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まっすぐに自分の世界を見つめる琉未(るみ)ちゃん
まっすぐに自分の世界を見つめる琉未(るみ)ちゃん

猫と暮らして人生が変わった 家にやって来た4匹の猫たちがくれた光さす道しるべ

 ある日、母が道ばたで衰弱していた猫を拾ってきた。その猫は10日を懸命に生きて旅立ってしまった。それまで猫には何の縁も興味もなかったみちこさんだったが、悲しすぎて恋しすぎて、また猫と暮らしたいと思った。

 そして、出かけて行った譲渡会で出会ったのが、保健所から引き出され、左目を摘出したばかりの子猫。その猫には「リュミエール(光)」という仮の名が付けられていた。

(末尾に写真特集があります)

初めての譲渡会へ

 フィンランド織やシルクスクリーン絵画などの若き作家であるみちこさんが、保護猫の譲渡会なるものに出かけるのは、その日が初めてだった。去年の12月初めのことだ。そもそも「猫」そのものが初心者なのだった。東京駒場のレンタルスペースで開かれている「本気の譲渡会」会場に足を踏み入れると、ケージの中から猫たちが一斉にこっちを見たようで、緊張はいや増した。

「猫を迎えたいんです。飼うのは初めてです」と、あらかじめメールで伝えていた。

「初めてなら、この子が飼いやすいのでは」と人馴れしている3カ月のメス猫を勧めてくれたのが、主催者の西村さんだった。

ケージ内の白黒猫
譲渡会でもものおじしない子だった(墨田さん提供)

 その場には、ベテランミルクボランティアで、奄美大島の生態系保全のために捕獲された「ノネコ」の譲渡認定者のひとりとしての活動もしている墨田さんもいて、墨田さんが保健所から引き出した猫とのことだった。

 小首をかしげてこっちを見ている愛らしい白黒の子猫には「リュミエール」という保護名が付けられていた。前年の10月に八王子で一緒に保護されたきょうだいは収容先の保健所で亡くなってしまったという。リュミエールも猫風邪で左目がひどい状態だったため、保健所から引き出した墨田さんが眼球摘出手術を受けさせた上での譲渡会参加だった。

子猫
保護直後のリュミエール(墨田さん提供)

 ケージの紹介文には「ヤンチャで明るい性格。人も猫も大好き」とあった。まさに、隣のケージの猫と遊びたくて、せっせとちょっかいを出している。

 みちこさんは、勧められるままに、その子を迎えることに決め、その場でトライアルを申し込む。

初めて触った子猫

 なぜ、みちこさんが、そんなにも猫を迎えたかったのかというと、「猫のいない日々」が苦しくてたまらなかったためだ。

 夕方の買い物に出かけた母が、道ばたでうずくまっている衰弱した黒猫を見つけ、そのままでは車に轢かれてしまうと思い、とっさにエコバックに入れたのが、ひと月前のことだった。

 仕事先から帰宅したみちこさんは、母から「猫を保護して、その子は今、病院にいるの」と聞かされ、びっくりした。家には代々犬はいるが、猫には全く興味のない両親なのである。みちこさんもよその家で猫アレルギー症状になったことがあって、猫と触れ合ったことは皆無だった。

 翌日、みちこさんは猫に会いに動物病院へ行った。初めて間近で見る猫の瞳孔は縦長で、ちょっと怖かった。衰弱が激しく「どうしますか」と獣医さんに問われる。

「病院が閉まった後のひとりぼっちがかわいそうで、家に連れ帰って毎日点滴に通うことにしました。両親も日中の通院を引き受けてくれました。いくら体を温めても冷たくて、でもシリンジであげるご飯を何とか食べてがんばってくれて」

 だが、「文子(ふみこ)」と名付けたその子は、10日間を懸命に生きて旅立っていった。さくら耳カットの子だった。具合が悪くなり、死に場所を探していたのかもしれない。

「助けることができなかった」「ああ、可愛かったなあ」と、毎日毎日めそめそするばかり。このままでは目の前が真っ暗で先に進めないと母に相談して、猫を迎え、文子の分までその一生を愛しんでやることに決めたのだった。

やんちゃ娘がやってくる

 リュミエールがやってきた。文子も片方の目が開かない子だったから、これもめぐり合わせと思えて、愛しかった。

白黒猫
正式譲渡。猫飼い初心者だったため、首輪を緩くしてしまったが、アドバイスされてきつくした(墨田さん提供)

 先住犬のめりをあっけにとらせるほどに子ザルのように動き回り、キッチンとの境に設けたゲートもやすやすとかいくぐり、ご飯もパクパク。天真爛漫そのもので、やんちゃし放題の子だった。

 左目は光を失ったけれど、明るく幸せな猫生をと願った墨田さんは、フランス語で光を意味する「リュミエール」とう仮の名をつけていた。その「リュミ」を残し、フィンランド語で「雪」を意味する「lumi」、漢字で「琉未」という名を、みちこさんは付けた。

「それはもうヤンチャ極まりない子だったので、おかしいやら慌てるやらで、文子を失った悲しみをグズグズ引きずらずにすみました」と、みちこさんは笑う。

 それは、父も母も同じだった。いたずら防止策を講じることで、親子の会話もぐんと増えた。

 モノの断捨離も思い切ってできた。

犬と猫
先住犬めりさんに、「遊びましょ」(みちこさん提供)

 とにもかくにも我が道を行く猫なので、教育係も兼ねたおとな猫を相棒に迎えることにした。相談に乗ってもらうことが多い墨田さんたちから聞いていた、奄美出身のノネコをもらうことにする。捕獲されたノネコは1週間以内に引き取り先が見つからなければ、殺処分の対象となることを知ったからだ。

 やってきたのは、穏やかなさび猫の「姫乃」。耳カットされていた猫なのに「ノネコ」として捕獲されていたのだ。

 飛びかかってくる琉未も上手にいなし、いつの間にか2匹は姉妹のようになっていた。

白黒猫
姫乃姉さんと、やんちゃな妹(みちこさん提供)

ノネコ預かりも引き受ける

 ノネコを取り巻く状況に心を痛めるみちこさんに、姫乃の保護主さんが「預かりをやってみない?」と声をかけたが、その時はまだ余裕がなく見送った。だが、その後のノネコの捕獲は急ピッチとなり、墨田さんたちが預かり先探しに奔走してるのを見たみちこさんは、手を挙げる。「ノネコの預かり、やります!」

 奄美からはるばる、黒猫「楓夏(ふうか)」がやってきた。猫エイズのキャリアで、体を触れさせず、シャーシャー言いながらガンを飛ばしてくるつわものだった。

黒猫
シャーシャー猫、楓夏

「いきなり捕獲されて、飛行機に乗せられて、知らないところに連れていかれて。それはシャーシャーは当然。ゆっくり仲良くなることにしました」

 棒の先の「エビ天」じゃらしで、そーっとそーっと、頭を撫でることを、毎日毎日。「楓ちゃん、可愛いね」と声をかけ続ける。

 夏の初めにやってきて、秋には、甘えん坊のゴロにゃん猫のそぶりを見せ始め、「本気の譲渡会」にも参加できるようになった。猫エイズキャリアでも、相性がよければノンキャリア猫との同居も全く問題ないし、ストレスさえなければ寿命もノンキャリア猫とさして変わらない。楓夏にはきっとあたたかな家庭から申し込みがくるだろう。こんなにチャーミングな子だからと、みちこさんは思う。

「猫と関わるようになってから、自分にできること、これからしたいことって何だろうって、いつも考えます。預かり以外にも、フィンランド織や、絵やシルクスクリーン、スタンプなど、私の創作活動を保護活動に生かすやり方をあれこれ模索中です。『可哀そうな犬猫に寄付を』というやり方ではなく、作品や発信を通して何かを感じたり興味を持ってもらえるアプローチをしていきたい。他のアーテイストたちとも手をつないで、保護猫、ノネコ、キャリア猫への理解をもっともっと広めていけたら」

遊んでもらう猫
今日も、琉未ちゃんは、ハッスル

「猫と暮らすようになって、自分の買い物はあまりしなくなりましたね。ある意味、肩の力が抜けた生き方ができてます。犬では変わらなかった人生を猫はやすやすと変えました」と、みちこさんは笑った。

 道ばたで死にかけていた文子。きょうだいを亡くした保健所収容猫琉未。「ノネコ」として捕獲されたさくら耳猫姫乃。人の手が怖くてたまらなかったノネコ楓夏。みちこさんのもとにやってきた猫たちは、「愛すること」をひとつずつ教えてくれた。その愛がつながって、今、みちこさんの道しるべとなっている。

佐竹 茉莉子
人物ドキュメントを得意とするフリーランスのライター。幼児期から猫はいつもそばに。2007年より、町々で出会った猫を、寄り添う人々や町の情景と共に自己流で撮り始める。著書に「猫との約束」「里山の子、さっちゃん」など。Webサイト「フェリシモ猫部」にて「道ばた猫日記」を、辰巳出版Webマガジン「コレカラ」にて「保護犬たちの物語」を連載中。

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この連載について
猫のいる風景
猫の物語を描き続ける佐竹茉莉子さんの書き下ろし連載です。各地で出会った猫と、寄り添って生きる人々の情景をつづります。
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