2021年10月7日
2021年ノーベル化学賞:不斉有機触媒の発展に貢献した独と米の2氏に
2021年のノーベル化学賞は,不斉有機触媒の発展に貢献したドイツのマックスプランク石炭研究所のリスト(Benjamin List)教授,米プリンストン大学のマックミラン(David W.C. MacMillan)教授の2氏に授与される。
化学工業や医薬品の製造など,触媒は人間社会に不可欠な道具となっている。特に,鏡像異性体(鏡に映した時に対称的な立体構造を持つ異性体)の一方だけを作る不斉合成反応は,医薬品の製造で重要になる。生物の体を構成するアミノ酸は片方の鏡像異性体(L体)だけでできており,同じ組成の物質であっても1対の鏡像異性体は体に及ぼす作用が互いに大きく異なるためだ。
1990年代の終わりまで,不斉合成の触媒は2タイプしかなかった。1つは生体内で働く酵素を用いる方法で,もう1つは金属錯体を用いた触媒だ。酵素は複雑な形状の分子で制御が難しく,金属錯体は制御しやすいもののコストが高く環境に負荷がかかる課題があった。しかし当時は多くの研究者が「不斉合成の触媒には酵素か金属錯体が不可欠だ」と考えていた。1980年代から1990年代にかけては,金属錯体触媒の研究の黄金期だった。
2000年になると,リスト氏とマックミラン氏がそれぞれ第3のタイプである低分子の有機分子触媒を実現し,不斉合成触媒の研究の流れが変化した。
リスト氏らはもともと,生体内の免疫の働きで作られる抗体分子を応用した「抗体触媒」で炭素原子間をつなぐアルドール反応の触媒を作る研究をしていた。抗体は非常に大きなサイズのタンパク質だが,実際に相手に結合する部位はほんの一部分だ。そこで抗体の結合部位にあるプロリンというアミノ酸だけで触媒反応が起こるか試したところ,見事にアルドール反応が起こった。リスト氏らは様々な基質に対してプロリンが触媒活性を持つことを示した。後の解析によって,プロリンは触媒でありながら,基質と一時的に結合して一体になることで反応を促進すると考えられている。
生体内の酵素は巨大なタンパク質だが,その1パーツに過ぎないアミノ酸のプロリンでも触媒反応が起こることをリスト氏らは示した(image: ノーベル財団のプレスリリースを一部改変) |
マックミラン氏も,炭素原子を環状につなぐディールス・アルダー反応の不斉有機触媒を合成することに成功した。この触媒は同氏の名前をとって「MacMillan触媒」と呼ばれている。リスト氏のプロリン触媒はその後抗HIV薬の製造に使われ,MacMillan触媒はインフルエンザ治療薬のタミフルの合成に用いられている。
2氏が同じ年に示した有機分子触媒は反応の仕組みが異なっていた。これは,様々な反応を触媒する多様な低分子有機化合物の存在を示唆するものだ。2000年以降,有機分子触媒は第3の不斉合成触媒として,世界中で精力的に研究が行われるようになってきた。有機分子触媒は一般的に,金属錯体触媒より低コストで環境負荷の低い代替品として位置づけられることが多い。しかしその研究は次第に「有機分子触媒にしかできない触媒反応を目指す方向へ向かっている」と北海道大学で有機分子触媒を研究する辻信弥特任助教は話す。第3の不斉合成触媒の登場で,触媒の可能性はさらに広がっている。
(出村政彬)
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