日本でブームの「辞書引き学習」が海外進出
仕掛け人の中部大・深谷圭助准教授に聞く
2006年に出版された深谷氏の著書「7歳から『辞書』を引いて頭をきたえる」(すばる舎)が話題になって以降、学習辞典の販売が急増。出版各社では今春の新学習指導要領の実施にあわせ、新版や改訂版を相次ぎ発行した。5年間で辞書はどう変わったのか。
「子供目線での改訂がなされるようになってきました。国語辞典なのだけれども国語以外の教科でも使うということで、一般的な語釈だけでなく、その教科ではどんな意味づけをしているかということまで意識しているものもあります。辞書といえば『言葉』『意味』『例文』なのですが、子供にもう少し調べてみたいと思わせたり、他の言葉につながっていくような解説をしたりするようになってきました。辞書は権威的であり、言葉の定義を高いところから与えるイメージがありましたが、ずいぶんとユーザーを意識した作り方になってきたと思います」
懐深い万能の教材
出版社や書店などが主催する「辞書引き学習」の体験会や講演会で日本全国を駆け巡る。知っている語を辞書で引かせ付箋を貼っていく学習法は、調べた成果を見えるようにし子供たちに自信と達成感を与える。
「学習の第一歩は、自分の知っている言葉を辞書で探すことです。見つけたら言葉と意味を読み、次に番号と調べた言葉を付箋に書いてページに貼って、これを繰り返します。どの地域の子供でも、知っている言葉がたくさんあるとうれしいし、新しい言葉の意味が分かるとうれしくなります。ただ、それぞれ関心のある言葉は違いますので、そういう意味で辞書は教材として懐の深さがあり、子供たちを広くサポートできるといえます。万能の教材といってもいいでしょう。付箋が増えることで、自分でこれだけ調べたんだという自信が生まれ、学習が楽しくなってきます」
全国で「辞書引き学習」を実践している小学校は700~800校あるといわれるものの、まだまだ少ないと感じている。深谷氏は小学1年生から辞書を引くことを推奨しているが、学習指導要領で辞書の引き方を教えるのは小学3年生からとなっており、これが普及の「壁」となっているようだ。
「辞書を引くことで学ぶ力を育てるには、国語の授業で決められたような教え方では無理です。言葉の教育をする上で辞書を使うことは有効なのだけれども、無味乾燥に辞書の使い方を教えるだけで終わっている。教科書をそのままやるとか教科書が厚くなったからといって、子供の学力がつくわけではありません。知らない言葉の意味を調べるために辞書を引くのではなく、身近な場所に常に辞書を置き、とにかく暇があったら引くとか、知っている単語から引かせるとか、楽しみながら辞書で調べる習慣をつけていくことが大切です。遊ぶ感覚を勉強につなげると学習効果が上がり、自分から学ぼうという気持ちが生まれます。学習指導要領が教育現場でもっと柔軟に運用できるようになればいいのですが」
国際学会で大反響
昨年12月にブルネイで開催された世界授業研究国際学会で「辞書引き学習」を紹介し、大きな反響があった。国際的な共同研究を実現するため、今年は英国やシンガポールにも渡った。
「昨年から今年にかけて、共同研究に協力してくれる学校を探しているところです。英国とシンガポールで『辞書引き学習』のプレゼンテーションやワークショップ(講習会)を開いたところ、すぐにでも実践したいと申し出てくる学校が何校かありました。驚いたことに英国では小学校の低学年から類語辞典を用いて語彙の拡張を図っています。英国のナショナルカリキュラムに辞書を使うとは明記されていませんが、正確なスペリングや言葉の力をつけるには教材として辞書がいいと先生方が思って使っているわけです。英国は日本よりも辞書に対する理解があり、『辞書引き学習』を受け入れる土壌があると思います。日本の教育技術が海外で通用するのかどうか、これから研究テーマとして取り組んでいきます」
「日本の英語教育は現在、会話に重点が置かれていますが、辞書を使うというある意味古典的な言語教育が英国ではうまくいっておりますので、日本でも重点的にやるべきではないでしょうか。非英語圏で英語教育を成功させるには語彙力をつけることが必要で、それには辞書の活用が有効だと思います。将来、英語教育における『辞書引き学習』が、英国やシンガポールから逆輸入されることになるかもしれません」
国語辞典いつも身近に
改訂された学習国語辞典を見ると、全出版社が総ルビに移行し、平仮名が分かれば幼児でも引けるようになった。表紙の素材や紙質の改良などによって軽量化も進み、より使いやすいよう工夫されている。電子辞書の普及により辞書は検索するものへと変わりつつある昨今だが、辞書のページをめくる途中での思いがけない言葉との出合いや紙の感触も捨て難い。1人の小学校教師が始めた学習法が大きく広がり、辞書の編集や作り方にまで影響を与えたことは単なるブームに終わらない。日本発の「辞書引き学習」が海外でどう展開していくのか今後気になるところだ。国語辞典がこれからも多くの人に身近な存在であってほしい。
(小林肇)