本開示の一実施形態(以下「本実施形態」と記す)に係る複合タングステン酸化物粒子の製造方法の具体例を、以下に図面を参照しつつ説明する。なお、本発明はこれらの例示に限定されるものではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
[複合タングステン酸化物粒子の製造方法]
以下、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法の一構成例について説明する。
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、一般式MxWyOzで表わされる複合タングステン酸化物粒子の製造方法に関し、以下の工程を有することができる。
なお、上記一般式中のM元素は、アルカリ金属、アルカリ土類金属、希土類元素、Mg、Zr、Cr、Mn、Fe、Ru、Co、Rh、Ir、Ni、Pd、Pt、Cu、Ag、Au、Zn、Cd、Al、Ga、In、Tl、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、B、F、P、S、Se、Br、Te、Ti、Nb、V、Mo、Ta、Re、Be、Hf、Os、Bi、Iのうちから選択される1種類以上の元素とすることができる。また、Wはタングステン、Oは酸素を表し、x、y、zはそれぞれ、0.001≦x/y≦1、2.2≦z/y≦3.0を満たすことが好ましい。
タングステン源とM元素源とを含む原料混合溶液の液滴を形成する液滴形成工程。
液滴を反応場の温度が500℃以上の火炎に供給し、加熱する加熱工程。
加熱工程で得られた粒子を、還元性ガスを含む雰囲気下で、400℃より高く700℃未満の範囲の温度で還元処理する還元処理工程。
ここでまず、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法で製造する複合タングステン酸化物粒子について説明する。
複合タングステン酸化物粒子に含まれる複合タングステン酸化物は、上述のように一般式MxWyOzで表記される。式中のM元素、W、O、及びx、y、zについては既述のため、ここでは説明を省略する。
複合タングステン酸化物は、例えば正方晶、立方晶、及び六方晶のいずれかの、タングステンブロンズ型の結晶構造をとることができる。本実施形態の複合タングステン酸化物粒子に含まれる複合タングステン酸化物の結晶構造は特に限定されず、正方晶、立方晶、六方晶から選択された1種類以上の結晶構造を有することができる。
ただし、複合タングステン酸化物が六方晶の結晶構造を有する場合、複合タングステン酸化物粒子の可視光線領域の光の透過率、及び近赤外線領域の光の吸収が特に向上するため好ましい。このため、複合タングステン酸化物粒子は、六方晶の結晶構造の複合タングステン酸化物を含むことが好ましい。そして、M元素にCs、Rb、K、Tl、Ba、Inから選択された1種類以上を用いると六方晶を形成し易くなる。このため、M元素はCs、Rb、K、Tl、Ba、Inから選択された1種類以上を含むことが好ましい。
ここで、複合タングステン酸化物が六方晶の結晶構造を有する場合のM元素の配置の仕方を説明する。
Wと、6つのOとを単位として形成される8面体、すなわち頂点にO原子を配し、中央部にW原子を配した8面体が、6個集合することでO原子より構成される六角形の空隙(トンネル)が形成される。そして、当該空隙中に、M元素が配置されて1箇の単位を構成し、この1箇の単位が多数集合して六方晶の結晶構造を構成する。六方晶の結晶構造を有する複合タングステン酸化物が均一な結晶構造を有するとき、M元素の添加量は、x/yの値で0.2以上0.5以下が好ましく、さらに好ましくは0.33である。z/y=3の時、x/yの値が0.33となることで、M元素が六角形の空隙の全てに配置されると考えられる。
同様に、z/y=3の時、立方晶、正方晶のそれぞれの複合タングステン酸化物にも構造に由来したM元素の添加量の上限があり、1モルのタングステンに対するM元素の最大添加量は、立方晶の場合は1モルであり、正方晶の場合は0.5モル程度である。なお、正方晶の場合の1モルのタングステンに対するM元素の最大添加量は、M元素の種類により変化するが、工業的に製造が容易なのは、上述のように0.5モル程度である。但し、これらの構造は、単純に規定することが困難であり、当該範囲は特に基本的な範囲を示した例であることから、本発明がこれに限定されるわけではない。
また、M元素は極微量でも添加することで、複合タングステン酸化物内に自由電子が生成され、目的とする赤外線吸収効果を得ることができる。このため、x/yは、0.001≦x/y≦1を満たすことが好ましい。
また、複合タングステン酸化物は、三酸化タングステン(WO3)にM元素を添加した組成を有している。そして、三酸化タングステンでは有効な自由電子を含まないため、1モルのタングステンに対する酸素の割合を3未満としないと赤外線吸収効果を発揮することはできない。しかしながら、複合タングステン酸化物では、M元素を添加することで自由電子を生じ、赤外線吸収効果を得ることができる。このため、1モルのタングステンに対する酸素の割合は3以下とすることができる。ただし、WO2の結晶相は可視光線領域の光について吸収や散乱を生じさせ、近赤外線領域の光の吸収を低下させる恐れがある。このため、WO2の生成を抑制する観点から、1モルのタングステンに対する酸素の割合は2より大きくすることが好ましい。
従って、上述のように2.2≦z/y≦3.0を満たすことが好ましい。
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により製造する複合タングステン酸化物粒子の粒子径は特に限定されず、使用目的等に応じて選定することができる。
例えば透明性を保持することが要求される用途に使用する場合は、800nm以下の粒子径を有していることが好ましい。これは、粒子径が800nm以下の粒子は、散乱により光を完全に遮蔽することが無く、可視光線領域の視認性を高く保持し、同時に効率良く透明性を保持することができるからである。特に可視光線領域の透明性を重視する場合は、さらに粒子による散乱を考慮することが好ましい。
係る粒子による散乱の低減を重視するとき、粒子径は200nm以下であることが好ましく、100nm以下であることがより好ましい。
これは、粒子径が小さければ、幾何学散乱もしくはミー散乱による、波長400nm~780nmの可視光線領域の光の散乱が低減される結果、赤外線遮蔽膜が曇りガラスのようになり、鮮明な透明性が得られなくなるのを回避できるからである。そして、粒子径が200nm以下になると、上記幾何学散乱もしくはミー散乱が低減し、レイリー散乱領域になる。レイリー散乱領域では、散乱光は粒子径の6乗に比例して低減するため、粒子径の減少に伴い散乱が低減し透明性が向上するからである。さらに粒子径が100nm以下になると、散乱光は非常に少なくなり好ましい。光の散乱を回避する観点からは、粒子径が小さい方が好ましい。
このため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により製造する複合タングステン酸化物粒子の粒子径は、用いる用途に応じて選択することができる。例えば上述のように可視光線領域の視認性を高く保持することが求められる場合には、粒子径は800nm以下とすることが好ましく、200nm以下とすることがより好ましく、100nm以下とすることがさらに好ましい。本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により製造する複合タングステン酸化物粒子の粒子径の下限値は特に限定されないが、例えば1nm以上とすることができる。
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径は、該粒子を例えばSEMやTEMで観察し、該粒子に外接する最小の外接円を描いた場合の直径とすることができる。
なお、例えば後述する液滴形成工程において形成する液滴のサイズや、加熱工程での火炎の反応場の温度等を調整することで、得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径を選択することができる。
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法により得られた複合タングステン酸化物粒子を含有する赤外線遮蔽材料は近赤外線領域、特に波長1000nm付近の光を大きく吸収するため、その透過色調は青色系から緑色系となる物が多い。
次に、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法について具体的に説明する。
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法はタングステン源と、M元素源とを含む液滴を火炎中へ供給し、加熱処理を行う火炎噴霧分解法である。
そこで、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、既述の様にタングステン源とM元素源とを含む原料混合溶液の液滴を形成する液滴形成工程と、液滴を反応場の温度が500℃以上の火炎に供給し、加熱する加熱工程とを有することができる。
液滴形成工程では、タングステン源とM元素源とを含む原料混合溶液の液滴を形成することができる。
液滴形成工程において液滴を形成する具体的な手段は特に限定されない。例えばスプレーノズルを用いてタングステン源とM元素源とを含む溶液の液滴を形成する方法や、タングステン源とM元素源とを含む溶液に対して超音波照射を行い、液滴を形成する方法、二流体ノズルを用いて液滴を形成する方法、遠心アトマイザーを初めとした各種アトマイザーを用いて液滴を形成する方法等が挙げられる。
特に微細な液滴を安定して形成できることから、タングステン源とM元素源とを含む溶液に対して超音波を照射して液滴を形成することが好ましい。すなわち超音波を用いた液滴形成方法を好適に用いることができる。
なお、タングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを別に用意しておき、例えば液滴形成部(液滴形成手段)に供給する直前、もしくは液滴形成部内で混合し、タングステン源とM元素源とを含む溶液を形成することが好ましい。すなわち、液滴形成工程において、タングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを混合し、原料混合溶液を形成することが好ましい。そして、原料混合溶液の形成に引き続き、連続して原料混合溶液を用いて液滴を形成することが好ましい。
液滴形成工程において両溶液を混合する具体的な方法は特に限定されない。例えばタングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを液滴形成部である超音波噴霧装置(超音波照射装置)に別々に導入し、該装置内で両溶液を混合して原料混合溶液とし、液滴を形成することが好ましい。すなわち、液滴形成工程において、超音波噴霧装置を用いて原料混合溶液の液滴を形成している場合、超音波噴霧装置において、タングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを混合し、原料混合溶液を形成することが好ましい。このようにタングステン源を含む溶液と、M元素源を含む溶液とを別に用意しておき、例えば超音波噴霧装置において混合することで、原料混合溶液を形成してから液滴にするまでの時間を特に短くすることができる。このため、中和反応によりタングステン源と、M元素源とが反応し、原料混合溶液内で析出等が生じることを特に抑制できる。
タングステン源としては特に限定されず、タングステンの塩等を用いることができ、例えばパラタングステン酸アンモニウムを好ましく用いることができる。パラタングステン酸アンモニウム(ATP:ammonium tungstate pentahydrate)は、例えば(NH4)10(W12O41)・5H2Oと表すことができる。
パラタングステン酸アンモニウムは、タングステン以外の元素が、N(窒素)、H(水素)、O(酸素)であり、後述する加熱工程において系外に排出される。このため、タングステン源を含む溶液の溶質として用いることで、不純物の混入を抑制した複合タングステン酸化物粒子を得ることができるため好ましく用いることができる。
また、タングステン源を含む溶液としては、取扱いの容易さ等から、タングステン源を含む水溶液を好適に用いることができる。このため、タングステン源としては水溶性の塩を好適に用いることができる。そして、パラタングステン酸アンモニウムは水への溶解が容易であり、溶媒として水を用い、タングステン源を含む溶液を容易に形成できるため、好ましく用いることができる。
M元素源を含む溶液としては、例えばM元素を含む塩の溶液を用いることができる。M元素源であるM元素の塩の種類は特に限定されないが、例えばM元素の炭酸塩、酢酸塩、硝酸塩、水酸化物等から選択された1種類以上を用いることができる。
M元素源を含む溶液としては、取扱いの容易さ等から、M元素源を含む水溶液を好適に用いることができる。このため、M元素の塩としては水溶性の塩を好適に用いることができる。
例えば、M元素がセシウムの場合においても、炭酸塩、酢酸塩、硝酸塩、水酸化物等から選択された1種類以上を用いることができるが、炭酸塩を特に好適に用いることができる。これは、炭酸セシウムが水への溶解が特に容易であるからである。
なお、得られる複合タングステン酸化物中の1モルのタングステンに対する、M元素の割合、すなわちドープ量は、原料混合溶液を形成する際のタングステン源と、M元素源との割合により決まる。このため、例えばタングステン源を含む溶液の濃度や、M元素源を含む溶液の濃度等により制御できる。
タングステン源を含む溶液に含まれるタングステン源の濃度は特に限定されない。例えば、タングステン源を含む溶液のタングステン濃度が0.012mol/L以上120mol/L以下であることが好ましい。これは、タングステン源を含む溶液のタングステン濃度を0.012mol/L以上とすることで、単位時間当たりの複合タングステン酸化物粒子の生産量を十分に確保でき、例えばフィルター等で十分な量を回収することができ、生産性を高めることができるからである。また、タングステン源を含む溶液のタングステン濃度を120mol/L以下とすることで、生成した粒子が凝集することを抑制し、例えば1μm以上の粗大な複合タングステン酸化物粒子が混入することを抑制できるからである。
タングステン源を含む溶液として、例えばパラタングステン酸アンモニウム水溶液を用いる場合、パラタングステン酸アンモニウムは分子内に12個のタングステンを含むため、パラタングステン酸アンモニウムの濃度は0.001mol/L以上10mol/L以下が好ましい。
また、M元素源を含む溶液に含まれるM元素の濃度についても特に限定されるものではなく、製造する複合タングステン酸化物粒子における所望の組成や、タングステン源を含む溶液に含まれるタングステン源の濃度等に応じて選択することができる。
原料混合溶液には、タングステン源を含む溶液や、M元素源を含む溶液以外にも任意の成分を添加できる。例えば後述する加熱工程で用いる火炎での還元剤として、アンモニアを添加することもできる。タングステン源を含む溶液として、既述のパラタングステン酸アンモニウム水溶液を用いる場合、上記アンモニアは、例えばパラタングステン酸アンモニウム水溶液に添加しておくことができる。
液滴形成工程で形成する液滴のサイズは特に限定されないが、液滴の直径は100μm以下であることが好ましく、10μm以下であることがより好ましく、5μm以下であることがさらに好ましい。液滴の直径を100μm以下とすることで、得られる複合タングステン酸化物粒子が粗粒化することを防ぎ、ナノメートルオーダーの複合タングステン酸化物粒子を得ることが可能になる。なお、液滴形成工程で形成する液滴のサイズの下限値は特に限定されない。ただし、過度に小さい液滴を形成することは困難であり、生産性が低下する恐れがあることから、例えば1μm以上であることが好ましい。
液滴形成工程で形成した液滴は、例えばキャリアガスにより搬送し、加熱工程に供することができる。
次に加熱工程について説明する。
加熱工程では、液滴を反応場の温度が500℃以上の火炎に供給し、加熱することができる。
原料混合溶液の液滴は、窒素ガスなどのキャリアガスにより火炎中を移動し、火炎内部での温度変化により、まず溶媒部分、例えば水が蒸発し、次いで溶質部分、例えばタングステン源であるタングステンの塩等や、M元素源であるM元素の塩等の分解が生じる。なお、既述の様にタングステン源としてはパラタングステン酸アンモニウム等が、M元素源としてはM元素がセシウムの場合であれば炭酸セシウム等が挙げられ、これらの塩が分解する。
そして、溶質部分の分解過程で、タングステンとM元素とが反応して、複合タングステン酸化物が形成される。
なお、原料混合溶液には既述の様にアンモニアを添加しておくこともでき、係るアンモニアは還元剤としても機能する。
加熱工程で液滴を加熱する際、液滴に含まれる溶媒が水の場合、該水の蒸発は50℃以上120℃以下の範囲で生じていると推定される。また、タングステン源や、M元素源の分解は、例えば120℃以上500℃以下の範囲で生じていると推定される。そして、タングステン源や、M元素源の分解の過程、及びさらに高温の温度でタングステンとM元素とが反応して、複合タングステン酸化物が形成されていると考察される。
このため、タングステン源や、M元素源の分解を十分に進行させ、複合タングステン酸化物への不純物の混入を抑制するため、火炎の反応場の温度は、タングステン源や、M元素源の分解温度以上であることが好ましい。そして、タングステン源や、M元素の塩は500℃以下で分解すると考えられるため、加熱工程で用いる火炎の反応場の温度は500℃以上であることが好ましく、特に550℃以上であることがより好ましく、1000℃以上であることがさらに好ましい。
火炎の反応場の温度の上限は特に限定されないが、火炎の反応場の温度を上げるために過度のエネルギーを要することになるため、例えば1500℃以下であることが好ましい。
ここで、火炎での反応場とは、火炎の内炎部等の温度が最も高くなっている部分であり、複合タングステン酸化物が形成されると推定される場である。そして、反応場の温度とは、複合タングステン酸化物の形成が推定される反応場、すなわち火炎の内炎部等の温度である。反応場の温度は熱電対により測定できる。
火炎は、例えば酸素と、燃料ガスである可燃性気体とを含む混合気体を用いて形成することができる。可燃性気体としては、例えばメタン等を用いることができる。
そして、火炎のサイズや、火炎の温度を調整する方法は特に限定されないが、例えば混合気体中の酸素と、可燃性気体との流量比を可燃性気体の燃焼が可能な流量比とし、酸素、及び可燃性気体の流量を調整することで行うことが好ましい。これは可燃性気体が、燃焼するために必要な酸素量を確保しつつ火力を調整することができるからである。
例えば火炎を、酸素とメタンとを含む混合気体を用いて形成している場合、混合気体中のメタンと酸素の流量の比は、メタン1に対し酸素を2以上3以下とし、メタンの流量を0.5L/min以上2L/min以上の範囲とすることが好ましい。
これはメタンの流量を1とした場合に、酸素の流量を2以上とすることで、可燃性気体であるメタンの燃焼を十分に促進できるからである。ただし、酸素の供給が過剰とならないように、メタン1に対して、酸素を3以下供給することが好ましい。
火炎の反応場の温度は、得られる複合タングステン酸化物粒子の粒子径にも影響する。本発明の発明者らの検討によれば、火炎の反応場の温度が上がるにつれて、得られる複合タングステン酸化物粒子の粒径が小さくなる傾向がみられる。
タングステン源の溶液としてパラタングステン酸アンモニウム水溶液を、M元素源の溶液として炭酸セシウム水溶液を用いて、セシウムドープ酸化タングステン酸化物粒子を製造した場合を例に説明する。この場合、火炎の反応場の温度が500℃以上1000℃未満の場合は、セシウムドープ酸化タングステン酸化物粒子の粒子径は100nmから1μm未満となった。また、火炎の反応場の温度が、さらに高温の1000℃以上となると、セシウムドープ酸化タングステン酸化物粒子の粒子径は100nm未満となる場合があった。
これは、火炎の反応場の温度が高くなると、生成した複合タングステン酸化物粒子の昇華に熱エネルギーが使われ、昇華により粒子が弾けて微細な粒子径の粒子が得られるためと推認される。
(還元処理工程)
加熱工程を経て得られた粒子、すなわち複合タングステン酸化物粒子は、赤外線吸収特性を発現しないことがあった。そこで、本発明の発明者らが検討を行ったところ、加熱工程を経て得られた複合タングステン酸化物粒子について還元処理を行う還元処理工程をさらに実施することで、複合タングステン酸化物粒子は、赤外線吸収特性を発現できることを見出した。
このため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、加熱工程で得られた粒子を、還元性ガスを含む雰囲気下で還元処理する還元処理工程を有することができる。
還元処理の条件は特に限定されないが、還元処理後の複合タングステン酸化物粒子をX線回折パターンにより解析した場合に、還元処理工程の前後で結晶構造が変化せず、かつ金属のタングステン等が析出しないように還元処理の条件を選択することが好ましい。
還元処理工程では、加熱工程で得られた複合タングステン酸化物を、還元性ガスを含む還元雰囲気下で昇温と降温を行うことで、すなわち熱処理を行うことで還元処理できる。
還元処理工程の間、複合タングステン酸化物粒子は撹拌しても静置してもよく、還元処理工程での複合タングステン酸化物粒子の取り扱いは適宜選択できるが、金属のタングステンが析出しないように取扱い条件を選択することが好ましい。
還元処理の温度(還元処理温度)は、400℃より高く700℃未満で、望ましくは500℃以上700℃未満で、より望ましくは600℃以上700℃未満である。なお、室温から、還元処理の温度まで昇温後、再び室温まで降温することができる。
還元処理の温度を400℃より高くすることで複合タングステン酸化物粒子について還元処理を進め、赤外線吸収特性をより確実に発揮できる。また、700℃未満とすることで、複合タングステン酸化物粒子が金属タングステンに還元されることを防止できる。
還元雰囲気は、アルゴンなどの不活性ガスと、H2ガス(水素ガス)等の還元性ガスとの混合ガスによる雰囲気とすることが好ましく、還元性ガスはH2ガスが望ましい。
還元性ガスとしてH2ガスを用いる場合、還元雰囲気中のH2ガスの含有量は、適宜選択できるが、H2ガスの含有量は、体積割合で0.1%以上10%以下の範囲が好ましく、2%以上10%以下の範囲がより好ましい。還元性ガスのみの雰囲気で還元すると、還元反応が過剰に進み金属のタングステンが析出することがあるので注意が必要である。
還元処理工程の時間は、昇温から、降温までの全時間で30分以上とすることが望ましい。還元処理工程の時間の上限は特に限定されず、例えば過度に還元が進行しないように予備試験等を行い、選択することが好ましい。なお、ここでいう昇温から降温までの全時間とは、室温から昇温を開始し、還元処理温度に達した後、室温に冷却するまでの時間を意味する。なお、係る時間、複合タングステン酸化物粒子は、既述の還元雰囲気下に置かれていることが好ましい。
このように還元処理工程を実施することで、そのメカニズムは明らかではないが、加熱工程後に得られた複合タングステン酸化物粒子について、X線回折パターンで確認された例えばCsW1.6O6相やCs2O相等の異相をCs0.32WO3相に変換させることもできる。このため、還元処理工程を実施することで、赤外線吸収特性にあまり寄与しない異相を、赤外線吸収特性を発揮できる目的の相とすることもできるため、特に赤外線吸収特性に優れた複合タングステン酸化物粒子を得ることが可能になる。
[複合材料製造装置]
本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法に好適に用いることができる複合材料製造装置の構成例について以下に説明する。
図1は、本実施形態の複合材料製造装置10を模式的に表した図である。
図1に示すように、複合材料製造装置は、原料溶液となる、タングステン源を含む溶液を入れた第1格納部11と、M元素源を含む溶液を入れた第2格納部12とを有することができる。
第1格納部11と液滴形成部13、及び第2格納部12と液滴形成部13は、それぞれ配管で接続しておくことができる。なお、各格納部に入っているタングステン源を含む溶液や、M元素源を含む溶液を、所望の供給速度で液滴形成部13に供給できるように、例えば係る配管上に図示しないポンプ等を配置できる。
そして、第1格納部11、及び第2格納部12から液滴形成部13に供給されたタングステン源を含む溶液、およびM元素源を含む溶液は、図1に示した装置では液滴形成部13内の上部で混合され、原料混合溶液が形成される。次いで、形成された原料混合溶液を用いて、液滴形成部13により液滴が形成される。
なお、図1に示した液滴形成部13は超音波噴霧装置の場合を例に示しており、例えば超音波照射手段131により、原料混合溶液に超音波が照射され、液滴が形成される。
液滴形成部13にはキャリアガスを充てんした第1ガスタンク14が接続されており、該第1ガスタンク14から液滴形成部13に対してキャリアガスが供給される。そして、液滴形成部13で形成した液滴はキャリアガスにより搬送され、輸送部15の導入管151を介して火炎18に供給される。第1ガスタンク14と液滴形成部13との間には、流量を制御するためのマスフローコントローラー等を配置しておくこともできる。
輸送部15は、例えば導入管151と同心円状にその外周に配置された燃料ガス供給部152と、酸素ガス供給部153とを有することができる。なお、輸送部15は火炎18を形成するためのバーナーとしての機能も兼ねることができる。
燃料ガス供給部152には、燃料ガス、例えばメタンガスを充てんした第2ガスタンク16を、酸素ガス供給部153には酸素ガスを充てんした第3ガスタンク17を、それぞれ接続しておくことができる。第2ガスタンク16と燃料ガス供給部152との間や、第3ガスタンク17と酸素ガス供給部153との間にはそれぞれ、流量を制御するためのマスフローコントローラー等を配置しておくこともできる。
上記構成とすることで、輸送部15は火炎18の下方から、酸素と、燃料ガスと、キャリアガスに搬送された液滴とを供給することができる。そして、酸素と燃料ガスとにより火炎18が形成され、該火炎18に液滴が供給され、既述の加熱工程を実施できる。
火炎18の周囲には反応管19を配置しておき、火炎18により加熱工程がなされ、得られた複合タングステン酸化物粒子が系外に放出されないように構成しておくことが好ましい。そして、得られた複合タングステン酸化物粒子は、反応管19に接続されたフィルター20により回収することができる。
なお、フィルター20には、トラップ21や、ポンプ22を接続しておき、生成した複合タングステン酸化物粒子をフィルター20へと誘導し、また複合タングステン酸化物粒子以外のガス等を分離できるように構成しておくことが好ましい。
(還元処理装置)
還元処理装置では、既述の還元処理工程を実施することができる。
還元処理装置は、既述の還元処理工程を実施できるように構成されていればよく、特に限定されない。例えば、既述の複合材料製造装置で得られた粒子である複合タングステン酸化物粒子を格納する容器と、該容器内に還元雰囲気とする混合ガスを供給するガス配管と、該容器を加熱する熱源を備えればよい。
なお、容器内に還元雰囲気とする混合ガスを導入、排気し、複合タングステン酸化物粒子を該混合ガスの気流下に置くこともできる。この場合には、係る気流を形成できるように、ガス配管として混合ガスの供給配管、及び排気配管を設けておくことができる。
また、容器内の複合タングステン酸化物粒子を撹拌する撹拌羽なども併用してもよい。
図2は還元処理装置の一構成例を模式的に示した図であり、還元処理装置30の反応管31の中心軸を通る面での断面図を示している。
還元処理装置30は、横型の管状炉であり、反応管31の一方の口31Aに図示しないガス導入管を、該管状炉の他方の口31Bに図示しないガス排気管を取り付けて用いることができる。そして、一方の口31A側から還元雰囲気とする混合ガスを供給することで、反応管31内を還元雰囲気とすることができる。
反応管31の周囲にはヒーター32を設けておくことができ、複合タングステン酸化物粒子は、ボート等のセラミック製の容器33に入れ、管状炉の反応管31内のヒーター32に対応した位置に配置できる。
係る還元処理装置30を用い、反応管31内を還元雰囲気とし、ヒーター32により所望の温度に加熱することで、容器33に入れられた複合タングステン酸化物粒子34の還元処理を行うことができる。
以上に説明した本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法によれば、火炎中に、原料混合溶液の液滴を供給するだけの簡単な工程で、かつ特殊な装置を用いることなく複合タングステン酸化物粒子を製造することができる。このため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法によれば、導入コストの低い設備を用いることができる。また、近赤外線吸収粒子である複合タングステン酸化物粒子を、粉砕などのプロセスを経ることなく直接的に得ることができ、工程数も少なくすることができる。従って、容易に複合タングステン酸化物粒子を製造できる。
さらに、還元処理工程を実施することで、確実に赤外線吸収特性を発現することができ、また加熱工程で合成された複合タングステン酸化物粒子に異相が含まれても、異相を低減、除去できる。そのため、本実施形態の複合タングステン酸化物粒子の製造方法は、産業上の利用価値が高い。
以下に具体的な実施例を挙げて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
[参考例1]
図1に示した複合材料製造装置10を用いて、複合タングステン酸化物粒子の製造を行い、評価を行った。以下、具体的な条件について説明する。
まず、タングステン源を含む溶液として、(NH4)10(W12O41)・5H2Oで表されるパラタングステン酸アンモニウム(ATP)(関東化学製 純度:88~90%)、及び超純水を用いて10mmol/Lのパラタングステン酸アンモニウム水溶液を調製した。そして、係るパラタングステン酸アンモニウム水溶液は、第1格納部11に入れ、第1格納部11に配管で接続された液滴形成部13に連続して供給されるように構成した。
また、M元素源を含む溶液として、炭酸セシウム(シグマアルドリッチ社製)、及び超純水を用いて19.2mmol/Lの炭酸セシウム水溶液を調製した。そして、係る炭酸セシウム水溶液は、第2格納部12に入れ、第2格納部12に配管で接続された液滴形成部13に連続して供給されるように構成した。
なお、図示しないポンプにより第1格納部11、及び第2格納部12から、配管を介して液滴形成部13に各溶液が一定の流速で供給され、液滴形成部13内の上部で両溶液が混合され原料混合溶液が形成されるように構成されている。そして、液滴形成部13内で形成される原料混合溶液中の1モルのタングステンに対するセシウムのモル数の割合が0.32となるように供給速度、及び各溶液の濃度を調整した。原料混合溶液中では、5 mmol/Lのパラタングステン酸アンモニウムと9.6mmol/Lの炭酸セシウムが含まれる。
液滴形成部13には、超音波照射手段131が設けられており、形成された原料混合溶液に対して超音波を照射し、直径が1μm以上7μm以下の液滴を形成できるように超音波の出力を調整しておいた。なお、液滴形成部13としては、超音波式ネブライザ(オムロンヘルスケア株式会社製 型式:NE-U17 超音波発信周波数1.7MHz)を用いた。
また、液滴形成部13には、第1ガスタンク14が接続されており、第1ガスタンク14としては窒素ボンベを用いた。なお、液滴形成部13と、第1ガスタンク14との間には図示しないマスフローコントローラーが配置されており、窒素ガスの流量が制御できるように構成した。そして、複合タングステン酸化物粒子を製造している間、液滴形成部13にはキャリアガスとして、第1ガスタンク14から窒素ガスが3L/minの流量で供給されるように構成した。
液滴形成部13には、輸送部15の導入管151が接続されており、液滴形成部13で形成した液滴は上記キャリアガスにより搬送され、輸送部15の導入管151を介して火炎18に供給される。
輸送部15は導入管151と、同心円状にその外周に配置された燃料ガス供給部152と、酸素ガス供給部153とを有し、火炎18を形成するためのバーナーとしての機能も兼ねている。
燃料ガス供給部152には、メタンガスを充てんした第2ガスタンク16を、酸素ガス供給部153には酸素ガスを充てんした第3ガスタンク17を、それぞれ接続しておいた。第2ガスタンク16と燃料ガス供給部152との間、及び第3ガスタンク17と酸素ガス供給部153との間にはそれぞれ、図示しないマスフローコントローラーを配置し、その流量が制御できるように構成されている。
本参考例では、メタンガス流量を0.5L/min、酸素ガス流量を1.25L/minとした。この際の火炎の形状と、火炎内の温度分布を図3(A)に示す。なお、温度分布はK型熱電対により測温して求めており、図3(A)中左側が火炎を模式的に表した図であり、図3(A)中右側のグラフが温度分布を示している。係るグラフ中の横軸が火炎の温度を、縦軸が、輸送部15の上端の位置、すなわち火炎の最下端部を0とした場合の高さ方向の位置を示しており、単位はcmとなる。図3(A)に示すように、火炎18の反応場の温度はグラフ中丸を付けた点であり、595℃となっていた。
また、火炎18の周囲には反応管19を配置しておき、加熱工程がなされ、得られた複合タングステン酸化物粒子が系外に放出されないように構成し、得られた複合タングステン酸化物粒子は、反応管19に接続されたフィルター20により回収するように構成した。なお、フィルター20としてはバグフィルターを用いた。
また、フィルター20には、トラップ21、及びポンプ22を接続しておき、生成した複合タングステン酸化物粒子をフィルター20に誘導するようにし、また複合タングステン酸化物粒子以外のガス等を分離できるように構成しておいた。
以上のように、液滴形成部13に、第1格納部11からパラタングステン酸アンモニウム水溶液を、第2格納部12から炭酸セシウム水溶液をそれぞれ供給し、原料混合溶液を液滴形成部13内の上部で形成した。そして、係る原料混合溶液の液滴を液滴形成部13により形成した(液滴形成工程)。
次いで、得られた液滴は、キャリアガスである窒素ガスにより、火炎18に供給し、加熱処理を行った(加熱工程)。
加熱工程終了後に得られた複合タングステン酸化物粒子をフィルター20により回収した。
得られた複合タングステン酸化物粒子である、Cs0.32WO3粒子について、以下の評価を行った。
(1)粉末X線回折
複合タングステン酸化物粒子について、粉末X線回折装置(Bruker社製 型式:D2 PHASER)を用い、粉末X線回折パターン(XRDパターン)の測定を行った。なお、線源としてはCuKα線を用い、管電圧40kV、管電流30mAとして粉末X線回折パターンの測定を行った。
得られたXRDパターンを図4に示す。図4にはあわせてJCPDS 81-1244 :Cs0.32WO3、COD No.1004090:CsW1.6O6の回折ピーク位置も併せて示す。
図4に示したように、XRDパターンから、得られた複合タングステン酸化物粒子は30°付近にCsW1.6O6相が見られるもののほぼCs0.32WO3の単相と考えられる。
(2)SEM像観察
得られた三酸化タングステンの粒子について、電界放出形走査型電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission-Scanning Electron Microscope ハイテクノロジーズ社製 型式:S-5200)を用いて観察を行った。観察は印加電圧を5~20kVとして行った。
得られたSEM像を図5(A)に示す。図5(A)に示したSEM画像から、300nm程度の球状粒子と数十nmサイズの微細な粒子が析出したことを確認できる。これは、火炎の反応場の温度が他の参考例と比較して低いため液滴の形を維持したまま結晶化が進んだためと考えられる。
[参考例2]
メタンガス流量を1L/min、酸素ガス流量を2.5L/minとして、火炎の反応場の温度を880℃とした点以外は、参考例1と同様にして複合タングステン酸化物粒子の製造、評価を行った。
この際の火炎の形状と、火炎内の温度分布を図3(B)に示す。なお、図3(B)中左側が火炎を模式的に表した図であり、図3(B)中右側のグラフが温度分布を示している。係るグラフ中の横軸が火炎の温度を、縦軸が、輸送部15の上端の位置、すなわち火炎の最下端部を0とした場合の高さ方向の位置を示しており、単位はcmとなる。図3(B)に示すように、火炎18の反応場の温度はグラフ中丸を付けた点であり、880℃となっていた。
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを図4に示す。15°、30°付近にCsW1.6O6相が見られたが、概ねCs0.32WO3の単相と考えられる。
また、観察したSEM像を図5(B)に示す。参考例1と同様に粒径が300nm程度の球状粒子と数十nmサイズの微細な粒子が析出したことを確認できた。本参考例では、参考例1よりも火炎の反応場の温度が上昇したものの、参考例1の場合と同様に液滴の形を維持したまま結晶化が進んだためと考えられる。
[参考例3]
メタンガス流量を2L/min、酸素ガス流量を5L/minとして、火炎の反応場の温度を1080℃とした点以外は、参考例1と同様にして複合タングステン酸化物粒子の製造、評価を行った。
この際の火炎の形状と、火炎内の温度分布を図3(C)に示す。なお、図3(C)中左側が火炎を模式的に表した図であり、図3(C)中右側のグラフが温度分布を示している。係るグラフ中の横軸が火炎の温度を、縦軸が、輸送部15の上端の位置、すなわち火炎の最下端部を0とした場合の高さ方向の位置を示しており、単位はcmとなる。図3(C)に示すように、火炎18の反応場の温度はグラフ中丸を付けた点であり、1080℃となっていた。
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを図4に示す。参考例2の場合よりもCsW1.6O6相の回折ピークの強度が増加したもののCs0.32WO3の回折ピークの割合が多いことを確認できた。
また、観察したSEM像を図5(C)に示す。参考例1、2とは異なり、粒径が300nm程度の球状粒子は確認できなかった。一方粒径が数十nmサイズの角型粒子が析出した。火炎の反応場の温度がさらに上昇し、液滴が蒸発し、結晶化が進んだためと考えられる。
[参考例4]
メタンガス流量を3L/min、酸素ガス流量を7.5L/minとして、火炎の反応場の温度を1155℃とした点以外は、参考例1と同様にして複合タングステン酸化物粒子の製造、評価を行った。
この際の火炎の形状と、火炎内の温度分布を図3(D)に示す。なお、図3(D)中左側が火炎を模式的に表した図であり、図3(D)中右側のグラフが温度分布を示している。係るグラフ中の横軸が火炎の温度を、縦軸が、輸送部15の上端の位置、すなわち火炎の最下端部を0とした場合の高さ方向の位置を示しており、単位はcmとなる。図3(D)に示すように、火炎18の反応場の温度はグラフ中丸を付けた点であり、1155℃となっていた。
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを図4に示す。参考例3の場合よりもCsW1.6O6相の回折ピークの強度が増加したもののCs0.32WO3の回折ピークの割合が多いことを確認できた。
また、観察したSEM像を図5(D)に示す。参考例3と同様に、粒径が数十nmサイズの角型粒子が析出した。火炎の反応場の温度がさらに上昇し、液滴が蒸発し、結晶化が進んだためと考えられる。
[実施例1]
参考例3で合成した複合タングステン酸化物について、図2に示した還元処理装置30を用いて、還元処理温度を500℃として還元処理を実施した(還元処理工程)。
還元処理装置30は、横型の管状炉であり、セラミック製のボートである容器33に参考例1で合成した複合タングステン酸化物粒子を入れ、該容器33が反応管31内の最高温度、すなわち上記還元処理温度となる位置に配置した。
反応管31の一方の口31Aに図示しないガス導入管を、該管状炉の他方の口31Bに図示しないガス排気管を取り付けて用いた。そして、一方の口31A側から、不活性ガスであるアルゴンと、還元性ガスであるH2ガスとを含む混合ガスを供給することで、反応管31内を還元雰囲気とした。なお、混合ガス中のH2ガスの含有量は、体積割合で5%とした。
反応管31の周囲にはヒーター32を設けておき、昇温速度を400℃/hとし、室温から昇温し、容器33を置いた部分が還元処理温度に到達後1時間保持し、その後室温まで冷却することで還元処理を行った。
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを図6に示す。異相であるCsW1.6O6相の回折ピークの強度は、参考例3の場合とほぼ同等であることを確認できた。
また、観察したSEM像を図7(A)に示す。参考例3と同様に、粒径が数十nmサイズの角型粒子が得られていることを確認できた。本実施例では還元処理を実施しても粒子同士の焼結、凝集は進んでいないことを確認した。
[実施例2]
参考例3で合成した複合タングステン酸化物について、図2に示した還元処理装置30を用いて、600℃で還元処理を実施した(還元処理工程)。
なお、還元処理温度を600℃とした点以外は実施例1と同様にして還元処理工程を実施した。
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを図6に示す。実施例1の場合よりも異相であるCsW1.6O6相の回折ピークの強度が減少することを確認できた。
また、観察したSEM像を図7(B)に示す。参考例3と同様に、粒径が数十nmサイズの角型粒子が得られていることを確認できた。本実施例では還元処理を実施しても粒子同士の焼結、凝集は進んでいないことを確認した。
[実施例3]
参考例3で合成した複合タングステン酸化物について、図2に示した還元処理装置30を用いて、650℃で還元処理を実施した(還元処理工程)。
なお、還元処理温度を650℃とした点以外は実施例1と同様にして還元処理工程を実施した。
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを図6に示す。実施例1の場合に含まれていた異相であるCsW1.6O6相の回折ピークの強度が消失し、Cs0.32WO3のみのピークが確認できた。還元処理によりCsW1.6O6が還元されてCs0.32WO3に相変化したと推察される。
また、観察したSEM像を図7(C)に示す。参考例3と同様に、粒径が数十nmサイズの角型粒子が得られていることを確認できた。本実施例では還元処理を実施しても粒子同士の焼結、凝集は進んでいないことを確認した。
[比較例1]
参考例3で合成した複合タングステン酸化物について、図2に示した還元処理装置30を用いて、400℃で還元処理を実施した(還元処理工程)。
なお、還元処理温度を400℃とした点以外は実施例1と同様にして還元処理工程を実施した。
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを図6に示す。異相であるCsW1.6O6相の回折ピークの強度は、参考例3の場合とほぼ同等であることを確認できた。
また、観察したSEM像を図7(D)に示す。参考例3と同様に、粒径が数十nmサイズの角型粒子が得られていることを確認できた。本比較例では還元処理を実施しても粒子同士の焼結、凝集は進んでいないことを確認した。
[比較例2]
参考例3で合成した複合タングステン酸化物について、図2に示した還元処理装置30を用いて、700℃で還元処理を実施した(還元処理工程)。
なお、還元処理温度を700℃とした点以外は実施例1と同様にして還元処理工程を実施した。
得られた複合タングステン酸化物粒子のXRDパターンを図6に示す。参考例3の場合に含まれていたCsW1.6O6相の回折ピークの強度が消失し、Cs0.32WO3とWのピークが現われた。還元処理によりCsW1.6O6が還元されたものの還元の影響が強く、Cs0.32WO3だけでなくWも析出することを確認できた。
また、観察したSEM像を図7(E)に示す。参考例3と同様に、粒径が数十nmサイズの角型粒子が得られていることを確認できた。本比較例では還元処理を実施しても粒子同士の焼結、凝集は進んでいないことを確認した。
実施例1~3及び比較例1、2で得られた複合タングステン酸化物粒子の濃度が0.02質量%となるようにMIBK(メチルイソブチルケトン)に分散した分散液を、光路長10mmの溶液用セルに充填して光学試料を作製した。得られた光学試料を波長300nm~21000nmの範囲で積分球を備えた分光光度計(日本分光社製、型式:V-670)で透過率を測定した。結果を図8に示す。
図8より本実施形態に係る複合タングステン酸化物の製造方法により得られた実施例1~3の複合タングステン酸化物は、近赤外線領域の透過率が、比較例1等と比較して下がっていることを確認できた。
これは、実施例1~3で作製した複合タングステン酸化物が赤外線を吸収し、800nm以上の赤外線領域の透過率の低下がしたためと考えられる。
一方、還元処理が不十分な比較例1は、赤外線の吸収がほとんどないことを確認できた。
還元処理が過剰であった比較例2は複合タングステン酸化物が金属タングステンまで還元された影響により実施例3と可視光透過率の最大値が同等でありながら赤外線の吸収が大幅に低下した。
以上の結果から、既述の複合タングステン酸化物粒子の製造方法によれば、液滴形成部や、火炎等の導入コストの低い設備を用いて複合タングステン酸化物粒子を製造できることを確認できた。また、近赤外線吸収粒子である複合タングステン酸化物粒子を、粉砕などのプロセスを経ることなく直接的に得ることができ、工程数も少なくすることができることも確認できた。
さらに、還元処理工程を実施することで、確実に赤外線吸収特性を発現することができ、また加熱工程で合成された複合タングステン酸化物粒子に異相が含まれても、異相を低減、除去できることを確認できた。