もうだませない STAP細胞を追いつめたソーシャル調査
ブロガー 藤代 裕之
世紀の発見がソーシャルメディアによって追いつめられている。理化学研究所が発表したSTAP細胞は、その存在自体すら疑われる状態となった。問題を明らかにしたのは、ブログや掲示板、まとめサイトなどだ。論文の画像流用や研究者の博士論文のコピペを次々と指摘し、科学に対する信頼すら揺るがしている。
海外匿名サイトが検証
「かっぽう着」「リケジョ」、STAP細胞は科学的な発見以外の部分も含めて大きな注目を集めることになった。当初、ネット上の批判は女性をフォーカスして報道するマスメディアに向いていた。
しかしながら、英科学雑誌ネイチャーのサイトに論文が掲載された直後から、科学者が匿名で議論できるサイトPubPeer(パブピアー)で、疑問を指摘する声が投稿される。これは、カリフォルニア大学デービス校のPaul Knoepfler氏のブログリンクを投稿したもので、「他の研究室でも再現可能か」「人間の細胞でも大丈夫か」など6点が指摘されている。(参考 https://pubpeer.com/publications/24476887)
パブピアーは大学や研究機関のメールアドレスを持つ研究者が参加でき、コメントは匿名になっている。クローンES細胞を作ることに成功したとする論文の間違いを指摘したこともある。
この書き込みに対して、論文の画像の不自然な点や別の論文の再利用があったのではないかなどのコメントが投稿されていく。Paul Knoepfler氏はSTAP細胞の追試情報を集めており、日本の研究者もデータを提供している。(参考 http://www.ipscell.com/stap-new-data/)
ただ、いくつかの疑問や相次ぐ追試の失敗が報告されていても、2月中は新発見を確かめようというムードが強かった。科学の発見は何十年にもわたり確認されるためSTAP細胞についても検証されるのは通常のことだ。理研は3月5日にSTAP細胞の詳細な作製手順を公表した。だが、その後流れが変わる。作製手順が論文と異なっていた上、研究者の博士論文の剽窃(ひょうせつ)が明らかになったためだ。
ネットが次々と問題を暴露
理研の対応を受けて投稿サイトスラッシュドットにSTAP細胞の実在を疑う詳しい書き込みがあった。さらに「論文捏造(ねつぞう)&研究不正」という名前のアカウントとブログが9日、ネイチャー論文の図が博士論文からの流用であること、さらに11日、研究者の博士論文はアメリカのNIH(米国立衛生研究所)のサイトと同じであること、さらに他の研究者からの論文のコピペを明らかにしていく。(参考 https://twitter.com/JuuichiJigen)
「論文捏造&研究不正」アカウントと一連のブログは生命科学系論文の捏造や不正に関する追及で実績がある。2013年には降圧剤バルサルタンの臨床試験疑惑を指摘している。
ネット上の動きと同じくして、日本分子生物学会は「単純なミスである可能性をはるかに超え、多くの科学者の疑念を招いている」との声明を発表した。著者の1人である若山照彦・山梨大教授は論文を撤回するように呼びかけた。
国内の研究者やサイエンスライターはツイッターやブログ、フェイスブックで発表時からさまざまに発言してきた。学会や教授の動きは突然出てきたわけでなく、ネット上の情報を知り、研究者の姿勢や論文に対して疑いを持ち、態度を変えていったといえるだろう。
理研は14日、内部調査の中間報告を発表した。この4時間にわたる中間発表も動画サイトで生中継された。野依良治理事長が「未熟な研究者」と指摘し、研究者が画像切り貼りをやってはいけないと認識していなかったなどと説明したことが分かり、この問題は博士論文を審査した早稲田大学に飛び火した。
研究者が所属したラボで博士論文を書いた研究者たちのコピペ疑惑が次々と指摘され、「コピペ文化がある」との匿名の書き込みもある。また、理研についても過去にイタリア製の高級インテリアを購入したことが指摘されるなど、次々と過去の事案が掘り起こされている。
残る火種にどう対応するか
このように掘り起こされた疑惑が、ニュースサイトやまとめサイトに取り上げられ、拡散し、多くのネットユーザーが知るところになっている。マスメディアはこれらネットの動きに追随している。もし、匿名サイトとソーシャルメディアによる調査がなければどうだっただろうか。ピンクや黄色の研究室、かっぽう着の印象が残ったまま、小さな疑問の声はリケジョのヒロインというイメージと理研という巨大な研究所を前にかき消されたかもしれない。
掘り起こされている過去の事案がどこまで大きな問題になるかは今のところ分からない。社会で大きな問題となるには、マスメディアで大きく取り上げられたり、国会で質問されたり、といった動きが必要になるからだ。マスメディアが伝えるべきニュースは多く、報道は一過性で終わる事も多い。そんな中で、注目されるのは理研や早稲田大学といった組織や科学界の自浄作用だ。これまでのところ対応は後手に回っている印象で、ソーシャルメディアの指摘に誠実に対応しているようには見えない。
研究機関が不正や研究以外の話題を使って注目を大きくしようとする背景には、厳しい予算獲得や生き残り競争があり、STAP細胞でもマスメディア受けを狙い話題を仕込んだとの情報がある。間違いやミスは起き得る。成果を大きく扱い、疑問をやり過ごそうとするような対応こそが、研究や組織の信頼を損ねていくことになる。仮にやり過ごしたとしても、過去の問題はアーカイブとして残り、火種は残り続けることになる。
ジャーナリスト・ブロガー。1973年徳島県生まれ、立教大学21世紀社会デザイン研究科修了。徳島新聞記者などを経て、ネット企業で新サービス立ち上げや研究開発支援を行う。法政大学社会学部准教授。2004年からブログ「ガ島通信」(http://d.hatena.ne.jp/gatonews/)を執筆、日本のアルファブロガーの1人として知られる。