車でカンセキというDIYショップに向かっていた。車線の真ん中を1台の自転車が走っていた。荷台に巨大なトイレットペーパーのパックをくくりつけた自転車が道をふさぐように、というより道をふさぐ格好でよろよろと走っていた。その自転車は初老の男性が漕いでいた。狭く見通しの悪い車線のまんなかを歩くようなスピードでふらふら進むため、この自転車をどうしても追い抜くことができなかった。後続車が5台、6台と溜まりはじめ、やがてバックミラーで最後尾を確認できなくなった。ナビの画面はこの道が渋滞していることを示していた。
趣味が合って、毎日メッセージを送り合ってしょっちゅう合ってお泊まり会も何回もした。
それぞれ別の高校に進学して、お互いそこまで馴染めなかったこともあって、より一層親密になった。
高校時代は住んでいる場所もかなり離れてしまったけれど、時間が空いてさえいればずーっとLINEをして何度も何度もやり取りをして、時間を見つけてはskypeを何時間も繋いで、お喋りしたりだらだら過ごしたりした。お揃いのスマホケースとかもつけていた。
たぶんお互いがお互いを恋愛対象ではなかったんだけど、大人になったら同性婚できる国に行って結婚しようか、みたいなことを話したりした。
どっちも東京の大学に進学することになって、距離が離れていてもそれだけ親密だったんだから、距離が近くて気軽に会えるようになったら、今後もずっと関係が続くと思っていた。
友達は偏差値40くらいの大学で、私は偏差値70くらいの大学に進学した。もともと具体的な受験勉強の話はほぼしなかったし、特にこれまでと変わることもないかなと思ってた。
でも、どんどん話が合わなくなってきた。
もともと私は地元の小学校や中学校で浮いてて、友達も多くなく、いつも馴染めない気持ちが強かった。しかし、大学に進学したら自分と同じような考え方や価値観を持っている人とたくさん出会えてものすごく感動した。
同じような価値観の人たちの中で過ごす時間が増えるにつれて、どんどん友達との話が合わなくなっていくのを感じた。
とりあえず大学生になることくらいしか考えてなかった高校時代と違って、具体的な将来について考え始める時期になったことも大きいかもしれない。
将来観、人生において重要視する価値観、社会問題に対する価値観や政治観など、根本的な考え方がかなり違っていて、話をしていてもいまいち噛み合わない。
将来の進路や夢について熱く語る自己効力感の強い同級生たちとは全然違って、何か大きな夢を抱いていたりチャレンジしたいというような話はなく、会社に望む労働条件に関しても必要最低限さえあればよくて低姿勢だった。
言葉の通じなさも気になるようになった。熟語や雑学、新聞などでよく出てくる用語など、大学の同級生たちだったら当然知っていて通じるような言葉を使った話も、通じない/伝わらないなと気づくことが増えた。
徐々に、将来の話や人生観の話といった、私にとって根本的で重要な話を友達とすることが減っていって、そういう話は大学でできた友達と主にするようになっていった。
大学3〜4年は就活に時間を使ってものすごく大変な思いをしたけど、就活の話も、私がどういう企業を受けているのか、どういう選考を受けているのか、進捗はどうかなどを具体的に話すと、自慢のようになってしまうと思って、ほとんど話すことはなかった。
その分同級生たちとは、企業にジャッジされることにピリつきながらも情報交換や悩みの話などをよくした。
この頃には、1〜2週間に数回やりとりする程度で、会う頻度も2ヶ月に1度〜2度くらいになっていた。
さらに顕著になったのは、大学を卒業して働き始めてからだった。経済状況の違いがさらに加わって、食べるものや身だしなみ、身の回りのものなども合わなくなってきた。
特に私は食べ物はそこそこお金をかけて美味しいものを食べたいし、お酒も料理と一緒に美味しいものを飲むのが好きなのだが、友達とご飯を食べに行く場合は、大幅に予算を下げて、いつも物足りない内容になる。
趣味に対してどの程度お金を投資できるかという点でも、どんどん差ができてしまった。
もともと私達の家庭環境には差があって、そもそもの金銭感覚もややズレがあった。
私の家は両親はいずれも大卒で家にもお金はそこそこあったが、友達の家は親が専門卒で、お金もそこまで裕福ではないようで、家族で行ってたファミレスや旅行の話など、やや差を感じることがあった。
親からの小遣いや申し訳程度のアルバイト代をやりくりしていた頃はまだ良かったが、会社員としてフルタイムで働いて稼いだお金を、自分のためにじゃんじゃん使える状況になったら、本当に差ができてきてしまった。
お互いの価値観や取り巻く環境の差が大きくなってしまい、話が合わなくなったこともあるけれども、友達に対して自由に話ができない/できる話がグッと減ってしまったというところも大きい。
私にもっとコミュニケーション能力があったなら、こんな状況でも問題なく話ができたのかもしれないが、私は中学のスクールカーストでずっと下位だったコミュ障で、自分に関することや自分にとって重要なことを話そうとすると、友達に対する自慢やマウントになってしまわないか?という思いから、素直に話せない。
逆に、同じような大学を出て同じくらい稼げる会社に就職した人や、自分よりももっといい会社で働いている人に対しては、そのような気遣いをする必要がなくてとても楽だ。私にとって「当たり前」にある物事の話を、私は気兼ねなく「当たり前」のものとして話すことができる。行きたい価格帯の店に行ける。
環境が変わってしまうことによって、付き合う相手も変わっていくことは自然なことで、みんなそういうものなんだろうと思う。
友達とも定期的に会えてはいるし、趣味の話に関しては以前のようにできる。
けれども、私にとっても友達にとっても、もう一番親密な相手はお互いではない。同じ東京に住んでいるのに、長距離でも毎日絶え間なくやり取りをしていたあの頃の関係よりも、ずっと遠くなってしまった。
投票すら行かない低脳を批判したら「選択肢が無いー」とかほざく虫に生まれる筈が間違って人間になってる様な馬鹿の存在が多いのがめんどくせぇ
投票すら行かねぇぐらい政治に無関心な癖に知ったかぶって選択肢云々ほざくなよ
お前絶対に自分の選挙区から出てくる候補者の名前や実績すら知らんだろが
マジで馬鹿なら馬鹿らしくせめて脳死で投票しときゃ良いのに日本人の馬鹿は行動しないタイプの無気力冷笑クソバカとかいう世界で稀に見る無能のアホが多いからどうしようもねぇからさっさとこのまま人口激減して滅んどけ
なおマネージメントの話題書いた時はまともなトラバひとつも付きやしませんけども
年が年中給与ガーITチャレンジガーみたいな投稿を無限にしている子がいるからそういうものに
▼お仕事関連
未経験で400万ってしょっちゅう見かけるから今度ちゃんと書くな
https://anond.hatelabo.jp/20220625194240#
L イメージ https://anond.hatelabo.jp/20220627131721#
https://anond.hatelabo.jp/20220919175614#
→ 正社員として安定が欲しいだと目的とはそれると思うけど、お散歩しててもOKな職場はまだ絶滅していない
(2時かって聞いたんだけどな...)
「野党は維新の一人勝ちになってしまう」と思う人がいるが、維新は与党だ。支持層も、保守と革新が6:4ぐらいで、自民の支持層が多い。維新が伸びると票を減らすのは、立憲より自民だ。/はてなは国民支持が多すぎ
最高に意味不明なブックマークコメントがついたのだが、「与党とは、政権を構成し行政を担当する政党のこと。(wikipedia)」なので、維新は与党じゃないのだが、この文章の正当性がどこにあるのかわかる人説明おねがいします。