先着レースに勝利して*1、「Songwriter' SHOWCASE」に行って参りました!予習という概念のない、一期一会のこの機会。ゲラゲラ笑ったり顔をくっちゃくちゃにして泣いたりし続けて、クリエを出る頃には人間の出がらしになっていました…!それくらい、情緒面を強く揺さぶられ続けた2時間40分でした(※予定:2時間15分)
この企画はショーケースという特性上、具体的なリアクションがあってこそだと感じました。なので、(芳雄さんのファンとしての)レポの性質も残しつつですが、全作品に対して私の主観と記憶に基づいて感想を述べていきます。12作品ありますのでおのずと長くなりました。当日ステージで語られた作品紹介+配布資料を参考にしつつ、一部の史実などについては自分で調べた内容を補足しています。最後に、12作品を振り返って気づいた特徴など、全体についてまとめています。
- どんな企画?(かいつまんで言うと)
- レポ&感想
- イントロダクション
- 1.「食べさせたい(먹여주고 싶어)」“Wanna Make Something Delicious”〜『きょうの料理』より🇰🇷
- 2.“I'm Okay”〜『504:The Musical』より🇺🇸
- 3.“Mystery to Me”〜『Pop Art』より🇬🇧
- 4.“Late Summer Love Song”〜『惑星の旬』より🇯🇵
- 5.“Fortune”〜『The Dickens Girls』より🇬🇧
- 6.「世界一混んでいる、誰もいない場所」“No one, in the Middle of Crowded”〜『Dawn Touch』より🇰🇷
- 7.「アンナの手紙」〜『贋作!フェノメーノ!』より🇯🇵
- 8.“Smoke and Mirrors”〜『VISARE』より🇺🇸
- 9.“Caledonian Sleeper”〜『The Swansong』より🇬🇧
- 10.“Echo”〜『Picasso』より🇯🇵
- 11.“Never Gonna Be Like Them”〜『Mommy Issues』より🇺🇸
- 12.“I Wish You a Merry Christmas”〜『The Miracle Boy』より🇰🇷
- 12作品を振り返って
- おわりに
どんな企画?(かいつまんで言うと)
- 東宝と映画演劇文化協会のタッグで開催する、新作ミュージカルの見本市、試演会。
- 2024年夏の「Musical Theater Writing Program」で選ばれた日本発の3作品と、韓国・アメリカ・イギリスから招聘された9作品から、その作品を代表する楽曲を12曲披露。
- 歌唱を披露するのは日本+韓国のミュージカルスター11名!
- クリエイターによる曲紹介→歌唱披露の順で進行。MCは我らが井上芳雄👏
レポ&感想
開演前の日比谷。
イントロダクション
この日は上演中の「next to nomal」の休演日。建て込まれたセットがそのままで、そこにぽつぽつキャストのみなさんが集まってきて、奥や隅っこの椅子に座ってスタンバイします。一番最初、自然体にさら〜っと現れたのが矢崎広さんでした。おのおの、思い思いの衣装(おそらく自前、私服っぽい感じ)をまとい、飲み物といっしょに女性キャストはランチトートくらいの小さな手提げも持っていて、このまま終演までここで過ごすのかな?と推測。下手端が定位置の遥海ちゃんが、上手端のシルビア・グラブさんに甘えに行ってて、可愛かった。「アンナの手紙」チームの霧矢大夢さんと田村芽実さんは下手奥の同じテーブルについていて、ちんまり座る芽実ちゃんがやっぱり可愛かった。
客席に入る前、ロビーでパンフレットらしきものを持っている人をお見かけして、「いいな〜私もほしい。買おう」と思って売店を見ると売っておらず…それはなんと、1席ごとにセットしてくださっているものでした。さらに、パンフレットには両面印刷したA4用紙をホチキスで留めた詳細資料が挟んであり、これが本当に神資料でした!*2
もちろんすべてが知らない作品の、知らない曲。ざっと見たところ、1人が1〜2曲(ほとんどは1曲)を受け持つようで、芳雄さんは終盤の10曲目を歌うらしい、というところだけ開演前に把握しました。
韓国キャストのチュンジュさんとナへさんを除く8人がなんとなくステージ上の居場所に落ち着いたところで、センターから黒いバインダーを手にした芳雄さんが登場します*3。深い青のタイトなセットアップに、長い裾が特徴の黒のスタンドカラーシャツの装い。このスタイリングは後で効いてくるのですが、超すら〜〜〜っとしていて、スタイルの良さに新鮮にびっくりしました(n回目)。福岡タワーのごたる。*4
さっそく拍手と歓声でお出迎えしたのですが、のっけからヒューヒュー言われたことに芳雄さんがちょっとだけびっくりしていたのを察知しました*5。
上記でざっくり触れたコンセプトを芳雄さんが紹介してくれて、キャストにもちょいちょい絡みます。上手側の奥に格納?されていたアッキーさん(曰く「囚われの身」)がひょっこり顔を出して、これから楽しみだね〜みたいな文脈で「ウキウキ!」とコーレスを煽り、実際こちらもウキウキしていたので「ウキウキ!」と返すと「おいやんなくていいぞ!」とMCからストップがかかりました😂
そうそう、原曲のまま披露される楽曲には日本語字幕が提供される旨も説明されました。「どこかに流れるんですよね?」と芳雄さんが振ると、それまで気づかなかったのだけど、この日のためにセットに付加された上手・下手の黒いスクリーンが、「はい!日本語流します!」と元気にお返事(表示)しました。かわいい…!
ここからは披露された12曲について、情報を補足しながら感想を書いていきます!
1.「食べさせたい(먹여주고 싶어)」“Wanna Make Something Delicious”〜『きょうの料理』より🇰🇷
脚本・作詞:イ・レア、作曲:ソン・ボンギ
🎤矢崎広(セビョク)・吉高志音(イルム)
セビョク(演:矢崎広)は料理教師の講師で、イルム(演:吉高志音)はその生徒という設定。セビョクが料理を始めたきっかけとその顛末を語り、共感を寄せるイルムが気持ちを重ね合わせていきます。いきなり歌がうまいよ〜〜😭お二人とも私は初めましてだったのですが、深みと温かみのある男性ヴォーカルのデュエットにうっとりしました。
クリエーターのお二方は、セビョクとイルムの間にも愛情が芽生えてゆくことをほのめかしていたのですが、失われた愛について寂しげに歌い終えたセビョクの肩にイルムがそっと手を添えて、お互いに見つめ合うエンディングが素敵でした。この一瞬だけで物語の前後5メートルが見えるようになった感じ。
吉高志音さんはn2nにも出演中ということで、芳雄さんに「休演日ですが大丈夫ですか休めてますか」的なねぎらいの言葉をかけられていましたが…休演日に働いているのは貴方もね!!(世田谷パブリックシアターで「桜の園」に出演中)
2.“I'm Okay”〜『504:The Musical』より🇺🇸
脚本・作詞:アビー・ゴールドバーグ、作曲:メイソン・マクドゥエル
🎤メイソン・マクドゥエル(ポール)
1977年に全米で行われた障害者団体の抗議活動が題材になっています。手元の配布資料+ちょっと調べたのですが(文献2)、この活動はカーター大統領に「リハビリテーション法504条」の施行規則への署名(=障害者の市民的自由の法制化)を求めるもので、ミュージカルのタイトルはそこからきているのですね。ビルの占拠はロサンゼルス、サンフランシスコ、ワシントンの3都市で敢行され、このうちサンフランシスコでは26日にわたって継続されたそうです。
本作の題材となったのはこのサンフランシスコの活動で、この曲“I'm Okay”は、車椅子生活を送る弟・キースを支える健常者の兄・ポールの心情の吐露でした。作曲したメイソン・マクドゥエルさんが自らポールとしてキーボードを弾き語るのですが、遠ざかってしまった庭仕事への憧憬を歌い上げ、“I'm Okay”っていうけど全然大丈夫じゃないのが伝わってきました…。
資料によると「アメリカ史の中で重要でありながらも、あまり世間では知られていない出来事」とのこと。自由のために戦う弟を大切に思いながらも、メンタルヘルスの悪化に苦しむ兄の姿は、とても普遍的なテーマを投げかけていると感じました。
3.“Mystery to Me”〜『Pop Art』より🇬🇧
脚本・作詞:リオ・マーサー、作曲:スティーブン・ハイド
🎤遥海(モナ・リザ)
イギリスチームの作品。資料に書かれていることより説明の方がわかりやすかったのですが、うろ覚えながら書いてみると、世界の名だたる絵画たちがコンテストでなにかを競い合うという面白そうな設定で*6、この“Mystery to Me”は、「あなたはずっと笑っているだけでいいわよね」なんてほかの絵画(?)に言われたモナ・リザが、私の気持ちなんか知らないくせに!とブチ切れて、自分とはなにかを問いかけるように歌う曲…です、たぶん!(合ってる??)
セットの2階に駆け上がり、歌い始めるモナ・リザ(演:遥海)。穏やかでミステリアスな語りかけから始まり、どんどん感情がクレッシェンドしていきます(遥海ちゃんの歌の好きなところ!)。最後は感情を爆発させたのちに、両手を重ねてあのアルカイック・スマイルを再現し、額縁の中に戻ったことを表現。すごく小気味のいいアクティングでした。もともとのセットの一部を活かして額縁に見立てた演出にも脱帽でした(上田一豪さん!さすが!)。
最後の歌詞は「♪誰かこの鳥籠から出して」。モナ・リザが美しさゆえに勝手に偶像化されて絵画の中に「閉じ込められた」という見立ては、女性に対する抑圧のメタファーであるようにも思いました。
この曲だけクリエーターのリオ・マーサーさんがステージ上の椅子に残って聴いていたのですが、芳雄さんに感想を求められて、「You did it! Amazing!!」と遥海ちゃんを称えていらっしゃいました👏
芳雄さんと遥海ちゃんの間で「モナ・リザが何考えてるなんて考えたこともなかった」という話になり、他にどんな絵画の声を聞いてみたいかと(いきなり)振られた吉高志音くんが「ひまわり!ゴッホの…!」と答えて、「ひまわりの気持ち!?」で盛り上がるなどしました。芳雄さんの、額縁からあふれて最後はシュッと絵の中に戻るひまわりのモノマネを見れました(どういうこと???)
4.“Late Summer Love Song”〜『惑星の旬』より🇯🇵
脚本・作詞:上野窓、作曲:広田流衣
🎤中川晃教(ケン)
東京藝術大学の違う専攻で学ぶ2人が「Musical Theater Writing Program」で出会い、作り上げた作品。なんと、火星人が出てくるらしいです!!大学生のケン(演:中川晃教)はラジオDJとしても活動しており、夜の公園で1人「ラジオごっこ」をしながら幼馴染・サツキへの恋心を歌うというシーンでした。アッキーさんは自分で「DJケンちゃん」って言っていたのですが、磁場を発するDJアッキーにペースを乱されまくりのMCよしお…。
お便りを読み上げるような語りが入り、曲が始まるのですが、これがまた超キラッキラのシティポップでびっくりしました。切なさと高揚感が溢れるサウンドにのせて、アッキーさんが明るく軽快に世界を広げていく…!流行っているとは知っていても、今、新たにこんな曲が作れちゃうの!?とびっくりしたし、これがミュージカルのフォーマットにぶっ込まれたことで開ける可能性にもワクワクしました。この作品の結末で、ケンはサツキに告白できるのでしょうか。火星人がほんとに地球を爆破しちゃうかどうかと同じくらい気になります。
5.“Fortune”〜『The Dickens Girls』より🇬🇧
脚本・作詞:レイチェル・ベルマン、作曲:エリザベス・チャールズワース
🎤ダンドイ舞莉花(アンジェラ)
舞台はヴィクトリア朝の19世紀イギリス。主人公は、資産家で慈善家のアンジェラ・バーデット=クーツという女性です。『クリスマス・キャロル』や『二都物語』の作者として知られるチャールズ・ディケンズとともに、元囚人女性のための施設を設立し、そのことが作品のテーマになっているようです。この曲“Fortune”は、若くして巨額の遺産を相続した出来事を振り返りつつ、自分自身に信念を問いかけるナンバーでした。
本作のクリエーターもまた隠れた歴史に光を当てようとしていて、お話によると、この施設(おそらくユーレイニア・コテッジ“Urania Cottage”、文献3)のことは、ディケンズの功績と思われがちなのだそうです。アンジェラ(演:ダンドイ舞莉花)が自身の幸運に対する葛藤を歌い上げることで、発案者としての輪郭がくっきりと浮かび上がります。
舞台上で芳雄さんに「はじめまして」と挨拶していたダンドイ舞莉花さん。私も初めましてだったけど、パワフルで素敵な歌だった〜!ぜひラジオのゲストに…!(てかこれは全員)
6.「世界一混んでいる、誰もいない場所」“No one, in the Middle of Crowded”〜『Dawn Touch』より🇰🇷
脚本・作詞:イ・チャンヒ、作曲:イ・ナレ
🎤イ・チュンジュ(ジョンウォン)、チェ・ナへ(ジアン)
韓国チームの作品。30歳になって再会した元恋人同士の2人が、夜明け前の遊園地に忍び込み、撮影を通じて心を通わせるシーンです。今気づいたのですが、ショーケースの12曲中、男女のデュエットは2曲しかなくて、さらに恋愛関係が背景にあるものはこの1曲だけでした…!(後述)
カメラを回すジョンウォンを演じるのがイ・チュンジュさん、撮られる側のジアンを演じるのがチェ・ナへさん。チュンジュさんは韓国MR!のクリスチャン役とのことで、日韓クリスチャンの邂逅に感激です😭芳雄さんが「ムーラン・ルージュで一番好きな曲は?」とチュンジュさんに貪欲に質問を投げかける(MR!のオタクにとっての)ご褒美タイムがありました…(今はYour Song、とのことでした☺️)
夜明けを思わせる薄紫の光のなか、たぶん私は初めて韓国のミュージカル俳優さんのデュエットを生で聴いたのですが…なんか、全然、歌声の種類が違うよ!? ただ美しいだけじゃない、特殊なうるおいをまとった声というのか…聴いたことのない歌声で、魔法にかかったような時間でした。
韓国に行ったら常時いろんな演目がかかっていて盛況だと聞きますが、え…韓国ではこんなすごい歌がいつも聴けるというのですか…??行ってみたいなぁ…?
7.「アンナの手紙」〜『贋作!フェノメーノ!』より🇯🇵
脚本・作詞:翠嵐るい、作曲:桑原まこ
「Musical Theater Writing Program」発の2作品目。桑原まこさんの作曲ということで楽しみにしていました*7。もともと室内楽編成で作曲され、今回は特別アレンジで披露されたそうなのですが、チェロ(多分)とパーカッションの緊迫感のある使い方(四拍子の後半2拍にドーン!)が印象的でした。
美術界への復讐をたくらむアンナ(演:田村芽実)からの手紙が、かつての恩師・クラウディア(演:霧矢大夢)のもとに届くシーン。2作品の中では最も演劇的な肉付けを伴って披露されました(机と椅子に加えて、小道具の手紙あり)。
苦悩するクラウディアを演じる霧矢大夢さんは、手紙を手にして座っているだけでもうそこに物語がありました。低い音域に特に円熟味を感じます…!そして、田村芽実さんがすごかった!!もともとアイドルグループにいた方というのはなんとなく知っていたのですが、強い怒りを秘めたアンナが、2階(=物理的距離の表現)から容赦なく歌の矢を振らせます。前後のストーリーがわからなくても、アンナが揺るぎない信念をもって贋作を描いていること、そしてやめないであろうことが、歌声からわかるのです。最後のロングトーンには度肝を抜かれて、全力で拍手喝采を送りました。
もともとこの企画にクリエーターとして応募してみたかったという芽実さん。スケジュールなどの事情で今回は断念されたそうですが、夏の試演会からこの作品にかかわってきたそうです。芳雄さんからは「さらにブラッシュアップしたんじゃないですか?」と褒められたのに「(上演が実現しても)私がやらせてもらえるかわかんないですけど…」なんて自信なさげに話していて、歌とのギャップが可愛すぎました。いやもうクリエイターとしても挑戦してほしいしこの作品のアンナ役も絶対やって!!!
8.“Smoke and Mirrors”〜『VISARE』より🇺🇸
脚本・作詞:クレア・フユコ・ビアマン、作曲:エリカ・ジィ
🎤チェ・ナへ(ペトラ)
今回の演奏は、上演中のn2nのバンドメンバーがそのまま担当しているとのことなのですが(これも素敵!)、12曲の中でもっとも難しい曲だそうで、芳雄さんはクリエーターのお二人にも「バンドのみんなが怯えている」と冗談めかして語っていました(通訳さんがscaredって説明してた笑)。夢と現実の境目で歌うペトラを演じるのは、ワンピースに着替えて再登場したチェ・ナへさん。12曲の中では最も抽象的、観念的なナンバーだったと思うのですが、回る盆の上で幻想を追い求めてかけめぐる姿に引き込まれました。難曲を歌いこなして称賛を浴びたあと、「アメリカチームの楽曲を東京で韓国人の自分が歌う」というめぐり合わせにも言及されていて、これもまたこの企画ならではのケミストリーだなと思いました。
9.“Caledonian Sleeper”〜『The Swansong』より🇬🇧
脚本・作詞・作曲:フィン・アンダーソン
🎤シルビア・グラブ(リディア)、フィン・アンダーソン(バンドリーダー)
イギリスのフィンさんが1人で作詞作曲を担当された作品。一度は湖で人生を終わらせようとしたリディア(演:シルビア・グラブ)が「白鳥」と出会い、エジンバラからロンドンに向かう夜行列車(Caledonian Sleeper)の中で、車窓に映る自分自身を見つめながら生と死への思いを歌い上げるナンバー。同行の「白鳥」は寝ているそうで、この曲は「バンドリーダー」というおそらくイマジナリーな存在とのデュエット。クリエイターのフィンさんが弾き語りで担当されました。
この「白鳥」ってとても気になる存在ですよね。本当に鳥なのか、それとも何かの隠喩なのか…? 今資料を読み直すと「魔法の言葉を話す白鳥」とあります。舞台ではどんなふうに演じられるのかな。説明を受けて芳雄さんは「白鳥は寝てるらしいですよ」と我々に目配せしてくれたけど、気になるのはそこじゃないんだ😂
静かに揺れる夜行列車のリズムにのせた、リディアの自問自答。シルヴィアさんの歌声は、昨年の東京ローズを思い出さずにいられませんでした。ぐんぐん引き込まれて、あ、私やばいかも。と思ったところにフィンさんのバンドリーダーが優しく「♪君だけじゃないんだよ」と語りかけて、もうダメでした。文脈の説明があったとはいえ前後のストーリーを知らないのに、歌だけで心情が痛いほど伝わり、だばだばと涙が止まりませんでした。油断していて手元にハンカチを出していなかったので往生しました。
このナンバーはお客さんの前で披露するのがまだ2回目だったそう。フィンさんとシルヴィアさんの温かいハグが心に残りました。
10.“Echo”〜『Picasso』より🇯🇵
脚本・作詞:大徳未帆、作曲:竹内秀太郎
🎤井上芳雄(A)
ここで、準備があるので👋と、「ビア、よろしく〜」といったん上手袖にはける芳雄さん。バトンを受け取ったシルビアさんが、クリエイターのお二人の作品解説を進行しました。「Musical Theater Writing Program」でコラボレーションした大徳さん、竹内さんは舞台制作にかかわられていて、MR!で大徳さんは演出助手(の補佐、みたいな表現をされていた )、竹内さんはマニピュレーターを担当されていたそうです!
『Picasso』は、ピカソに強い嫉妬心を燃やす「A」という男が主人公の作品。披露された「Echo」は、ゲルニカの空襲で絶望の淵に叩き落とされたAが、同じ悲劇を題材にしたピカソの大作「ゲルニカ」に対峙したときの激情を歌うナンバーです。再登場した芳雄さんは上着を脱いでいて、黒のスタンドカラーシャツの装いに。なるほど脱いだら画家のスモック風になる仕込みだったんですね!歩くたびに長い裾がなびき、期待感が高まります。
芳雄Aは上手側の階段に腰を下ろしてスタンバイし、静かに曲が始まります。歌い始めの声で、どれくらいの年齢なのかなんとなく伝わりました。中年以降の、人生の疲れを滲ませた男の声。
前の曲で感情の蛇口が吹っ飛んでしまっていたので、やばいかもなぁと思ってハンカチを準備したのですが、やはり案の定でした。
セットを巡り歩きながら芳雄Aが凄みをもって描き出したのは、男の嫉妬と愛、芸術への畏怖と執着でした。そして曲調が少しメジャーになるときは、ほんの少しだけ、神への祈りも(天を仰ぐ仕草と照明の兼ね合い)。この資料で歌詞を読み返すだけで、愛憎が激しく増幅して「ある結論」に至る様子が思い出され、改めて涙が出ます。
私は呼吸が怪しくなるくらい顔をくっちゃくちゃに歪ませて泣き続けました。称える歓声を上げることなんでできなくて、実はものすごく前に座っていたので非常にみっともなかったことと思いますが、歯を食いしばるようにして泣き顔で拍手を送るのでせいいっぱいでした。
改めてAとは、タイトルロールではない主役です。イニシャルなのかもしれないし、anonymousの略なのかもしれません。『Picasso』の上演を私は信じて待ち続けます(その間、ピカソ役の配役についても妄想を抜かりなくやっておきます)。芳雄Aを生み出してくださって本当にありがとうございます…!
11.“Never Gonna Be Like Them”〜『Mommy Issues』より🇺🇸
脚本・作詞:アディー・シモンズ、作曲:アダム・ラポート
🎤中川晃教(ブレット)
アメリカのチームが手がけた、イプセンの「人形の家」を現代に翻案した作品。ライムグリーンの衣装に着替えたアッキーさんが芳雄さんを相手に軽妙なトークをしかけるので、涙を拭くのもそこそこに爆笑せざるを得ず、もはや情緒が歳末大特価セールです。「水を得たナントカみたいな!」「魚以外ある!?」
関係が悪化した若い夫婦の機微が描かれる作品で、このナンバーはそんな2人の帰宅中のドライブのシーン。離婚したくないブレット(演:中川晃教)が、両親や祖父母も離婚したけど自分達はそうなるべきではないよな、と言うようなことを妻のシェルビーに話し続けるのですが、歌い終えた最後に「あ、いま、僕は妻の逆鱗に触れた??」と気づくのだそう(アッキーさん談)。確かに明るい曲調でドライブのように延々と歌い継がれると(上手いのも癪にさわる感じ)、車を降りた瞬間にデカいため息をついてしまうかもしれない…!
19世紀後半に発表された「人形の家」はフェミニズムの文脈でも重要な作品ですが、冒頭で、イプセンの時代は女性が家を出るなんて許されなかった、というような紹介がありました。どんなストーリーにアレンジされたのか、興味をかきたてられます。
12.“I Wish You a Merry Christmas”〜『The Miracle Boy』より🇰🇷
脚本・作詞:ハン・チアン、作曲:ハ・テソン
🎤イ・チュンジュ(クリス)
最後を飾るのは韓国チームの作品で、クリスマスを題材にした『The Miracle Boy』から“I Wish You A Merry Christmas”がロマンチックに披露されました。「クリスマスにここ東京でお届けできるのがミラクル」とのことで、確かに時期にぴったり!
さてこの曲を歌唱するのは、シャツにネクタイの上に白いジャージ風のジャケットを羽織ったイ・チュンジュさんです。サビに繰り返される “I Wish You A Merry Christmas”を街の人々として一緒に歌ってほしいというお願いがありました。メロディは2パターンで、キーボードで1回だけ弾かれたものをその場で歌って、はい、覚えましたね!という、突然の高難度ソルフェージュタイム。特に後半のメロディが半音階を使った難しいもので、同行の妹とテンパっていたのですが、そんな我々の様子を知ってか知らずか、MC芳雄さんは「やればできますから!」。芳雄さん!私たちは芳雄さんじゃないんだよ〜😂🙏
実際に始まってみると、チュンジュさんの甘やかな歌声にリードされて、客席いっぱいにあたたかい歌声が溢れました。クリエを出ればすぐそこに美しいイルミネーションの通りがありますが、輝く冬の街を一緒に歩いたような幸福感を味わえました。本当に難しかったですけど…!*8
歌い終えたチュンジュさんが笑顔で片手のハートをくれて軽率にメロってしまったし、芳雄さんも「チュンジュさんのクリスマスコンサートみたいじゃないですか!」。覚えるのに四苦八苦したメロディは今もしっかり頭に残っていて、これがいつの日かクリスマスソングのスタンダードになるといいなぁと夢想しました。
12作品を振り返って
改めて1作品ずつ振り返り、ラインナップについて特徴的だと思ったことをメモしておきます。
美術・アートという魅力的なテーマ
多くの方が気づかれたと思いますが、「絵画」が出てくるナンバーが、実に3作品ありました。②Mystery to Me、 ⑦アンナの手紙、そして⑩Echoです。
これまでにも画家を主人公にしたミュージカルは存在しますが(ゴヤ、モディリアーニ等)、今回のショーケースではいずれも、画家本人が主人公ではないところに興味をそそられました。同じ芸術の範疇にある美術(Art)は、クリエーターにとっては見逃せない豊かな鉱脈なのかもしれません。
女性の声を届けるナンバー
次に興味を惹かれたのは、女性の声を届けるナンバーが多かったことです。具体的には、一部重なりますが②Mystery to Me、⑤Fortune、 ⑦アンナの手紙、⑨Caledonian Sleeperです。女性のナンバーでいうと⑧Smoke and Mirrorsも入るのだけど、ここでは心情の吐露に着目しています。⑤Fortuneではディケンズの影に隠れがちだったアンジェラにスポットを当てており、⑨Caledonian Sleeperでは、おそらくごく普通の若い女性であるリディアの心に寄り添っていました。⑦アンナの手紙ではアンナの決意が語られますが、その背景にはクラウディアとの強い絆があり、また男性のナンバーでしたが⑪Never Gonna Be Like Themの作品『Mommy Issues』は「人形の家」の翻案であり、作中には妻のシェルビー(原作のノラ)のナンバーが含まれるのかもしれません。
ここ1〜2年に私が見たそう多くない中でも「ジェーン・エア」「マリー・キュリー」「東京ローズ」「VIOLET」などがあり*9、この冬には「SIX」も控えていますが、これからさらに女性の声を届ける作品が増えるかもしれない、そんなふうに期待させてくれるラインナップでした。そうそう、クリエーター陣の中にも女性が当たり前にたくさんいたことが嬉しかった!
現代を映す、関係性の提示
12曲中デュエットは4曲で、そもそも1/3にとどまるのですが、前述の通り、恋愛関係が背景にある男女のデュエットは1曲のみでした。その代わり、①食べさせたい(먹여주고 싶어)で男性どうしの愛情が当たり前に示唆されていたことは特筆しておきたいです。一方、②I'm Okayや⑪Never Gonna Be Like Themでは兄弟や夫婦といった、家族関係の難しさを扱っていました。男女が愛し合うミュージカルももちろん大好きなのですが、ミュージカルという形式では、音楽の力によってどんな関係も描けるのだと思えました。
各国の豊かなテロワール
そして最後に。4つの国のチームが作品を持ち寄ったこのショーケースでは、各国のカラーを自ずと感じ取ることができました。もちろんすべての作品が自国を舞台にしていたわけではありませんが、それでも②I'm Okayや⑤Fortuneのように、自国の歴史や実在の人物について埋もれがちなトピックを発掘する試みがあり、④Late Summer Love Songの公園のブランコや、⑤Caledonian Sleeperで走り続けるエジンバラ発の夜行列車など、その国ならではの道具立ても見られました。普段はブロードウェイやウィーン発のミュージカルを観ることが多い中、日本はもちろん、各国の豊かなテロワールに根ざした作品にたくさん触れられて、とても刺激的な機会でした。
おわりに
終演後の日比谷。
最後にクリエーター全員が呼び込まれ、演者の前に整列。改めて心から拍手を送りました。芳雄さんは「チケット代は高くなってますけど、ともに歩んでいきましょう」というような言葉をかけてくれました*10。芳雄さんの名司会ぶりは言うに及ばずですが、“Thank you very much”や“My pleasure”、「アンニョンハセヨ」といった声掛けをさりげなく織り交ぜるホスピタリティや、+αで掘り下げる質問力など、面目躍如の一言でした。この記事では12作品について真剣に取り扱ったためトーク内容はほとんど省いていますが、誇張ではなく、歌を聴いていない間は7割ぐらいヒィヒィ笑い続けていました。芳雄さん何喋ってもずっと面白いんだもん*11。
今回出会えた12の作品がさらに羽ばたいていくのが楽しみだし、きっと未来のロングランミュージカルになるものもあると信じています。そのためには、みんなで素敵だと思ったところ、どんどん語っていきたいですよね。
私もささやかながら、こうして文章でリフレクションを返すことで、作り手の応援を続けていきたいと思います*12。
参考文献
時間的制約から成書にはあたっていません。ほか、Wikipediaなども参照。
- 「Songwriter' SHOWCASE」配布資料(株式会社東宝、2024年12月18日)
- 日本弁護士連合会:米国の障害者差別禁止法等の障害者福祉法制に関する現地調査報告書*13
- 小西千鶴:ディケンズとユーレイニア慈善*14
*1:妹と連番で入って私のは友達に譲りました
*2:楽曲の背景だけでなく、歌詞が、全部書いてあるんです。しかも原詞と日本語訳が…!関係者向けだと思いますが観客の我々もいただけるなんて感激です。
*3:レジェンドオブミュージカルでも思ったけど、芳雄さんがバインダーを持っている時、手の綺麗さが際立って大好き
*4:意味:福岡タワーのようだ
*5:お前が始めた物語だろ←少なくとも私の場合、完全にMR!で芳雄さんに教育されてヒューヒュー機能が搭載されたので
*6:歌うのが遥海ちゃんということもあって、なんかSIXみたいだな〜面白そう〜と思って聞いていました
*7:説明しながら、創作への思いがあふれてしまったまこさん、帝劇や梅芸で堂々と指揮をするイメージがあったので意外な一面でした
*8:オクターブどっちにするか迷ったけど下にしました。上で歌えてる女性の声も聞こえた、すごい!
*9:芳雄さんが出なくても観る作品に、自分の好みがすごく出ていると改めて思った。…けど今この軽率なチケットの買い方ができない財政状況なんだよな、つらいなぁ。。
*10:芳雄さん、チケット代のくだりでめっっちゃ頷いてごめんなさい。でも板の上からそんなふうに気にかけてくれることはとてもありがたいのです。あと今回の豊かすぎる体験に対しては、チケ代7,000円、安すぎ!!
*11:私と妹、ツボが似てるのもあるけどとにかく芳雄さんに笑かされすぎてゲラのパワースポットと化していた
*12:私の書き手としての本来の居場所は、批評が誤解されることなく流通するジャンルです。もともとやっていたライブレポからほぼ降りたのち、今は舞台作品について掘り下げて思考することが楽しく、でもオタクとして書くのは限界を感じていたりもしていて、今回も、まだ書き終わっていない時点で勝手な誤解と誤った知識で干渉されるという非常に不愉快な経験をしました…。でもまだ諦めたくない…。
*13:https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/committee/list/data/handicapped_usa_report_201603.pdf?fbclid=IwZXh0bgNhZW0CMTAAAR3akOqK4yLDdFnLNT6bC-Z2n42XGsSjhngyAZZxFx0zCN3xxnfsxvKSoqw_aem_t5XoL4gp9KPwtXhnS_fWAA
*14:https://kobe-cufs.repo.nii.ac.jp/record/2630/files/2021_O13_konishi_01.pdf