ニック・アードリー、マット・マーフィー BBCヴェリファイ(検証チーム)
イスラエル政府は18日、イスラム組織ハマスとの停戦および人質解放の合意を閣議で正式に承認した。19日から停戦が発効する見通しとなった。
これに先立ち、ベンヤミン・ネタニヤフ首相の官邸は17日、ハマスとの「人質の解放をめぐる合意」が成立したと発表。同日に開かれた安全保障担当の閣僚会議も、「戦争目的の達成を支持する」として合意を承認し、全体閣議での承認を推奨していた。
停戦合意については、イスラエルとハマスが段階的な停戦と人質解放に合意したと、交渉を仲介するカタールとアメリカが15日に発表した。
ハマスが2023年10月7日に実施したイスラエル奇襲攻撃によって、約1200人が殺害され、251人以上が人質にとられた。
これを受けてイスラエルは、ガザ地区で軍事作戦を終わらせるまでは停戦に応じないと主張してきた。イスラエルの攻撃によってガザ地区は大々的に破壊され、甚大な人道的被害が続いた。ガザ地区でハマスが運営する保健省によると、イスラエルの軍事作戦によって4万6000人以上のパレスチナ人が殺害された。地区内のインフラの大部分が、イスラエルの空爆によって破壊された。
イスラエル軍は、自分たちのガザ攻撃はハマス戦闘員を標的にしたもので、民間人の被害は回避もしくは最小限に抑えるよう努力してきたと主張する。
イスラエルの攻撃に対してハマスは、ロケット砲をイスラエルに撃ち込み反撃していた。
BBCヴェリファイは、ガザ地区を破壊した紛争が、どれほどの被害をもたらしたのか、分析してきた。
死傷者数
ガザの保健当局は、これまでに病院の記録や遺族の報告から確認された死者数を4万6788人だとしている。
2024年10月7日の時点で身元が特定された被害者について保健省は、59%は女性と子供と高齢者だとしている。他方、国連が同年11月に発表した統計では、犠牲者に占める女性と子供の割合は70%に上るとしている。
保険省はさらに、パレスチナ人の負傷者は11万453人に上ると発表。世界保健機関(WHO)は今年1月3日に、負傷者のうち25%が、人生を一変させてしまう重傷を負っていると明らかにした。
国際医療NGO「国境なき医師団(MSF)」のキャリン・ハスター調整担当はBBCヴェリファイに対して、ガザの医療システムは、「長期にわたり負傷者全員に適切に対応する」ために「非常に大きな」課題に直面していると話した。
英医学誌ランセットにこのほど掲載された論文によると、死者数は保健省の発表よりもはるかに多い可能性もある。
保健省発表の死亡者数は民間人と戦闘員を区別していないが、イスラエル国防軍(IDF)は2024年9月までにハマス戦闘員1万7000人を殺害したと主張している。その人数をどのように計算したのか、IDFは明らかにしていない。
インフラと病院
今回の紛争は、ガザ全域のインフラに広範かつ重大な被害をもたらした。検証された画像からは、ジャバリア地域の紛争前と最近の様子の違いが見て取れる。
ニューヨーク市立大学大学院センターのコーリー・シェア氏とオレゴン州立大学のジャモン・ヴァン・デン・ホーク准教授は、衛星画像をもとに、ガザの被害状況を調査している。1月11日までの最新分析によると、戦争開始以来、ガザ地区の建物の59.8%が損傷または破壊されたと推定される。
戦争開始以来のインフラ被害を示す地図を見ると、イスラエルの爆撃の多くは都市部に集中している様子がわかる。一部のインフラは複数回攻撃を受けた。
国連衛星センター(UNOSAT)の推計はさらに多く、昨年12月初めの時点で全構造物の69%が破壊または損傷を受けたと報告している。また、国連はガザ地区の道路網の68%が破壊または損傷したと結論している。
主要な医療施設の中や周辺でも、被害が報告されている。国連によると、ガザでは病院の50%が閉鎖され、残りの病院も部分的にしか機能していない。これはつまり、病院がたとえ稼働していても、慢性疾患や複雑なけがの治療ができない状態を意味する。
イスラエルは以前から、ハマスが病院の中や周辺で活動していると非難してきた。これに対してWHOなどの国際機関は、医療従事者や医療施設を保護しようとする姿勢が不十分だと批判している。国連推計では、約1060人の医療従事者が殺害された。
国際慈善団体「セーブ・ザ・チルドレン」はBBCヴェリファイに対し、ガザにある6カ所の公立地域精神保健センターと、入院患者を唯一受け入れていた精神病院も機能していないと話した。国連推計によると、約100万人の子供が精神的な支援を必要としているだけに、精神医療の提供は深刻な課題になっている。
MSFのハスター氏はBBCヴェリファイに対し、多くの専門医療サービスが現在、資格を持つ医師がいない、あるいは専用の医療機器がない状態だと話した。
教育施設にも大きな被害が出ている。IDFは昨年7月中旬以降、ハマス戦闘員を標的に学校校舎などを49回攻撃したという。
昨年12月初めから13カ所の教育施設が攻撃された様子を、BBCは映像で確認した。こうした場所はすでに学校としての機能を停止し、避難所となっていることが多いものの、ガザ地区で教育を通常に再開するには多大な困難が伴う。
BBCはまた、イスラエルの軍事行動開始以降、数百の水道・衛生施設が損傷または破壊されたことを記録している。
住宅から公共施設に至るさまざまなインフラの再建は、今後数年間の重要課題となる。国連は5月に、ガザ再建には400億ドルが必要だと推定している。
ガザ全域で集団避難
国連人道問題調整事務所(OCHA)の推計によると、ガザの人口の約90%にあたる190万人が域内避難民となっている。一部の人は、ひとつの地域から別の地域への移動を何度も繰り返している。
BBCヴェリファイは紛争開始以来、ガザでどのような避難命令が出されてきたかを追跡してきた。ガザ住民230万人のほぼ全員が、イスラエルが継続的な攻撃と広い住宅地への避難命令を繰り返してきたため、自宅を離れざるを得なかった。
紛争開始からIDFの避難通知が出された地域を示す地図を見ると、ガザ地区の大部分がその対象になっている。最近の分析によると、イスラエルがガザ北部で大規模な攻撃を展開した昨年10月から11月下旬にかけて、ガザ北部の約90%が避難指示の対象になった。
IDFがパレスチナ人に対して、安全確保のため移動先として指示したいわゆる「人道的区域」内も、数十回にわたり攻撃対象となった。
人道的区域内にあるアル・マワシがいかに変化したか、住民の大量避難がいかにガザに影響したかが見て取れる。戦争前の2023年5月12日と今年1月7日の同じ地域を人工衛星画像で見比べると、かつて空き地だった農地には現在、数千のテントや仮設構造物が立ち並んでいる。
何カ月もの援助物資不足
国連の予測によると、住民の91%が深刻な食料不安に直面してきた。国連が支援する「総合的食料安全保障レベル分類(IPC)」は、軍事作戦を受けて、ガザ北部では飢饉の基準に達した可能性があると結論している。
農地への被害が、難問のひとつになっている。複数の国連機関は昨年9月、67.6%の農地が砲撃、車両の通行、その他の「紛争関連の圧力」によって損傷を受けたと報告している。
国連集計によると、ガザに搬入される援助物資の量がここ数カ月で大幅に減少している。紛争前は、平日には1日平均500台のトラックがガザに物資を運びこんでいた。
その数は2023年10月に減少し始め、回復していない。
加えて、たとえ援助物資がガザに届いても、必ず目的地に到達するわけではない。治安の崩壊に伴い、ギャング集団が援助物資を輸送途中で略奪する事案が、複数報告されている。
国連は、約190万人が緊急避難所と生活必需品を必要としていると算出している。
停戦によって前よりはガザ援助が容易になるかもしれないが、ガザ地区をいかに再建するかが、その次の課題となる。1年3カ月に及んだ壊滅的な戦争を経て、ガザの再建には10年以上かかる可能性がある。
(追加取材: ポール・ブラウン、ベネディクト・ガーマン)