菅野智之はプロ入りしてから12年間、一貫して巨人で投げてきた。しかしもうすぐ始まる今シーズンは、慣れ親しんだユニフォームを脱いで、ボルチモア・オリオールズの投手としてメジャーリーグのマウンドに上がる。 2020年のオフにポスティングシステ…

 菅野智之はプロ入りしてから12年間、一貫して巨人で投げてきた。しかしもうすぐ始まる今シーズンは、慣れ親しんだユニフォームを脱いで、ボルチモア・オリオールズの投手としてメジャーリーグのマウンドに上がる。

 2020年のオフにポスティングシステムを利用したが、契約合意には至らず、巨人に残留した。ただ、メジャーへの夢をあきらめることはなく、2度目の2024年オフは海外FA権を行使。オリオールズと1年1300万ドル(約19億5000万円)の契約を交わした。


メジャーリーガーとしての第一歩を踏み出した菅野智之

 photo by AFLO

 振り返れば、菅野がプロ入りしたのも2度目の機会だった。1度目は2011年のドラフトで巨人と日本ハムから指名され、交渉権を得たのは日本ハムだった。しかし、菅野は入団を拒否。浪人生活を選び、翌年に巨人から単独指名を受けてプロ入りを果たした。

 プロ入り後は12シーズンで、最優秀防御率と最多勝のタイトルを4度ずつ獲得。最多奪三振は2度、シーズンMVPは3度、そして沢村栄治賞も2度受賞した。

 現在の年齢は35歳。前回のポスティングによって移籍していれば、31歳でメジャーデビューしていた。

 メジャーリーグ1年目のシーズン年齢(6月30日時点)が35歳以上の日本人投手は、菅野の前に9人(※)いるものの、先発マウンドに立ったのは35歳でデビューした髙橋尚成しかいない。それも、2010年〜2013年の168登板中、先発は1年目の12登板に過ぎなかった。

※高橋建=40歳@2009年、桑田真澄=39歳@2007年、小宮山悟=36歳@2002年、藪恵壹=36歳@2005年、斎藤隆=36歳@2006年、高津臣吾=35歳@2004年、薮田安彦=35歳@2008年、髙橋尚成=35歳@2010年、建山義紀=35歳@2011年。

 また、髙橋や菅野と同じく巨人からメジャーリーグへ移った上原浩治も、2009年〜2017年の436登板のうち、先発は1年目の12登板だけだ。

 34歳の誕生日から5日後にデビューした上原は、リリーバーに転向した2年目以降に成功を収めた。通算95セーブ・81ホールドを記録し、2013年のワールドシリーズでは第4戦から優勝を決めた第6戦まで3試合続けて試合を締めくくった。

【35歳で1300万ドルの契約は安くない】

 果たして、菅野のメジャー1年目はどうなるか。

 おそらく開幕ローテーションには、ザック・エフリン(30歳/右投)、グレイソン・ロドリゲス(25歳/右投)、チャーリー・モートン(41歳/右投)、ディーン・クレーマー(29歳/右投)の4人とともに並ぶだろう。

 菅野は3月27日〜30日のトロント・ブルージェイズ戦か、31日のボストン・レッドソックス戦でデビューするはずだ。最初のカードはカナダのロジャース・センター、次はホームのカムデンヤーズが舞台となる。

 もちろん、ほかにも先発候補はいる。ただ、元ヤクルトのアルバート・スアレス(35歳/右投)はロングリリーバーとしてブルペンから登板すると思われ、トレバー・ロジャース(27歳/左投)は右ひざを痛めていて開幕には間に合わない。2023年に先発30登板で防御率2.83を記録したカイル・ブラディッシュ(28歳/右投)は昨年6月にトミー・ジョン手術を受けた。

 前年にメジャーデビューしたふたりのうち、ケイド・ポビッチ(24歳/左投)は先発16登板で防御率5.20に終わり、先発1登板のチェイス・マクダーモット(26歳/右投)は現在背中を痛めている。キャンプに参加しているブランドン・ヤング(26歳/右投)はまだメジャーデビュー前で、3人ともプロスペクト・ランキングのトップ100にランクインしたことはない。

 そもそも菅野と交わした1年1300万ドルの契約は、オリオールズがローテーションの一角として活躍することを期待しているからにほかならない。日本プロ野球で輝かしい実績を残しているとはいえ、メジャーリーグで投げたことがない35歳の投手に対し、この金額は決して安くない。

 しかしながら、野球データサイト『ファングラフス』に掲載されている「ストリーマー」や「ZiPS」などの予測防御率を見ると、菅野の数値はローテーション候補5人のなかで、ずば抜けて高い。

 エフリンとロドリゲスはすべて3点台、モートンとクレーマーは4点台前半が多いのに対し、菅野の数値は4点台後半が並び、なかには5点台後半もある(2月25日時点)。イニングも同様だ。菅野の予測値は、いずれも130イニングに届いていない。

【菅野が操る多彩な球種は大きな武器】

 菅野の予測防御率が高い理由のひとつには、奪三振率の低さがあるのではないだろうか。菅野の奪三振率は、過去3シーズンとも6.40を下回っている。

 たとえば、2024年にメジャーリーグで150イニング以上を記録した71人中、奪三振率6.50未満はふたりしかいない。奪三振率6.33のオースティン・ゴンバー(コロラド・ロッキーズ)は防御率4.75、奪三振率6.40のマイルズ・マイコラス(セントルイス・カージナルス)は防御率5.35だった。

 もっとも、菅野の成績が予測どおりになるとは限らない。予測を裏切り、好投するためのカギを握るのは制球、それも「コマンド」だろう。

 コマンドというのは、コントロールよりも精度の高い制球を指す。日本流に言えば、「ピンポイントのコントロール」が最も近い表現のような気がする。

 コントロールにとどまらず、菅野がコマンドも持ち合わせていることは、すでに日本プロ野球で証明している。練習で初めて菅野の球を受けた際の捕手アドリー・ラッチマンの絶賛には多少のリップ・サービスも含まれているのかもしれないが、菅野は使用球の違いも問題にはしていないようだ。2月26日のエキシビションゲーム初登板はゲリー・サンチェスとバッテリーを組み、2イニングを投げて得点を許さなかった。

 奪三振に関しても、率はともかく、必要な場面で三振を奪うことはできるのではないだろうか。菅野が操る多彩な球種のなかには、現在メジャーで人気のスプリッターも含まれている。奪三振率がNPB時代を超えることもあり得るだろう。2024年のリーグ全体の奪三振率は、日本プロ野球が7.01、メジャーリーグは8.60だった。これは、それぞれの打者が三振をどう考えるかの違いにも見える。

 さらに菅野には、エースとなる可能性もある。今のところ、オリオールズにエースは不在だ。

 ミルウォーキー・ブルワーズ時代の2021年にサイ・ヤング賞を受賞し、2024年のオリオールズ初年度にア・リーグ4位の防御率2.92を記録したコービン・バーンズは、このオフにFAとなって6年2億1000万ドルの契約でアリゾナ・ダイヤモンドバックスに去っていった。

 それに対し、オリオールズが手に入れた先発投手はふたり。菅野に続き、41歳のモートンと1年1500万ドルの契約を交わした。

【リーグ2位の打線も菅野をバックアップ】

 白星については、投球以外の要素も大きく左右されるので読みにくい。だが、こちらもデータサイトが予測した6〜7勝を大きく上回ってもおかしくないだろう。オリオールズ打線の援護は期待できるからだ。

 ア・リーグ2位の786得点を挙げた打線からは昨季シルバースラッガー賞を受賞したアンソニー・サンタンダー(現トロント・ブルージェイズ)が抜けたが、カナダ代表としてWBCでも活躍した29歳のタイラー・オニール(前ボストン・レッドソックス)が加わった。また、2022年ドラフト全体1位で入団した21歳のジャクソン・ホリデイのブレイクも待たれる。

 ともあれ、メジャー初挑戦となる菅野のピッチングは、不安よりも期待が大きい。