知床ほっけ、石狩特産豚に酔うススキノの夜
出張グルメの達人・札幌編
「うまい酒、うまい肴(さかな)まであと少し!」。階段の途中でこんな表示を目にしたら、店の玄関まですぐ。「ろばた大助(おおすけ)本店」は札幌ススキノ地区のビル2階に入居する。カウンター、座敷をあわせて75席だ。
なじみの漁師らから仕入れ
「道産食材にこだわったメニューが売り」と大川内智博店長は話す。「鍋、雑炊のダシは日高昆布、標津のサケ節からとっている。岩のりみそ汁は北海道の味噌、岩のりを使っています」。居酒屋の店長ながら実は下戸という大川内さんが丁寧に説明する。
多くの客が頼む刺し身が日高産真つぶ(1380円)だ。コリッとした独特の食感が楽しめる。自家製さつまあげ(580円)や大きなつくね串(460円)もこの店の定番。いずれもボリュームがあり、仲間で分け合って食べるとちょうどいい。焼き物では知床ほっけ開き(980円)がジューシーでお薦めだ。肉の食べ応えを求めるならハーブ豚十勝焼(880円)。ロース肉を北海道味噌、酒かすとあわせ、日高昆布で包んで焼き上げる。野菜サラダ付きで腹を満たす。
仕入れは運営会社、大助(札幌市)の大島昌充社長が担当している。生産者と直接交流があるのが強みだ。店内には羅臼や標津などの漁師の名を刻んだ木札が飾ってある。いずれも大島社長となじみの漁師らだ。大川内店長は「顔がわかる人たちから仕入れているため、安心して提供できる」と強調する。
この店のもうひとつの楽しみは、プロ野球選手が来ること。店内にはサイン入りのユニホーム、ボールを所狭しと飾ってある。なかでも目をひくのが、巨人の阿部慎之助捕手のユニホームと防具だ。よく見ると先ほどの漁師の名を刻んだ木札に、さりげなく「巨人軍 内田順三」(現広島2軍監督)の名前がまじっていた。
大助の本店は今秋で開店して満15年を迎える。「従業員用のマニュアルもなく、めいめいが来店客をもてなしたいとの思いで動いている」。北海道が気に入って腰を落ちつけたという九州出身の大川内店長が穏やかな口調で語る。店内は本州や道内地方からの出張客などが半分、札幌周辺に住む人が半分。午前3時半まで営業しているため、夜遅くに札幌に着いた出張客にも便利だ。客単価は4000円強という。
大助には本店のほか、同じススキノ地区に「別邸」「四条店」がある。別邸は高級感が漂いビジネス利用に向く。四条店は薄野(すすきの)交番すぐそばの路面店で、アクセスの良さが特徴だ。
道内出身の大島社長はすすきの観光協会の副会長を務めている。「若者たちも楽しめる健全な街、ススキノをつくっていきたい」と夢を語っていた。
「農家、漁師、蔵元……生産者の思いをこの店でお客さんに伝えたい。だから店名がかけはしなんです」。ススキノの第31桂和ビルのエレベーターを4階で降りると、すぐそこが「活食・隠れ酒蔵かけはし」だ。代表の下川部康雄さんがそう話すように、この店は素材が持つ味を発見できる料理・酒でいっぱいだった。
日本酒と野菜のマリアージュ
「スタッフに何でもたずねてほしい。それがうちの店を楽しむ一番の方法です」と言い切る下川部さんに従って「野菜が食べたい。酒は味のしっかりしたものが好き」と相談すると、すぐに生の野菜を入れた大きな籠が出てきてびっくりした。
ごろんと転がる中から空豆、なんばん、そしてネギを頼む。炭焼きの七輪でじっくり焼き始めると、店員さんから声がかかる。「そろそろひっくり返しても大丈夫ですよ」。野菜をそのまま焼いて食べるのはシンプルだけど、家ではなかなかやらないなあと思いながら、焼け具合を監視する作業が楽しい。
ネギの一本焼きは厨房で焼いて外皮がきれいに真っ黒に焦げた姿で現れた。皮をはがすと中はトロトロだ。手元で焼き上がった空豆は湯気を立ててホクホク。手をかけなくても主役をはる料理になっている。
日本酒は50種類ほどの中からお薦めとして出てきたのが墨廼江(宮城)、天明(福島)、とんぼラベル(神奈川)の3種。しっかりした味と風味を飲み比べる。
「日本酒は苦手という人に、味は好きでも翌日残るからと思い込んでいる人が多い。たっぷり水分をとればちゃんとアルコールは分解されます。酒を飲みながら、水もぜひ飲んでください。ハイ、魔法の水です」。そうか、こんなアドバイスが日本酒ファンを増やすんだろうと感心しながら、杯を空けると水をぐびり。なかなかいい。
魚介類をと頼むと「申し訳ありません。活イカがお薦めなんですが、今日はしけで入荷しませんでした。カキはどうですか」。
殻付きの昆布森産のカキを焼いてもらい、サバとガリをあえたサバガリをつまむ。さっぱりしたショウガの酢漬けが酒に合う。
本干し道産ししゃもは、普段見る太ったシシャモとは違って、やせ細っている。「これは天日干しにして手間をかけたもの。軽くあぶってうっすら脂がしみ出たら食べて下さい」。七輪の上にさっと載せてから口に入れてかみしめると、焦げ香の後からじわっと味が出てくる。
この日は1人で訪れたため頼まなかったが、美酒鍋という肉・野菜を、酒の水分だけで煮る鍋が名物。ぜいたくにも銘酒・八海山で蒸し煮状態になった野菜は絶品だという。しまった。今度は友人を連れてきて絶対食べるぞ。
ススキノの街南5条西4丁目の小道を入っていくと紫色ののれんがかかった居酒屋「ふらの」がある。道産食材をできる限り使った手料理と日本酒が売りだ。木の薄皮のメニューが北海道の大自然を醸し出す。「こぢんまりした雰囲気で心地良い空間作り」を心がけているとマスター。
常連もうなる「大人のプリン」
まず出てきたのは自家製豆腐(400円)。豆乳ににがりを入れて、蒸すだけと実に素朴。豆乳の甘みが口いっぱいに広がる。そのままでもおいしいが、味に飽きてきたら、一緒に出てくるゆず塩を振りかけると、違った味を楽しめる。常連客の間では別名"大人のプリン"と呼ばれる。
自家製さつま揚げ(400円)も絶品だ。白身魚のすり身に小エビをたっぷり盛り込んだ1品。口に入れた途端に海の香りが口いっぱいに広がり、歯応えのあるプリプリ感が病み付きになる。
「一手間かけることを心がけているんですよ」。旬の魚をしょうゆ漬けやかす漬けにして素材のうまみと家庭的な味わいを引き出す。この日出てきた旬の焼き魚(800円程度)は、しょうゆ漬けのサクラマスだった。身が厚く、脂がのっている。
メーンはおでん。タマゴ、大根、こんにゃく、ちくわなど7~8種類を盛って800円。彩りを考え、赤いナルトを上に添える。煮込むことでだしが具材に染み込み、深い味わいを楽しめる。
食事と合う日本酒は有機純米酒、花埋みなど10種類程度の日本酒を用意する。中富良野のコメで作った法螺吹(ほらふき)が気に入った。
富良野出身のマスター、佐藤淳さんは米国の寿司店での料理経験もある。
店内は照明器具を紫色で装飾し、富良野のラベンダーをほうふつとさせる。カウンター6人、最大8人が座れる小上がりもある。マスターが選ぶおまかせ料理は5品2000円から。
「店内、狭いですから気をつけて下さい」。マスターの声が響く。「小さな心配りがうれしいね」と来店客の心を和ませる雰囲気作りで、料理と酒が一段とおいしくなる。
北海道と言えば海産物、中でも函館と言えばイカ。その函館のイカを新鮮なまま札幌で楽しめる店が「開陽亭」だ。榎本武揚が率い、函館近郊で強風のため沈没したオランダ製の戦艦「開陽丸」にちなんだ店名だ。
「35年ほど前に私の親が函館で初めて水槽のイカの生き作りを出したんです」。運営するサンオープン社長の柳沢貴司さんは話す。「函館ではあまりにイカが身近すぎて誰もわざわざやらなかったのかもしれませんが」と笑う。
イカは函館直送、年中食べごろ
名物はなんと言ってもイカの生き作り。毎日、函館からイカを直送。6月からはマイカ、12月からはヤリイカと種類を変えながら年中楽しめる。すすきの本店に近い2号店では入り口に置いた水槽からイカを釣れる。
さばいたばかりのイカの刺し身は当然ながら身が透き通っている。甘さと歯応えがたまらない。げそは調理方法を選べる。天ぷらして温かい身を味わうと、刺し身とは異なる甘みが口の中にあふれてくる。
仕入れ次第で値段は変わるが、目安は1杯1900円前後。冬は手に入りにくい分、やや高めで2079円だった。新鮮さが勝負だけに、不漁で取れないときはスッパリあきらめるしかない。
開陽亭が札幌に登場したのは1995年、柳沢さんが30歳のころだ。鮮度の良さと手ごろな価格が人気を呼び、いまでは札幌で3店を展開する。
イカの次はカニと、人気のカニクリームコロッケに手を伸ばす。はしで割ろうとするが、なんだか手応えが変だ。すっと割れてクリームがこぼれ出てくる……わけではない。代わりにゴロリとカニのむき身が現れた。
柳沢さんは話す。「ウチはカニのむき身も出します。開店前に一生懸命、職人がむいています。お客さんはカニ味噌に入れて混ぜるだけ。もちろんカラから取りたい方はそれでもいいですが値段は変わりません」。その身がコロッケからこぼれ出たのだ。
海鮮が売り物だが、肉も野菜もできるだけ北海道産を取りそろえる。出張で札幌を訪れた人を連れてくる会社員が多いそうだが、1人で訪れても1人専用の刺し身の盛り合わせ(1407円)がある。ひとつの店で北海道を満喫できる。
店の雰囲気は、店主の嗜好が前面に出る「ザ・居酒屋」ではなく、チェーン店の画一的な空気でもない。家族連れでも楽しめる明るさと、出張族が楽しめる地元ならではの味が混じり合う。テーブルや座敷、個室など幅広い受け皿があるから、小人数でも団体でも色々な楽しみ方ができる。2号店はススキノの中心から少し外れた分だけ同じ料理でも1割ほど安い価格設定となっている。
ちなみに札幌の3号店は洋風でちょっと雰囲気が異なる。ワインの持ち込みも可能。朝も5時まで開いている。夜型人間の隠れ家的な存在だ。
少し懐かしい雰囲気に浸りながら、仕事の疲れを癒やす。そんなサラリーマンに足を運んでもらいたいのが、ススキノ繁華街にある「鈴木徳太郎商店」だ。控えめの照明で照らされた店内の壁には焼酎や日本酒のラベルなどが張られ、昭和のレトロな雰囲気を醸し出している。
塩味が絶妙に利いた串モノを片手に特製の高圧炭酸のハイボールを流し込むと、体中から疲れが抜けるよう。飲み放題もあり、おなかいっぱい食べて飲んでも、総予算は3000円前後とリーズナブルだ。
高級豚、安さにビックリ
同店は2006年7月に鈴木規夫社長が開いた。少し変わった店名だが、鈴木社長の祖父の名前を取ったという。確かに、同店のレトロな雰囲気にマッチしている。
沢田浩太郎店長によると、店のコンセプトは「明るく楽しく元気良く」。店員の声は活気にあふれ、店内にいるだけで元気をもらえる。客層は30~40代が中心だが、土日は20代が増える。1人で訪れる常連客も多い。
お薦めメニューはモーライ豚のやきとん(200円)。石狩市で飼育される望来豚は脂肪に甘みがあり、深いうまみと軟らかな肉質を持つ。高級豚肉のはずだが驚きの安さだ。
特製タレとの相性が抜群で、しっとりとした甘みのある脂が口いっぱい広がる。望来豚を使ったつくね(230円)は柔らかくてジューシー、皮から手作りしたギョーザ(10個700円)はモチモチした皮の触感にたっぷり詰まった肉汁がたまらない。
同店から300メートルほど北にマグロ料理を中心に提供する姉妹店「目太間」がまもなく開店するという。「鈴木徳太郎商店と一緒によろしくお願いします」と、店長を務める予定の柴牟田賀代さんがPR。望来豚にマグロ、両方楽しむには、両店をはしごするのもオツかもしれない。
(田中映光、村山浩一、西山太郎、島田貴司、小野沢健一)