ガラスは、脆性材料であり、クラックを潜在的に有することが知られている。そして、衝撃や熱応力により、引っ張り応力がクラックに加わると、クラックが進展して、ガラスが破損する虞がある。特に、カバーガラスや窓ガラスの場合、クラックの進展は問題視される。
この問題を解決するための方法として、イオン交換処理により、表面に圧縮応力層を形成して、硬度を高めて、表面傷の形成を防止しつつ、クラックの進展を防止する方法が知られている(特許文献1、非特許文献1参照)。
しかし、イオン交換処理は、高温のイオン交換溶液に、ガラスを長時間浸漬させる工程であるため、製造コストが高騰する。
また、イオン交換処理以外にも、微小な結晶をガラス内部に析出させることで、硬度を高めつつ、クラックの進展を防止する方法が知られている。
しかし、このような結晶化ガラスは、結晶性ガラスを焼成して、結晶を析出させる結晶化工程を経るため、製造コストが高騰する。
そこで、本発明は、上記事情に鑑みなされたものであり、その技術的課題は、表面にイオン交換による圧縮応力層を形成したり、ガラス内部に結晶を析出させたりしなくても、衝撃等によりクラックが進展し難いガラスを創案することである。
本発明者は、ラマンスペクトルのピーク位置と仮想温度Tfとを所定範囲に規制することにより、上記技術的課題を解決し得ることを見出し、本発明として提案するものである。すなわち、本発明のアルミノシリケートガラスは、Li2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、SrO、BaOの群から選ばれる成分の内、少なくとも1成分を含むアルミノシリケートガラスにおいて、ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1に存在するラマンピークのピーク位置が500cm−1以下であり、仮想温度Tfがガラス転移温度Tgより高いことを特徴とする。ここで、「ガラス転移温度Tg」は、示差熱膨張計(TMA)を用いて測定し、JIS R3103−3:2001年に準拠して求めた値である。ここで、「仮想温度Tf」は、ガラス構造を示す指標であり、成形工程や熱処理工程における冷却速度と相関する。ガラスは、高温では粘性が低く液体状であり、高温から冷却していくと、中距離秩序、短距離秩序が定まり始めて、ある構造で固化する。この構造が定まった時の温度を仮想温度Tfという。具体的には、「仮想温度Tf」は、熱処理温度と平衡密度との線形近似直線を用いて、測定試料の密度地に対応する熱処理温度を指す。なお、熱処理温度と平衡密度との線形近似直線は、種々の熱処理温度における平衡密度(ある温度で長時間保持してもそれ以上変化しない密度)から算出するものとする。
「ラマンスペクトル」は、ナノフォトン製レーザーラマン顕微鏡RAMAN touch VIS−NKを用い、レーザー光の波長を532nm、回折格子を600gm/mmとし、更に100倍の対物レンズを用い、レーザーパワーを98mW、露光時間を2秒、積算回数を5回、中心波数を1450cm−1として測定したものである。なお、レーザー光の波数は、標準試料のシリコンのスペクトルを測定し、520cm−1のピークで校正するものとする。測定により得られたラマンスペクトルから、400〜540cm−1に存在するラマンピークの最大散乱強度の波数(ピーク位置)を読み取ることができる。そして、その最大散乱強度で規格化し、ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570と560cm−1の散乱強度I560の比(I570/I560)及びラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630と600cm−1の散乱強度I600の比(I630/I600)を算出するものとする。
本発明のアルミノシリケートガラスは、Li2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、SrO、BaOの群から選ばれる成分の内、少なくとも1成分を含む。SiO2、Al2O3、B2O3は、ガラスネットワークを形成する作用を有し、一般的には網目形成酸化物と称されている。Li2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、SrO、BaOは、ガラスネットワークを修飾する作用を有し、一般的には網目修飾酸化物と称されている。
本発明者は、ガラス構造とクラック抵抗等の機械的特性の関係を詳細に調べたところ、ガラス中にSiO2、Al2O3及びB2O3が含まれる場合には、Si、Al及びBとOとの繋がり方が、クラック抵抗等の機械的特性に影響を及ぼすことを見出した。すなわち、網目修飾酸化物の内、イオン強度(Field Strength)が高い網目修飾酸化物(特にLi2O、MgO、CaO)等を適正に導入すると、ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1付近に存在するピーク位置が左側にシフトすることにより、ガラスが高密度化して、クラック抵抗が向上するという知見を得た。以下、その点について詳細に説明する。
衝撃によるクラックの進展のし易さは、クラック抵抗によって定量することができる。クラック抵抗はガラス表面に所定の荷重でビッカース圧子を押し込み、ガラス表面に形成された圧痕のコーナーから発生するクラックの数を数えることで定量される。
ガラス表面にビッカース圧子を押し込むと、塑性流動と高密度化による塑性変形が生じて、圧痕が形成される。塑性流動は、残留応力となり、この応力がクラック発生の駆動力となる。塑性変形の内、高密度化による寄与が大きい程、残留応力の寄与が小さくなり、つまりクラック発生の駆動力が小さくなり、結果としてクラックが発生し難くなる。そして、ガラス表面にビッカース圧子を押し込んだ際に生じる塑性変形挙動は、ガラス構造に影響を受ける。
ガラス構造は、ラマン分光法により調べることができる。ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1付近に存在するメインピークは、T−O−T(T=Si、Al、B)の伸縮振動や結合角振動を表すピークである。このピーク位置が低波数側にシフトしている場合、伸縮振動や結合角振動がより低エネルギーで生じることを示している。
ビッカース圧子を押し込んだガラス表面のラマンスペクトルにおける400〜540cm−1付近に存在するメインピークのピーク位置は、高密度化により、押し込みをしない場合のピーク位置から高波数側にシフトする。よって、ビッカース圧子を押し込む前のメインピークのピーク位置が低波数側にシフトしている程、押し込みによる高波数側へのシフトが容易になり、すなわち高密度化し易くなる。
また、ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1付近に存在するメインピークは、ガラス中に共存する網目修飾酸化物の種類だけでなく、ガラスを徐冷する際の冷却速度、つまり仮想温度Tfの影響も受ける。仮想温度Tfが高い程、特に仮想温度Tfがガラス転移点Tgより高いと、ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1付近に存在するピーク位置が低波数側にシフトし、この場合、ガラスが高密度化し易く、クラック抵抗が向上する。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570と560cm−1の散乱強度I560の比(I570/I560)が2未満であることが好ましい。このようにすれば、ガラスが高密度化し易くなり、クラック抵抗を高めることができる。
網目修飾酸化物の内、イオン強度(Field Strength)が高い網目修飾酸化物(特にMgO、CaO、Li2O)等を適正に導入すると、ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570を制御することができる。結果として、BやAlとOとの繋がり方が適正化されて、クラック抵抗を高めることができる。なお、ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570は、Al−O−Alの架橋構造に帰属されるピークで、例えば4配位構造のAlを反映するピークである。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、ラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630と600cm−1の散乱強度I600の比(I630/I600)が2未満であることが好ましい。このようにすれば、ガラスが高密度化し易くなり、クラック抵抗を高めることができる。
網目修飾酸化物の内、イオン強度(Field Strength)が高い網目修飾酸化物(特にLi2O、MgO、CaO)等を適正に導入すると、ラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630を制御することができる。結果として、BやAlとOとの繋がり方が適正化されて、クラック抵抗を高めることができる。なお、ラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630は、BとOの繋がり方に帰属されるピークであり、鎖状構造のメタボレート及び環状構造のペンタボレートを反映するピークである。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、ガラス組成として、モル%で、SiO2 40〜80%、Al2O3 1〜40%、B2O3 0〜25%、Li2O+Na2O+K2O+MgO+CaO+SrO+BaO 1〜40%を含有することが好ましい。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、クラック抵抗が500gf以上であることが好ましい。ここで、「クラック抵抗」は、クラック発生率が50%となる荷重を指す。「クラック発生率」は、次のようにして測定した値を指す。まず湿度30%、温度25℃に保持された恒温恒湿槽内において、所定荷重に設定したビッカース圧子をガラス表面(光学研磨面)に15秒間打ち込み、その15秒後に圧痕の4隅から発生するクラックの数をカウント(1つの圧痕につき最大4とする)する。このようにして圧子を20回打ち込み、総クラック発生数を求めた後、(総クラック発生数/80)×100の式により求める。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、ビッカース硬度が500以上であることが好ましい。傷の付き易さは、ビッカース硬度で定量することができる。ビッカース硬度は、ガラス表面に所定の荷重でビッカース圧子を押し込み、塑性変形により形成された圧痕の大きさを計測することで定量される。よって、ビッカース硬度が高いと、ガラスに傷が付き難くなる。ここで、「ビッカース硬度」は、ビッカース硬度計にて100gfの荷重でビッカース圧子を押し込むことで測定した値を指す。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、破壊靱性K1Cが0.60MPa・m0.5以上であることが好ましい。ここで、「破壊靱性K1C」は、日本工業規格JISR1607「ファインセラミックスの室温破壊じん(靱)性試験方法」で定められる、予き裂導入破壊試験方法(SEPB法:Single−Edge−Precracked−Beam−Method)で測定した値を指す。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、ヤング率が60GPa以上であることが好ましい。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、板状であることが好ましい。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、表面にイオン交換による圧縮応力層を有しないことが好ましい。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、カバーガラスに用いることが好ましい。
また、本発明のアルミノシリケートガラスは、車両の窓ガラスに用いることが好ましい。
本発明のアルミノシリケートガラスにおいて、仮想温度Tfは、ガラス転移点Tgより高く、好ましくはガラス転移点Tg+5℃より高く、より好ましくはガラス転移点Tg+50℃より高く、特に好ましくはガラス転移点Tg+100℃より高い。仮想温度Tfがガラス転移点に比べて低過ぎると、ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1付近に存在するメインピークが低波数側にシフトし難くなる。
本発明のアルミノシリケートガラスにおいて、ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1付近に存在するメインピークのピーク位置は500cm−1以下であり、好ましくは490cm−1以下、より好ましくは480cm−1以下、特に好ましくは475cm−1以下である。ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1付近に存在するメインピークのピーク位置が高波数側であると、クラック抵抗が低下し易くなる。
ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570と560cm−1の散乱強度I560の比(I570/I560)は2未満、1.5以下、特に1以下であることが好ましい。I570/I560が大き過ぎると、クラック抵抗が低下し易くなる。
ラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630と600cm−1の散乱強度I600の比(I630/I600)が2未満、1.5以下、特に1以下であることが好ましい。I630/I600が大き過ぎると、クラック抵抗が低下し易くなる。
本発明のアルミノシリケートガラスは、Li2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、SrO、BaOの群から選ばれる成分の内、少なくとも1成分を含むが、当然ながら、2成分以上の成分を含んでいてもよい。
本発明のアルミノシリケートガラスは、ガラス組成として、モル%で、SiO2 40〜80%、Al2O3 1〜40%、B2O3 0〜25%、Li2O+Na2O+K2O+MgO+CaO+SrO+BaO 1〜40%を含有することが好ましい。上記のように各成分の含有範囲を規制した理由を下記に示す。
SiO2は、ガラスネットワークを形成する成分である。SiO2の含有量は、好ましくは40〜80%、50〜80%、55〜75%、特に60〜70%である。SiO2の含有量が少な過ぎると、ガラス化し難くなり、耐水性や耐候性が低下し易くなる。一方、SiO2の含有量が多過ぎると、溶融性や成形性が低下し易くなる。
Al2O3は、4配位構造のAl2O3をとることでクラック抵抗を高める成分であり、更にヤング率、クラック抵抗、ビッカース硬度、破壊靱性K1C、耐候性を高めるための成分である。Al2O3の含有量は、好ましくは1〜40%、3〜30%、5〜20%である。Al2O3の含有量が少な過ぎると、クラック抵抗、ヤング率、ビッカース硬度、破壊靱性K1C、耐候性が低下し易くなる。一方、Al2O3の含有量が多過ぎると、溶融性、成形性及び耐失透性が低下し易くなる。
B2O3は、ガラスネットワークを形成する成分であり、ビッカース圧子の押し込みによる高密度化を促進し、結果としてクラック抵抗を高める成分である。しかし、B2O3の含有量が多過ぎると、メタボレートやペンタボレートが多くなり、結果としてクラック抵抗が低下し易くなり、また耐候性も低下し易くなる。よって、B2O3の含有量は、好ましくは0〜30%、1〜25%、3〜20%、特に5〜15%である。
Li2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、SrO及びBaOは、網目修飾酸化物であり、また溶融性、成形性及び熱加工性を高める成分である。これらの成分の合量は、好ましくは1〜40%、3〜35%、特に5〜30%である。これらの成分の合量が多過ぎると、耐失透性が低下し易くなる。なお、Li2O、K2O、MgO、CaO、SrO及びBaOの合量は、同様の理由により、好ましくは1〜35%、3〜30%、特に5〜25%である。
Al2O3とB2O3の合量は、Li2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、SrO及びBaOの合量より多いことが好ましい。Al2O3とB2O3の合量がLi2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、SrO及びBaOの合量より少ないと、4配位構造のAl2O3、メタボレートやペンタボレートの生成が助長されるため、クラック抵抗が低下し易くなる。
Li2Oは、イオン半径が小さく、イオン強度が高いため、4配位構造のAlの生成を抑制する成分である。すなわち、ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570と560cm−1の散乱強度I560の比(I570/I560)を低下させる成分である。更に、Li2Oは、メタボレートやペンタボレートの生成も抑制する成分である。すなわち、ラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630と600cm−1の散乱強度I600の比(I630/I600)を低下させる成分である。よって、Li2Oは、ヤング率、クラック抵抗、ビッカース硬度、破壊靱性K1Cを高めるために有効な成分であり、また高温粘度を低下させて、溶融性、成形性及び熱加工性を高める成分である。しかし、Li2Oの含有量が多過ぎると、耐水性、耐候性、耐失透性が低下し易くなる。よって、Li2Oの含有量は、好ましくは0〜40%、0〜30%、0〜20%、0〜10%、0〜5%、特に0〜1%未満である。
Na2OとK2Oは、高温粘度を低下させて、溶融性、成形性及び熱加工性を高める成分である。Na2OとK2Oの合量は、好ましくは0〜40%、1〜40%、2〜30%、3〜25%、特に5〜20%である。Na2O及びK2Oのそれぞれの含有量は、好ましくは0〜30%、0.1〜25%、1〜20%、3〜18%、特に5〜15%である。Na2OとK2Oの含有量が多過ぎると、Na2OとK2Oのイオン強度が低いことにより、クラック抵抗が低下し易くなる。
MgOは、イオン半径が小さく、イオン強度が高いため、4配位構造のAlの生成を抑制する成分である。すなわち、ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570と560cm−1の散乱強度I560の比(I570/I560)を低下させる成分である。更に、MgOは、メタボレートやペンタボレートの生成も抑制する成分である。すなわち、ラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630と600cm−1の散乱強度I600の比(I630/I600)を低下させる成分である。よって、MgOは、ヤング率、クラック抵抗、ビッカース硬度、破壊靱性K1Cを高めるために有効な成分であり、また高温粘度を低下させて、溶融性、成形性及び熱加工性を高める成分である。しかし、MgOの含有量が多過ぎると、耐失透性が低下し易くなる。よって、MgOの含有量は、好ましくは0〜30%、1〜25%、2〜25%、5〜25%、7〜20%、特に10〜15%である。
モル比MgO/(Li2O+Na2O+K2O+MgO+CaO+SrO+BaO)は、ヤング率、クラック抵抗、ビッカース硬度、破壊靱性K1Cを高める観点から、0.5以上、0.7以上、0.8以上、特に0.9以上が好ましい。なお、「MgO/(Li2O+Na2O+K2O+MgO+CaO+SrO+BaO)」は、MgOの含有量をLi2O、Na2O、K2O、MgO、CaO、SrO及びBaOの合量で割った値である。
CaOは、イオン半径が小さく、イオン強度が高いため、4配位構造のAlの生成を抑制する成分である。すなわち、ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570と560cm−1の散乱強度I560の比(I570/I560)を低下させる成分である。更に、CaOは、メタボレートやペンタボレートの生成も抑制する成分である。すなわち、ラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630と600cm−1の散乱強度I600の比(I630/I600)を低下させる成分である。よって、CaOは、ヤング率、クラック抵抗、ビッカース硬度、破壊靱性K1Cを高めるために有効な成分であり、また高温粘度を低下させて、溶融性、成形性及び熱加工性を高める成分である。しかし、CaOの含有量が多過ぎると、耐失透性が低下し易くなる。よって、CaOの含有量は、好ましくは0〜30%、1〜25%、2〜25%、5〜25%、7〜20%、特に10〜15%である。
SrOとBaOは、高温粘度を低下させて、溶融性、成形性及び熱加工性を高める成分である。SrOとBaOの合量は、好ましくは0〜15%、0〜10%、0〜5%、特に0〜1%未満である。SrOとBaOのそれぞれの含有量は、好ましくは0〜12%、0〜5%、0〜2%、特に0〜1%未満である。SrOとBaOの含有量が多過ぎると、耐失透性が低下し易くなる。またSrOとBaOのイオン強度が低いため、クラック抵抗が低下し易くなる。
上記成分以外にも、例えば以下の成分を添加してもよい。
TiO2は、耐候性を高める成分であるが、ガラスを着色させる成分である。よって、TiO2の含有量は、好ましくは0〜0.5%、特に0〜0.1%未満である。
ZrO2は、耐候性を高める成分であるが、耐失透性を低下させる成分である。よって、ZrO2の含有量は、好ましくは0〜0.5%、特に0〜0.1%未満である。
清澄剤として、SnO2、Cl、SO3、CeO2の群(好ましくはSnO2、SO3の群)から選択された一種又は二種以上を0.05〜0.5%添加してもよい。
Fe2O3は、ガラス原料に不純物として不可避的に混入する成分であり、着色成分である。よって、Fe2O3の含有量は、好ましくは0.5%以下、特に0.01〜0.07%である。
V2O5、Cr2O3、CoO3及びNiOは、着色成分である。よって、V2O5、Cr2O3、CoO3及びNiOのそれぞれの含有量は、好ましくは0.1%以下、特に0.01%未満である。
環境的配慮から、ガラス組成として、実質的にAs2O3、Sb2O3、PbO、Bi2O3及びFを含有しないことが好ましい。ここで、「実質的に〜を含有しない」とは、ガラス成分として積極的に明示の成分を添加しないものの、不純物として混入する場合を許容する趣旨であり、具体的には、明示の成分の含有量が0.05%未満であることを指す。
本発明のアルミノシリケートガラスは、以下の特性を有することが好ましい。
ヤング率は、好ましくは67GPa以上、70GPa以上、75GPa以上、80GPa以上、82GPa以上、特に84〜130GPaである。ヤング率が低過ぎると、ガラスの平均結合強度が低くなって、クラックが進展し易くなる。
クラック抵抗は、好ましくは500gf以上、700gf以上、1000gf以上、1400gf以上、1700gf以上、特に2000〜5000gfである。クラック抵抗が低過ぎると、衝撃や熱応力により引っ張り応力が加わった場合に、潜在的に存在するクラックが進展し、ガラスが破損し易くなる。
ビッカース硬度は、好ましくは500以上、530以上、570以上、600以上、630以上、660以上、特に690〜2000である。ビッカース硬度が低過ぎると、表面傷が付き易くなる。
破壊靱性K1Cは、好ましくは0.60MPa・m0.5以上、0.65MPa・m0.5以上、0.70MPa・m0.5以上、0.75MPa・m0.5以上、0.80MPa・m0.5以上、0.85MPa・m0.5以上、特に0.90〜1.50MPa・m0.5である。破壊靱性K1Cが低過ぎると、クラックが進展して、ガラスが破損し易くなる。
本発明のアルミノシリケートガラスは、表面にイオン交換による圧縮応力層を有していないことが好ましい。これにより、イオン交換処理が不要になり、ガラスの製造コストを低廉化することができる。
結晶化度は、好ましくは30%以下、より好ましくは10%以下、特に好ましくは1%未満、つまり非晶質ガラスである。結晶化度が高過ぎると、ガラスを曲げ加工し難くなる。なお、「結晶化度」は、粉末法によりXRDを測定することにより、非晶質の質量に相当するハローの面積と、結晶の質量に相当するピークの面積とをそれぞれ算出した後、[ピークの面積]×100/[ピークの面積+ハローの面積](%)の式により求めた値を指す。
以下のようにして、本発明のアルミノシリケートガラスを作製することができる。
まず所定のガラス組成になるように調合した原料バッチを連続溶融炉に投入して、1500〜1700℃で加熱溶融し、清澄、攪拌した後、成形装置に供給して板状に成形し、所定の条件で冷却、例えば仮想温度Tfがガラス転移温度Tgより高くなるように冷却することにより、アルミノシリケートガラスを作製することができる。
成形時の冷却速度は、10℃/分以上、100℃/分以上、特に200℃/分以上であることが好ましい。冷却速度が遅過ぎると、仮想温度Tfがガラス転移温度Tgに比べて高くなり難く、クラック抵抗が低下し易くなる。
アルミノシリケートガラスは、種々の形状に成形されるが、カバーガラス等に適用する場合、平板形状に成形すること、つまりガラス板に成形することが好ましい。平板形状に成形する方法として、オーバーフローダウンドロー法を採用することが好ましい。オーバーフローダウンドロー法は、表面が未研磨の状態で、表面平滑性に優れたガラス板を大量に作製し得ると共に、大型のガラス板も容易に作製し得る方法である。なお、表面が未研磨であると、ガラス板の製造コストを低廉化することができる。
オーバーフローダウンドロー法以外にも、フロート法又はロールアウト法でガラス板を成形することも好ましい。特に、フロート法は、大型のガラス板を安価に作製し得る方法である。
ガラス板は、必要に応じて、面取り加工されていることが好ましい。その場合、#800のメタルボンド砥石等により、C面取り加工を行うことが好ましい。このようにすれば、端面強度を高めることができる。必要に応じて、ガラス板の端面をエッチングして、端面に存在するクラックソースを低減することも好ましい。
必要に応じて、アルミノシリケートガラスをガラス転移点Tgより30℃以上高い温度まで再度熱処理した後、10℃/分以上、100℃/分以上、特に200℃/分以上の冷却速度で冷却することが好ましい。冷却速度が遅過ぎると、仮想温度Tfがガラス転移温度Tgに比べて高くなり難く、クラック抵抗が低下し易くなる。
以下、実施例に基づいて、本発明を詳細に説明する。なお、以下の実施例は単なる例示である。本発明は以下の実施例に何ら限定されない。
表1、2は、本発明の実施例(試料No.1〜16)と比較例(試料No.17、18)を示している。
次のようにして各試料を作製した。表に記載のアルミノシリケートガラスが得られるように、ガラス原料を調合した。次に、調合済みの原料バッチを連続溶融炉に投入し、1600℃で20時間溶融した後、清澄、攪拌して、均質な溶融ガラスを得た上で、平板形状に成形した。得られたガラス板について、所定の条件で冷却した。なお、試料No.1〜17については、ガラス転移温度Tgより50℃高い温度から室温までを10℃/分で冷却し、試料No.18については、ガラス転移温度Tgより50℃高い温度から室温までを0.5℃/分で冷却した。得られた各試料について、ガラス転移点Tg、仮想温度Tf、密度、ヤング率、クラック抵抗CR、ビッカース硬度Hv、破壊靱性K1C、ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1に存在するラマンピークのピーク位置、ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570と560cm−1の散乱強度I560の比(I570/I560)及びラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630と600cm−1の散乱強度I600の比(I630/I600)を評価した。
ガラス転移温度Tgは、示差熱膨張計(TMA)を用いて測定し、JIS R3103−3:2001年に準拠して求めた値である。
次のようにして仮想温度Tfを求めた。各試料について、事前に種々の熱処理温度における平衡密度(ある温度で長時間保持してもそれ以上変化しない密度)を求めて、熱処理温度と平衡密度との線形近似直線をそれぞれ作成する。次に、その線形近似直線を用いて、測定すべき試料の密度値に対応する熱処理温度を求め、その熱処理温度を見かけの仮想温度Tfとする。
密度はアルキメデス法によって測定した値である。
ヤング率は、共振法により測定した値である。
クラック抵抗は、クラック発生率が50%となる荷重である。クラック発生率は、次のようにして測定した値である。まず湿度30%、温度25℃に保持された恒温恒湿槽内において、所定荷重に設定したビッカース圧子をガラス表面(光学研磨面)に15秒間打ち込み、その15秒後に圧痕の4隅から発生するクラックの数をカウント(1つの圧痕につき最大4とする)する。このようにして圧子を20回打ち込み、総クラック発生数を求めた後、(総クラック発生数/80)×100の式により求める。
ビッカース硬度Hvは、ビッカース硬度計にて100gfの荷重でビッカース圧子を押し込むことで測定した値である。
破壊靱性K1Cは、日本工業規格JISR1607「ファインセラミックスの室温破壊じん(靱)性試験方法」で定められる、予き裂導入破壊試験方法(SEPB法:Single−Edge−Precracked−Beam−Method)で測定した値である。
ラマンスペクトルは、ナノフォトン製レーザーラマン顕微鏡RAMAN touch VIS−NKを用い、レーザー光の波長を532nm、回折格子を600gm/mmとし、更に100倍の対物レンズを用い、レーザーパワーを98mW、露光時間を2秒、積算回数を5回、中心波数を1450cm−1として測定したものである。なお、レーザー光の波数は、標準試料のシリコンのスペクトルを測定し、520cm−1のピークで校正した。測定により得られたラマンスペクトルから、400〜540cm−1に存在するラマンピークの最大散乱強度の波数(ピーク位置)を読み取ると共に、その最大散乱強度で規格化し、ラマンスペクトルにおける570cm−1の散乱強度I570と560cm−1の散乱強度I560の比(I570/I560)及びラマンスペクトルにおける630cm−1の散乱強度I630と600cm−1の散乱強度I600の比(I630/I600)を算出した。
図1は、実施例に係る試料No.5のラマンスペクトルである。図2は、実施例に係る試料No.7のラマンスペクトルである。
表から分かるように、試料No.1〜16は、ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1付近に存在するメインピークのピーク位置が500cm−1より低波数側にあり、ガラスの仮想温度Tfがガラス転移温度Tgより高いため、クラック抵抗が高かった。
一方、試料No.17は、ラマンスペクトルにおける400〜540cm−1に存在するラマンピークのピーク位置が510cm−1にあるため、クラック抵抗が低かった。試料No.18は、ガラス転移温度Tgと仮想温度Tfが同じであったため、クラック抵抗が低かった。