「仮説」は必須で。他は入れ替えたり増やしたりするのは、どうぞご自由に。
システム的にはMAXを設定してますが、あまり長く開いててもだれるようなので 11/24 くらいに締め切りの予定です。
細かいルールなどについては、こちらを参照ください(細かいことは、あまり気にしませんけど)。
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%CD%CE%CF%B8%A1%BA%F7%A4%AB%A4%AD%A4%C4%A4%D0%A4%BF%C7%D5
はてなは、カドカワと組んで何か企んでいるらしいですぜ。
肩慣らしに いっちょ いかがですか?
6174回沈めた女
いよいよ最終ホールだ。しかも残すはグリーン上でのパット勝負のみ。
わたし、ことプロゴルファー桜木桃子は今年の賞金女王へあと一歩というところまで到達している。
ツアー最終の今大会。上位は激しいデッドヒートを繰り広げ、わたしを含めた最終組の3人が、4位タイ以下を大きく引き離して8アンダーで並んでいる。
同じ組で回る他の二選手。
新人王をいち早く手に入れた吉城梅は、新人らしからぬ胆力で今年も数勝を挙げているが、さすがに賞金女王には届かない。
最大のライバルはやはり、神津柚姫。大ベテランの彼女はツアーを通して大崩することなく常に上位争いに絡んでいる。
結果として現在の賞金ランキング一位につけている。
そんな彼女に付けられたあだ名はサイボーグレディ。つねに冷静沈着でトラブルにも慌てることなく対処する。まるで精密機械のようなプレイスタイルで他者の追随を許さない。特に最終日の追い上げが強く、タイガーラッシュならぬ、プリンセスラッシュと賞されている。
が、今年はわたしも大躍進を遂げた。
この大会で優勝すれば賞金女王に手が届く。ディフェンディングチャンピオンの神津から、賞金女王の座を奪えるのだ。
わたしの躍進には理由がある。誰にも知られていない秘密が。
パットの順は、神津、吉城、あたしの順番。それぞれパー4の最終ホールで2オンに成功し、バーディチャンス。
とはいえ3人とも5m近い距離を残しており、確実に沈められる保証はどこにもない。
まずは神津がアドレスに入る。日本のツアーのみならず、海外ツアーにも参戦している彼女だが、シーズン終盤の今日に至っても、その体力、気力に衰えは見えない。
ギャラリーが見守る中、神津は静かにパターを振るい、ボールをカップへと向けてそっと打ちだす。
弱い!?
ゴルフを知る者なら誰もが感じただろう。ゆっくりと転がるボールはカップへのラインを捉えているが、カップインの寸前で減速し、その直前で停止する。
別段悔しそうな表情を浮かべるでもなく、神津はボールへと歩み寄り、さっとパターでボールを沈める。
パー。つまり神津のスコアは8アンダーのまま。
首位争いからは脱落。もっともこの後、吉城とわたしも外せばプレーオフへともつれ込むのだが。
が、続く吉城も外す。彼女もラインは読み切っていたようだ。が、若干強く打ちだした球は、最後の最後でラインから外れ、カップをオーバーする。
心臓が高鳴る。
これを沈められれば優勝。そして自身初の賞金女王。
残す距離は4メートル半を少し超えるぐらいか。
大一番。
これは能力を利用するべきだ。
わたしに与えられた特別な能力。
それは一定期間の時間を繰り返す能力。
起点を定めると、そこから一打分。同じ一打を七回繰り返すことができる。
初めの六回分はわたしの記憶にしか残らなない破棄された時間となる。
結局、事実としてその他の人間が認識できる時間は七回目のその一回のみ。
それだけだとあまり意味のある能力だとは思えないだろうが、ゴルフという競技を行うに当たってこれはとても有効な能力なのだ。
難易度の高いショット。ラインが読みにくいパット。そういうここぞという時の一打に対して6回分予行演習ができるといえばわかりやすいだろうか?
自分の記憶にしか残らない時間軸で、6回練習してから本番に臨める。
それはこのようなひりついた状況のパットでこそ威力を発揮する。
迷うことなくわたしは能力を発動させた。一度使うとしばらくは使えなくなるが、この勝負、この一打さえ乗り切ればシーズンオフとなる。出し惜しみする理由は全く存在しない。
一回目。ラインを読むべく、あえて弱めに打つ。
ボールはラインを捉えたが、やはりカップ手前で止まり、ギャラリーが大きく湧く。これでプレーオフだ。と考えているのだろう。
が、ほどなくして時間が巻き戻される。
時は、わたしが最後の一打を打つ直前に。
二回目のチャレンジ。先ほどより強めにパッティングを行う。
なんとかカップの右隅を捉え、ボールはカップインする。ギャラリーは先ほどより大きく湧く。
バーディ。9アンダーでトップに躍り出た。
常勝の絶対女王、神津柚姫の牙城が崩された瞬間だ。だがその喧噪も束の間。やはり時は巻き戻る。
この能力の難しいところは、チャレンジに成功しても途中で時間遡行を中断できないことだ。
何があっても全七回は繰り返さねばならない。理由は定かではないが、そういうルールになっている。
三回目、四回目と、感覚を掴んできたわたしは、二回目よりも完全に、カップの中心へとボールを沈めた。
大丈夫、コツは掴んだ。ラインも読めた。同じコースに同じ強さで打てば確実に入る。 五回目、六回目のパットでそれをより確実なものとする。
そして運命の七ループ目。
六回繰り返した経験を思い出しながら、そっとパターを打ちだす。
ボールは危なげなくカップに向けて転がり……。
カコーンとボールがカップの底を捉える乾いた心地よい音が鳴り響く。
既に五回繰り返して聞いたギャラリーの大歓声。
が、過去の五回と異なるのは、これが歴史に残るパットだったということ。
優勝の、賞金女王獲得の。喜びをかみしめながら、ギャラリーに手を掲げ、ウィニングボールを取りにカップへと歩み出そうとしたその時だ。
一瞬目の前が暗くなり、奇妙な感覚に襲われる。
デジャブ。この感覚。
時間が巻き戻るときに似ている。カウントを間違えた? 実は今のはまだ6回目だった?
いや、正確に数えたはずだ。
ふと、気が付くと、わたしは最終18番ホールのティーグラウンドに居た。
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
が、小声でキャディーと話す吉城の声を聞いて、理解が及ぶ。
「普通に攻めたら、グリーン上の勝負になって桜木さんに負けてしまうみたいね。
彼女だけがバーディで、神津さんはパー。バーディ狙いで桜木さんとのプレーオフに賭けるって手もあるけど……」
「なに、あと6回もチャンスはあるんだ。初めの3回はイーグルを狙える攻めの作戦で行こう」
声は潜めているが、聞こえても問題ないというくらいの微妙な声量。
あと6回? チャンスがある?
これは……。
仮説が浮かび上がる。
吉城選手も。わたしと同じような能力を持っている?
わたしは一打限りを繰り返す能力だけど。彼女の能力は1ホールを繰り返す能力?
それもわたしと同じ7回という回数だけ。
わたしがさっきの一打の記憶を残しているのは、同じような能力を持つ能力者だから?
吉城選手の1ホールを7回繰り返す能力とわたしの一打を7回繰り返す能力が入れ子になっている?
混乱する頭でプレイした2度目の18ホールは散々な結果だった。
パー4のホールでグリーンに乗せるまでに4打を消費してしまう。
しかも、パットの距離は6メートルのロングパット。
この周回でも発動したパットを7回繰り返す能力のお蔭でなんとかボギーで3位に留まることはできたが、神津、吉城の両選手はパーで無難に上がり、二人でのプレーオフが決定する。わたしの負けが確定した。
が、やはりそこで例の違和感。ふと気づけばまた最終18ホールのティーグラウンド。
「やっぱり一打目はドライバーで勝負すべきね。どういうわけだか桜木さんは崩れてボギーだったけど、神津さんは危なげなくパーで上がったわ」
「桜木選手がボギー? さっきの周回と違うのか?」
「ええ。わたしの行動によって他の選手の成績が変わることもたまにあるから」
「ならバーディ狙いでもいいんじゃないか?」
「でも、最終の7回目でもボギー、あるいはパーで終わるかどうかは確実じゃない。
まああと2~3回の周回で桜木さんがパーかボギーになるならこっちはバーディ狙いに切り替えてもいいけれど」
耳を潜めて吉城選手とキャディの話を聞いているとそんなやりとりが聞こえてくる。
仮説が核心に変わる。
やはり、同じ能力を持った能力者。
ならば……。勝つためには彼女の裏を取ることもできるだろう。
幸いこっちはあっちの能力に気付いている。
彼女にとって7回目の周回しかわたしたちの記憶に残らないと思っているから、それまではおおっぴらというほどではないにせよ、会話を秘匿することに執着していない。
おあいにく様。こっちは全部認識できているのよ。
ここはあえて、残りの3~6回の周回をボギーで上がり、7回目でバーディで並んでプレーオフに持ち込む。
幸いにして、神津さんがパーで固定されているのなら、プレーオフはわたしと吉城選手の一騎打ちになるだろう。
確実に勝てるという自信はないが、勝算は十分にある。
あとは、わざとボギーを叩きつつもそれを不自然に見えないように演技すること。
そして、残りの周回を終え、7回目の18番ホールのティーグラウンドが巡ってくる。
「なんとしてもバーディを取るぞ」
「ええ」
先ほどまでと違い、吉城陣営は能力の事に触れず無難な会話になっている。
が、6周目で確かに言っていた。神津さんはパーでわたしはボギーだと。
ならば、あちらはバーディ狙いでくるはずだ。
こっちもバーディをとって差を保持すれば、勝負はプレーオフに持越しとなる。
さすがに、そう何度も発動できる能力ではないだろう。
プレーオフは余計な小細工抜きの真剣勝負となる。
第一打。三人とも無難にフェアウェイをキープする。
全員が全員、第二打でグリーンを捉え、バーディチャンスをものにする。
神津さんは、やはりカップから遠く、今回もツーパットになるだろう。
この6周と同じく彼女の脱落がいち早く決まった。
吉城のほうがカップに近い距離だが、わたしには7回パターをする権利がある。ひょっとすると吉城は緊張して最終パットを外すかもしれない。そうすればわたしの勝利だ。
1ホールを繰り返す能力は、わたしの一打を繰り返す能力よりも上位だといえるが、それでも欠点はある。アプローチを終えた時点でのボールの位置がまちまちで常にラインが違うのだ。カップとの距離も異なる。
わたしのように、まったく同じ状況のパットを繰り返す能力のほうがここ一番では安定した結果に繋がる。
勝負を決める最終パット対決。
神津さんが2パットで終え、パー。8アンダーのままだ。
吉城が慎重にパットを行うも、外す。彼女はその瞬間天を仰いだ。
ライバル二人は8アンダー。
現時点で8アンダーで首位タイに並ぶわたしはこのパットを沈めれば9アンダーで優勝が決まる。そして賞金女王。
やはり1周目に発動した能力の影響だろう。この周回でもパットのチャンスは7回与えられた。
慎重に6回の練習でラインを読み切ったわたしは、バーディパットを危なげなく沈める。
今度こそ!
けちのつけようのない優勝。わたしはギャラリーに手を上げ、カップへとゆっくり向かう。
ウィニングボールを取ろうとした瞬間……。
違和感に包まれる。
現れた光景は数時間前に立っていた第一ホール。
えっ? とわたしは周囲を見渡す。
同じように吉城もきょろきょろと辺りを見渡している。
彼女も時間の巻き戻りを認識したのだろうか。
でもわたしと同じく混乱しているということはこの遡行は彼女の起こしたものではない?
ならば一体……。
そんな、わたしたちの元に、神津選手とそのキャディの会話が聞こえてくる。
「ちょっと様子見でプレイしてみたけど、8アンダーじゃあ届かないみたいね」
「ああ、これってもう二周目か?」
「そう。残りの5周を使ってなんとか10アンダーぐらいに持っていけるような構成を考えるわ」
彼女も……、神津さんもわたしたちのような能力を持っている?
しかも、1打ではなく、1ホールでもなく、1ラウンドを繰り返す能力を?
18ホール分のプレイを7回も繰り返す?
体力の消耗はループの度に回復するけど精神の疲弊はそうではない。
彼女の常勝の理由は、ループを行う能力と、それに耐える精神力だったのか。
わたしは賞金女王への道が遠のいていくのを本能で悟ってしまった。
~fin~
その可能性は既に考えまシタ
↑
これ読んでインスピレーション的なの受けたので。締め切り後に回答編はぶち込みます。
この世界に残る最後の探偵。武藤芙玲(むとう ふれい)。
その僕が、人類最後の事件に挑戦している。
『その可能性は既に考えまシタ』
もう何百と考えて述べた推理仮説に対して、無情な返答が返ってくる。
その声は電子的に創り上げられた合成音声であるはずだが、特徴的な語尾を除いてはまったく人間の声と遜色がない。
語尾についても、あえて人工知能であることを示すために、わざわざ人間らしさを排除しているのである。
電子頭脳がチューリングテストに合格してから既に300年。
機械頭脳は人間の英知を既に凌駕している。
それはこと犯罪捜査においてもだ。
人間の探偵が頭を捻ってうんうんと唸って導き出せる推理など、高度にクラウド化された電子頭脳ネットワークにかかれば一瞬で吐き出される。
その地球上で最高の頭脳にかかってしても今回の事件だけは結論が導きだせないのだという。
「もう自殺でいいんじゃないか?」
『その可能性は既に考えたと説明したでショウ。自殺の可能性は0パーセントデス。お忘れならばもう一度一から説明しましょウカ?』
「いや、いいよ。言ってみただけだから」
なげやりな答えにはそれ相応の返答。この辺りの会話のセンスも相手が人工知能であることを一瞬忘れそうになる。
地球上で唯一、いやたった二つだけ今も稼働しているシェルター。
ひとつは日本に、そしてもうひとつは南米のジャングルに設けられていた。
僕が住んでいるのは日本のシェルター。住人は僕ただ一人。
そして、南米のシェルターに住んでいたのはエヴァ・ファウンゼントという少女。
毎日のように僕とビデオチャットで会話し、いつか地球約半周分の距離を乗り越え会おうと計画していた僕のフィアンセ。
大げさではなく。文字通りの意味で虫一匹入ることのできない外界と隔離されたシェルター。
その中でエヴァの命は失われた。
3日前の出来事となる。
それから僕はずっと人工知能、<<GHI900>>の相手をしている。もちろん食事や休憩の時間を除いてだ。
『あなたもご存知の通り、地球上に残された人類最後の生き残りであるあなた方が自ら命を落とさぬよう、シェルター内は細心の注意が払われていますカラ』
人工知能は要点だけを伝えてくる。
その事実は僕も当然知っていることだ。
首を吊ろうにも適当なロープは存在しない。衣服を代用しようとしても、その素材は伸縮性に富んでいて意味をなさない。
あるいは体重を支えるだけの強度が与えられていない。ならば手製のロープを作ろうと考えたところで、裁断が困難な素材しか手元には見当たらない。
手首を切ろうにも適当な刃物はもちろん存在しない。
毒も無ければ顔を沈めるだけの水も与えられない。
それは最後の人類である僕らが絶望から命を落とさぬように用意されたセキュリティネット。
地上の汚染が落ち着けば、セキュリティレベルが緩和され――そのためには僕が自ら命を絶たないという精神テストに合格する必要があるのだが――、サバイバルに必要な刃物や火器なども解放されるのだが、まだそのレベルには至っていない。
「彼女はまだ幼い少女だった。こんな状況下で生きていくことに相当なストレスを感じたはずだろ。それが体の内部の不調に繋がったということは?」
『その可能性も既に考えまシタ。ご説明したでショウ。遺体は、内部まで完全に調査したのデス。病死、あるいは自然死に繋がる要因は発見できませんでシタ。
さあ、次の推理をご披露くだサイ』
無情だ。出す推理、突き付ける仮説が完膚なきまでに叩きのめされる。
「君にわからないことがどうして僕にわかる?」
ふざけ半分で聞いてみた。だが答えは想定できている。
『あなたは探偵デス。不可能犯罪を暴くのは探偵の役割デス』
「君は僕なんかよりもよっぽど優れた計算能力を持っているのに?」
『確かに、人工知能――AIは人類の知能を凌駕しまシタ。それは閃きなどというかつてはAIには存在しなかった能力についても同様デス。犯罪捜査の99.9999%はAI、それも私よりも計算力に劣る装置によって解決していマス。AIによる推理での解決事例はシックスナインの領域で人間の探偵能力を凌駕していマス。
が、シカシ。それが100に到達しなかったノハ……』
その理由を僕は痛いほど知っている。
それは僕の血脈を遡れば見えてくる話だ。
かつて史上最高と呼ばれる探偵が居た。その異名は無限探偵――武藤弦。
そして彼と並ぶ、いや別次元の能力を持った異質な探偵、御神玲爾。
擬探偵――御神を支えた武藤芙亜。彼女は武藤弦の唯一の弟子でもあった。
その一人と1コンビは伝説として謳われたほどの探偵である。
武藤弦は子を設けなかったが、彼の兄弟がその血脈を繋いでいた。3代毎ぐらいに高名な探偵が現れるという特殊な血筋。
そして御神玲爾と武藤芙亜は男女の双子を生んだ。
その双子も探偵として過ごしつつ、どちらかが男女の双子を残す。姉であろうが弟であろうが、兄であろうが妹であろうが。
双子から生まれる双子は常に一組。そして男子は御神玲爾の能力を受け継ぎ、女子には武藤弦から連なる無限仮定推理法が叩き込まれる。
二人でひとつ。コンビにしてようやく才能が発揮される特殊な探偵。
そのふたつの家系が交わって僕が生れた。
ただし御神家が授かり続けてきた双生児ではなく単生児として。
僕の両親にもう少し時間が残っていれば別の双子が生まれていたのかもしれない。あるいは叔父にあたる人間が双子を設けていたかもしれない。
だが、僕の先代達は時間が残されていなかった。巨大隕石の衝突による地球の汚染。
選ばれた人間のみがシェルターに避難することができたが、そのシェルターもひとつ、またひとつと機能を停止していく。
急ごしらえで作られた仮設シェルターで元々耐用年数に問題があったり。閉鎖空間に耐えられなくなった中の人間が発狂してロックを解除してしまったり。
現時点で残るシェルターは、僕が冷凍保存されていたここと南米に残るわずかに二か所。
それぞれ生き残った人間は一人ずつ。
僕とエヴァ。
あと数年で地上に出られるという観測結果が出ている。
そうなれば、ようやくこの孤独から脱することができる。
それだけが僕の、僕たちの生き甲斐でもあった。
『あなたの母君である御神芙環、そして父君である武藤幻。ふたつの血筋が生み出す探偵の力なのデス。彼らはこの私すら解明できない難事件をあっという間に解決しまシタ。
あなたはその血脈上、御神玲爾の力を受け継ぎ、母君より無限探偵法を教えられていマス。さらに武藤弦の血を受け入れた初めての探偵デス。
もうあなたしかこの地球上に探偵は残っていませんが、幸いなことにあなたは唯一にして最高の探偵なのデス』
「探偵どころか、もう唯一の人類っていう肩書も手に入れたわけになるんだけどな。
エヴァと会うためにここまで頑張ってきたんだ。エヴァだって寂しいのを我慢してずっと孤独に耐えてきた。もうすぐその孤独からやっと解放されるって時に自殺しようなんて考えにならないのは推理に頼るまでもなくわかっているさ。
もっとも、一人残された僕がそんな気を起こさないかどうかは今のところはわからないけどね」
『ご心配なく。現在のあなたの精神状態は平静デス。もちろんエヴァも死を迎える直前まではそうでシタ。私には人間の思考をトレースすることはできまセン。が、脳波のパターンから正常かどうかを判断することはできマス』
「お墨付きをもらわなくても自分のことは自分でわかってるよ。少なくとも事件を解決するまでは僕に自殺の動機なんて存在しない」
『そもそも推理に動機など必要ないのデス。実現可能性、それだけが最重要事項なのデス。さあ、新たな推理をご披露くだサイ』
「といっても、ほとんどの可能性は既に否定されている。
そもそも容疑者となるべき人間が僕しかいない」
『その可能性は既に考えまシタ。まず、死亡推定時刻にあなたがあちらのシェルターに赴くことが不可能デス。遠隔操作も不可能デス』
「ならば、まだらの紐のように……」
『その可能性は既に考えまシタ。シェルター内に人間に害を及ぼす生物が侵入する経路はありまセン。毒蛇だろうが、毒蜘蛛だろウガ。そもそも微生物を除き、地球上に生物は存在しまセン。あなたとエヴァを除イテ』
「ならば時間軸の錯誤。エヴァが生きていた時代はもう何年も前のことだった?」
『その可能性は既に考えまシタ。エヴァの死亡の1時間前にはビデオチャットで会話しているはずデス。その時点での彼女の生存は確実デス』
僕が可能性――それはこの三日で既に繰り返し披露したものだ――を述べるたびにGHIが否定してくる。
主要なトリックは全てGHIによって事前に検討されている。そもそもGHIのデータベースには古今東西のあらゆる推理小説が収められてあり、さらにそこから論旨を伸ばして応用的なトリックなども思考の範疇に入れているのだろう。
「システムの誤作動は? 空気圧が変動して加圧状態になったり酸素濃度が……」
『その可能性は既に考えまシタ。あちらのシステムを司っているのは私と同型のAIデス。万一にも誤作動の可能性はありませんが、あちらの情報は私にもモニタリングできていマス。必要ならばデータを表示しまスガ』
「いや、いい」
僕が何を言っても返ってくるのは否定だけだ。埒があかないとはこのことだろう。
だけど僕には母から受け継いだ無限仮定法がある。
その推理の到達範囲はまさしく無限。
有限であるAIの検討範囲をいつか超えていくことができるはずだ。
『さあ、早く次の推理ヲ。それとも一旦休憩しまスカ?』
「そうだね。一回休憩しよう。僕の力で事件を解決できるかと試してみたけどやっぱり難しいみたいだ。
休憩後は本気で行くよ。無限仮定法を使用する」
『おお、ついに伝家の宝刀の一刀目が抜かれるのでスネ。非常に楽しみデス。
では、12時間後にまたお会いしまショウ』
それで音声が途切れた。
シャワーを浴び、食事を摂り、そして眠る。体調を万全に整える必要がある。
僕の唯一の生き甲斐であったエヴァとの出会い。それを奪った何者か。その真相を掴むために……。
人類の新たなイブが知恵の実を手にする前に命を落とした。
ならば代ってこの僕が。あえて禁断の果実に手を出そう。
~ to be continued? ~
↑”無限”にある回答編のひとつ
折り畳み
『きむ仮説と3つのF』
ぼく(木村) | ♂ | 卓球 |
真白さん(院生) | ♀ | マーシャルアーツ |
青柳さん(やぎちゃん) | ♀ | バドミントン |
井上(イケメン) | ♂ | バスケットボール |
「きむは、やぎちゃんのこと好きなんだね」
バイト中の体育倉庫。真白さんは、跳び箱の上で脚をぱたぱたさせながら言った。
「え? いや、そんなことな…」
とっさにぼくは返したけれど、本当に“そんなことない”のか、やっぱりだんだん分からなくなる。
真白さんの方を見る。真白さんはにやっと笑う。
* *
ぼくのバイトは市営体育館の職員だ。窓口とか、インストラクターとかをしている。休日だけだし、ラクだし、時給もそこそこ。
バイト仲間は半分ちょっとが同じ大学の人で、残りはほとんどが主婦だ。
そんな中、どちらでもない人が一人だけいた。
それが真白さんだった。
真白さんは、他大の大学院に通っているらしい。マーシャルアーツの研究をしているらしい。
でもそういうプロフィールとは別のところで、真白さんは、どこかが普通と違った。
他に大学院生を見たことがないぼくには、真白さんがどういう風に普通じゃないのか、うまく言えないんだけど。
「きむの顔に書いてある。やぎちゃん気になります、って」
跳び箱の上、真白さんは事実を告げるように言った。
「いや、別に…」
「私は、きむがやぎちゃんのこと気になってると思います。この命題を“きむ仮説”と呼びましょう」
「はぁ…」
「仮説だからfalsifiability【反証可能性】があるはずね。1ヶ月かけて検討しましょう」
「何ですかそれ」
「棄却できるか1ヶ月で分かるってことよ。さてここで質問です。やぎちゃんと、…いや、一般論として、きむは12月に女性と二人で遊ぶとします。夜景とホームパーティ。どちらが良いでしょうか?」
「え…、そんなの分からないです」
「一般論だから。きむの好みは?」
「じゃあ、夜景、かな…。家で二人きりだと、気が詰まりそう…ってあれ?」
真白さんは、いつの間にか跳び箱から降りて、バイトの作業に戻っていた。
真白さんと話すと、ぼくはいつも煙に巻かれる。
ぼくの大学は体育科がある。この市営体育館でバイトしてる人も体育科が多い。
青柳さんもその一人だった。
青柳さん、通称やぎちゃん。普段はふわふわしゃべる。でもバドミントンとなると人が変わる。足が速くて、ドロップショットがうまくて、それからそれから…。
“仮説”を聞いて、何だか気になってしまったぼくは、12月はがんがんシフトを入れた。年末はどこへ行ったって赤と緑色の浮かれムード。そんなのに揉まれるぐらいなら、過密シフトで1ヶ月間を過ごした方がマシだ。
あわよくば、青柳さんといっしょになったりしないかなぁ、とぼんやり期待しながら。
でも青柳さんは卒論組だった。いまは追い込みの時期。どうせバイト以外に何の予定もないぼくとは違うのだった。
日々は淡々と過ぎて、青柳さんといっしょになることもなく、11月も12月も終わろうとしていた。
* *
あの“仮説”が発表されてからちょうど1ヶ月経った12月23日。
この日は年内最終開館日で、バイト仲間と職員さんたちとの忘年会があった。
「どうぞ奥へ!」
やたらハイテンションな真白さんにされるがまま座ったら、いつの間にか向かいに青柳さんがいた。
「きむらくん、ひさしぶりだねぇ~」
何も知らない青柳さんは相変わらずふわふわしゃべる。
「そ、そうだね」
「わたしぜんぜん行けなくって~さいきん体育館どう?」
「えーと、普通かな」
「普通かぁ」
「…」
ぼくとの会話は、すぐに途絶えた。
「でさ、やぎちゃんは明日はヒマなの? どうなの?」
そんな青柳さんに絡んだのは、ぼくの隣に座ったイケメン井ノ上だった。青柳さんは言葉を濁している。
そこへ、
「ここにもヒマな人いるよ!」
思いがけない声がした。真白さんだった。しかも「ヒマな人」とはぼくのことらしい。
「もしどっちかを取るとしたらどう? 俺を取る? それともきむを取る? やぎちゃんどっち?」
井ノ上が青柳さんに迫る。真白さんがなぜか間に入って言う。
「こうしよ! 井ノ上くん&きむは目をつぶって手を出して。で、やぎちゃんはどっちかいい方の手を繋ぐ。どう?」
こんな生き生きした真白さん見たことない。
井ノ上はノリノリで、
「よろしくお願いします!」
なんて言いながら、うつむいて目を閉じる。
はぁ。ぼくもそれにならった。
ぼくは思いがけずどきどきし出した。予定のある12月24日なんて前代未聞だった。今年は、もしかしたら、もしかするかもしれない。毎年「リア充爆発しろ!」って言ってきたけど、今年は爆発する方になるんじゃないのか。
…終わった?
…終わったのか?
「おおーー!!」
井ノ上が声を上げるから、ぼくも顔を上げた。
ぼくの手には、何も触れなかった。
つまり、それは、そういうことだった。
* *
帰り道。
ぼくの目の前で、なぜか井ノ上と青柳さんがいい雰囲気で歩いてる。どうなってんだよ。
「きむ?」
隣から声がした。
「真白さん」
「ショック?」
真白さんは、ぼくの顔を見上げて言った。
「何がですか?」
——そんなことより。
「やぎちゃんには、きむはfriendzone【いい人どまり】だったんだね」
——あれっ、真白さんって。
「これで“きむ仮説”の結論が出たってことだね」
——真白さんって、ぼくよりこんなに背が低かったんだ。
「ショック?」
——真白さん、酔うとこんなに赤い顔になるんだ。
「聞いてる?」
「いや…、あ、ごめんなさい。何でしたっけ」
「“きむ仮説”、めでたく棄却!」
「め、めでたく?」
「帰無仮説っていうのは、たいてい棄却される方がいいの」
「え?」
「あれぇー、きむ、明日の予定が空いちゃったんだ。偶然、私もだ」
真白さんがぼくの手をつかんでさっと引っ張った。ぼくはみっともないぐらいバランスを崩す。
「きむ、明日うちにおいで。二人でクリパするぞ!」
「えっ?」
「今月バイトがんばったfruit【ごほうび】だよ!」
あのとき何にも触れなかったぼくの手が、いま真白さんに握られている。
ぼくは手を握りなおした。真白さんと5本の指を組んだ。貝殻繋ぎ。別名は、そう。
「あ…はい!」
真白さんに引っ張られて、ぼくも駆け出した。そうだ。
このままどこまでだって煙に巻かれようじゃないか。
…ん?
…いや、待って! 真白さん、ぼくホームパーティはちょっと、って言いませんでしたっけ!?!?
真白さんprpr
そろそろ締め切っておきますか。
これは、ただの“仮説”なんだけどさ、
もし、あなたの前に僕が現れたら、、、びっくりするかな?
……それとも、僕だって気づかないかな?
……気づかないよなぁ。
当然だよね。だって、僕らが別れたの、もうずっと前の事だもん。
あの時、僕があなたに「別れよう」って言った。あなたと一緒にいて幸せだった。思い出すだけでも恥ずかしくて、心地良い気分になっちゃうし、どうにも僕には忘れられないよ。そうさ。僕はあなたがずっと大好きだった。だけど、あなたと一緒にいた時が虚しく感じた。僕があなたの目を見ていても、あなたは僕から目をそらしていた。明らかに僕の近くにいた何かを見ていた。いつもそうだった。想いは一方通行だった。だから、分かれ道であなたに手を振るたび、悲しかった。涙が溢れそうだった。ずっと家にこもっていたい気分だった。電話してきた時は、やけに楽しそうな声であなたが話してきた。僕には、浮かれているようにしか聞こえなかった。子供みたいな無邪気さで、それが僕にとっては、余計に辛く感じた。適当にボソッといつも返事してたんだ。その時の僕の顔を、あなたは知る由もない。辛かった。僕の想いはあなたには届かない。あなたには僕の本音を知ってもらえない。僕らの想いは、いつも“屈折”してばっかり。いつでも、近くて遠い二人だった。幸せなはずの毎日が、不幸にしか感じなかった。だから、僕はあなたに告げた。
「さようなら」って。
あの時の、あなたの顔をちゃんと見られないまま、背を向けて、あなたから離れた。
もう二度と逢わないようにと、走っていった。
僕たちはもう会う事はなかった。
バイバイ。
もう、そんなに経ったっけ。あの暑い夏から一転して、今はもう冬を迎えようとしている。
そろそろ12月のカレンダーに変える日が来る。そういえば、もうクリスマスとか年末年始とかやってくるっけ。
……はっ、ダメだ。思い出しちゃダメだ。ダメだよ、またあんなの思い浮かべちゃってさ。
……あーあ、今年は一人きりかぁ。
あの時、あなたはどんな顔をしていたの?
泣いていたの? 本当に泣いていたの? 僕がいなくなってスッキリしたんじゃないの?
違うの?
ねえ。
今ならあなたに会えるかな。
連絡先も消えちゃったし、可能性は低いだろうけど。
今年も、あのクリスマスツリーの下にいるのかな。去年も待ち合わせ場所にしていたからなぁ。
もしかしたら、違う誰かを待っているのかな。
いいよ、それで。
もう贅沢な事言わないからさ。
今年のクリスマスに、あなたに会いに行こう。
そして、ちょっと早いけど「あけましておめでとう!」って言っておこう。
きっと会えるよね。うん。
あなたなら、待っているはずだよね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
さて、
コートを着て、街に出ようか。
この時間は毎年、あの場所であなたが待っているんだ。
今年のクリスマスツリーはどうかな。きっと綺麗だろうなぁ。
その下で待っている人が僕じゃなくたって、今行くよ。
こんな“口説”、並べてたって仕方ないじゃない。さあ、ドアを開けて。
イルミネーションよ、僕らを照らしてくれ。
これは、ただの“仮説”なんだけどさ。
もし、あなたの前に僕が現れたら、、、びっくりするかな?
びっくりしたよ。
でも待ってた。また会えてうれしい!!
仮説しか拾ってないじゃないか >青森の卓球部員
まあ、細けえことは良いか。
おかえり :-)
君の住む街の話をしよう。
それは青く透き通った美しい揺蕩う水を白い光が濁すように照らしていく眩しくて柔らかくて息をすれば肺の凍るような街だ。君はそこで息をする。白い息をして、ガラスのように煌めく氷を吐き出して、軽くて冷たくて痛い塵を空にぶちまける。
そんな世界に君はいる。朝の中に君はいる。顔を出さない太陽に裾を桃色に染められた青空の国だ。君は青く笑う。そうして風とともに舞う。
君を追って青い聖堂を目指す。足が冷たい朝風に白く染め上げられていく。伸ばした手が薄氷のように煌めいていく。瞳が硝子に凍みていく。青い世界の住人になって君の足跡を辿る。 磁器の街並を駆け抜けていく。柔らかい薄桃に光る青い街は静寂が似合っていた。深く蜘蛛の巣を被ったバレリーナのオルゴールが窓向こうで聴こえぬ音を奏でる。白兎が青い目をして部屋の隅を凝視する。どの窓の向こうにも過ぎた日が飾られている街並み。想い出に足を取られている場合ではない。過日に目をくれず君を探す。
深く静まり返った街を駈けていれば、霞に姿を隠していた光輪が現れた。見上げれば天井にまで届きそうな大きな弧が街並みを閉じ込めるように聳え立つ。鋼の隙間から光を発する建造物が、奥に佇む聖堂の荘厳さを強調させる。凍りついた街に鐘の音が響き、君が鳴らしていると知る。
聖堂に足を踏み入れればこぉんと靴の音が反響した。鐘の音に柔らかな歌声が重なる。音の生まれる場所だ。全ての音がここで生まれるのだ。暗い天井を穿つステンドグラスの眩しい光が、やはり青白く冷たい床を照らした。鐘楼へと階段を上がればやはり靴から森厳な音が生まれていった。
ようやく君に辿りついた。青いかきつの刻まれた鐘は君が鳴らしていた。思わず足を止めて聞き惚れた。ようやく初めて、僕の心は熱を持って震え始めた。冷たく青いこの世界で、初めて僕は熱を感じた。熱を生み出したのは僕自身だった。君はやっと僕を見つけた。
ぱっと薄桃が鮮やかさを増した。弾けるように光が散った。太陽だ。君を照らすように、君の笑顔を照らすために日が昇る。駈け寄り触れてくれた手が優しい。君は生きていた!この過日に囲まれた死の街で君は生きていた!確かに生きていた!
僕は目を覚ました。あの限られた色の中で調和を保っていた世界から、この世界に戻ってきてしまった。意識はまだ戻りきれていないけれど。夢だったらしい。そんな、あんなに美しかったのに、夢だったなんて。もう二度と見られないかもしれない世界だったなんて。膝を抱えて丸くなると自分の熱が余計現実を突き付けてきた。ああ、まだ夢を見ていたかったなあ。
布団から出て背伸びをし、窓を開けてベランダに出た。ああひどく寒くなったなあ、冬がすぐそこまで来ていた。まだ太陽は昇らない。日の短くなったのも分かった。
「もしかしたら、朝は来ないかもしれない」
いつまでも真っ暗な冬の朝は、きっと君の世界に光を奪われてしまったから。
僕は一つ深呼吸をして、肺に冷たい空気を染み込ませた。
ほら、またあの街に行けそうな気がする。
ヤバい…最高だ…ヤバい…。
「その研究、面白いですか」
ノックをしないで、研究室のドアを開けることを許されているのは、俺だけなのだ。このせりふを言えば、ノックはいらなくなる。ドアの中にいる教授は、今日はTシャツとGパンだった。この前はサンタのコスプレだったが、俺が入る分には気にしていないらしい。真夏にサンタの衣装というのが、研究と関係あるかどうかは見当もつかないが、俺が気にしなければ世界は平和なのだ。
「面白い。そう、面白いのだ。このホワイトボードを見てみろ、面白いだろう」
数学が全くダメで、数式アレルギーの俺が、数式のびっしり書かれたホワイトボードが面白いわけがないのだが。情報処理の研究室に出入りしているというのが、そもそも変なのだ。が、更に毎日こんな質問をしろと言う。
「境界はどうなっていますか?」
詳しい話を聞いても、ちんぷんかんぷんなのだが、この質問が研究を飛躍的に伸ばすのだ!と力説されると、こちらの言葉にも力が入る。
教授は、小さな声で”キョウカイキョウカイ”とか呟いて、眼鏡をかけ直して机の上を探している。やはり何かのトリガを引いたようだ。こうなると、この教授はほっておいても大丈夫。
さて、冷蔵庫を開けよう。今日は何か入っているかな?リンゴと萩の月かぁ。東北に行った人がいるんだな。甘いものはダメだ、いらないや。
「今度の学会、学会っと」
教授は手帳を探しているらしい。資料の場所は、机の上の本棚の左端の3番目のクリアファイルの中だ。
「教授、学会前後の予定と、交通経路と宿泊先です。全部予約取れてますから」
と、机の上に置こうとして、置き場所が無いことに気付く。しかたないので、比較的被害が少なそうな、情報処理学会誌と計算速度論Ⅱの教科書が乱雑に並んでいる上に置いておく。
「学会前後にいろいろ行き過ぎです。スケジュールが過密で、調整が大変です」
唐突に、目の前に赤いものが出された。
「リンゴ食べないか?」
でも、
「果実は苦手ですし、のんびり過ごすのが好きですし、仮説も論理も嫌いですし」
「そうか。俺に似てねぇな、息子のくせに。数学っていう禁断の果実の味を知らないとは…」
「よかった、似てなくて」
ほんと、似てないんだ。
さて、そこは気にせずに、授業に出てこよう。苦手な数学だが。
俺は学会に参加するときは、研究室と関係ない分野を見て回ることにしている。その方が、落ち着くからだ。どうにも、情報処理とか、数式とかはなじめない。情報処理学会だから、それ以外の分野は少ないんだが、動くロボットとか機械の自動制御とかは面白い。
そして、最期にこう質問するんだ。
「その研究、面白いんですか?」と。
本当に面白い研究をしていたら、
「面白いです。話長くなりますが、後で話しませんか?」となる。そこが面白い。
さて、今回はどのセッションで、「その研究面白いですか?」と聞こうかなぁ。
おや、教室の外まで人が集まっている。人気のあるセッションなのかな?
「では、質疑応答に移ります」
階段教室の後ろから、勢いよく手が上がった。
「自律制御とおっしゃっていましたが、社会への溶け込み方は、そのアルゴリズム次第ではないでしょうか」
「ええ、ですので、先ほど説明したように、今回のモデルは通常とは違うアプローチをしています。論理的論証や思考を嫌悪し、数式や数字を避け、仮説構築と検証などという科学的アプローチを否定する個性を持たせてあります」
「それは、なぜです?」
「一般の人たちは、仮説と検証と論理という科学的思考を避け、どちらかといえば嫌悪する傾向にあるからです」
「なるほど。対象がこれまでと違うわけですか」
檀上の教授は大きく頷いた。
「そうです。一般社会へのアプローチです」
入口近くで手が上がった。
「あの、その社会実験ですが、安全なのでしょうか」
檀上の教授は、眼鏡を少し持ち上げ、質問者を見つめた。
「ええ、万全を期しています。常にモニタをしていますし、パワー的に、人的被害は生じないなはずですし、機能停止は簡単ですし、そ」
「でも、今回の実験って、その個体の基礎記憶が、通常の実験体ではないですよね」
「ええ、その個体が持っているメモリには、人間としての偽装記憶が入っていますし、人間と異なる思考・行動は制限してあり、普通の人間以下の能力しか与えていません」
「当人はアンドロイドと認識していなくて、周囲はアンドロイドとわかっている」
「はい、ただ、見てくれは人間ですから、知らない人は人間だと思うはずです」
「それは、どのような効果を期待しての、実験なのですか?」
「自己を形成するのは、周囲との間に結界を設けたときである、という仮説の元に、もともと自己情報を持たせなかった場合に、どういう自己が形成されるか、という実験です。そのためには、ご説明したように、自己を確立させない状態で社会と接触させる必要があるのです。」
「そのサンプル体は、今どちらに」
「この学会のどこかのセッションを冷やかしに行っているはずです。私を父親と認識しないように、暗示プログラムをかけておきましたから、このセッションにはいないはずです」
「そうですよねぇ。このセッションを見ていたら、実験は成り立たないですよね」
「そうです」
質問の挙手が止まった。
「もう、質問はございませんか?」
しばらくの沈黙の後、階段教室の一番上から声が発せられた。
「その研究、面白いですか」
いつもの質問を投げてみた。ロボットが、自分はロボットとは認識していない実験らしい。安全とか仮説とかいっていたけど、そんなことより面白いかどうかが基準じゃないのだろうか。仮説を検証するより、直感で何かするほうが面白いのに。人間なんだからさ。
返事がないな。なんだか、俺、注目を浴びているらしい。なんか変な質問したかな?
壇上にいた見たこともない教授が、駆け寄ってくる。教授が俺の首に手をかけている。やめろ、なにす
「皆様、お騒がせしました。この研究のサンプル体が紛れ込んだようです。すみません。このアンドロイドは、こうして首筋を掴むと、機能停止するよう作ってあり、安全です」
教授の後ろで、手が上がった。
「サンプル体は、何体実験中なのですか」
教授は振り向いて、壇上に上がった質問者に言った。
「日本人一人対して一体という比率を目標としています」
「え」
「社会には、全てバックアップが必要です」
「それ、人間側には承諾は?」
「もらってませんよ、実験には二重盲検法が不可欠です。恣意的な情報が紛れ込んでは、仮説の検証になりません。アンドロイドも対象となる人物も、それぞれ実験の目的も、自己の状態も、コピーがいることも知りません」
「サンプル体は、自分がアンドロイドという認識がないんですよね」
「そうです」
教授と質問者はしばらく無言だった。
「さて、自分がアンドロイドかもしれない、という仮説の検証をしてみますか?」
教授は、いきなり質問者の首筋を掴んだ。
壇上には、お互いに首を掴んでいる教授と質問者が倒れている。
それを見たセッション参加者は、互いに隣の人の首筋を掴もうとしている。
おい、私の首を掴むんじゃ な
【たけじん様リクエスト←されてない】
【世界滅亡のシナリヲ】
【ぐらんこ。商業作品、たねみたっ! リスペクト←してない】
『バッドルートを事前に察知して回避する能力を得たんだが、ろくなルートが存在しなさすぎて辛い』
昨夜に突然現れて消えていった妖精。名前も名乗らずに、要件だけ伝えて帰った彼女はそもそも妖精だったのか、俺の見間違いか。夢の中の出来事か。
そこそこ可愛く、彼女の出現が真実で、しかも言っていることが確かであれば。
元々脇役体質だった俺の人生はこれから大規模に変動し、ハッピーエンドまっしぐらなはずなのだが、実際のところはそうではなかった。
彼女が言うのはこういうことだ。原文まま(編集部により若干の修正をいれています)
「えっとねえ、これからあなたの居るこの世界、地球って言うか宇宙規模なんだけどね。
なんせもう滅亡ルートが怒涛のごとく押し寄せてくる大殺界なわけですよ。
万に一つも宇宙が存続し続けられる可能性はごくわずか。まあ、それはだいぶと先なわけですが、地球レヴェルに関して言えば、日に数回は滅亡の危機が訪れるという滅亡エブリディ×2~3なわけで。
なんで、ほっとくのも創造主としてあれだなーというご配慮から、あなたに特別な能力が与えられました。
あなたは、地球のバッドルートを事前に察知してそれを回避することができるようになりましたので。
それを使ってまあ、数年間ぐらいでしょうかね。がんばってください」
そう言い残して消えた彼女。
もう寝ようと布団に入ってうとうとし始めた頃、うーんうーんと重さでうなされていて金縛り状態で唯一動く瞼を開けて視界に入ってきたのは、俺の胸の上で正座している彼女だった。
とにかく。
バッドルート回避とはなんなのか?
そもそもあれは現実だったのか。
朝起きて洗面所に向い顔を洗う段になって、それは現実であったと、あるいは俺が厄介な妄想壁に憑りつかれてしまったと発覚する。
蛇口を捻ろうとしたその瞬間。
脳内にフラッシュバックするかのように、その後の地球の有り様が一気に流れ込んでくる。
遠い遠い、何千光年も離れたどこかの有人惑星。
その惑星ではワープ技術が開発されていた。
大艦隊を組織して、まだ科学技術が未発達でしかも資源に富んだ惑星への侵略が計画されていた。
ただそのワープには厄介な点があって、いろいろ端折るが、俺が蛇口をひねって水を出せばその水の流れに乗って大艦隊――小宇宙戦争のように、一隻のサイズは大きなものでも柿ピーのおかきぐらいのもの――が地球にやってきてしまうのだが、ロックオンされているエリアは俺の家の範囲なので、俺の家の蛇口を全て塞いでしまえば、その侵攻は止められる。
そう。俺の脳に流れ込む未来図は、滅亡へのきっかけが発生するバッドルートとそれを回避するハッピールートの二つ。
いや、前者は避けて通ればいいとして、ハッピールートが問題だ。
ハッピーといえばそれはさすがにハッピーだろう。あくまで比較論で。
地球滅亡から逃れられるのだから。
だけど考えてみて欲しい。父も母も可愛い妹もいるごく普通の家庭で蛇口を全て封印することの愚かさ。
「違うんだよ! たった数日間の我慢なんだ。その間は蛇口を捻ったら宇宙の小さなだけど攻撃力がはんぱない大艦隊が蛇口から飛び出してきて地球は侵略されちゃうから、絶対に蛇口は捻らないで! トイレの水も流しちゃだめだから!
えーっと、旅行かなにかに行こう! もちろん空き巣なんかが入ってきて勝手に水を出されたら困るから、蛇口は全部針金で閉ざして元栓も閉めておくんだけど」
なんて、説明することの愚かさ。
俺は狂人扱いされて、家族との絆を失う羽目になる。
そして、結局断水には失敗して地球も滅亡するのだ。
それでも滅亡を前にして「お前の言うことは正しかった。疑って悪かったよ」と和解でも出来たらいいのだが、どうやらそっちのルートでは俺は瞬殺されてしまいそんな感動的な地球最後の日も迎えられずにあっけなく人生を終える。
というわけでバッドルートはとりあえず回避したいのだが、回避ルートもなかなかにして辛い。
優れているのは地球が滅亡しないというその一点のみ。
俺は、減量中の某ボクサーよろしく、家じゅうの蛇口を針金で固定して水が出ないようにする。
苦肉の策として、うん、矢吹とかいうドヤ街のボクサーと戦うことになったから。
水の一滴も口にできないから。階級を落さなければならないから。
と言って、家じゅうの蛇口の針金を縛り付けて元栓も閉めるのだ。
そんなことはやりたくないが、それがいわゆるハッピールートらしい。
そして俺は家族から頭のおかしい子と思われる。うん、ハッピーだ。地球は滅亡しない。
そんなわけで、家族に白い目どころか、もうこの人どうなっちゃの? という目で見られながらも、地球の危機を救うこととなる。
おかげで学校は遅刻するし、グッバイ家族愛だ。
今日はそれだけで終わるかと思えばそういうことでもなかった。
午後からなんとか登校した学校。そこでまた滅亡ストーリーが襲い掛かってくる。
バタフライ効果。
香港か上海ぐらいで蝶がはばたいたらアマゾンで暴風が吹き荒れるとかいうあれだ。
その帰路に立たされているらしい。
ありえない規模の竜巻が、アメリカ南部で発生し、あろうことかその竜巻は勢いを保ったまま北アメリカ、南アメリカを縦横無尽に駆け回り、海を越えアジア、ヨーロッパにも甚大な被害をもたらす。原子力発電所な何基も破壊され、放射能の汚染は地球を生き物の住めない世界にする。
余談であるが、後に放射能に適応した肺魚かなんかが進化していって、魚人として何千万年後の地球で人類のように文明を築くらしいが、そんなことは俺にとってどうでもいい。
地球は滅亡しないが、これも人類滅亡のバッドルートだ。
それを避けるためには、竜巻の発生原因となるささやかなつむじ風をかき消してやる必要があるらしい。
俺の脳内にハッピールートである代案が浮かんでくる。
それはあれだった。
俺が幼き頃より恋心を抱いている幼馴染に亜由美ちゃん。
亜由美ちゃんのスカートをめくり上げることで、その捲りあげられたスカートが舞い落ちる風。それが大気の流れを変えて、竜巻を防ぐとか俄かに信じられないが、スカートを捲らなければ亜由美ちゃんも竜巻に巻かれて死んでしまう。
「ごめん! スズメバチが!!」
なんて、むりくりな理由をつけながら、俺は亜由美ちゃんのスカートをめくりあげ、せめてもの想いやりで、目を閉じてパンツを見ないようにしようかと思いながら、やっぱりそれくらいの役得はあってもいいよね~と、パンツを凝視してしまって、2年間亜由美ちゃんから口を聞いてもらえなくなってしまうのだ。
そんな理不尽な英雄活動が何日も続き、俺はもう生きているのが嫌になって書置きを残して死んでしまおうかと考えるようになった。
かあちゃん、とおちゃん、そして妹のしずか
せっかく育ててくれて、なんなんだけど
つかれました さようなら、さがさないでください
かってなことばっかりいってすみません
しんじてくれないと思いますがもうすぐ地球は滅亡します
つつがなく残りの期間を過ごしてください
かさねがさねすみません
ねみみにみずとはおもいます
つまらない妄想だと思われるかもしれませんが真実です
かんがえたすえの結論です
じっとしずかに残りの期間を一緒に過ごそうとも考えましたが
つらすぎるので無理だと思いました さようなら
だが、俺が死ぬと世界はバッドルート一直線だ。
俺はそれからも、隕石の軌道を変えるべく、八百屋で白菜を盗んだり――それもバタフライ効果だ――(なんとか平謝りに謝って刑事事件には発展しなかった)、殺人ウィルスの発生を防ぐべく、街中にごみをばらまいたりという奇行を繰り返した。
もはや友人なんて残っていない。孤独だ。
そして二年が経った頃。
その頃には学校も退学になり、ニートなのだが、家に籠らず街に出ては人様に迷惑をかける――が、地球を救っている英雄――という生活をしたもはや名物お兄さんと化していた。
その日も、後に独裁者となってしまう幼児の人生を変えるべく、公園で遊んでいる男の子に暴言を吐き、一生立ち直れないぐらいのトラウマを与えるというとんでもない行為を行った帰り。(後に、その子供の両親が怒鳴り込んできて訴訟沙汰になる)
亜由美ちゃんと出会った。
沈みがちなんて言葉じゃ表しきれないぐらいの、沈痛な表情。
亜由美ちゃんに会うのは一年半ぶりくらいだ。
「あの、最後に謝ろうと思って探してたの」
最後? なにが? と疑問は浮かぶが、とりあえず話を聞く。
「信じて貰えないでしょうけど、あの時あなたにビンタすることで、大気の流れが変わって、ロシア北部で発生する巨大竜巻の発生を……」
ああ、亜由美ちゃん。お前もか。
~ fin ~
お題の回収すっかり忘れてました。
あと誤字とかはもう酷い量ですが、
誤
パンツを凝視してしまって、2年間亜由美ちゃんから口を聞いてもらえなくなってしまうのだ。
訂正後
パンツを凝視してしまって、ビンタを食らった挙句2年間亜由美ちゃんから口を聞いてもらえなくなってしまうのだ。
は、読み返してて忘れてた! って思いました。謹んで訂正させていただきます。
終了しました。
投稿していただいた方に、あらためて感謝の意を表します。
ポイントは、基礎点+拾ったお題の数+ご祝儀など という感じです。
ポイントの多寡とお気に入り度合には、あまり相関がありません。
というか、お気に入り度として差が付けられなくって、準機械的に配分しました。
ベストアンサーは、終末の酔っぱらってるときに決めようと思ってます。
以下、感想。
・No.1
ネタはどこかで聞いたようなやつだけどよくまとまってる。
落ちを探すような意地悪な読み方をしなければ、3段落ちが気持ちいい。
漢数字とアラビア数字が混じってるのがちょっと気になったかな。
・No.2
解決編が先によめちゃった。
ミステリとして読んでしまったので、清涼院流水のようなトンデモ落ちは、あまり好みじゃなかったりする。
・No.3
なんか、読み手のぼくが全部拾えてない気がする。
7回目の記憶だけ残ってるからでしょうか。
・No.4
別の質問の回答では全然気が付かなくて、素で驚いた。
・No.5
みっしりとした文面で書かれた透き通った世界。
フォントを大きくして読むべし。
「青いかきつの刻まれた鐘は...」が、ちょっと分からなかった。
・No.6
己の存在があやふやになる感じの小説、好物です。
落ちのところは、台詞が中断する形ではない方が良いように思います。
・No.7
うそつきは減点しようかと思ったが、拾ったお題の数が一番多いのは君だった。
ちょっと早いけど、メリークリスマス♪
これ私も今回かきつばた最終日に投稿して、クイーンラッシュみたいな感じを出したほうが良かったりした!?(もう遅いです)
2015/11/23 17:48:30