JP3971571B2 - 高強度ばね用鋼線 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は冷間でコイリングされ、高強度かつ高靱性を有するばね用鋼線に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
自動車の軽量化、高性能化に伴い、ばねも高強度化され、熱処理後に引張強度1500MPaを超えるような高強度鋼がばねに供されている。近年では引張強度1900MPaを超える鋼線も要求されている。それはばね製造時のひずみ取り焼鈍や窒化処理などの加熱によって少々軟化してもばねとして支障のない材料硬度を確保するためである。
【0003】
その手法としては特開昭57−32353号公報ではV、Nb、Mo等の元素を添加することで焼入れで固溶し、焼戻しで析出する微細炭化物を生成させ、それによって転位の動きを制限し、耐へたり特性を向上させるとしている。
【0004】
一方、鋼のコイルばねの製造方法では鋼のオーステナイト域まで加熱してコイリングし、その後、焼入れ焼戻しを行う熱間コイリングとあらかじめ鋼に焼入れ焼戻しを施した高強度鋼線を冷間にてコイリングする冷間コイリングがある。冷間コイリングでは鋼線の製造時に急速加熱急速冷却が可能なオイルテンパー処理や高周波処理などを用いることができるため、ばね材の旧オーステナイト粒径を小さくすることが可能で、結果として破壊特性に優れたばねを製造できる。またばね製造ラインにおける加熱炉などの設備を簡略化できるため、ばねメーカーにとっても設備コストの低減につながるなどの利点があり、最近ではばねの冷間化が進められている。
【0005】
しかし冷間コイリングばね用鋼線の強度が大きくなると、冷間コイリング時に折損し、ばね形状に成形できない場合も多い。強度と加工性が両立しないために工業的には不利ともいえる方法でコイリングせざるを得なかった。通常、弁ばねの場合、オンラインでの焼入れ焼戻し処理、いわゆるオイルテンパー処理した鋼線を冷間でコイリングするが、例えば特開平05−179348号公報では900〜1050℃に加熱してコイリングし、その後425〜550℃で焼戻し処理するなど、コイリング時の折損を防止するためにコイリング時に線材を加熱して変形を容易な温度でコイリングし、その後、高強度を得るためにコイリング後の調質処理を行っている。このようなコイリング時の加熱とコイリング後の調質処理はばね寸法の熱処理ばらつきの原因になったり、処理能率が極端に低下したりするため、コスト、精度の点で冷間コイリングされたばねに比べ劣る。
【0006】
また炭化物の粒径に関しては例えば特開平10−251804号公報のようにNb、V系の炭化物の平均粒径に注目した発明がなされているが、V、Nb系炭化物の平均粒径の制御だけでは不十分であることを示している。この先行技術では圧延中の冷却水によって異常組織が生じることを懸念する記述があり(段落0015)、実質的には乾式圧延を推奨している。このことは工業的には非定常作業であり、通常の圧延と明らかに異なることが推定され、たとえ平均粒径を制御しても周辺マトリックス組織に不均一を生じると圧延トラブルを生じることを示唆している。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
本発明は冷間でコイリングされ、十分な大気強度とコイリング加工性を両立できる引張強度1900MPa以上のばね用鋼線を提供することを課題としている。
【0008】
【課題を解決するための手段】
発明者らは従来のばね鋼線では注目されていなかった鋼中炭化物、特にセメンタイトの大きさを制限することで高強度とコイリング性を両立させたばね用鋼線を開発するに至った。
【0009】
すなわち本発明は次に示す鋼材を要旨とする。
【0010】
(1) 重量%で、
C:0.4〜1.0%、
Si:0.9〜3.0%、
Mn:0.1〜2.0%、
Cr:0.02〜0.68%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
N:0.001〜0.007%、
残部鉄および不可避的不純物を含み、引張強度TSが1900MPa以上、かつ検鏡面に占めるセメンタイト系球状炭化物に関して円相当径0.2μm以上の占有面積率が7%以下、円相当径0.2〜3μmの存在密度が1個/μm2以下、円相当径3μm超の存在密度が0.001個/μm2以下を満たし、かつ旧オーステナイト粒度番号が10番以上、最大炭化物径が15μm以下かつ最大酸化物径が15μm以下であることを特徴とするばね用熱処理鋼線。
【0011】
(2) さらに質量%で、
W:0.05〜1.0%、
Co:0.05〜3.0%
の1種または2種を含むことを特徴とする上記(1)記載の、ばね用熱処理鋼線。
【0012】
(3) さらに質量%で、
Mg:0.0002〜0.01%
を含むことを特徴とする上記(1)または(2)のいずれかに記載の、ばね用熱処理鋼線。
【0013】
(4) さらに質量%で、
Ti:0.005〜0.1%、
Mo:0.05〜1.0%、
V:0.05〜0.7%、
Nb:0.01〜0.05%
の1種または2種以上を含むことを特徴とする上記(1)〜(3)のいずれかに記載の、ばね用熱処理鋼線。
【0014】
(5) さらに質量%で、
B:0.0005〜0.006%
を含むことを特徴とする上記(1)〜(4)のいずれかに記載の、ばね用熱処理鋼線。
【0015】
(6) さらに質量%で、
Ni:0.05〜3.0%、
Cu:0.05〜0.5%
の1種または2種を含むことを特徴とする上記(1)〜(5)のいずれかに記載の、ばね用熱処理鋼線。
【0016】
【発明の実施の形態】
発明者は高強度を得るために化学成分を規定しつつ、熱処理によって鋼中炭化物形状を制御することで、ばねを製造するに十分なコイリング特性を確保した鋼線を発明するに至った。
【0017】
その詳細を以下に示す。まず、鋼の化学成分を規定した理由について説明する。
【0018】
Cは鋼材の基本強度に大きな影響を及ぼす元素であり、十分な強度を得るために0.4〜1.0%とした。0.4%未満では十分な強度を得られず、他の合金元素をさらに多量に投入せざるを得ず、1.0%超では過共析となり、粗大セメンタイトを多量に析出するため、靱性を著しく低下させる。このことは同時にコイリング特性を低下させる。
【0019】
Siはばねの強度、硬度と耐へたり性を確保するために必要な元素であり、少ない場合、必要な強度、耐へたり性が不足するため、0.9%を下限とした。またSiは粒界の炭化物系析出物を球状化、微細化する効果があり、積極的に添加することで粒界析出物の粒界占有面積率を小さくする効果がある。しかし多量に添加しすぎると、材料を硬化させるだけでなく、脆化する。そこで焼入れ焼戻し後の脆化を防ぐために3.0%を上限とした。
【0020】
Mnは硬度を十分に得るため、また鋼中に存在するSをMnSとして固定し、強度低下を抑制するために0.1%を下限とする。またMnによる脆化を防止するために上限を2.0%とした。
【0021】
Nは鋼中マトリックスを硬化させるが、Ti、Vなどの合金元素が添加されている場合には窒化物として存在し、鋼線の性質に影響を与える。Ti、Nb、Vを添加した鋼では炭窒化物の生成が容易になり、オーステナイト粒微細化のピン止め粒子となる炭化物、窒化物および炭窒化物の析出サイトになりやすい。そのためばね製造までに施される様々な熱処理条件で安定的にピン止め粒子を生成することができ、鋼線のオーステナイト粒径を微細に制御することができる。このような目的から0.001%以上のNを添加させる。一方、過剰なNは窒化物および窒化物を核として生成した炭窒化物および炭化物の粗大化を招く。例えばTiを添加する場合には粗大なTiNを析出したり、Bを添加するとBNを析出し、破壊特性を損なう。そこでそのような弊害の伴わない0.007%を上限とする。
【0022】
Pは鋼を硬化させるが、さらに偏析を生じ、材料を脆化させる。特にオーステナイト粒界に偏析したPは衝撃値の低下や水素の侵入により遅れ破壊などを引き起こす。そのため少ない方がよい。そこで脆化傾向が顕著となる0.015%以下に制限した。
【0023】
SもPと同様に鋼中に存在すると鋼を脆化させる。Mnによって極力その影響を小さくするが、MnSも介在物の形態を取るため、破壊特性は低下する。特に高強度鋼のでは微量のMnSから破壊を生じることもあり、Sも極力少なくすることが望ましい。その悪影響が顕著となる0.015%を上限とした。
【0024】
Crは焼入れ性および焼戻し軟化抵抗を向上させるために有効な元素で0.02%以上の添加が必要であるが、添加量が多いとコスト増を招くだけでなく、焼入れ焼戻し後に見られるセメンタイトを粗大化させる。結果として線材は脆化するためにコイリング時に折損を生じやすくする。そこで脆化が顕著となる0.68%を上限とした。Crの添加量に関しては、特にCが0.6%以上の場合にはCr量を抑制した方が粗大炭化物生成を抑制でき、強度とコイリング性を両立しやすい。一方、窒化処理を行う場合にはCrが添加されている方が窒化による硬化層を深くできる。従ってこの場合には0.3〜0.5%程度が好ましい。
【0025】
Wは焼入れ性を向上させるとともに、鋼中で炭化物を生成し、強度を高める働きがある。従って極力添加する方が好ましい。Wの特徴は他の元素とは異なり、セメンタイトを含む炭化物の形状を微細にすることである。その添加量が0.05%未満では効果は見られず、1.0%を超えると粗大な炭化物を生じ、かえって延性などの機械的性質を損なう恐れがあるのでWの添加量を0.05〜1.0%とした。
【0026】
Coは焼入れ性を低下させるものの、高温における強度を確保できる。また炭化物の生成を阻害するため、本発明で問題となる粗大な炭化物の生成を抑制する働きがある。従ってセメンタイトを含む炭化物の粗大化を抑制できる。従って、極力添加することが好ましい。添加する場合、0.05%未満ではその効果が小さく、3.0%を超えるとではその効果が飽和するため、0.05〜3.0%とした。
【0027】
W、Coは鋼中での挙動こそ異なるものの、両者とも粗大なセメンタイトの生成を抑制する働きがあると考えられる。すなわちCoは炭化物生成そのものを抑制し、Wはセメンタイトの成長を抑制し、粗大化を抑制すると考えられる。
【0028】
Mgは酸化物生成元素であり、溶鋼中では酸化物を生成する。その温度域はMnSの生成温度よりも高く、MnS生成時には既に溶鋼中に存在している。従ってMnSの析出核として用いることができ、これによりMnSの分布を制御できることを見出した。すなわちMg系酸化物は従来鋼に多く見られるSi、Al系酸化物より微細に溶鋼中に分散するため、Mg系酸化物を核としたMnSは鋼中に微細に分散することとなる。従って同じS含有量であってもMgの有無によってMnS分布が異なり、それらを添加する方がMnS粒径はより微細になる。その効果は微量でも十分得られ、Mg0.0002%以上であればMnSは微細化する。しかし0.01%を超えては溶鋼中に残留しにくいため、工業的には0.01%が上限と考えられる。そこでMg添加量を0.0002〜0.01%とした。このMgはMnS分布等の効果により、耐食性、遅れ破壊の向上および圧延割れ防止などに効果があり、極力添加する方が望ましく、好ましい添加量は、0.0005〜0.01%である。
【0029】
Ti、Mo、VおよびNbは鋼中で窒化物、炭化物、炭窒化物として析出する。従ってこれらの元素を1種または2種以上を添加すれば、これら析出物を生成し、焼戻し軟化抵抗を得ることができ、高温での焼戻しや工程で入れられるひずみ取り焼鈍や窒化などの熱処理を経ても軟化せず高強度を発揮させることができる。このことは窒化後のばね内部硬度の低下を抑制したり、ホットセッチングやひずみ取り焼鈍を容易にするため、最終的なばねの疲労特性を向上させることとなる。しかしTi、Mo、VおよびNbは添加量が多すぎると、それらの析出物が大きくなりすぎ、鋼中炭素と結びついて粗大炭化物を生成する。このことは鋼線の高強度化に寄与すべきC量を減少させ、添加したC量相当の強度が得られなくなる。さらに粗大炭化物が応力集中源となるためコイリング中の変形で折損しやすくなる。
【0030】
Tiについては窒化物の析出温度は高く、溶鋼中で既に析出している。またその結合力は強いので、鋼中のNを固定する場合にも用いる。Bを添加する場合にはBをBNとさせないためにも、Nを十分に固定できるだけ添加する必要がある。そこでTiによってNを固定することが好ましい。Tiの添加量はオーステナイト粒径が微細化できる最低限の必要添加量0.005%を下限とし、析出物寸法が破壊特性に悪影響を及ぼさない最大量0.1%を上限とした。
【0031】
Moは0.05〜1.0%を添加することで焼入れ性を向上させるとともに、焼戻し軟化抵抗を与えることができる。すなわち強度を制御する際の焼戻し温度を高温化させることができる。この点は粒界炭化物の粒界占有面積率を低下させるのに有利である。すなわちフィルム状に析出する粒界炭化物を高温で焼戻すことで球状化させ、粒界面積率を低減することに効果がある。またMoは鋼中ではセメンタイトとは別にMo系炭化物を生成する。特にV等に比べその析出温度が低いので炭化物の粗大化を抑制する効果がある。その添加量は0.05%未満では効果が認められず、1.0%を超えると効果が飽和する。
【0032】
またVについては窒化物、炭化物、炭窒化物の生成によるオーステナイト粒径の粗大化抑制のほかに焼戻し温度での鋼線の硬化や窒化時の表層の硬化に利用することもできる。その添加量は0.05%未満では添加した効果がほとんど認められず、0.7%を超えると粗大な未固溶介在物を生成し、靱性を低下させる。
【0033】
Nbも同様に窒化物、炭化物、炭窒化物の生成によるオーステナイト粒径の粗大化抑制のほかに焼戻し温度での鋼線の硬化や窒化時の表層の硬化に利用することもできる。NbはV、Mo等よりも高温でも微細炭化物を生成するため、その添加量が微量であっても熱処理鋼線製造時のオーステナイト粒径微細化にも効果が大きく非常に有効な元素である。0.01%未満では効果がほとんど認められず、0.05%を超えると粗大な未固溶介在物を生成し、靱性を低下させる。
【0034】
Bは焼入れ性向上元素として知られている。さらにオーステナイト粒界の清浄化に効果がある。すなわち、粒界に偏析して靱性を低下させるP、S等の元素をBを添加することで無害化し、破壊特性を向上させる。その際、BがNと結合してBNを生成するとその効果は失われる。添加量はその効果が明確になる0.0005%を下限とし、効果が飽和する0.006%を上限とした。
【0035】
Niは焼入れ性を向上させ、熱処理によって安定して高強度化することができる。またマトリックスの延性を向上させてコイリング性を向上させる。しかし焼入れ焼戻しでは残留オーステナイトを増加させるので、ばね成形後にへたりや材質の均一性の点で劣る。その添加量は0.05%未満では高強度化や延性向上に効果が認められず、3.0%を超えると効果が飽和し、コスト等の点で不利になる。
【0036】
Cuについては、Cuを添加することで脱炭を防止できる。脱炭層はばね加工後に疲労寿命を低下させるため、極力少なくする努力が成されている。また脱炭層が深くなった場合にはピーリングとよばれる皮むき加工によって表層を除去する。またNiと同様に耐食性を向上させる効果もある。脱炭層を抑制することでばねの疲労寿命向上やピーリング工程の省略することができる。Cuの脱炭抑制効果や耐食性向上効果は0.05%以上で発揮することができ、後述するようにNiを添加したとしても0.5%を超えると脆化により圧延きずの原因となりやすい。そこで下限を0.05%、上限を0.5%とした。Cu添加によって室温における機械的性質を損なうことはほとんどないが、Cuを0.3%を超えて添加する場合には熱間延性を劣化させるために圧延時にビレット表面に割れを生じる場合がある。そのため圧延時の割れを防止するNi添加量をCuの添加量に応じて[Cu%]<[Ni%]とすることが好ましい。Cu0.3%以下の範囲では圧延きずが生じないことから、圧延きず防止を目的としてNi添加量を規制する必要がない。
【0037】
炭化物規定に関して説明する。強度と加工性の両立には鋼中の炭化物の形態が重要になってくる。ここでいう鋼中炭化物とは鋼中に熱処理後に鋼中に認められるセメンタイトおよびおよびそれに合金元素の固溶した炭化物、(以後、両者を総じてセメンタイトと記す)およびNb、V、Ti等の合金元素の炭化物および炭窒化物のことである。これら炭化物は鋼線を鏡面研磨し、エッチングすることで観察することができる。
【0038】
図1に焼入れ焼戻し組織の典型的な例の顕微鏡写真を示す。これによると鋼中には針状と球状の2種の炭化物が認められる。一般に鋼は焼入れによって、マルテンサイトの針状組織を形成し、焼戻しによって炭化物を生成させることで強度と靱性を両立させることが知られている。しかし本発明では図1にあるように必ずしも針状組織だけではなく、球状炭化物1も多く残留していることに注目し、この球状の炭化物の分布がばね用鋼線の性能に大きく影響することを見出した。この球状の炭化物はオイルテンパー処理や高周波処理による焼入れ焼戻しにおいて、十分に固溶されず、焼入れ焼戻し工程で球状化かつ成長または縮小した炭化物と考えられる。この寸法の炭化物は焼入れ焼戻しによる強度と靱性には全く寄与しない。そのため、鋼中Cを固定して単に添加Cを浪費しているだけでなく、応力集中源にもなるため、鋼線の機械的性質を低下させる要因となることを見出した。
【0039】
本材料のように鋼を焼入れ焼戻ししてから冷間コイリングする場合、炭化物がそのコイリング特性、すなわち破断までの曲げ特性に影響する。これまで高強度を得るためにCだけでなく、Cr、V等の合金元素を多量に添加することが一般的であったが、強度が高すぎて、変形能が不足してがコイリング特性を劣化させる弊害があった。その原因に鋼中に析出している粗大な炭化物が考えられる。
【0040】
図2(a)、(b)にSEMに取り付けたEDXによる解析例を示す。この結果は透過電子顕微鏡でのレプリカ法でも同様の解析結果が得られる。従来の発明はV、Nb等の合金元素系の炭化物だけに注目しており、その一例が図2(a)であり、炭化物中にFeピークが非常に小さいことが特徴である。しかし本発明では従来の合金元素系炭化物だけでなく、図2(b)に示すように、円相当径3μm以下のFe3Cとそれに合金元素がわずかに固溶した、いわゆるセメンタイト系炭化物の析出形態が重要であることを見出した。本発明のように従来鋼線以上の高強度と加工性の両立を達成する場合には3μm以下のセメンタイト系球状炭化物が多いと、加工性が大きく損なわれる。以後、図2(b)に示したようなFeとCを主成分とする炭化物をセメンタイト系炭化物、更に形状が球状の場合をセメンタイト系球状炭化物と記す。
【0041】
これらの鋼中炭化物は鏡面研磨したサンプルにピクラールなどのエッチングを施すことで観察可能であるが、その寸法などの詳細な観察評価には走査型電子顕微鏡により3000倍以上の高倍率で観察する必要があり、ここで対象とするセメンタイト系球状炭化物は円相当径0.2〜3μmである。通常、鋼中炭化物は鋼の強度、焼戻し軟化抵抗を確保する上で不可欠ではあるが、その有効な粒径は0.1μm以下で、逆に1μmを超えるとむしろ強度やオーステナイト粒径微細化への貢献はなく、単に変形特性を劣化させるだけである。しかし従来技術ではこの重要性がそれほど認識されず、V、Nbなどの合金系炭化物にのみ注目し、円相当径3μm以下の炭化物、特にセメンタイト系球状炭化物は無害と考えられ、本発明で主に対象としている0.1〜5μm程度の炭化物に関しては検討された例は見当たらない。
【0042】
また本発明で対象としているこ3μm以下のセメンタイト系球状炭化物の場合には寸法だけでなく、数も大きな要因となる。従ってその両者を考慮して本発明範囲を規定した。すなわち円相当径が0.2〜3μmと小さくとも、その数が非常に多く、検鏡面における存在密度が1個/μm2を超えるとコイリング特性の劣化が顕著になるのでこれを上限とする。
【0043】
さらに炭化物の寸法が3μmを超えると寸法の影響がより大きくなるため、検鏡面における存在密度が0.001個/μm2を超えるとコイリング特性の劣化が顕著になる。従って炭化物円相当径3μm超の炭化物の検鏡面における存在密度0.001個/μm2を上限とし、本発明の範囲をそれ以下とした。
【0044】
またセメンタイト系球状炭化物の寸法に関わらず、その検鏡面における占有面積が7%を超えるとコイリング特性の劣化が顕著になり、コイリングできなくなる。そこで本発明では検鏡面における占有面積を7%以下と規定した。
【0045】
一方、旧オーステナイト粒径は炭化物と並んで鋼線の基本的性質に大きな影響をもつ。すなわち旧オーステナイト粒径が小さい方が疲労特性やコイリング性に優れる。しかしいくら旧オーステナイト粒径が小さくとも上記炭化物が規定以上に多く含まれていると、その効果は少ない。一般に旧オーステナイト粒径を小さくするには加熱温度を低くすることが有効であるが、そのことは逆に上記炭化物を増加させることになる。従って炭化物量と旧オーステナイト粒径のバランスのとれた鋼線に仕上げることが重要である。ここで炭化物が上記規定を満たしている場合について旧オーステナイト粒度番号が10番未満であると十分な疲労特性を得られないので旧オーステナイト粒度番号を10番以上と規定した。
【0046】
また合金元素系炭化物等を含む全炭化物の最大炭化物径および最大酸化物径はともに15μmを超えると疲労特性を低下させるため、これを15μmを上限として制限した。
【0047】
一般にばね鋼は連続鋳造後にビレット圧延、線材圧延を経て伸線され、冷間コイリングばねではオイルテンパー処理や高周波処理によって強度を付与する。セメンタイト系球状炭化物を抑制するにはオイルテンパー処理や高周波処理などの鋼線の強度を決定する最終熱処理だけでなく、伸線に先立つ圧延時にも注意を払う必要がある。すなわちセメンタイト系球状炭化物は圧延などでの未溶解のセメンタイトや合金炭化物が核となって成長したと考えられることから、圧延などの各加熱工程において十分成分を固溶させることが重要である。本発明では圧延においても十分に固溶できる高温に加熱して圧延し、伸線に供することが重要である。
【0048】
【実施例】
以下に実施例により本発明の効果を説明する。
【0049】
表1にφ4mmで処理した場合の本発明と比較鋼の化学成分、熱処理方法、セメンタイト系球状炭化物の占有面積率、円相当径0.2〜3μmのセメンタイト系球状炭化物存在密度、円相当径3μm超のセメンタイト系球状炭化物存在密度、最大炭化物径、最大酸化物径、旧オーステナイト粒度番号、引張強度、コイリング特性(ノッチ曲げ角度)および平均疲労強度(回転曲げ)を示す。
【0050】
本発明の実施例1、18は250t転炉によって精錬したものを連続鋳造によってビレットを作成した。またそのほかの実施例は2t−真空溶解炉で溶製後、圧延によってビレットを作成した。その際、発明例では1200℃以上の高温に一定時間保定した。その後いずれの場合もビレットからφ8mmに圧延し、伸線によってφ4mmとした。一方、比較例は通常の圧延条件で圧延され伸線に供した。
【0051】
ここで熱処理方法OT、IQT、Fはそれぞれオイルテンパー処理、高周波焼入れ焼戻しおよびオフラインによるバッチ炉(輻射炉)を用いた焼入れ焼戻し処理を表している。
【0052】
化学成分によって炭化物量、強度は異なってくるが、本発明については引張強度2100〜2200MPa程度かつ請求項に示す規定を満たすように化学成分にあわせて熱処理した。一方、比較例に関しては単に引張強度をあわせるように熱処理した。
【0053】
バッチ炉処理では1mの試験片を矯直後、加熱炉に投入して加熱し、60℃のオイル槽に投入して焼き入れた。加熱時間は30minで、熱間コイリングして製造する熱間ばねの温度履歴と対応するようにした。その後、再度加熱炉に投入して焼戻し、大気雰囲気における引張強度を調整した。焼入れおよび焼戻し時の加熱温度およびその結果得られた大気雰囲気での引張強度は表1中に明記したとおりである。
【0054】
オイルテンパー処理では伸線材を連続的に加熱炉を通過させ、鋼内部温度が十分に加熱されるよう、加熱炉通過時間を設定した。本実施例ではでは加熱温度950℃、加熱時間150sec、焼入れ温度50℃(オイル槽)とした。さらに焼戻し温度400〜550℃、焼戻し時間1minで焼戻し、強度を調整した。焼入れおよび焼戻し時の加熱温度およびその結果得られた大気雰囲気での引張強度は表1中に明記したとおりである。
【0055】
高周波熱処理ではコイル内部を通線することで加熱し、コイル通過後即座に水冷した。加熱温度990℃、加熱時間15sec、焼入れは水冷(室温)である。さらに焼戻し温度430〜600℃で再度コイル内を通過させて焼戻し処理を行った。その結果得られた大気雰囲気での引張強度は表1中に明記したとおりである。
【0056】
得られた鋼線はそのまま炭化物の評価、引張特性、ノッチ曲げ試験に供した。一方、疲労特性評価に関しては表面にばね製作時の歪取り焼鈍を模した熱処理400℃×20minを施しのち、ショットピーニング処理(カットワイヤーφ0.6mm×20min)を行い、さらに低温歪取り180℃×20minを施して疲労試験片とした。
【0057】
炭化物の寸法および数の評価は熱処理ままの鋼線の長手方向断面に鏡面まで研磨し、さらにピクリン酸によってわずかにエッチングして炭化物を浮き出させた。光学顕微鏡レベルでは炭化物の寸法測定は困難なため、鋼線の1/2R部を走査型電子顕微鏡で倍率×5000倍にて無作為に10視野の写真を撮影した。走査型電子顕微鏡に取り付けたX線マイクロアナライザーにてその球状炭化物がセメンタイト系球状炭化物であることを確認しつつ、その写真から球状炭化物を画像処理装置を用いて2値化することで、その寸法、数、占有面積を測定した。全測定面積は3088.8μmである。
【0058】
引張特性はJIS Z 2201 9号試験片によりJIS Z 2241に準拠して行い、その破断荷重から引張強度を算出した。
【0059】
ノッチ曲げ試験の概要を図3に示す。また以下のような手順で行った。図3(a)に示すように先端半径50μmのポンチによって鋼線の長手方向に直角に最大深さ30μmの溝(ノッチ)2を付け、その溝部に最大引張応力が負荷させるように両側を支持し、中央に荷重3を加えて変形する3点曲げ変形を加えた。ノッチ部から破断するまで曲げ変形を加え続け、破断時の曲げ角度を測定した。測定角度は図3(b)に示すとおりで、測定角度(θ)が大きいほどコイリング特性が良好である。経験的にはφ4mmの鋼線においてノッチ曲げ角度25゜以下ではコイリングは困難である。
【0060】
疲労試験は中村式回転曲げ疲労試験であり、10本のサンプルが50%以上の確率で107サイクル以上の寿命を示す最大負荷応力を平均疲労強度とした。
【0061】
さらに表2にφ12mmで処理した場合の本発明と比較鋼の化学成分、熱処理方法、セメンタイト系球状炭化物の占有面積率、円相当径0.2〜3μmのセメンタイト系球状炭化物存在密度、円相当径3μm超のセメンタイト系球状炭化物存在密度、旧オーステナイト粒度番号、引張強度、コイリング特性(引張試験における絞り)、疲労強度および遅れ破壊強度を示す。
【0062】
これらの実施例は2t−真空溶解炉で溶製後、圧延によってビレットを作成した。その後いずれの場合もビレットからφ14mmに圧延し、その後、φ12mmまで伸線した。
【0063】
この場合、φ4mmの試験に比べ太径であることからコイリング性の指標として引張試験における絞りを用いた。
【0064】
また疲労強度は小野式回転曲げ疲労試験によって評価し、疲労限を疲労強度とした。
【0065】
図4に遅れ破壊強度評価試験方法を示す。図4(a)は試験片4の形状を示す。図4(b)に示す遅れ破壊試験装置を用いれば円周ノッチ付き試験片4に容器内で水素チャージをしながら荷重5を負荷し、その際の破断時間を計測できる。試験片4は、バンドヒーターにより30℃とされた溶液(pH3.0、H2SO4)7中に保持され、定電流電源8(電流密度1.0mA/cm2)で、試験片をカソード、白金電極をアノード9として試験される。そのような試験において負荷荷重を変化させた場合、負荷時間200hr関係化後も破断しない最大荷重Wが計測できる。それをノッチ底断面積Sで除した公称応力(すなわちW/S)を遅れ破壊強度とした。
【0066】
φ12mmで処理した場合には疲労試験片および遅れ破壊試験片には歪取り焼鈍を模した400℃×20minの焼鈍を施したのみで、φ4mmサンプルに施したようなショットピーニング処理とその後の歪取り焼鈍を省略した。
【0067】
表1に示すとおり、φ4mmの鋼線に関しては成分は規定範囲内であってもセメンタイト系球状炭化物の占有面積率、セメンタイト系球状炭化物の存在密度が本規定範囲外にある比較材はコイリング性の指標となるノッチ曲げ試験における曲げ角度が小さく、コイリングできないことがわかる。一方、炭化物に関する規定を満たしても強度が不足していると疲労強度が不足し、高強度ばねには使用できない。
【0068】
また表2に示すφ12mmの鋼線に関する評価結果から成分は規定範囲内であってもセメンタイト系球状炭化物の占有面積率、セメンタイト系球状炭化物の存在密度が本規定範囲外にある比較材はコイリング性の指標となる絞りが小さく、またそれを改善するために強度を低下させると疲労強度が低下する。さらにオーステナイト粒径は疲労特性と遅れ破壊特性に影響するが、それが大きくなるとたとえ炭化物に関する規定を満たしていても疲労特性と遅れ破壊特性の点で不十分であった。
【0069】
ただし、旧オーステナイト粒径を微細にするには焼入れ加熱温度を低温にする、加熱時間を短縮するなどの手法があるが、それらは逆に未溶解炭化物を多く残留させることになるため、本規定を満たすのは困難になる。従ってオイルテンパーまたは高周波処理のように炭化物を溶解させる短時間による高温加熱を可能とする技術の導入が重要で、表1および2に見られるようにバッチ炉による拙速な処理では鋼線の強度とコイリング性の両立は困難である。このことはばねの高強度化も困難になることを意味する。
【0070】
【表1】
【0071】
【表2】
【0072】
【発明の効果】
本発明鋼は、冷間コイリングばね用鋼線中のセメンタイトを含む球状炭化物の占有面積率、存在密度、オーステナイト粒径を小さくすることで、強度を1900MPa以上に高強度化するとともに、コイリング性を確保し高強度かつ破壊特性に優れたばねを製造可能になる。
【図面の簡単な説明】
【図1】焼入れ焼戻し組織を示す鋼の顕微鏡写真である。
【図2】球状炭化物分析例を示すグラフである。
【図3】ノッチ曲げ試験方法を示す図である。
【図4】遅れ破壊試験方法を示す図である。
【符号の説明】
1 球状炭化物
2 溝(ノッチ)
3 荷重
4 試験片
5 荷重
6 バンドヒーター
7 溶液
8 定電流電源
9 アノード
θ 測定角度
Claims (6)
- 重量%で、
C:0.4〜1.0%、
Si:0.9〜3.0%、
Mn:0.1〜2.0%、
Cr:0.02〜0.68%、
P:0.015%以下、
S:0.015%以下、
N:0.001〜0.007%、
残部鉄および不可避的不純物を含み、引張強度TSが1900MPa以上、かつ検鏡面に占めるセメンタイト系球状炭化物に関して円相当径0.2μm以上の占有面積率が7%以下、円相当径0.2〜3μmの存在密度が1個/μm2以下、円相当径3μm超の存在密度が0.001個/μm2以下を満たし、かつ旧オーステナイト粒度番号が10番以上、最大炭化物径が15μm以下かつ最大酸化物径が15μm以下であることを特徴とするばね用熱処理鋼線。 - さらに質量%で、
W:0.05〜1.0%、
Co:0.05〜3.0%
の1種または2種を含むことを特徴とする請求項1記載の、ばね用熱処理鋼線。 - さらに質量%で、
Mg:0.0002〜0.01%
を含むことを特徴とする請求項1または2のいずれかに記載の、ばね用熱処理鋼線。 - さらに質量%で、
Ti:0.005〜0.1%、
Mo:0.05〜1.0%、
V:0.05〜0.7%、
Nb:0.01〜0.05%
の1種または2種以上を含むことを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の、ばね用熱処理鋼線。 - さらに質量%で、
B:0.0005〜0.006%
を含むことを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の、ばね用熱処理鋼線。 - さらに質量%で、
Ni:0.05〜3.0%、
Cu:0.05〜0.5%
の1種または2種を含むことを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載の、ばね用熱処理鋼線。
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