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具合の悪い仲間を気づかう
具合の悪い仲間を気づかう

「短命であっても仲間とふつうの家猫暮らしを」 行き場のないキャリア猫ばかり迎える

 5年前、有紀さんの家に入り込んで出産したノラの母猫は、猫白血病のキャリアだった。生まれてきた4匹のうち、3匹は育たず。「まるを」と名付けた娘も猫白血病を発症し、医療も及ばず10カ月の若さで旅立った。自分に何ができただろう、これから何ができるだろう……。悩んだ末に有紀さんは決めた。「行き場のないキャリアの子がいたら迎えよう。寿命は短いかもしれないけれど、その日まで仲間と穏やかに楽しく暮らせるように」

(末尾に写真特集があります)

ふつうの飼い猫、ふつうの飼い主

 日が伸びてきた。庭も、向こうの雑木林も、日に日に春めいていく。今日も、1階暮らしの3匹は、朝からバードウォッチングを楽しみ、お昼ご飯もしっかり食べて、午後はくっついて日なたぼっこをしている。

3匹の猫
手前から、浜ちゃん、ノブ、大福

 最初の保護猫だったキジ白のメス猫「ノブ」と、譲渡会で迎えたキジトラの「浜ちゃん」は共に5歳、ご近所さんとの保護猫トレードで迎えた「大福」は3歳。新年をそろって無事迎えた。無事、とあえて書くのは、3匹共に猫白血病のキャリアで、大福は猫エイズとのWキャリアだからである。いつ発症して、急変するかもしれない猫たちと共に有紀さんは暮らしているのだが、「体調の小さな変化には気をつけているけれど、あとはとくに構えてはいません。ふつうの猫との暮らし」とほほ笑む。

「ノンキャリアの猫だって、いつどんな病気を発症すかもしれない。病を得ても、できる限りの手当てを尽くし、最後までその子らしく穏やかに過ごさせたいと願うのは、みな同じことだと思うんです」

女性と3匹の猫
窓の向こうは、小高い山々

家に入り込んできた母猫はキャリアだった

 10年近く前に有紀さん一家が町なかから越してきたこの住まいは、木々に囲まれたちょっとした「山の中」。昔ながらに飼い主のない猫たちも庭を横ぎる土地だった。

 1匹のうら若いメス猫が家に入り込み、4匹の子を出産したのは4年前のこと。生まれてきた子猫たちは虚弱で、生き残ったのは1匹だけだった。有紀さんは「ノブ」「まるを」と名づけて母子を家猫とした。だが、ノブは白血病のキャリアだった。娘のまるをは生後半年で発症するやあっという間に短い生を終えた。

くつろぐ猫
子を次々と失ったノブ

 母猫の胎内感染だったであろう、短い命だった子猫たち。次々と子を失ったノブ。まるをの最後は母猫のそばで一緒に看取(みと)ったが、もっととことん先端医療を尽くすべきだったのではないか、と悲しみの中に自問し続ける日々。ノブ母子を診てもらっていた女性獣医師に、「ひとりになってしまったノブに、仲間を作ってやりたい。同じキャリアの保護猫を迎えようと思うのですが」と相談すると、医師は言った。「この先も寿命が短いキャリアの子を見送ることになる有紀さんのメンタルさえ大丈夫なら、そうしてやって」

譲渡会でキャリア猫を2匹迎える

 譲渡会に出かけていくと、ノンキャリアの保護猫たちでにぎわっている会場内から離れて、薄暗い廊下に猫エイズや白血病のキャリアの子が入ったケージが置かれていた。猫エイズキャリアの子は、出血するほどのケンカでもしない限り、ノンキャリアの子と一緒に暮らしても感染することはない。だが、白血病の子はノンキャリアと一緒にはできず、保護されてもケージ内か別室での隔離生活となり、譲渡先が見つかるのも至難というのが現状だ。譲渡の際も、単独飼いか、先住猫がすでにキャリアということが条件となる。

 廊下のケージには、白血病のキジトラの若いオス猫が2匹いた。兄弟ではなく別々に保護された子たちだった。

「この子たちを迎えたいと申し込むと、『2匹共ですか‼』とスタッフの方たちにびっくりされるやら大喜びされるやら。どれだけキャリアの子に譲渡先が見つかるのが難しいのかよくわかりました」と、有紀さん。

3匹の猫
ノブ、浜ちゃん、松ちゃんの3匹時代

 よく陽のあたる広くて眺めのいい1階の居間スペースが3匹の自遊空間となった。

 縁あって家族となったキャリアたちに、時間はゆったりと穏やかに流れた。そろって円満な性格の子たちだが、ひとりになれる場所は幾つも用意されている。キャリア猫にとってストレスは大敵なのだ。

 白血病キャリアの子たちと暮らし始めるのと並行して、有紀さんは、地区で見かける飼い主のいない猫たちの不妊手術や生まれた子猫の保護譲渡活動も、同志と協力し合って始めた。帰宅した中学生の末娘さんにお母さんの保護活動について聞いてみた。

「新入りがやってくるたびに、また猫が増えた!って思うけど(笑)、まあ、個性的な可愛い猫が増えるのはうれしいので。キャリアだとかは、とくに意識していません」

「ボス」と名付けた大猫は猫エイズキャリアだった。去勢手術後にめっきりケンカに弱くなり、ケガもよくするため、保護を決め、2階の娘たちの部屋で寝起きを共にするようになった。その後も、「茶マル」や「肉まん」「ドラミ」などのバリバリ元ノラ仲間が参入し、2階の猫エイズ組も1階に劣らずにぎやかになった。白血病キャリアの子たちは、体調の変化に家族の目が行き届く1階暮らしが最適だが、ノラ生活が長かったワケあり猫エイズキャリアたちは、隠れ場所も多い2階暮らしが最適なのだ。

猫
2階組の猫エイズキャリア猫「ボス」

仲間たちに看取られての旅立ち

 2年前、1階組の黒キジ「松ちゃん」が発症してして天国へ旅立っていった。その頃、ご近所さんが保護したキジ白の雄猫「大福」が白血病と猫エイズのWキャリアで先住猫と一緒に飼えず、窓のない物置暮らしを余儀なくされていた。それを知った有紀さんは、保護したばかりだった猫エイズキャリアの子猫とのトレードを提案。ご近所さんでは一家をあげて大福に情が移っていて手離すのはつらかったのだが、近所ならいつでも会えると賛成してくれた。

「トレードで、どっちの保護猫ものびのびと暮らせるようになって、ほんとうによかった」と、有紀さん。

 そのあとも、白血病キャリアの若い三毛猫「たび」がよそで保護されたのを受け入れ、1階組に加えた。だが、たびもほどなく発症してしまった。元気をなくしていくたびを、先住3匹は心配そうに見守った。

毛づくろいをする猫
横たわるたたびをそっとなめてやる大福兄貴。

 有紀さんは、「もうこれ以上の治療はたびを苦しめるだけ」と見極めて覚悟を決めたあとは、仲間に見守られての「自然死に近い」旅立ちをさせることを選んだ。

 有紀さんは、言う。

「キャリアの子を見送るたびに、いつもいつも思うのは、これでよかったのだろうかということ。答えはまだ出ていませんが、短い一生だったにせよ、ここでは仲間や家族ができて、毎日ちょっとした楽しいこともあって、それぞれのペースでふつうの家猫生活ができた。それだけでもよかったかな、と」

おやつをもらう猫
おやつタイム。食いしん坊な大福の目の色が変わるとき

 有紀さんのなかでは、「可哀想な子と暮らす悲壮感」みたいなものはまったくないという。見送ることは、それはそれはつらいけれど、立ち直れないことではない。

 キャリアの子たちと暮らす日々は、笑えることも感心することもあきれることもたくさん。普通の猫と暮らす日々と何も変わらない。いや、共に暮らす日々が短めだからこそいっそう、出会った喜びも、いま共に生きるいとおしさも格別で、前を向いて自分の生を生ききる元気を分けてもらっているのかもしれない。

「私は私のいまできることをしているだけ。キャリアの子への理解が深まり、手をつなぎ合って譲渡のすそ野がもっともっと広がっていくといいですね」

 陽が陰って、いつの間にか3匹の猫団子ができている。花ざかりの庭をみんなで眺めるのも、もうすぐだ。

佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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