう風に他人を安易に精神障害者認定する人もまた善意がちゃんと発達してないから、「未熟な子どもみたいな無邪気さで遊び半分に強い言葉を使った人を過剰に攻撃してしまう」んじゃないかと思うわけ。
つまりさ、インターネットは「善意の発達に失敗した者同士が、善性が欠如しているがゆえにお互いを攻撃し合っている空間」になりがちっていうのかな。
結局のところ増田自体が総合的に不安定であるということは変わりはなくて
増田が母親にどんな回答を貰われたところで増田が納得して全てを引っ込める覚悟がなけりゃ意味がないんだよな。
旦那にも悪いよな、まさか旦那ちゃんの愛が増田にとってはどうでも良かったなんてな〜。
でも、そういうことだし、多分増田の母親がやってるのもそういうことなんだろう。
増田には増田の大きな欠点がある。だけどそれは別に増田の人生を丸ごと否定して余りあるような欠点ではない。重箱の隅を突きすぎて重箱がひっくり返って重箱トントン相撲になっちゃってるってだけだ。
『お母さんのそういう行動、本当に嫌い』って言うことをだ。
その精神を持つことをだ。
他人相手ですらやらないようにしてる“人の何かしらを嫌いになる”ということを自分の最大の身内“親”にぶつけることをだ。
そして、それは別に愛が無くなった訳じゃない。
まぁ、言い換えみたいで狡いし、やってること増田のお母さんと一緒なんだけどね。
それでも人間関係は“好き”と“愛してる”だけで成り立つものじゃないし、愛はそんな狭量なものではない。
愛してるからこそ、ちゃんと嫌な部分があるってぶつけなければいけない。
そこを避けるような人は、たとえ親でも、めちゃくちゃ悲しいかもだろうけど、自分の人生の輪から外さなければいけない。
だから、増田がそのコミュニティからの旅立ちをする覚悟、故郷を思い出しながら『でも愛してくれなかったなら仕方ないよ』とボヤく覚悟ができたなら『お母さんのこういうところがマジで嫌だ』をぶつけてみるといい。
案外、『そうだよ、増田ちゃんが苦しむってわかってて言ってた』っていうとても楽しい回答がもらえるかもわからん。
そしてだからこそ、それでも愛せるか、愛するかってことを考えなきゃいけないんだよ、増田は。
その覚悟がまだ先でいいなら、まだぶつけなくていいよ。
だっていまだに不安定だろうし、それが何十年と続くかもわからんし。
もしかしたら途上で親が死んで墓に向かって『私、あなたのことが嫌いでした』って言ってスンッてなるかもしれないし。
もしかしたら一緒に酒飲んでる時にポロッと本音が出てお互いにバカ笑いして落着して絆が深まるか、全部の恨みが通り過ぎてお互いに不干渉になるかの出来事もあるかもしれないし。
そこはもう、上手くやろう。
なんせそんなんでも旦那のいる身な訳で途上で発狂して終わっても良かったのに、それでも大人になっちゃったんだから、ね。
上手くやりましょう。
マジで赦せないならそれが増田母の愛だとしても断ち切って振り切って、自分の家庭の維持に粉骨砕身してください。
アンタが人の妻だからとかそういうことじゃあなくて、自分の人生を確立させる為に大切にしたい人をちゃんと大切にしてあげましょうって話ね。
増田のお母さんは十何年も前からそこから外れかかってるお手手のささくれってだけです。
親認定するから人間関係から外すのに戸惑いが生まれるのなら、『なんか肌管理下手だったからささくれ出来ちゃったワ〜』って思っときゃいいんです。
ちょっと血を見て良いならピッって引っ張って外そ〜の奴です。まぁこれは、健康な皮膚まで取れちゃうみたいだから、清潔にした状態で爪切りとか使ってチョキンと切って軟膏とか塗りゃお手手のササクレも取れるらしいですよ。
なんか作法の面倒臭さが円滑かつ円満な人間関係の切り方みたいでイヤですね。
まぁ、そんな感じです。
切っても大丈夫な状態を作って、切った後もちゃんと社会人らしく陰ながらフォローして、もう実家から伸びてこなさそうなら毒親ケアしゅーりょーって感じ。
そうすれば「あんなに出来た子でもその欠点故に愛せなかった親」になります。
変な切り方をすれば「確かに悪いところはあるけど、俺もあの人のことは人として好きだからなぁ」になっちゃいます。
普段からあんまり本は読まないけど、今年はぼちぼち読んだ年だった。聞いたことあるけど内容は知らない本を古本屋で2,3冊買って読むの繰り返し。
昨日読み終わったのは安部公房の「砂の女」。主人公が昆虫採集で出かけた先の集落で一面砂の壁に囲まれた一軒家に監禁される話。言ってしまえばそれだけで、で?って感じだった。
この前読んだカフカの「変身」もそうだった。朝起きたら幼虫になってた。で?なんかジャンプ+の読み切りとかでありそうじゃね。起きたらドラゴンの角生えてたとかさ・・・
この2冊は主人公がとんでもない状況になるという渾身のフルスイングが自分にとって空振った結果、それ以降の展開にあんまりのめりこめなくて困った。
登場人物が想像もつかない境遇になるっていうのは近年のサブスクまみれの時代において目に入ってくるファストフード的な映画、漫画に普遍的にみられる要素でやや食傷気味というか新鮮な驚きに乏しかった。
でも文庫本の最後の解説とか読むと「二十世紀の人間が誇るべき小説である。」とか書いてある。もしかしたら、昔はエンタメが少なすぎた結果、朝起きたら幼虫になってたとか言うだけでバカ驚いて本にくぎ付けになったのだろうか。
それともこの手の本には何か全く別の、魅力的な要素があって、その辺のアンテナがぶっ壊れている自分に響いてないだけなのだろうか。
より後年の(つまり現代に近い)小説になると、奇抜な展開の一発屋みたいな小説が減って、より練りこんだ設定というか細部が詰まってるものが多いと思った。例えば「プロジェクト・ヘイル・メアリー」はフィクションのエネルギー物質をでっちあげてここまでいろんな試行錯誤をする、一冊の本の中に別の世界が丸々入っているようなまさにSFという感じの作りこみに驚いた。村上龍の「コインロッカーベイビーズ」は二人の人間の10年くらいの人生を様々な場所を転々としながら追体験しているようで、2回目を読もうとは思わなかったけど、濃密さに夢中になった。(カンブリア宮殿で見かける村上龍がこんなに倒錯した人物だということには驚いた。)
話が逸れたけど、要するに一番上に挙げたような作品の食べ方が分からないという話。かもしれない。ヘミングウェイの「老人と海」もでっかいカジキを一冊掛けて釣り上げる話で で?って感じだった。本の面白さを感じる受容体がぶっ壊れてるのか、まだ活性化されていないだけなのか分からないけど、俺は本の面白さが中々わからない。でも今挙げた老人と海なんかアメリカで雑誌に掲載された瞬間、2日後には売り切れるほどの人気ぶりだったという。読んで何を感じたんだろうか。
ずっとこんな感じなのでブラッドベリの「華氏451度」は主人公が自分と少し重なって何回も読んでいる。買ったのは結構前なのに、あんまり変わらない。
自分の人生を認めてほしいのはわかるけどいくらうまく伝えたところで「お前が毒親かどうかジャッジしてやろうと思ったけどまあ多少いい時もあるわな」という内容なわけだろう。そりゃ母親としては嫌だしキレるだろ。増田と違って悩んでるわけでもカウンセリングにもかかってないのに認めるわけない。
母親が増田に精神的虐待をしていたのはもちろん悪いことだけど、だからといってわざわざ相手の気持ちを無視して批判しにいって傷つけて怒らせてまた傷つけられました〜とやるのは相手を刺しにいったそのナイフで自分の手も切れて血まみれ、みたいな感じに見える。他害を伴う自傷行為というか。
増田がするべきなのは夫とか会社の人とか自分のことを認めてくれている人やカウンセラーと関わり続けて自分の心を、小さな頃から耐え続けてきた自分のことを自分自身でちょっとずつ認めてやることであって、絶対認めてくれない母親に芽生えかけた自尊心をまたぽっきり折られることではないはず。
ゴールは明確なんだよ。そんな母親もう縁切ろうと思えるか、距離は置くけど1年に1回くらいは家に帰って自分の話はせずに母親の話を適当に聞き流してやるかと思えるか、とにかくそんな心のゆとりを持った状態だと思う。今みたいに自分のことを話したくなるうちはできれば会わないほうがいいんじゃないか。
良い質問だな!人生について深く考えるのは重要なことだ。だが!一つ言わせてくれ。芸術や音楽で生きていこうとしている人々を「バカ」と決めつけるのは早計だ。
確かに、多くの人が芸術や音楽に携わる道を選ぶのは難しいし、成功するのは一握りかもしれない。だが、それぞれの情熱や夢に対する想いは大切にするべきだ。俺自身、鬼殺隊の使命がなければ、きっと炎柱にはなれなかっただろう。だが、それでも人の役に立ちたい、誰かを守りたいという強い信念が俺を支えているんだ。
同様に、芸術や音楽に人生を捧げようとする人々も、その道に強い想いを抱いている。困難な道を選ぶこと自体が、彼らにとっての覚悟の証なのかもしれない。もちろん現実を見据えることは大切だが、人が持つ情熱や夢を馬鹿にするのはもったいない。むしろそれを応援し、支える姿勢も必要なのではないかと思う。
とはいえ、現実と夢のバランスを取るのは難しいから、自分の選んだ道をしっかり定めておくことも大事だ。それを考えること自体が、君にとっての大きな一歩になるだろう!
就活生です。スーツ着たくないから就活したくない!とか、自分の個性を大切にしたいから画一的な正社員にはならない!とか言ってる人たちって馬鹿なんでしょうか?
俺は芸術で食っていく!とか、俺は音楽で食っていく!とか言ってる人がいますよね。彼らって、まさか自分が芸術や音楽に心惹かれるのは自分の感性が特別だからで、自分には才能があるとでも思っているのでしょうか?
自分の意見としては、芸術や音楽に心惹かれるのは誰しもそうだけど、みんなそれだけは生きていけないという現実を受け入れてるから、スーツ着たくないし、就活もしたくないけど、我慢して正社員として生きていってるんだよ。と思います。
まさかこのことに気付いてないわけないですよね。成人してまで、まさかまだ自分が特別だなんて思ってるんでしょうか。芸術で食っていくと言ってる人たちを見ると、子供がサッカー選手になりたい、パティシエになりたいと言ってるのと何が違うんだろうと思います。人生の見通しが甘すぎませんか?人生舐めすぎじゃね?
アンフェが主張する「男は常に自分だけが我慢や苦労してると勘違いした愚かなわがままな女のヒステリーに黙って耐えている」って大嘘だよな
実際は結婚して女さえ所有できれば人生逆転薔薇色になると思ってるのは男
本音では種付けさえすれば死ぬまで家事や育児やパートやPTAや近所付き合いや親戚付き合いや義両親の世話を嫁に丸投げできるイージーモードだと認識してる
だから男だけが希望条件を下限なく下げ続けながら結婚に執着し、しまいには木嶋佳苗やりりちゃんみたいな売春婦兼詐欺師に大金を貢がされる
若くて従順な女が見つかるまで諦めない爺さんを肯定する一方で、婚活女が結婚相談所やアプリで初対面の女を断ったり程度で「自分に釣り合う女で妥協しない高望みクズ女」とネットリンチ
自分たちを結婚や恋愛の対象にしないと言うだけで、「身長170cmの男性希望」と明記しただけの一般人の婚活女や当時無名のたぬかなの人権発言を大挙して燃やして糾弾まとめ記事や動画を多数量産
両親もとてもそれを心配しているので、あまり裕福だということは人には話していません
「この塗り方は当時先進的で~」みたいなのが意味分からんという話なのよ
アンティークみたいに古いのが良いというのならまだ分かるけど、時代という縛りの中の魅せプに数億の価値はないんじゃねえかって話
初代マリオブラザーズやファイナルファンタジーなんかは確かにすごい革新的な発明や技術を駆使して作られたもので確かにすげえとは思うけど
願わくば美術芸術じゃなく、俺はモナリザが好きだ!とかこの世に1点しかない貴重なものなんだ!とかにちゃんと数億払っているんだと言ってくれれば納得する