絶版漫画、電子書籍で再評価 「Jコミ」仕掛け人に聞く
「魔法先生ネギま!」など累計3200万部発行の人気漫画家、赤松健氏(44)のもうひとつの顔はネット起業家だ。中古書店やファイル共有ソフトでの作品流通に対抗し、作家に広告収入が入る絶版漫画の無料閲覧サイト「Jコミ」を立ち上げた。電子書籍の普及によって紙ではできないような、一度眠った作品の再評価を可能にした、異色の手法の狙いを聞く。
すべての関係者がWIN・WIN
赤松氏が漫画家業の傍ら、2011年4月に立ち上げた「Jコミ」は絶版になったマンガを無料で公開するサイトだ。作品数は約440、巻単位での閲覧回数は1100万回を突破した。閲覧時に挟み込む広告から得る収入はすべて作家に提供し、手数料は取らない。公開最初の月に2000~4万円ほどの収入になるという。
「中古書店など、作家の収益にならない流通が増えたことが起業のきっかけです。特にファイル共有ソフトに対抗するには、無料しかない。そこで一般の電子書籍サービスとは違い、ブラウザーでの閲覧で広告収入を得るモデルにしました」
「出版社との契約が切れた絶版作品に着目したのは、全ての関係者がウィンウィンになれるからです。読者は無料で読め、作家は収入を得て、同じ作家の新作を売るサイトへ導線をつけることで出版社の利益にもなる。コンテンツがよみがえるのです」
復帰決意した作家も
4日に3作のペースで新作を公開。当初は赤松氏からメールなどで作品提供を勧誘していたが、今では連日、作家から掲載依頼のメールが届く。
「さらに作家の収入を増やせるよう、昨年末から正式に始めたのが『JコミFANディング』です。作品のPDFに、作家のサイン入りはがきや本人との飲み会などの特典をつけ、1カ月間買い手を募ります」
「本当のファンにとっては、仰天する価値がある。第1回の単価は1050円から2万1千円。32万5千円から60万円の売り上げ目標を設定しましたが6作家のうち4作家が達成しました」
「中には半分引退していたり、バイトをしている方々もいる。そこに数十万円の収入は大きい。また、ファンの感想がツイッターで大量に届くのもうれしいんです。これを機に復帰を決意された作家もいます」
作家の許諾を得た後に、Jコミ側でコミックスなどを入手してスキャンする仕組み。一度でも商業誌に載った作品が対象で、同人誌は扱わない。
熱心なファン向けに、サイン入りはがきなどの特典を付けたPDFセットを有料販売する「JコミFANディング」と呼ぶサービスもある。PDFには購入者の名前とメールアドレスを電子透かしで記録し、流出を抑止する。
まずは仕組みを変えることから
サイトは赤松氏と、大学時代の友人ら5人で運営する。収入はトップページの広告と、成人向け作品にかかる月105円の課金だけ。サーバー代になるかならないかで赤松氏の持ち出しが続く。
「ベンチャーが最初からもうけようとしてはダメですよね。寡占してしまえばどうにでもなる。作家のためになるのが大前提ですが、色々アイデアはあります。まずはファイル共有ソフトをはじめ、作家を搾取しようとする仕組みをやっつけちゃおうと思っています」
TPPに危機感
根底にあるのは、日本の漫画文化を守りたいという思いだ。環太平洋経済連携協定(TPP)にも危機感を抱く。著作権法違反を、著作権者の告訴無しで摘発できるようになる可能性があるためだ。昨年12月、著作権の有効な活用を目指すNPO法人、クリエイティブ・コモンズ・ジャパン(CCJP)に新たな許諾方式を提言した。
「今まではコミックマーケット(コミケ)の同人誌も、作家が黙認していれば良かった。(キャラクターを使って別のストーリーをつくる)2次創作は大事なファン活動の一部だし、読んだ人が興味を持って原作を買ってくれる可能性もあります。それがTPP参加でダメになりかねない。私自身も大学時代は同人誌を売っていました。漫画全体の層の厚さにも関わる問題です」
「CCJPには同人誌向けの新しいライセンスマークを提案しました。2次創作はいいが性行為の描写はダメ、アニメ化やゲーム化もOK、など3種類。著作権者が自分の作品にマークをつけて意思を明示するわけです。CCJPが認めれば私の次回作で使います」
もともと編集者を志していた
昨年3月に9年にわたる連載を終えた「ネギま!」は、コミックスで約1900万部を発行するヒットになった。今夏、新作の連載開始を予定している。
「3作連続でヒット作を出すのは本当に難しい。次を外したら引退しようと思っています。例えば、作家の代理人として作品を宣伝したり、電子書籍をアップロードしたりする仕事をしたい。もともと編集者を志していましたし、創作者のためにクリエーティブな環境を整える方が好きなんですね」
(石森ゆう太)
[日経MJ2013年2月13日付]
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