ところで、車両旋回中において、車輪(タイヤ)に作用する横力は、車両に作用する遠心力と釣り合う。従って、車輪に付与される制動力(制動トルク)が大きいこと等に起因して車輪に作用する横力が低下している場合、車両の旋回半径が増大し易いという問題が発生し得る。
この問題に対処するためには、例えば、車輪毎に横力を推定し、横力の低下が検出された車輪に対して制動力(制動トルク)を減少させて横力を増大させる等の制動力制御を行うことが考えられる。以上より、車両の車輪毎に横力を精度良く推定することが望まれているところである。
本発明に係る車両の車輪横力推定装置は、車両の運動状態量を取得する運動状態量取得手段と、前記運動状態量に基づいて前記車両の1つの車輪を含む左右輪にそれぞれ作用する横力の和を演算する横力和演算手段と、前記横力和と前記運動状態量から得られる前記車両の旋回状態を表す旋回状態量とに基づいて前記1つの車輪に作用する横力を演算する各輪横力演算手段とを備えている。
ここにおいて、前記「運動状態量」は、例えば、車両に作用する横加速度、車両のヨーレイトの時間微分値(ヨー角加速度)等である。前記「旋回状態量」は、例えば、車両に作用する横加速度等である。
左右輪にそれぞれ作用する横力の和(横力和)は、例えば、車両横方向についての力の釣合い方程式、及び、車両のヨー運動についての回転運動方程式を利用して、前記運動状態量に基づいて演算することができる。加えて、上記横力和が左右輪に分配される割合は、前記旋回状態量から得られる車両に作用する遠心力に大きく依存する。
以上より、上記構成によれば、横力和と旋回状態量とに基づいて、1つの車輪(各車輪)に作用する横力を精度良く演算することができる。また、左右輪に含まれる前記1つの車輪とは異なる他の1つの車輪の横力は、前記横力和から前記1つの車輪に作用する横力を減じて得られる値に演算され得る。
上記本発明に係る車輪横力推定装置においては、前記旋回状態量が所定値以下の場合、前記1つの車輪が旋回内側車輪であるか旋回外側車輪であるかにかかわらず前記1つの車輪に作用する横力が前記横力和の1/2に演算され、前記旋回状態量が前記所定値よりも大きい場合、前記1つの車輪が旋回内側車輪であるときには前記1つの車輪に作用する横力が前記横力和の1/2よりも小さい値に演算され、前記1つの車輪が旋回外側車輪であるときには前記1つの車輪に作用する横力が前記横力和の1/2よりも大きい値に演算されることが好適である。
旋回状態量が小さい場合(即ち、車両に働く遠心力が小さい場合)、横力和の左右輪への分配割合が実質的には遠心力に影響されないことが、種々の実験等を通して判明している。従って、上記構成によれば、特に、旋回状態量が小さい場合において、各輪の横力がより一層精度良く演算され得る。
また、本発明に係る車両の車輪横力推定装置は、上記と同じ運動状態量取得手段と、上記と同じ横力和演算手段と、前記横力和に基づいて前記1つの車輪に作用する横力を演算する各輪横力演算手段とを備え、前記各輪横力演算手段が、前記車両が走行する路面の摩擦係数を取得する摩擦係数取得手段を備え、前記路面摩擦係数が所定値以下の場合、(前記1つの車輪が旋回内側車輪であるか旋回外側車輪であるかにかかわらず)前記1つの車輪に作用する横力を前記横力和の1/2に演算するように構成されてもよい。
路面摩擦係数が小さい場合、車両の作用する遠心力が小さい。従って、横力和の左右輪への分配割合が実質的には遠心力に影響されない。従って、上記構成によれば、路面摩擦係数が小さい場合において、簡易な演算のみで、各輪の横力がより一層精度良く演算され得る。
上記本発明に係る車輪横力推定装置においては、前記横力和演算手段が、前記車両の各車輪に作用する前後力をそれぞれ取得する前後力取得手段を備え、前記それぞれの前後力にも基づいて前記横力和を演算するように構成されることが好適である。
車両においては、車輪の横力のみならず、車輪の制動力(前後力)の左右差によってもヨーモーメントが発生し得る。従って、上記構成によれば、上述した「車両のヨー運動についての回転運動方程式」に、車輪の制動力(前後力)の左右差に起因するヨーモーメントの項を加えることができる。この結果、横力和がより一層精度良く演算され得る。
上記本発明に係る車輪横力推定装置において、前記車両が走行する路面の摩擦係数を取得する摩擦係数取得手段と、前記1つの車輪に作用する前後力を取得する前後力取得手段と、前記路面摩擦係数と前記1つの車輪に作用する前後力とに基づいて前記1つの車輪に作用する横力の限界値を演算する限界値演算手段とが備えられている場合、前記各輪横力演算手段は、前記演算された前記1つの車輪に作用する横力が前記限界値を超える場合、前記1つの車輪に作用する横力を前記限界値と等しい値に演算するように構成されることが好適である。ここにおいて、前記1つの車輪は、旋回内側車輪(即ち、垂直荷重が減少していてタイヤの摩擦限界に達し易い車輪)であることが好ましい。
車輪(タイヤ)の摩擦限界(摩擦円)に相当する制動力が車輪に既に与えられている場合、タイヤが、路面摩擦係数(及び車輪に作用する垂直荷重)によって決定されるタイヤ摩擦円の範囲を超える力(横力)を発生することはない。他方、車輪に作用する横力の限界値は、その時点での車輪の前後力と、摩擦円の方程式(従って、路面摩擦係数(及び垂直荷重))とに基づいて演算できる。
以上より、上記構成によれば、演算される横力が限界値を超えることが防止され、横力をより一層精度良く演算することができる。
また、本発明に係る車両の車輪横力推定装置は、上記と同じ運動状態量取得手段と、上記と同じ横力和演算手段と、前記車両が走行する路面の摩擦係数を取得する摩擦係数取得手段と、前記1つの車輪に作用する垂直荷重を取得する垂直荷重取得手段と、前記路面摩擦係数及び前記垂直荷重に基づいて前記1つの車輪に作用する横力の限界値を演算する限界値演算手段とを備え、前記各輪横力演算手段が、前記横力和の1/2の値が前記横力の限界値よりも小さい場合、前記1つの車輪に作用する横力を前記横力和の1/2の値に演算するとともに、前記横力和の1/2の値が前記横力の限界値以上の場合、前記1つの車輪に作用する横力を前記横力の限界値に演算するように構成されてもよい。
垂直荷重に基づいて横力限界値を演算することで、横力限界値の演算において、車両に作用する遠心力の影響は考慮される。上記構成のように、車輪が摩擦限界に達していないときには、横力を前記横力和の1/2に演算し、車輪が摩擦限界に達したときは、路面摩擦係数と車輪に作用する垂直荷重とによって決定されるタイヤ摩擦円によって決定される横力の限界値に、演算される横力を制限することで、演算される横力が限界値を超えることが防止され、横力を精度良く演算することができる。
以下、本発明による車両の車輪横力推定装置を含んだ運動制御装置の各実施形態について図面を参照しつつ説明する。なお、各種記号等の末尾に付された添字「**」は、各種記号等が4輪のうちの何れかに関するものであることを示し、「fl」は左前輪、「fr」は右前輪、「rl」は左後輪、「rr」は右後輪を示す。また、各種記号等の末尾に付された添字「#」は、各種記号等が前後輪系統のうちの何れかに関するものであることを示し、「f」は前輪系統、「r」は後輪系統を示す。
図1は、本発明の実施形態に係る車輪横力推定装置を含んだ運動制御装置(以下、「本装置」と称呼する。)を搭載した車両の概略構成を示している。本装置は、車輪速度Vw**を検出する車輪速度センサWS**と、ステアリングホイールSWの(中立位置からの)回転角度θswを検出するステアリングホイール回転角度センサSAと、運転者がステアリングホイールSWを操作する際のトルクTswを検出する操舵トルクセンサSTと、車体のヨーレイトYrを検出するヨーレイトセンサYRと、車体前後方向における前後加速度Gxを検出する前後加速度センサGXと、車体横方向における横加速度Gyを検出する横加速度センサGYと、ホイールシリンダWC**の制動圧力Pw**を検出するホイールシリンダ圧力センサPW**と、エンジンEGの回転速度Neを検出するエンジン回転速度センサNEと、加速操作部材APの操作量Asを検出する加速操作量センサASと、制動操作部材BPの操作量Bsを検出する制動操作量センサBSと、変速操作部材SFのシフト位置Hsを検出するシフト位置センサHSと、スロットル弁の開度Tsを検出するスロットル位置センサTSとを備えている。
また、本装置は、制動圧力を制御するブレーキアクチュエータBRKと、スロットル弁を駆動するスロットルアクチュエータTHと、燃料を噴射する燃料噴射アクチュエータFIと、変速を制御する自動変速機TMとを備えている。
加えて、本装置は、電子制御ユニットECUを備えている。電子制御ユニットECUは、互いに通信バスで接続された互いに独立した複数のECU(ECUb、ECUe、ECUs)から構成されたマイクロコンピュータである。ECUは、上述の各種アクチュエータ(BRK等)、及び上述の各種センサ(WS**等)と電気的に接続されている。ECU内の各ECU(ECUb等)は、専用の制御をそれぞれ実行するようになっている。
具体的には、ECUbは、車輪速度センサWS**、ヨーレイトセンサYR、横加速度センサGY等からの信号に基づいて、周知のアンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)等のスリップ抑制制御(制・駆動力制御)を実行する制駆動力制御ユニットである。ECUsは、操舵トルクセンサST等からの信号に基づいて、周知の電動パワーステアリング制御を実行するパワーステアリング制御ユニットである。ECUeは、加速操作量センサAS等からの信号に基づいて、スロットルアクチュエータTH、燃料噴射アクチュエータFI、及び自動変速機TMの変速比の制御を実行するパワートレイン系制御ユニットである。
ブレーキアクチュエータBRKは、複数の電磁弁、液圧ポンプ、電気モータ等を備えた周知の構成を有している。非制御時では、BRKは、運転者による制動操作部材BPの操作に応じた制動圧力を各車輪のホイールシリンダWC**にそれぞれ供給し、各車輪に対してBPの操作に応じた制動トルクをそれぞれ与える。アンチスキッド制御(ABS制御)、トラクション制御(TCS制御)、或いは、車両のアンダステア、オーバステアを抑制する車両安定化制御(ESC制御)などの制動制御時では、BRKは、ブレーキペダルBPの操作とは独立してホイールシリンダWC**内の制動圧力を車輪毎に制御し、制動トルクを車輪毎に調整できるようになっている。なお、制動トルクの調整は、制動圧力によるものに限らず、電気ブレーキ装置を利用して行うことも可能である。
(車輪毎の横力実際値の推定)
次に、本装置の車輪横力推定装置による、車輪毎の横力実際値の推定方法について説明する。
<第1の推定方法>
図2を参照しながら、車輪横力推定装置による第1の推定方法について説明する。先ず、車両挙動演算部B1にて、通信バスを通して、横加速度Gy、及びヨーレイトYrが取得される。そして、ヨーレイトYrを時間微分してヨー角加速度dYrが演算される。併せて、前後力演算部B2にて、各車輪の前後力(制動力)の実際値Fxa**が取得(演算)される。
制動力実際値Fxa**は、制動圧力センサPW**の検出結果Pw**と、車輪速度Vw**等と、周知の手法の1つに基づいて演算される。また、制動力実際値Fxa**は、例えば、ホイールシリンダWC**内の制動圧力Pw**から得られる車輪WH**についての制動トルク、車輪速度Vw**の微分値である車輪WH**の角加速度、及び車輪WH**の回転運動方程式等から計算することができる。また、ホイールシリンダの制動圧力センサPW**は省略することもできる。この場合、ブレーキアクチュエータBRKを構成する液圧ポンプ、電気モータ、電磁弁等の作動状態に基づいて制動力実際値Fxa**を推定することができる。
次いで、横力和演算部B3にて、下記(1)式に基づいて、前輪及び後輪の横力和の実際値Fya#が演算される。
Fyf+Fyr=m・Gy
(Fyf・Lf)−(Fyr・Lr)+Mfx=Iz・dYr …(1)
ここで、Fyfは前輪の横力和(=Fyfl+Fyfr)、Fyrは後輪の横力和(=Fyrl+Fyrr)、mは車両の質量、Gyは横加速度、Lf,Lrは前輪軸,後輪軸から車両重心までの距離、Mfxは前後力(制動力)の左右差によって発生するヨーモーメント、Izは車両のヨー運動に関する慣性モーメント、dYrはヨー角加速度である。また、ヨーモーメントMfxは、下記(2)式に従って演算される。ここで、Tf,Trは前輪,後輪のトレッドである。
Mfx=(Tf/2)・(Fxfl−Fxfr)
+(Tr/2)・(Fxrl−Fxrr) …(2)
車両において、ヨーモーメントは、車輪の横力のみならず、制動力(前後力)の左右差によっても発生し得る。この観点から、ここでは、車両の運動状態方程式において制動力によるヨーモーメントMfxも考慮して横力和の実際値Fya#が演算される。
そして、各輪横力演算部B4にて、横力和(横力の左右和)の実際値Fya#が、旋回状態量Tcに基づいて、左右の車輪横力実際値Fya**に分配される。ここで、旋回状態量Tcとして横加速度Gyを用いることができる。
横力実際値Fya**は、車両の旋回に伴う垂直荷重の変化(荷重移動)、及びサスペンションのジオメトリの変化等の影響を受ける。従って、これらの影響が反映され得る旋回状態量Tcに基づいて、前輪、後輪の横力左右和(実際値)Fya#から、各車輪の横力実際値Fya**を演算することができる。
具体的には、旋回状態量Tc(Gy)が所定値Tc1(Gy1)以下の場合、車輪が旋回内側車輪であるか旋回外側車輪であるかにかかわらず、その車輪の横力実際値Fya**が、対応する横力和実際値Fya#の1/2に演算される。一方、旋回状態量Tc(Gy)が所定値Tc1(Gy1)よりも大きい場合、車輪が旋回内側車輪であるときにはその車輪の横力実際値Fya**が対応する横力和実際値Fya#の1/2よりも小さい値に演算され、車輪が旋回外側車輪であるときにはその車輪の横力実際値Fya**が対応する横力和実際値Fya#の1/2よりも大きい値に演算される。
Tc(Gy)がTc1(Gy1)以下の場合に旋回内側車輪であるか旋回外側車輪であるかにかかわらずその車輪の横力実際値が対応する横力和実際値の1/2に演算されるのは、旋回状態量が小さい場合(即ち、車両に働く遠心力が小さい場合)、横力和の左右輪への分配割合が実質的には遠心力に影響されないことが、種々の実験等を通して判明していることに基づく。
更に、路面摩擦係数μが低い場合、旋回による荷重移動が小さく、且つ、サスペンションストロークも僅かでありサスペンションのジオメトリの変化が小さい。このため、路面摩擦係数μが所定値以下の場合(例えば、雪や氷で覆われた路面を走行している場合)、各車輪の横力実際値Fya**を、(車輪が旋回内側車輪であるか旋回外側車輪であるかにかかわらず)対応する横力和Fya#の1/2とすることができる。
<第2の推定方法>
次に、図3を参照しながら、車輪横力推定装置による第2の推定方法について説明する。タイヤが、路面摩擦係数μと垂直荷重Fzとによって決定されるタイヤ摩擦円の範囲を超える力(横力)を発生することはない。上述のように、横力和実際値Fya#を各車輪の横力実際値Fya**に分配する際、車輪がタイヤの摩擦限界(摩擦円)に相当する力を既に発生している場合もある。従って、タイヤ摩擦円に相当する横力の上限値を設けることにより、横力実際値Fya**をより一層精度良く演算することができる。以下、説明の便宜上、添字「*i」は旋回内側車輪、添字「*o」は旋回外側車輪を表す。
垂直荷重が減少している車輪がタイヤの摩擦限界に達し易い。そこで、旋回内側横力限界値演算部B7では、旋回内側車輪について、前後力演算部B2から制動力実際値Fxa*iが入力され、μ推定演算部B5から路面摩擦係数μが入力され、垂直荷重演算部B6から垂直荷重Fz*iが入力される。これらの値に基づいて横力限界値Fyg*iが、タイヤの摩擦円の方程式(下記(3)式を参照)に基づいて、下記(4)式に従って演算される。
Fx**2+Fy**2=(μ・Fz**)2 …(3)
Fyg*i=√{(μ・Fz*i)2−Fxa*i2} …(4)
路面摩擦係数μ、及び垂直荷重Fz**は、公知の演算手法を用いて演算することができる。例えば、路面摩擦係数μは、旋回中の横加速度Gyに基づいて演算することができる。また、垂直荷重Fz**は、前後加速度Gx、及び横加速度Gyに基づいて演算することができる。
そして、最小値選択手段B8にて、上記横力限界値Fyg*iと、図2に示した各輪横力演算部B4における旋回内輪に係わる部分に相当する旋回内輪横力演算部B4’にて横力和実際値Fya#と旋回状態量Tc(Gy)とから演算された横力実際値Fya*iと、が比較される。この結果、絶対値が小さい方が横力実際値Fya*iとして採用される。即ち、横力実際値Fya*iが横力限界値Fyg*iを超えないように、タイヤ摩擦円を利用して横力実際値Fya*iに対して制限が施される。
旋回外輪の横力実際値Fya*oは、横力和実際値Fya#から旋回内輪の横力実際値Fya*iを減じることで演算される。
なお、上述のように、旋回内側横力限界値演算部B7では、垂直荷重の影響が考慮されている。そのため、旋回内輪横力演算部B4’において、旋回状態量Tc(Gy)を考慮せず、横力実際値Fya*iを横力和実際値Fya#の1/2に演算することができる。そして、最小値選択手段B8にて、上記横力限界値Fyg*iと、横力実際値Fya*i(=横力和実際値Fya#の1/2)とが比較され、絶対値が小さい方の値が横力実際値Fya*iとして採用される。即ち、横力和実際値Fya#の1/2が横力限界値Fyg*iよりも小さい場合には横力実際値Fya*iは横力和実際値Fya#の1/2に演算され、横力和実際値Fya#の1/2が横力限界値Fyg*i以上の場合には横力実際値Fya*iは横力限界値Fyg*iに演算される。
他方、車両安定化制御の実行中において、旋回内輪に制動力が付与されず、且つ、旋回外輪にタイヤ摩擦限界に相当する制動力が付与される場合も発生し得る。このような場合にも対処するためには、以下の手法が採用され得る。なお、この場合、図3において、旋回内側車輪の「横力限界値Fyg*i」を各輪の「横力限界値Fyg**」に、旋回内側車輪の「横力実際値Fya*i」を各輪の「横力実際値Fya**」に、旋回内側車輪の「制動力実際値Fxa*i」を各輪の「制動力実際値Fxa**」に、それぞれ読み替えるものとする。
各輪の横力限界値Fyg**が、横力限界値Fyg*iと同様の方法によってそれぞれ設定される。左右輪の横力限界値Fyg**のうちで絶対値が小さい方の横力限界値Fyg**が、横力和実際値Fya#と旋回状態量Tc(Gy)とから演算される対応する横力実際値Fya**と比較される。この結果、絶対値が小さい方が横力実際値Fya**として採用され、左右輪のうちで先にタイヤ摩擦限界に到達した方の車輪の横力限界値がその車輪の横力実際値とされる。そして、横力和実際値からその横力実際値を減じることで、他方(摩擦限界に未到達)の車輪の横力実際値を得ることができる。
なお、各輪の横力限界値Fyg**の演算においては、垂直荷重の影響が考慮されている。そのため、横力和実際値Fya#から演算される横力実際値Fya**を横力和実際値Fya#の1/2に演算することができる。そして、最小値選択手段にて、横力限界値Fyg**(左右輪の横力限界値Fyg**のうちで絶対値が小さい方の横力限界値Fyg**)と、横力実際値Fya**(=横力和実際値Fya#の1/2)とが比較され、絶対値が小さい方の値が横力実際値Fya**として採用される。即ち、横力和実際値Fya#の1/2が横力限界値Fyg**よりも小さい場合には横力実際値Fya**は横力和実際値Fya#の1/2に演算され、横力和実際値Fya#の1/2が横力限界値Fyg**以上の場合には横力実際値Fya**は横力限界値Fyg**に演算される。以上、本装置の車輪横力推定装置による車輪毎の横力実際値の推定方法について説明した。これによれば、各車輪の横力が個別に精度良く推定され得る。
(第1実施形態)
次に、機能ブロック図である図4を参照しながら、上記車輪横力推定装置による横力推定結果を用いた本装置(運動制御装置)の第1実施形態による車両安定化制御(ESC制御)について説明する。ステア特性関連値演算手段A1では、車両のアンダステア特性やオーバステア特性等のステア特性に相当する値(ステア特性相当値)が、センサ、或いは通信バスを通して取得される。ステア特性相当値とは、ヨーレイトYr、横加速度Gy、ステアリングホイール回転角度θsw、及び車体スリップ角βのうちの少なくとも1つに基づいて演算される値である。
車両目標値演算手段A2では、ステア特性相当値に基づいて、車両を安定化するための車両全体についての目標値(車両目標値)が演算される。具体的には、車両を安定化するために車両に与えられるヨーモーメントの目標値(目標モーメントMq)、及び車両を安定化するための車両の減速度(目標減速度Gq)が演算される。
目標ヨーモーメントMqは、車両のヨーレイトに基づいて演算される値と、車体スリップ角に基づいて演算される値との関係に基づいて演算される。また、目標減速度Gqは、ヨーレイトの目標値と実際値との偏差ΔYrに基づいて演算される。これらの目標値Mq,Gqは、適切な車両のヨーイング挙動(ヨーレイト)を維持しながら、好適に車両を減速させる値に演算される。
車輪目標値演算手段A3では、車両目標値Mq,Gqを達成するための、各車輪についての目標値(車輪目標値)がそれぞれ演算される。ここで、車輪(空気が封入されたタイヤ)の非線形性を考慮するために、タイヤ特性モデルを利用することができる。車輪目標値は、各車輪に作用する前後力(制動力)Fxs**として演算される。
上述した「ステア特性相当値の演算」、「車両目標値の演算」、及び「車輪目標値の演算」は、車両安定化制御装置において通常用いられる上記以外の公知の演算手法を用いて行うことができる。
μ推定演算手段A4では、車両が走行する道路における車輪と路面との間の摩擦係数(路面摩擦係数)μが、スリップ角演算手段A5では、車輪のスリップ角α**が、垂直荷重演算手段A6では、車輪に作用する垂直荷重(接地荷重ともいう)Fz**が、通信バスを通して取得される情報に基づいてそれぞれ演算される。
路面摩擦係数μ、(車輪)スリップ角α**、及び垂直荷重Fz**は、公知の演算手法を用いて演算することができる。例えば、(車輪)スリップ角α**は、車体スリップ角β、及びヨーレイトYrに基づいて演算することができる。
横力規範値演算手段A7では、路面摩擦係数μ、(車輪)スリップ角α**、及び垂直荷重Fz**に基づいて、車輪WH**(タイヤ)の横力の規範値(横力規範値)Fyk**が演算される。横力規範値Fyk**は、車輪WH**において旋回半径の増大を抑制するために確保すべき横力であり、後述する図6に示すように、「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」内の値に演算される。
以下、「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」について説明する。図5に示すように、タイヤ(空気が封入されたタイヤ)の特性において、前後力(制動力)Fxと横力Fyとは、トレードオフの関係にある。図5において、特性Ch1〜4は、車輪の舵角(従って、スリップ角α)を異なる値でそれぞれ一定に維持しながら、制動トルクを「0」から増大させて前後スリップ(スリップ率Sp)を0%から100%まで増大させた場合における、Fx−Fy特性をそれぞれ示している。特性Ch1はスリップ角αが相対的に小さい場合、特性Ch4はスリップ角αが相対的に大きい場合を示している。
例えば、特性Ch3においては、スリップ角αを或る値で一定に維持しながら、スリップ率Spを徐々に増大させると、FxとFyとの関係は、Sp=0%に対応する点Aから、点Bを経て、Fxが最大となる点Cを通過し、タイヤのロック状態(Sp=100%)に対応する点Dに到る特性となる。なお、タイヤ(車輪)の摩擦円は、タイヤが発生し得る力の領域を表したものであり、図5では破線で表されている。
このように、Fx−Fy特性では、スリップ率Spの増大過程において、先ず、「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」(例えば、特性Ch3では、点Aから点B近傍まで)が発生し、その後、「Fxの増加に対するFyの減少量が大きい領域」(例えば、特性Ch3では、点B近傍から点Dまで)が発生する。
ここで、タイヤの状態が「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」にある場合、横力Fy(即ち、遠心力と釣り合う力)の低下量がまだ小さいから、車両の旋回半径の増大が抑制され得る。一方、タイヤの状態が「Fxの増加に対するFyの減少量が大きい領域」にある場合、横力Fyが既に相当程度低下しているから、車両の旋回半径が増大し易いという問題が発生し得る。
以上より、車両の旋回半径の増大を抑制するためには、タイヤの状態を「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」に維持することが好ましい。上記横力規範値Fyk**は、係る観点から、「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」内の値に演算される。
タイヤに作用する力は、路面摩擦係数と垂直荷重とを乗じた値(=摩擦円の半径)に相関するため、横力規範値Fyk**は、値(μ・Fz**)(=摩擦円の半径)に基づいて設定される。また、横力は、スリップ角α**に相関するため、スリップ角α**が大きいほど、横力規範値Fyk**がより大きい値に設定される。
車両安定化制御(ESC制御)が作動する場合、車輪スリップ角が十分に大きい値となって横力が既にスリップ角の増加に対して飽和している状態である場合が多い。このため、横力規範値Fyk**の演算マップからスリップ角α**の情報を省略することができる。また、車両安定化制御が作動する場合において横力の低下が問題となるのは、路面摩擦係数が小さい場合(雪や氷で覆われた路面の場合)である。この場合、垂直荷重の変化が少ない。このため、横力規範値Fyk**の演算マップから垂直荷重Fz**の情報を省略することができる。以上より、横力規範値Fyk**は、少なくとも路面摩擦係数μに基づいて演算され得る。
横力実際値演算手段A8は、上述した本装置の車輪横力推定装置に対応する。即ち、横力実際値演算手段A8では、上述した第1、第2の推定方法の何れかを利用して、車輪WH**の横力の実際値(横力実際値)Fya**が推定される。
そして、横力規範値Fyk**と横力実際値Fya**とが比較される。具体的には、横力実際値Fya**と横力規範値Fyk**との偏差ΔFy**(=Fya**−Fyk**)が演算される。
修正値演算手段A9では、この横力偏差ΔFy**に基づいて、車輪目標値Fxs**を調整するための修正値Gfs**が演算される。即ち、車輪目標値Fxs**に修正値Gfs**を乗じることで、車輪目標値が調整される。
具体的には、偏差ΔFy**が「0」以上のとき(即ち、横力実際値が横力規範値以上であるとき)には、修正値Gfs**が「1」に演算され、車輪目標値Fxs**の調整は行われない。一方、偏差ΔFy**が「0」より小さいとき(即ち、横力実際値が横力規範値を下回るとき)には、修正値Gfs**が「1」より小さい値に演算され、車輪目標値Fxs**が相対的に小さくなるように調整される。より具体的には、偏差ΔFy**(<0)が小さいほど、車輪目標値Fxs**がより小さい値に調整される。
なお、修正値Gfs**の演算マップにおいて、修正値Gfs**の下限値Gs1(「1」より小さい正の値)が設けられている。これにより、過度に車輪目標値Fxs**が小さい値に調整されることが防止される。
このように、ステア特性相当値に基づいて演算される車輪目標値Fxs**が修正値Gfs**によって調整されて車輪目標値Fxt**が得られる。
制動力制御手段A10では、車輪目標値Fxt**に基づいて、ブレーキアクチュエータBRK(制動装置)の駆動手段(例えば、液圧ポンプ用の電気モータ、ソレノイドバルブの駆動手段)が制御される。車輪に車輪目標値Fxt**に対応する制動力実際値を検出するセンサを設けることで、目標値Fxt**と実際値Fxa**とに基づいてFxa**がFxt**と一致するように駆動手段を制御することができる。ここで、制動力実際値Fxa**は、上述のように、周知の手法の1つに基づいて演算される。
第1実施形態では、横力の偏差ΔFy**に基づいて修正値Gfs**が演算され、この修正値Gfs**に基づいて車輪目標値Fxs**(Fxt**)が調整される(減少される)。横力偏差ΔFy**の符号(即ち、横力の実際値が規範値よりも大きいか否か)に基づいて車輪目標値Fxs**(Fxt**)を減少させることができる。
以下、図6を参照しながら、上述した第1実施形態の作用・効果について説明する。図5と同様、図6において、実線は、車輪スリップ角が或る値で一定の場合における、スリップ率SpをパラメータとするタイヤのFx−Fy特性を示し、破線は、タイヤの摩擦円を表す。図6に示す横力規範値Fyk**は、上述した「Fxの増加に対するFyの減少量が小さい領域」内の値であり、旋回半径の増大を抑制するために確保すべき値となっている。
この場合において、例えば、FxとFyの関係が点Xに対応する関係にある場合、Fya**>Fyk**であるから、偏差ΔFy**(=Fya**−Fyk**)>0となる。従って、修正値Gfs**=1に演算されるから、Fxt**は、調整されない。このように、旋回半径の増大を抑制するために確保すべき横力が既に確保されている場合、制動力が偏差ΔFy**により調整されない。
一方、FxとFyの関係が点Yに対応する関係にある場合、Fya**<Fyk**であるから、図6に示すように、偏差ΔFy**<0となる。従って、修正値Gfs**<1に演算されるから、Fxt**は、小さい値に修正される。即ち、旋回半径の増大を抑制するために確保すべき横力が確保されていない場合、制動力が偏差ΔFy**(<0)に応じて減少するように調整される。この結果、スリップ率が減少して横力が増大するから、車両安定性が確保されるとともに車両の旋回半径の増大が抑制される。
また、車両挙動の入力(例えば、ヨーモーメント)に対して、車両挙動の出力(例えば、ヨーレイト)は、時間遅れを伴って発生する。この時間遅れは、路面摩擦係数が低いほどより顕著となる。また、路面摩擦係数が低い場合、車両目標値(目標モーメントなど)を達成できる車輪目標値(制動力相当値の目標値)が、路面摩擦の限界の存在に起因して存在しない場合もある。このような場合、通常、車輪目標値は最大値に演算される。この結果、制動力が大きくなって車輪の横力が不足し得る。
他方、車両が一方向に旋回中にて上述の理由により車輪目標値が最大値に維持されて車輪の横力が不足している状態において旋回方向が一方向から他方向に切替った場合を考える。この場合、上述した時間遅れに起因して(具体的には、一方向旋回時の車両目標値に基づく制動力の付与が他方向旋回時の車両挙動に影響を与えるため)、車両に所謂「ふらつき」が発生する場合がある。これに対し、上記第1実施形態では、横力の実際値が取得され、これと横力規範値との比較結果に基づいて車輪の横力が十分に確保されるように車輪目標値が調整される。この結果、上記の「ふらつき」の発生を抑制することができる。
(第2実施形態)
次に、上記車輪横力推定装置による横力推定結果を用いた本発明の第2実施形態に係る運動制御装置について説明する。上記第1実施形態では、横力規範値Fyk**(図6を参照)と横力実際値Fya**との偏差ΔFy**(Fya**−Fyk**)に基づいて車輪目標値Fxs**が調整されて車輪目標値Fxt**が演算される。一方、第2実施形態では、制動力規範値Fxk**が演算され(図6を参照)、この制動力規範値Fxk**が偏差ΔFy**に基づいて調整されて新たな制動力規範値Fxl**が演算される。この制動力規範値Fxl**が車輪目標値Fxs**と比較されることで車輪目標値Fxt**が選択的に演算される。
具体的には、機能ブロック図である図7に示すように、第2実施形態では、上記第1実施形態で使用された偏差ΔFy**と、車輪目標値Fxs**とを使用することを前提として、制動力規範値演算手段A11と、修正値演算手段A12と、最小値選択手段A13とが備えられる。
制動力規範値演算手段A11では、路面摩擦係数μ、(車輪)スリップ角α**、及び垂直荷重Fz**に基づいて、車輪WH**(タイヤ)の前後力(制動力)の規範値(制動力規範値)Fxk**が演算される。制動力規範値Fxk**は、車輪WH**において横力規範値Fyk**を達成するための制動力であり、図6に示すように、Fx−Fy特性において、横力規範値Fyk**に対応する制動力である。
上述のように、タイヤに作用する力は、路面摩擦係数と垂直荷重とを乗じた値(=摩擦円の半径)に相関するため、制動力規範値Fxk**は、値(μ・Fz**)(=摩擦円の半径)に基づいて設定される。また、制動力は、スリップ角α**に相関するため、スリップ角α**が大きいほど、制動力規範値Fxk**がより小さい値に設定される。
車両安定化制御(ESC制御)が作動する場合、車輪スリップ角が十分に大きい値となっているため、制動力規範値Fxk**の演算マップからスリップ角α**の情報を省略することができる。また、車両安定化制御が作動する場合において横力の低下が問題となるのは、路面摩擦係数が小さい場合(雪や氷で覆われた路面の場合)である。この場合、垂直荷重の変化が少ない。このため、制動力規範値Fxk**の演算マップから垂直荷重Fz**の情報を省略することができる。以上より、制動力規範値Fxk**は、少なくとも路面摩擦係数μに基づいて演算され得る。
修正値演算手段A12では、上記偏差ΔFy**(=Fya**−Fyk**)に基づいて、制動力規範値Fxk**を調整するための修正値Gfl**が演算される。制動力規範値Fxk**の演算マップには、通常、誤差が含まれている。横力実際値Fya**に基づく偏差ΔFy**を用いて演算される修正値Gfl**により、この誤差が是正されるように制動力規範値Fxk**が調整される。
具体的には、偏差ΔFy**が「0」以上の場合(Fya**≧Fyk**)、修正値Gfl**が「1」以上の値に演算される。そして、この値が制動力規範値Fxk**に乗算されて、制動力規範値Fxk**が増加するように調整される。一方、偏差ΔFy**が「0」より小さい場合(Fya**<Fyk**)、修正値Gfl**が「1」より小さい値に演算され、制動力規範値Fxk**が減少するように調整される。なお、係る制動力規範値Fxk**の調整が過度に行われることを防止するため、修正値Gfl**の演算マップでは、上限値Gl1(「1」よりも大きい所定値)、及び下限値Gl2(「1」よりも小さい所定値)を設けることができる。
次回からの演算周期では、制動力規範値Fxk**に修正値Gfl**が乗じられた値Fxl**が、新たな制動力規範値とされる。そして、制動力規範値Fxl**は、偏差ΔFyを「0」とするための値に向かって順次収束していく。換言すれば、制動力規範値Fxl**は、横力実際値Fya**を横力規範値Fyk**に一致させるために付与されるべき制動力の値に調整される。
最小値選択手段A13では、上述の制動力規範値Fxl**と、車輪目標値Fxs**とが比較され、制動力制御手段A10に出力される車輪目標値Fxt**が、小さい方の値に演算される。換言すれば、車輪目標値Fxs**(Fxt**)が制動力規範値Fxl**を超えないように制限される。これにより、制動力が制動力規範値Fxl**を超えることにより横力実際値Fya**が横力規範値Fyk**を下回ることが抑制され得る。これにより、上記第1実施形態と同様、車両の旋回半径の増大を抑制するために車輪において確保すべき横力が確保され得る。
第2実施形態では、横力の偏差ΔFy**に基づいて修正値Gfl**が演算され、この修正値Gfl**に基づいて制動力規範値Fxk**(Fxl**)が調整される。横力偏差ΔFy**の符号(即ち、横力の実際値が規範値よりも大きいか否か)に基づいて制動力規範値Fxk**(Fxl**)を増加・減少させることができる。
以下、図6を参照しながら、上述した第2実施形態の作用・効果について説明する。第2実施形態では、制動力規範値Fxk**(Fxl**)が、横力の偏差ΔFy**が「0」に近づくように順次更新・調整されていく。この結果、実際の横力が横力規範値に近づいていく。そして、制動力が制動力規範値Fxk**(Fxl**)を超えないように制限される。これにより、上記第1実施形態と同様、横力が不足する場合において制動力が減少するように(従って、横力が増大するように)調整されるから、車両安定性が確保されるとともに車両の旋回半径の増大が抑制され得る。
加えて、上記第2実施形態では、制動力が制動力規範値Fxk**(Fxl**)以下に制限されることで、制動力制御における制動力の上昇を速めることができる。即ち、一般に、車輪に付与される制動力の増大過程(従って、車輪のスリップ率の増大過程)において、スリップ率が路面摩擦係数(路面摩擦力)のピークに対応する値を超えると、路面摩擦係数(路面摩擦力)が急激に低下して車輪が急激にロック傾向となる。この急激なロック傾向を抑制するため、制動力制御においては、通常、制動力を或る程度穏やかに増大させる必要がある。これに対し、上記第2実施形態では、制動力規範値Fxk**(Fxl**)が設定されることで、制動力を制動力規範値Fxk**(Fxl**)まで直ちに増大させることが可能となる。この結果、制動力制御における車両安定性を更に向上させることができる。
(第3実施形態)
次に、上記車輪横力推定装置による横力推定結果を用いた本発明の第3実施形態に係る運動制御装置について説明する。この第3実施形態は、制動力規範値Fxk**の演算手法のみが上記第2実施形態と異なる。以下、係る相違点についてのみ説明する。
機能ブロック図である図8に示すように、第3実施形態では、上記第2実施形態における制動力規範値演算手段A11に代えて制動力規範値演算手段A14が備えられ、上記第2実施形態における修正値演算手段A12に代えて修正値演算手段A15が備えられる。
制動力規範値演算手段A14では、路面摩擦係数μと、垂直荷重Fz**とに基づいて得られるタイヤの摩擦円の方程式(上記(3)式を参照)を利用して、横力規範値Fyk**に対応する制動力が、下記(5)式に従って求められる。この制動力が制動力規範値Fxk**として使用される。
Fxk**=√{(μ・Fz**)2−Fyk**2} …(5)
修正値演算手段A15では、修正値演算手段A12と同様、偏差ΔFy**に基づいて、修正値Ghl**が演算される。そして、この修正値Ghl**に基づいて制動力規範値Fxk**が調整される。これにより、上記第2実施形態と同様、制動力規範値Fxl**が、横力実際値Fya**を横力規範値Fyk**に一致させるために付与されるべき制動力の値に調整される。
以上、本発明による車両の車輪横力推定装置を含んだ運動制御装置においては、種々の変形例を採用することができる。例えば、制動力が車輪の前後スリップ(制動スリップ、スリップ率)と密接に関係することを利用して、上記第1、第2実施形態においては、車輪目標値(制動力目標値)Fxs**,Fxt**、制動力規範値Fxk**,Fxl**、及び制動力実際値Fxa**に代えて、制動スリップ目標値Sps**,Spt**、制動スリップ規範値Spk**,Spl**、及び制動スリップ実際値Spa**を、それぞれ、前記「制動力相当値」の目標値、規範値、及び実際値とすることができる。
同様に、制動圧力が用いられる装置では、制動力目標値Fxs**,Fxt**、制動力規範値Fxk**,Fxl**、及び制動力実際値Fxa**に代えて、制動圧力目標値Pws**,Pwt**、制動圧力規範値Pwk**,Pwl**、及び制動圧力実際値Pwa**を、それぞれ、前記「制動力相当値」の目標値、規範値、及び実際値とすることができる。
また、上記第3実施形態では、図9に示すように、変換演算手段A16を挿入して制動力規範値Fxk**に変換演算を行うことで、制動力規範値Fxk**(Fxl**)を、制動スリップ規範値Spk**(Spl**)、又は制動圧力規範値Pwk**(Pwl**)に変換することができる。
また、左右前輪の間、或いは左右後輪の間では、車輪のスリップ角α**は概ね同一であることを利用して、上記各実施形態においては、前輪スリップ角αf(=αfl=αfr)、及び後輪スリップ角αr(=αrl=αrr)を各輪スリップ角α**に代えて用いることができる。また、車両安定化制御の作動中において横力の低下が問題となる場合は、路面摩擦係数が小さい場合(雪や氷で覆われた路面の場合)である。この場合、車両の旋回による垂直荷重の変化が少ない。このため、左右前輪の間、或いは左右後輪の間では、車輪の垂直荷重Fz**は概ね同一と考えることができる。そこで、前輪垂直荷重Fzf(=Fzfl+Fzfr)、及び後輪垂直荷重Fzr(=Fzrl+Fzrr)を各輪の垂直荷重Fz**に代えて用いることができる。
また、以上では、値を調整する修正値(Gfs**,Gfl**,Ghl**)として、前記値に乗算される値(「1」を基準とする値)が使用されているが、値を調整する修正値として、前記値に加算・減算される値(「0」を基準とする値)が使用されてもよい。
BRK…ブレーキアクチュエータ、ECU…電子制御ユニット、GY…横加速度センサ、PW**…ホイールシリンダ圧力センサ、WS**…車輪速度センサ、YR…ヨーレイトセンサ