(1)エンジンの全体構成
図1は、本発明の一実施形態にかかるエンジンの全体構成を示す図である。本図に示されるエンジンは、走行駆動用の動力源として車両に搭載される往復ピストン型の多気筒ガソリンエンジンである。このエンジンのエンジン本体1は、紙面に直交する方向に並ぶ複数の気筒2(図中ではそのうちの1つのみを示す)を有するシリンダブロック3と、シリンダブロック3の上面に設けられたシリンダヘッド4と、各気筒2に往復摺動可能に挿入されたピストン5とを有している。なお、エンジン本体1に供給される燃料は、ガソリンを主成分とするものであればよく、その中身は、全てガソリンであってもよいし、ガソリンにエタノール(エチルアルコール)等を含有させたものでもよい。
上記ピストン5はコネクティングロッド8を介してクランク軸7と連結されており、上記ピストン5の往復運動に応じて上記クランク軸7が中心軸回りに回転するようになっている。
上記ピストン5の上方には燃焼室6が形成され、燃焼室6に吸気ポート9および排気ポート10が開口し、各ポート9,10を開閉する吸気弁11および排気弁12が、上記シリンダヘッド4にそれぞれ設けられている。なお、図例のエンジンはいわゆるダブルオーバーヘッドカムシャフト式(DOHC)エンジンであり、各気筒につき上記吸気ポート9および排気ポート10が2つずつ設けられるとともに、上記吸気弁11および排気弁12も2つずつ設けられている。
なお、「燃焼室」とは、狭義には、上死点時におけるピストン5の上方空間のことを指すが、本明細書でいう燃焼室6とは、ピストン5の上下位置にかかわらずその上方に形成される空間のことを指すものとする(広義の燃焼室)。
ここで、当実施形態のエンジン本体1は、理論熱効率の向上や、後述するCI燃焼(圧縮自己着火燃焼)の安定化等を目的として、14以上という比較的高い幾何学的圧縮比を有するように設定されている。なお、幾何学的圧縮比の上限値は、実用上の観点等から20程度であると考えられるため、上記エンジン本体1の幾何学的圧縮比は、14以上20以下の範囲の適宜の値に設定される。
上記吸気弁11および排気弁12は、それぞれ、シリンダヘッド4に配設された一対のカムシャフト(図示省略)等を含む動弁機構13,14によりクランク軸7の回転に連動して開閉駆動される。
上記吸気弁11用の動弁機構13には、CVVL15およびVVT16がそれぞれ組み込まれている。CVVL15は、連続可変バルブリフト機構(Continuous Variable Valve Lift Mechanism)と呼ばれるものであり、吸気弁11のリフト量を連続的に(無段階で)変更するものである。また、VVT16は、可変バルブタイミング機構(Variable Valve Timing Mechanism)と呼ばれるものであり、吸気弁11の開閉タイミング(位相角度)を可変的に設定するものである。これらCVVL15およびVVT16は、エンジンの全ての吸気弁11のリフト量および開閉タイミングを変更できるように設けられており、CVVL15およびVVT16の両方が駆動されると、各気筒2において一対の吸気弁11のリフト量および開閉タイミングが同時に変更されるようになっている。
上記のような構成のCVVL15は既に公知であり、その具体例として、吸気弁11駆動用のカムをカムシャフトの回転と連動して往復揺動運動させるリンク機構と、リンク機構の配置(レバー比)を可変的に設定するコントロールアームと、コントロールアームを電気的に駆動することによって上記カムの揺動量(吸気弁11を押し下げる量)を変更するステッピングモータとを備えたものを挙げることができる(例えば特開2007−85241号公報参照)。また、上記VVT16についても、液圧式、電磁式、機械式など、種々のタイプのものが既に公知であり、その中から適宜のものを採用し得る。
上記排気弁12用の動弁機構14には、吸気行程中に排気弁12を押し下げる機能を有効または無効にするON/OFFタイプの可変バルブリフト機構(Variable Valve Lift Mechanism)であるVVL17が組み込まれている。すなわち、VVL17は、排気弁12を排気行程だけでなく吸気行程でも開弁可能にするとともに、この吸気行程中の排気弁12の開弁動作を実行するか停止するかを切り替える機能を有している。VVL17は、エンジンの全ての排気弁12に対応して設けられており、かつ、各気筒2の一対の排気弁12に対し、それぞれ個別に、吸気行程中の開弁動作を実行または停止できるように構成されている。
このような構成のVVL17は既に公知であり、その具体例として、排気弁12駆動用の通常のカム(排気行程中に排気弁12を押し下げるカム)とは別に吸気行程中に排気弁12を押し下げるサブカムと、このサブカムの駆動力が排気弁12に伝達されるのを有効または無効にするいわゆるロストモーション機構とを備えたものを挙げることができる(例えば特開2007−85241号公報参照)。
上記VVL17の作用により排気弁12が吸気行程中に開弁することで、高温の排気ガスが排気ポート10から燃焼室6に逆流し、燃焼室6の高温化が図られるとともに、燃焼室6に導入される空気(新気)の量が低減される。以下では、このような排気弁12の再開弁(吸気行程中の開弁)による排気ガスの残留操作を、後述する外部EGR装置30による排気ガスの還流操作(外部EGR)と区別して、内部EGRと称する。
上記エンジン本体1のシリンダヘッド4には、点火プラグ20およびインジェクタ21が、各気筒2につき1組ずつ設けられている。
上記インジェクタ21は、燃焼室6をその天井面(燃焼室6を覆うシリンダヘッド4の下面)から臨むように設けられている。各気筒2のインジェクタ21にはそれぞれ燃料供給管23が接続されており、各燃料供給管23を通じて供給される燃料(ガソリンを主成分とする燃料)が上記インジェクタ21の先端部から噴射されるようになっている。
より具体的に、上記燃料供給管23の上流側には、クランク軸7と連動連結されたプランジャー式のポンプ等からなる高圧燃料ポンプが接続されているとともに、この高圧燃料ポンプと上記燃料供給管23との間には、全気筒に共通の蓄圧用のコモンレールが設けられている。そして、このコモンレール内で蓄圧された燃料が各気筒2のインジェクタ21に供給されることにより、各インジェクタ21からは、30MPa以上の高い圧力の燃料が噴射されるようになっている。なお、燃料噴射圧力の上限値は、実用上の観点等から120MPa程度であると考えられるため、上記インジェクタ21からの噴射圧力は、30MPa以上120MPa以下の範囲の適宜の値に設定される。
また、上記インジェクタ21は、いわゆる多噴口型のインジェクタであり、その先端部に12個の噴口を有している。これらの噴口の設置部(インジェクタ21の先端部)は、燃焼室6天井の中央部に位置しており、各噴口は、その開口端がボア径方向外側の斜め下方を向くように穿孔されている。このため、上記インジェクタ21の各噴口から燃料が噴射された場合、その燃料は、ピストン5の冠面(上面)に近づくほどボア径方向外側に拡がるように放射状に噴射されることになる。
上記点火プラグ20は、各気筒2の燃焼室6を上方から臨むように上記インジェクタ21と隣接して配置されている。具体的に、この点火プラグ20は、燃焼室6に露出する電極を先端部に有し、図外の点火回路からの給電に応じて上記電極から火花を放電する。
上記エンジン本体1の吸気ポート9および排気ポート10には、吸気通路28および排気通路29がそれぞれ接続されている。すなわち、外部からの吸入空気(新気)が上記吸気通路28を通じて燃焼室6に供給されるとともに、燃焼室6で生成された排気ガス(既燃ガス)が上記排気通路29を通じて外部に排出されるようになっている。
上記吸気通路28は、単一の通路からなる共通通路部28cと、共通通路部28cの下流側端部に設けられたサージタンク28bと、気筒2ごとに分岐して設けられ、上記サージタンク28bと各気筒2の吸気ポート9とを接続する分岐通路部28aとを有している。
上記排気通路29は、単一の通路からなる共通通路部29cと、気筒2ごとに分岐して設けられ、上記共通通路部29cの上流側端部と各気筒2の排気ポート10とを接続する分岐通路部29aとを有している。
上記吸気通路28および排気通路29の間には、排気通路29を通過する排気ガスの一部を吸気通路28に還流させる外部EGR装置30が設けられている。具体的に、外部EGR装置30は、吸気通路28および排気通路29の各共通通路部28c,29cどうしを連通させるEGR通路31と、EGR通路31の途中部に設けられ、その内部を通過する排気ガスの流量を制御するEGRバルブ32と、EGR通路31を通過する排気ガスの温度を冷却する水冷式のEGRクーラ33とを有している。
上記吸気通路28の共通通路部28cには、スロットルバルブ25が開閉可能に設けられている。ただし、当実施形態では、上記CVVL15により吸気弁11のリフト量が調整され、また、VVL17により燃焼室6に残留する排気ガスの量が調整され、さらには、外部EGR装置30により吸気通路28に還流される排気ガスの量が調整されることから、これらの操作に基づいて、スロットルバルブ25を操作することなく、燃焼室6に導入される空気(新気)の量を調整することが可能である。このため、スロットルバルブ25は、エンジンの停止時等を除いて、全開状態に維持される。
上記排気通路29の共通通路部29cには、排気ガス浄化用の触媒コンバータ35が設けられている。触媒コンバータ35には例えば三元触媒が内蔵されており、排気通路29を通過する排気ガス中の有害成分が上記三元触媒の作用により浄化されるようになっている。
図2は、上記ピストン5の冠面の形状を具体的に説明するための拡大図である。この図2および先の図1に示すように、ピストン5の冠面中央部には、凹状のキャビティ40が設けられている。キャビティ40は、上記インジェクタ21と対向する上向きの開口部40aを上端に有しており、この開口部40aの面積(開口面積)は、キャビティ40の内部の最大断面積(キャビティ40の各高さ位置における水平方向断面積の最大値)よりも小さく設定されている。すなわち、キャビティ40は、その開口部40aから所定深さまでの範囲において、上方に至るほど内径が狭くなるように上窄まり状に形成されている。
上記キャビティ40よりも径方向外側に位置するピストン5の冠面には、平面視円環状の環状凹部41が、キャビティ40の周囲を取り囲むように設けられている。この環状凹部41は、径方向外側に至るほど高さが低くなるように形成されており、その最大深さ(最外周部の深さ)は、キャビティ40の深さよりも浅く設定されている。
また、上記環状凹部41よりもさらに径方向外側に位置するピストン5の最外周部には、上記環状凹部41よりも上方に突出した円環状の立壁部42が設けられている。この立壁部42の突出高さは、上記キャビティ40上端の開口部40aを囲む部分(リップ部)と同一に設定されている。
再び図1に戻って、上記エンジン本体1のシリンダブロック3やシリンダヘッド4の内部には、冷却水が流通するウォータジャケット(図示省略)が設けられており、このウォータジャケット内の冷却水の温度を検出するための水温センサSW1が、上記シリンダブロック3に設けられている。
上記シリンダブロック3には、クランク角センサSW2が設けられている。クランク角センサSW2は、クランク軸7と一体に回転するクランクプレート(図示省略)の回転に応じてパルス信号を出力するものであり、このパルス信号に基づいて、クランク軸7の回転角度(クランク角)および回転速度(エンジン回転速度)が検出されるようになっている。
上記シリンダヘッド4には、動弁機構14におけるカムシャフトの角度を検出するためのカム角センサSW3が設けられている。カム角センサSW3は、カムシャフトと一体に回転するシグナルプレートの歯の通過に応じて、気筒判別(各気筒が吸気、圧縮、膨張、排気のいずれの行程にあるかの判別)用のパルス信号を出力するものである。
(2)制御系
図3は、エンジンの制御系を示すブロック図である。本図に示されるECU50は、エンジンの各部を統括的に制御するための装置(本発明にかかる制御手段)であり、周知のCPU、ROM、RAM等から構成されている。
上記ECU50には、エンジンに設けられた各種センサから種々の情報が入力される。すなわち、ECU50は、エンジンに設けられた上記水温センサSW1、クランク角センサSW2、およびカム角センサSW3と電気的に接続されており、これら各センサSW1〜SW3からの入力信号に基づいて、エンジンの冷却水温、クランク角、エンジン回転速度、および気筒判別情報といった種々の情報を取得する。
また、ECU50には、車両に設けられた各種センサからの情報も入力される。例えば、車両には、運転者により踏み込み操作される図外のアクセルペダルの開度(アクセル開度)を検出するアクセル開度センサSW4が設けられており、このアクセル開度センサSW4により検出されたアクセル開度が、上記ECU50に入力される。
上記ECU50が有するより具体的な機能について説明すると、上記ECU50は、その主な機能的要素として、判定手段51、インジェクタ制御手段52、吸気制御手段53、内部EGR制御手段54、外部EGR制御手段55、および点火制御手段56を有している。
上記判定手段51は、クランク角センサSW2の検出値から特定されるエンジン回転速度と、アクセル開度センサSW4の検出値から特定されるエンジン負荷(目標トルク)とに基づいて、エンジンをどのような態様で制御すべきかを都度判定するものである。なお、以下では、エンジン回転速度をNe、エンジン負荷をTとする。
図4は、上記エンジン回転速度Neおよび負荷Tに基づき決定される制御の種類を区分けして示す設定図(制御マップ)である。エンジンの運転中、上記判定手段51は、この図4の制御マップに従うようにエンジンの制御内容を決定する。なお、図4の制御マップは、基本的に、エンジン水温センサSW1により検出された冷却水温が所定値(例えば80℃)以上となる温間状態のときのものである。エンジンが冷間状態にあるときの制御マップは図4とは異なり得るが、ここではその説明については省略する。
上記図4の制御マップにおいて、エンジン負荷Tが比較的低い領域(低負荷域)には、全ての回転速度域にわたって第1運転領域A1が設定されている。また、この第1運転領域A1よりも負荷Tが高い中負荷域には、低回転側から準に第2運転領域A2および第3運転領域A3が設定されている。つまり、エンジンの中負荷域において、回転速度Neが所定値(例えば2000〜3000rpm程度)よりも低い領域に第2運転領域A2が設定されるとともに、この第2運転領域A2よりも回転速度Neの高い領域に第3運転領域A3が設定されている。さらに、上記第2、第3運転領域A2,A3よりも負荷Tが高い高負荷域には、全ての回転速度域にわたって第4運転領域A4が設定されている。
エンジンの運転中においては、エンジンの運転点(負荷Tおよび回転速度Neの各値から特定される制御マップ上でのポイント)が上記図4中のどの運転領域(A1〜A4)に該当するかが都度判断され、各運転領域に応じた適切な制御が実行されるようになっている。
上記図4の制御マップに基づく制御の中身について簡単に説明しておく。この制御マップのうち、最も高負荷側に設定された第4運転領域A4を除く部分負荷の領域、つまり第1運転領域A1、第2運転領域A2、および第3運転領域A3は、そのいずれもが、ピストン5の圧縮作用により混合気を自着火させるCI燃焼(圧縮自己着火燃焼)の実行領域として規定されている。ただし、各領域A1〜A3では、インジェクタ21からの燃料噴射の形態や、点火プラグ20を利用した着火アシストの有無、さらには内部EGRまたは外部EGRの有無等が異なる(その詳細については後述する)。ここでは、上記各領域A1〜A3で実行されるCI燃焼用の制御のことを、それぞれ「リーンHCCIモード」「多段CIモード」「SA−HCCIモード」と称する。
一方、上記第1〜第3運転領域A1〜A3よりも高負荷側に設定された第4運転領域A4では、CI燃焼ではなく、点火プラグ20を用いた火花点火(Spark Ignition)をきっかけに混合気を火炎伝播により燃焼させる燃焼形態(以下、SI燃焼と略称する)が選択される。ただし、上記第4運転領域A4でのSI燃焼は、一般的なSI燃焼とは異なり、燃料の噴射時期および点火時期を遅めに設定しつつ混合気を急速な火炎伝播により燃焼させるものであり(その詳細については後述する)、このような燃焼を実現するための上記第4運転領域A4での制御のことを、ここでは「急速リタードSIモード」と称する。
再び図3に戻って、上記インジェクタ制御手段52は、上記インジェクタ21に内蔵された図外のニードル弁(インジェクタ21の先端部の噴口を開閉する弁)を電磁的に開閉することにより、インジェクタ21から燃焼室6に噴射される燃料の噴射量や噴射時期を制御するものである。
上記吸気制御手段53は、上記CVVL15およびVVT16を駆動することにより、吸気弁11のリフト量(開弁量)および開閉タイミングを変更する制御を行うものである。
上記内部EGR制御手段54は、上記VVL17を駆動して排気弁12の吸気行程中の開弁を実行または停止することにより、燃焼室6に排気ガスを残留(逆流)させる操作(内部EGR)の有無を切り替えるものである。なお、当実施形態において、排気弁12は1気筒あたり2つ設けられているので、吸気行程中に開弁する排気弁12の数を0,1,2の間で切り替えることにより、上記燃焼室6に残留する排気ガスの量(内部EGR量)を段階的に変化させることが可能である。
上記外部EGR制御手段55は、上記EGR通路31に設けられたEGRバルブ32の開度を調節することにより、排気通路29から吸気通路28に排気ガスを還流する操作(外部EGR)の有無を切り替えるとともに、その外部EGRによる排気ガスの還流量(外部EGR量)を制御するものである。
上記点火制御手段56は、上記点火プラグ20による火花点火のタイミング(点火時期)等を制御するものである。ただし、当実施形態において、点火プラグ20は、エンジンが火花点火燃焼により運転される場合や、混合気の自着火をアシストする着火アシストが必要な場合にのみ作動し、それ以外のときは基本的に(カーボン除去のために行われる吸気行程や排気行程中の点火動作を除いて)作動しない。
(3)各運転領域での燃焼形態
次に、以上のような機能を有するECU50の制御に基づき、図4に示した各運転領域(A1,A2,A3,A4)で、それぞれどのような燃焼形態が選択されるのかを説明する。なお、ここでの説明の前提として、エンジンの冷却水温は十分に暖まっている(つまり温間時の運転である)ものとする。このようにエンジンが温間状態で運転されているとき、ECU50は、上記クランク角センサSW2およびアクセル開度センサSW4の各検出値に基づいて、エンジンの運転点(負荷Tおよび回転速度Ne)が図4の制御マップにおけるどの運転領域に該当するかを逐次判定する。そして、判定された運転領域が、図4中の第1〜第5運転領域A1〜A5の中のいずれであるかに応じて、それぞれ以下のような制御を実行する。
(i)第1運転領域A1(リーンHCCIモード)
図5は、エンジンの運転点が第1運転領域A1にあるためにエンジンがリーンHCCIモードで運転されている場合の燃料噴射時期と吸排気弁11,12のリフト特性、およびそれに基づく燃焼により生じる熱発生率(J/deg)を示す図である。本図に示すように、このリーンHCCIモードでは、圧縮上死点(圧縮行程と膨張行程の間のTDC)よりも十分に早いタイミングで噴射された燃料と空気とに基づくリーンな混合気をピストン5の圧縮作用によって自着火させる、予混合圧縮自己着火燃焼(Homogeneous-Charge Compression Ignition Combustion)が実行される。
具体的に、当実施形態において、リーンHCCIモードで運転されているときには、吸気行程中の所定時期にインジェクタ21から燃焼室6に対し比較的少量の燃料が噴射(P0)され、この1回の燃料噴射P0により一括噴射された少量の燃料と、吸気通路28から燃焼室6に導入される空気(新気)とに基づき形成される均質でかつリーンな混合気が、ピストン5の圧縮作用により高温、高圧化し、圧縮上死点付近で自着火する。すると、このような自着火に基づき、波形Qaに示すような熱発生を伴う燃焼が生じることになる。
上記リーンHCCIモードでは、燃焼室6内の混合気の空燃比(実空燃比)を理論空燃比(14.7)で割った値である空気過剰率λが、燃焼室6の全体に亘って2以上となるように設定される。ただし、このように大幅にリーンでかつ均質な空燃比下では、筒内温度を意図的に上昇させないと、失火が起きるおそれがある。そこで、上記リーンHCCIモードでは、VVL17を駆動して排気弁12を吸気行程中に開弁させることにより、燃焼室6で生成された排気ガスを燃焼室6に逆流させる内部EGRが実行される。すなわち、排気弁12は、通常、排気行程のみで開弁するが(図5のリフトカーブEX)、VVL17の駆動に基づき排気弁12を吸気行程でも開弁させることにより(リフトカーブEX’)、排気ポート10から燃焼室6に排気ガスを逆流させる。このように、高温の排気ガスを燃焼室6に逆流(残留)させることで、燃焼室6を高温化して、混合気の自着火を促進する。
ここで、燃焼室6に残留する排気ガスの量(内部EGR量)は、低負荷側ほど多く、高負荷側ほど少なく設定される。これに対し、燃焼室6に導入される空気(新気)の量は、低負荷側ほど少なく、高負荷側ほど多く設定される。そのための制御として、上記リーンHCCIモードでは、吸気弁11のリフト量が、負荷Tの高まりとともに徐々に増大設定される。図5中の一点鎖線のリフトカーブINは、吸気弁11が小リフト状態のときのリフトカーブであり、この状態から負荷Tが高まると、それに伴って吸気弁11のリフト量が破線のリフトカーブを上限として徐々に増大設定される。このように吸気弁11のリフト量を増大させる際には、吸気弁11の閉時期が吸気下死点(吸気行程と圧縮行程の間のBDC)の近傍に固定されたまま、吸気弁11の開時期のみが排気上死点(排気行程と吸気行程の間のTDC)に向けて徐々に進角するように、吸気弁11の開閉タイミングおよびリフト量が上記CVVL15およびVVT17によって調整される。なお、当実施形態では、1気筒あたり排気弁12が2つ存在するので、内部EGRによる残留ガス(内部EGRガス)を適正量確保するために、吸気行程中に開弁する排気弁12の数を、負荷Tの高まりとともに段階的に減らす制御を同時に行ってもよい。
なお、上記リーンHCCIモードでは、上記のように排気弁12の再開弁(吸気行程中の開弁)に基づく内部EGRが実行されるため、外部EGRについては停止される。すなわち、EGR通路31に設けられたEGRバルブ32の開度が全閉に設定されることにより、排気通路29から吸気通路28への排気ガスの還流が停止される。
また、上記リーンHCCIモードでは、上述したように、空気過剰率λが2以上という大幅にリーンな値に設定される。このように大幅にリーンに設定された混合気を燃焼させると、燃焼温度が大幅に低下するため、冷却損失を低減して熱効率(燃費)を向上させることができる。なお、λ≧2にまでリーンになると、三元触媒によるNOxの浄化作用はほとんど期待できなくなるが、λ≧2のときに燃焼により生じるNOx量(生のNOx量)は大幅に少なくなるため、三元触媒以外に特別な触媒(例えばNOxトラップ触媒)を設けなくても、排気ガス中に含まれるNOxの量を十分に小さい値に抑制することができる。
(ii)第2運転領域A2(多段CIモード)
上記第1運転領域A1よりも負荷Tが高く、かつ回転速度Neが比較的低い領域に設定された第2運転領域A2では、多段CIモードとして、図6に示すような制御が実行される。すなわち、圧縮上死点付近とそれより前の圧縮行程中の所定時期とに設定された2回の噴射タイミング(P1,P2)に分けてインジェクタ21から燃料を噴射させ、それぞれの燃料に基づく混合気を自着火により燃焼させる制御が実行される。なお、以下の説明では、圧縮行程中に実行される1回目の燃料噴射P1を前段噴射、それより後の圧縮上死点付近(図例では膨張行程のごく初期)に実行される2回目の燃料噴射P2を後段噴射と称する。
具体的に、当実施形態において、上記多段CIモードのときの前段噴射P1のタイミング(より正確には開始タイミング)は、圧縮上死点(圧縮行程と膨張行程の間のTDC)を基準として、その上死点前(BTDC)60〜50°CA(CAはクランク角を表す)程度の期間内に設定され、後段噴射P2のタイミング(開始タイミング)は、上死点後(ATDC)0〜10°CA程度の期間内に設定される。また、前段噴射P1および後段噴射P2による各噴射量の割合は、3:7〜7:3程度に設定される。
ここで、多段CIモードが実行される第2運転領域A2は、エンジンの中負荷域に位置し、上記リーンHCCIモードの実行領域である第1運転領域A1よりも負荷Tが高いため、上記前段噴射P1および後段噴射P2によるトータルの噴射量は、上記リーンHCCIモードのとき(図5の燃料噴射P0)よりも増大される。また、吸気弁11のリフト量は、上記リーンHCCIモードのときの最大リフト量(図6の破線のリフトカーブ参照)と同一とされ(リフトカーブIN)、比較的多量の空気(新気)が燃焼室6に導入されるようになっている。そして、上記のように分割噴射された燃料と空気との混合気が圧縮上死点付近で自着火することにより、図中の波形Qbに示すように、時期の異なる2つのピークを有するような熱発生を伴う燃焼が生じることになる。なお、このような波形Qbの形状はあくまで概念的なものであり、実際には2つのピークが明確に現れない場合も当然にあり得る。
上記のように前段噴射P1および後段噴射P2に分けて燃料を噴射するのは、燃焼騒音等の問題を考慮してのものである。すなわち、燃料噴射量の多い上記第2運転領域A2では、燃料を1回で噴射してしまうと、噴射された多量の燃料が短時間で全て燃焼する急激な燃焼が起きることにより、筒内圧力が急上昇し、燃焼騒音が著しく増大する等の事態を招くおそれがある。そこで、上記のように燃料を分割噴射することにより、比較的マイルドな燃焼が継続的に起きるようにして、上記のような燃焼騒音の増大等を回避するようにしている。
ただし、たとえ燃料噴射を複数回に分割しても、インジェクタ21の配置やピストン5の形状によっては、各回に噴射された燃料どうしが混じり合い、その混じり合った燃料がほとんど同時に燃焼することがある。このように、噴射タイミングが異なる燃料どうしが混じり合った状態で燃焼が起きると、燃焼騒音が過大になるばかりでなく、燃焼時に必要な酸素が局所的に著しく不足し、多量のスート(炭素質粒子)が発生するおそれがある。
このような問題に対し、当実施形態では、インジェクタ21が燃焼室6天井の中央部に配置されるとともに、ピストン5の冠面がキャビティ40等を有する特殊な形状に形成されているため、分割噴射された燃料が同時に燃焼してしまうことがなく、上記のような燃焼騒音の増大やスートの大量発生を回避することが可能である(その詳細なメカニズムについては後述する)。
また、上記多段CIモードでは、上記のような燃料の分割噴射制御に加えて、吸気行程中に排気弁12を押し下げる機能を無効にするようにVVL17が駆動され、排気弁12の吸気行程中の開弁が停止される。これにより、排気ガスが燃焼室6に逆流することがほとんどなくなり、内部EGRが禁止される。
一方、多段CIモードでは、上記のように禁止された内部EGRに代わり、外部EGRが実行される。すなわち、EGR通路31に設けられたEGRバルブ32が所定開度まで開かれることにより、排気通路29から吸気通路28へ排気ガスを還流させる操作が実行される。
このように、内部EGRから外部EGRへと切り替えるのは、燃焼室6の過度の高温化を防いで異常燃焼を回避するためである。すなわち、多段CIモードが実行される上記第2運転領域A2は、リーンHCCIモードの実行領域である上記第1運転領域A1よりもエンジン負荷Tが高く、噴射されるトータルの燃料が多いため、燃焼に伴い発生する熱量が増大し、燃焼室6が高温化する傾向にある。このため、仮に第2運転領域A2でも内部EGRを継続したのでは、燃焼室6がますます高温化し、プリイグニッションやノッキング等の異常燃焼が起きるおそれがある。そこで、内部EGRから外部EGRに切り替えて、EGRクーラ33付きのEGR通路31を通過した(つまりEGRクーラ33により冷却された)排気ガスを吸気通路28に還流させることにより、燃焼室6の過度な高温化を防ぎ、上記のような異常燃焼を回避するようにしている。なお、エンジン負荷Tが高まれば、それだけ異常燃焼が起き易くなることから、上記外部EGRにより還流される排気ガスの量(外部EGR量)は、負荷Tが高くなるほど増大される。
ここで、以上のような多段CIモードに基づく制御により実現される燃焼形態について、図9(a)〜(f)を参照しつつより具体的に説明する。図9(a)は、インジェクタ21から前段噴射P1が行われたときの状態を示している。このときのピストン5は、上述したように、圧縮上死点前(BTDC)60〜50°CA程度に位置している。このような位置にあるピストン5の冠面に向けて、上記インジェクタ21の先端部に備わる複数(12個)の噴口から放射状に燃料が噴射されると、その燃料の噴霧は、ピストン5の冠面の径方向外側寄りに設けられた環状凹部41に向かうことになる。
上記ピストン5の環状凹部41に向けて噴射された燃料(噴霧)は、その後、ピストン5の最外周部に設けられた立壁部42により上方にガイドされながら分散し、その分散した燃料に基づき、図9(b)に示すようなピストン位置(圧縮上死点以前のタイミング)で、燃焼室6の外周部(主に環状凹部41の内部およびその上方空間)に混合気X1が形成される。ここで形成される混合気X1の空燃比は、燃焼室6の外周部だけの局所的な空燃比として、理論空燃比(空気過剰率λ=1)程度に設定される。すなわち、圧縮上死点以前において、理論空燃比程度の濃さの混合気X1が燃焼室6の外周部に局所的に形成されるように、前段噴射P1の噴射時期および噴射量が設定されている。
もちろん、上記前段噴射P1によって、燃焼室6の外周部以外(例えばキャビティ40の内部)にも微量の燃料が存在し得るが、その燃料の濃度は、上記燃焼室6の外周部に比べれば極めて薄いものである。言い換えれば、上記前段噴射P1により、燃焼室6の外周部には、キャビティ40の内部よりもリッチな混合気X1が形成されていることになる。
上記のように燃焼室6の外周部に形成された混合気X1は、ピストン5の上昇により圧縮されて高温・高圧化し、圧縮上死点付近までピストン5が達したところで、図9(c)に示すように自着火により燃焼する(CI燃焼)。なお、同図では、混合気X1が燃焼している領域を黒またはグレーに着色して示している。この混合気X1が燃焼する領域Y1は、上記混合気X1が形成された領域に対応して、燃焼室6の外周部分に限られる。
上記のような前段噴射P1に基づく燃焼が始まると、それと前後して(図例では前段噴射P1に基づく燃焼開始とほぼ同時に)、図9(d)に示すような後段噴射P2が実行される。この後段噴射P2のタイミングは、上述したように、ピストン5がその上昇端に至った時点(圧縮上死点)とほぼ同時かその直後のATDC0〜10°CA程度である。このようなタイミング(圧縮上死点付近)でインジェクタ21から燃料が噴射されると、その燃料の噴霧は、ピストン5の冠面中央部に設けられたキャビティ40の内部へと向かうことになる。すると、このキャビティ40の内部に向けて噴射された燃料(噴霧)は、キャビティ40の周壁に沿って上方にガイドされながら分散し、その分散した燃料に基づき、図9(e)に示すように、燃焼室6の中央部(主にキャビティ40の内部)に混合気X2が形成される。この混合気X2の局所的な空燃比も、上述した前段噴射P1に基づく混合気X1と同様、理論空燃比(空気過剰率λ=1)程度に設定される。言い換えれば、上記後段噴射P2により、キャビティ40の内部には、前段噴射P1の実行時よりもリッチな(より具体的には、前段噴射P1により噴射された燃料に基づきキャビティ40内に形成される極めて薄い混合気よりもリッチな)混合気X2が形成されていることになる。
ただし、混合気X2は、少なくとも上記前段噴射P1に基づく混合気X1の燃焼が終了する前には存在している必要がある。すなわち、上記前段噴射P1に基づく燃焼が終了するよりも前に、理論空燃比程度の濃さの混合気X2が燃焼室の中央部に局所的に形成されるように、上記後段噴射P2の噴射時期および噴射量が設定されている。なお、当実施形態では、前段噴射P1に基づく燃焼の開始タイミングとほぼ同時に後段噴射P2を実行しているが、インジェクタ21からの燃料噴射圧力は、30MPa以上というかなり高い値に設定されているので、上記のような遅いタイミングで後段噴射P2を実行しても、上記燃焼の終了前には混合気X2を形成することが可能である。
ここで、上述したように、後段噴射P2に基づく混合気X2の局所的な空燃比と、これよりも前に実行される前段噴射P1に基づく混合気X1の局所的な空燃比とが、ともに理論空燃比程度であり、かつこれら混合気X1,X2が燃焼室6内で分離して形成されることから、上記多段CIモードでは、燃焼室6全体の平均の空燃比が、理論空燃比よりもリーンな値(空気過剰率λ>1)に設定されることになる。
上記のような後段噴射P2に基づき、圧縮上死点付近でしかも前段噴射P1による燃焼の継続中(燃焼の終了前)に混合気X2が形成されることで、この混合気X2は、図9(f)に示すように、上記後段噴射P2の後、短い時間で自着火に至り、燃焼する。この混合気X2が燃焼する領域Y2は、上記混合気X2が形成された領域に対応して、燃焼室6の中央部に限られる。すなわち、上述した前段噴射P1に基づく混合気X1が、環状凹部41の設置部に対応する燃焼室6の外周部(燃料領域Y1)で燃焼するのに対し、後段噴射P2に基づく混合気X2は、キャビティ40の設置部に対応する燃焼室6の中央部(上記燃料領域Y1よりも径方向中心寄りに位置する燃焼領域Y2)で燃焼することになる。
以上のように、多段CIモードでは、負荷Tに応じた比較的多量の燃料を複数回(前段噴射P1および後段噴射P2)に分けて噴射することで、別々の空間に混合気(X1,X2)を形成し、それらを独立して自着火、燃焼させるようにしている。このような多段CIモードが実行される上記第2運転領域A2では、分割噴射された燃料が混じり合って同時に燃焼してしまうことがないため、筒内圧力の急上昇による燃焼騒音の増大や、局所的な酸素不足によるスートの増大等を招く心配がない。しかも、前段噴射P1および後段噴射P2に基づく混合気X1,X2の局所的な空燃比は、それぞれ理論空燃比(λ=1)程度に設定されるので、そのような環境下の燃焼により生成された排気ガスであれば、三元触媒のみによって十分に有害成分の浄化が可能である。
(iii)第3運転領域A3
上記第1運転領域A1よりも負荷Tが高く、かつ上記第2運転領域A2よりも回転速度Neが高い第3運転領域A3では、SA−HCCIモードとして、図7に示すような制御が実行される。すなわち、圧縮上死点よりも所定期間以上早いタイミングで燃料を噴射させ(P3)、この燃料噴射P3により噴射された燃料に基づき燃焼室6全体に均質な混合気が形成された状態で、点火プラグ20を利用した着火アシスト(Spark Assist)を行わせる。これにより、少量の混合気を着火アシストに基づく火炎伝播により燃焼させ、その後、残りの混合気を自着火により燃焼させる。
具体的に、当実施形態において、SA−HCCIモードでの運転時には、吸気行程中の所定時期にインジェクタ21から燃料が一括噴射され(燃料噴射P3)、このような燃料噴射P3による燃料と空気(新気)とに基づき、少なくとも圧縮上死点の手前までに、燃焼室6全体にほぼ均質な混合気が形成される。そして、圧縮上死点の近傍(図例では圧縮上死点の少し手前)で、上記混合気の自着火を促進するための着火アシストとして、点火プラグ20による火花点火が実行される。すると、この火花点火をきっかけに、圧縮上死点付近で少量の混合気が火炎伝播により燃焼し始め、図7の波形Qc’のような少量の熱発生を伴う燃焼が生じる。このような着火アシストに基づく燃焼(火炎伝播による燃焼)が始まると、それによって燃焼室6内の温度が上昇するため、圧縮上死点を過ぎた膨張行程の途中(図中の時点t1)から、残りの混合気が相次いで自着火する。これにより、2つ目の波形Qcに示すように、比較的大きな熱発生を伴う燃焼が、着火アシストによる燃焼と連続して生じることになる。
上記着火アシストのタイミングは、図7の例では圧縮上死点の少し手前に設定されているが、その後に起きる自着火による燃焼(波形Qc参照)が圧縮上死点以降に開始されるようなタイミングであればよく、図7に示されるようなタイミングに限られない。例えば、自着火による燃焼の開始時期t1は、圧縮上死点後(ATDC)0〜20°CA程度であることが望ましく、これを実現するための着火アシストのタイミングは、概ね圧縮上死点前(BTDC)20〜0°CA程度に設定される。
ここで、着火アシストを行ってから、混合気が自着火による燃焼を開始する時点t1までの経過時間(着火遅れ時間)が一定であると仮定すると、エンジン回転速度Neが高いほど、上記着火遅れ時間の間にピストンが移動する距離(クランク角の変動幅)は大きくなる。このため、概ね同じタイミング(クランク角位置)で自着火による燃焼を開始させるためには、エンジン回転速度Neが高いほど着火アシストのタイミングを早める必要がある。そこで、上記着火アシストのタイミングは、エンジン回転速度Neが高いほど進角側に設定され、回転速度Neが低いほど遅角側に設定される。このため、回転速度Neが最も低い条件では、図7とは異なり、着火アシストのタイミングが圧縮上死点よりも後になることもあり得る。
上記SA−HCCIモードでは、先の多段CIモードのときと同様、排気弁12の再開弁により排気ガスを燃焼室6に逆流させる内部EGRが禁止されるとともに、EGR通路31を通じて排気ガスを吸気通路28に還流させる外部EGRが実行される。ただし、後述するように、SA−HCCIモードでは、混合気の空燃比が理論空燃比(空気過剰率λ=1)に設定されるため、燃焼室全体の平均空燃比がリーン(λ>1)に設定される上述した多段CIモードのときのよりも、燃焼室6に導入すべき空気の量が少なくなる。そこで、このような空気の減量分を補うべく、外部EGRによる排気ガスの還流量(外部EGR量)は、上記多段CIモードのときよりも増やされる。
図10(a)〜(d)は、以上のようなSA−HCCIモードに基づく制御により実現される燃焼形態を模式的に示す図である。SA−HCCIモードでは、上述したように、吸気行程中に燃料噴射P3(図7)が実施されることにより、圧縮上死点よりも手前において、図10(a)に示すように、燃焼室6全体に均質な混合気X3が形成される。このときの混合気X3の空燃比は、理論空燃比(空気過剰率λ=1)と同じである。つまり、上記燃料噴射P3の噴射量は、燃焼室全体に亘って理論空燃比の混合気を形成し得る量に設定される。
上記のような理論空燃比(λ=1)の均質な混合気X3が形成されると、その混合気X3の自着火を促進するための着火アシストとして、図10(b)に示すように、点火プラグ20による火花点火Sが実行される。図10(b)の例では、圧縮上死点の少し手前で上記着火アシストが実行されている。すると、その後間もない圧縮上死点付近で、図10(c)に示すように、点火プラグ20の電極近傍の混合気が火炎伝播により燃焼し、局所的な燃焼領域Yaが形成される。
上記のようにして着火アシストによる火炎(燃焼領域Ya)が圧縮上死点付近で生じると、ピストン5の上昇による圧縮作用と相俟って、燃焼室6が大幅に高温化する。すると、圧縮上死点以降のタイミングで、上記着火アシストによる燃焼領域Ya以外の場所に存在する混合気が相次いで自着火し、図10(d)に示すように、燃焼室6の各所に混合気の燃料領域Y3が形成される。なお、この自着火による燃焼は、図10(c)に示した初期の燃焼(火花点火に基づく火炎伝播燃焼)と比べれば急激な熱発生を伴うが(図7の波形Qc参照)、圧縮上死点以降の遅めのタイミングで自着火が開始されることから、筒内圧が過度に上昇することはなく、燃焼騒音等の問題はクリアされる。
以上のように、第2運転領域A2よりも回転速度Neの高い第3運転領域A3では、上述した多段CIモード(分割噴射した燃料を燃焼室6内の異なる場所で自着火させる制御)ではなく、着火アシストにより均質な混合気を膨張行程の途中で自着火させるSA−HCCIモードが実行される。これは、仮に多段CIモードと同様の手法で燃料を分割噴射しても、回転速度Neが比較的高い上記第3運転領域A3では、燃料の受熱期間(高温・高圧環境下に晒される時間)が短くなるために混合気を自着火に至らせることが難しく、また、混合気を燃焼室6内で明確に分離して形成することが難しいからである。
すなわち、エンジンの中高速域に位置する上記第3運転領域A3では、低速域に位置する第2運転領域A2よりも、ピストン5の移動スピードが速いため、図6や図9に示したようなタイミング(圧縮上死点よりも60〜50°CA程度手前)で前段噴射P1を実施しても、そこから圧縮上死点付近に至るまでの時間が短い(つまり燃料の受熱期間を十分に確保できない)ため、上記前段噴射P1に基づく混合気X1を圧縮上死点付近で自着火に至らせることが困難となる。そのため、前段噴射P1に基づく混合気X1が失火し易く、失火した場合には、その後の後段噴射P2に基づく混合気X2も当然に失火することから、混合気を何ら燃焼させることができなくなる。
また、仮に混合気を自着火させることができたとしても、ピストンスピードが速い第3運転領域A3では、上記前段噴射P1および後段噴射P2の各期間中にピストン5が大きく移動するため、各噴射に基づく混合気X1,X2を、図9に示したように燃焼室6の外周部と中央部とに明確に分離して形成することが困難になると考えられる。すると、混合気X1,X2の一部が混じり合って同時に燃焼し、燃焼騒音やスートの増大を招くことが懸念される。
以上のように、エンジン回転速度Neが比較的速い第3運転領域A3において、仮に、前段噴射P1および後段噴射P2に分けて燃料を噴射する多段CIモードを実行したとしても、適正なCI燃焼を行わせることは難しいと考えられる。そこで、上記第3運転領域A3では、点火プラグ20による着火アシストを利用したSA−HCCIモードに切り替えることにより、予め形成した均質な混合気を圧縮上死点以降の遅めのタイミングで自着火させるようにしている。
(iv)第4運転領域A4(急速リタードSIモード)
上記第2運転領域A2および第3運転領域A3よりも負荷Tが高い第4運転領域A4では、急速リタードSIモードとして、図8に示すような制御が実行される。すなわち、圧縮行程中にインジェクタ21から燃料を噴射させ(P4,P5)、この燃料噴射P4,P5の後に点火プラグ20に火花点火を行わせることにより、圧縮上死点を過ぎたタイミング(膨張行程の初期)から火炎伝播により混合気を燃焼させる制御が実行される。
具体的に、当実施形態において、急速リタードSIモードでの運転時には、圧縮行程の後期に設定された2回の噴射時期(P4,P5)に分けてインジェクタ21から燃料が噴射される。各燃料噴射P4,P5のタイミングとしては、例えば、1回目の噴射P4の開始時期から、2回目の噴射P5の完了時期までの期間が、概ね圧縮上死点前(BTDC)20〜0°CA程度の期間内に収まるように設定される。
なお、当明細書において、ある行程の「後期」とか「初期」とかいう場合は、その行程を初期、中期、後期に3分割したときの後期あるいは初期を指すものとする。例えば、圧縮行程の後期であれば、圧縮上死点前(BTDC)60〜0°CAの範囲を指し、膨張行程の初期であれば、圧縮上死点後(ATDC)0〜60°CAの範囲を指すことになる。
上記図8の例からも理解できるように、上記急速リタードSIモードでの燃料噴射P4,P5の完了時期(2回目の噴射P5が終了する時点)は、上述した多段CIモードでの後段噴射P2の開始時期(ATDC0〜10°CA)よりも早い時期に設定される。これは、急速リタードSIモードでの燃料噴射P4,P5は、トータルの噴射量が多く、これを火花点火までの間に十分に気化霧化させるには、ある程度早めのタイミングで噴射を完了させる必要があるのに対し、多段CIモードでの後段噴射P2は、それより前の前段噴射P1に基づく燃焼開始をきっかけに比較的短時間で自着火に至るため、必然的に噴射時期を遅めに設定する必要があるからである。
上記燃料噴射P4,P5によるトータルの噴射量は、燃焼室6全体の平均の空燃比が理論空燃比(空気過剰率λ=1)となるように設定される。また、上記急速リタードSIモードが実行される第4運転領域A4は、上記第2、第3運転領域A2,A3よりもさらに負荷Tが高いため、第4運転領域A4での噴射量(燃料噴射P4,P5のトータルの噴射量)は、第2、第3運転領域A2,A3での噴射量よりも多くなる。そこで、この増量される燃料に見合う多量の新気を確保すべく、負荷Tの増大に応じてCVVL15が駆動され、吸気弁11のリフト量がさらに増大される(リフトカーブIN)。なお、図8の例では、吸気弁11のリフトピーク位置を固定したままリフト量を増大させている。このため、リフト量の増大に伴って、吸気弁11の開時期は排気行程内に進角し、閉時期は圧縮行程内に進角することになる。このような吸気弁11の開閉タイミングの変更は、ポンピングロスの低減に有利となる。
また、上記急速リタードSIモードのときは、EGR通路31を通じて排気ガスを吸気通路28に還流させる外部EGRが実行される。なお、上述したように、急速リタードSIモードの実行領域(第4運転領域A4)では必要な新気量が多いため、ここでの外部EGR量は、先のSA−HCCIモードのときよりも低減される。特に、エンジンの全負荷近傍では、より多量の新気を確保するために、外部EGRは禁止される。
上記燃料噴射P4,P5による噴射燃料に基づき形成される理論空燃比(λ=1)の混合気は、上記各噴射P4,P5の完了から比較的短い期間を空けた所定のタイミング(図例では圧縮上死点の少し後)で実行される火花点火をきっかけに、通常よりも急速な火炎伝播によって燃焼し始め、図中の波形Qdに示すように、膨張行程のそう遅くない時期までに燃焼を完了させる(このような急速な火炎伝播燃焼が実現される理由については後述する)。
上記のように、第4運転領域A4でCI燃焼(圧縮自己着火燃焼)ではなくSI燃焼(火花点火に基づく火炎伝播燃焼)を実行するのは、以下のような理由による。
すなわち、負荷Tが最も高くトータルの燃料噴射量が多い第4運転領域A4において、これよりも負荷Tの低い中負荷域(第2、第3運転領域A2,A3)と同様、多段CIモードやSA−HCCIモードに基づくCI燃焼を継続させた場合には、異常燃焼の発生やエミッション性の悪化等を招く可能性が高くなると考えられる。
例えば、上記第4運転領域A4で多段CIモード(図6、図9参照)を実行したとしても、前段噴射P1および後段噴射P2による噴射量がそれぞれ多くなるために、上記各噴射P1,P2に基づく混合気X1,X2を、図9に示したように燃焼室6内で明確に分離して形成することが困難になる。このため、上記各混合気X1,X2の一部が混じり合って同時に燃焼し、燃焼騒音やスートの増大等を招くことが懸念される。
一方、上記第4運転領域A4でSA−HCCIモード(図7、図10参照)を実行した場合には、吸気行程等の早い時期に一括噴射された多量の燃料が、点火プラグ20による着火アシストを待つことなく早期に(例えば圧縮上死点よりも前に)自着火し、プリイグニッション(過早着火)と呼ばれる異常燃焼や、燃焼温度の過上昇によるNOxの増大を招くことが懸念される。
このように、エンジンの高負荷域に設定された上記第4運転領域A4では、適切なCI燃焼の継続が困難になると考えられる。そのため、当実施形態では、上記第4運転領域A4にまで負荷が高まったときに、CI燃焼からSI燃焼へと切り替えるようにしている。ただし、上述したように、当実施形態のエンジン本体1は、部分負荷域でCI燃焼を確実に行わせるために、幾何学的圧縮比が14以上というかなり高い値に設定されている。よって、通常のSI燃焼、つまり、圧縮上死点よりもかなり前(例えば吸気行程中)に燃料を噴射して圧縮上死点付近で火花点火を行わせるという制御を、上記第4運転領域A4において実行した場合には、上述したプリイグニッションや、火炎伝播の途中で未燃混合気(エンドガス)が自着火するノッキングのような異常燃焼を引き起こすことが懸念される。そこで、図8に示したような急速リタードSIモードに基づく特殊なSI燃焼が必要となる。
次に、上記急速リタードSIモードに基づきどのようなSI燃焼が実現されるのかについて具体的に説明する。なお、以下では、急速リタードSIモードにより実現されるSI燃焼のことを、単に「急速リタードSI燃焼」と称する。
図11は、急速リタードSI燃焼(実線)の場合と、吸気行程中に燃料噴射を実行する従来のSI燃焼(破線)場合とで、熱発生率(上図)および未燃混合気の反応進行度(下図)がそれぞれどのように異なるかを概念的に示す説明図である。なお、この比較の前提として、エンジンの幾何学的圧縮比はともに18とする。また、負荷Tおよび回転速度Neは同一(ともに第4運転領域A4内の低速域に該当する値)であり、したがって燃料の噴射量も同一であるものとする。ただし、燃料噴射の圧力は、急速リタードSI燃焼の方が、従来のSI燃焼よりも大幅に高いものとする(例えば前者の噴射圧力が40MPaで後者の噴射圧力が7MPa)。
まず、従来のSI燃焼では、吸気行程中に燃料噴射P’を実行する。燃焼室6では、その燃料噴射P’の後、ピストン5が圧縮上死点に至るまでの間に、十分に均質な混合気が形成される。そして、この例では、圧縮上死点を過ぎた遅めのタイミングθig’で火花点火が実行され、それをきっかけに(所定の着火遅れ時間の後に)、時点θig’で火炎伝播による燃焼が開始される。その後は、図11の上図に破線の波形で示すように、点火時期θig’から所定期間が経過した時点で熱発生率のピークを迎え、そこからさらに時間が経過した時点θend’で燃焼が完了する。
ここで、燃料噴射の開始から燃焼の終了までの間は、未燃混合気が存在し得る期間(未燃混合気の存在期間)ということができる。図11の下図に破線で示すように、未燃混合気の反応は、上記未燃混合気の存在期間中に徐々に進行する。従来のSI燃焼は、未燃混合気の存在期間が非常に長く、その間、未燃混合気の反応が進行し続けることから、火花点火に基づく燃焼開始時期θig’よりも早いタイミングで未燃混合気の反応度が着火しきい値を超えてしまい(つまり火花点火とは関係なく未燃混合気が自着火してしまい)、プリイグニッション(過早着火)を招く結果となってしまう。もちろん、上記着火しきい値を超える時点よりもかなり前まで点火時期を早めてもよいが、そのようにした場合には、プリイグニッションの発生は仮に避けられても、火花点火後の火炎伝播の途中で未燃混合気が自着火する異常燃焼、つまりノッキングが起きてしまう。
以上のことから、当実施形態のような高圧縮比エンジンにおいて、第4運転領域A4のような高負荷域で従来のSI燃焼を適用した場合(つまり吸気行程中のようなかなり早いタイミングで燃料を噴射した場合)には、たとえ火花点火のタイミングを調節しても、プリイグニッションまたはノッキングといった異常燃焼が避けられないということが分かる。
これに対し、急速リタードSI燃焼では、上述したように、30MPa以上(例えば40MPa)という非常に高い噴射圧力で、しかも圧縮行程の後期という大幅に遅角した期間に燃料が噴射される(図11の上図のP4,P5)。このような高圧でかつ遅いタイミングの噴射(以下、高圧リタード噴射という)を行うことは、未燃混合気の存在期間を短縮し、異常燃焼を回避することにつながる。すなわち、未燃混合気の存在期間は、図11にも示すように、インジェクタ21からの燃料の噴射に要する期間((A)噴射期間)と、噴射終了後、点火プラグ20の周りに可燃混合気が形成されるまでの期間((B)混合気形成期間)と、点火によって開始された燃焼が終了するまでの期間((C)燃焼期間)とを足し合わせた時間、つまり、(A)+(B)+(C)である。以下説明するように、高圧リタード噴射は、噴射期間、混合気形成期間、および燃焼期間をそれぞれ短縮し、それによって未燃混合気の存在期間を短縮する。
まず、高い噴射圧力は、単位時間当たりにインジェクタ21から噴射される燃料の量を相対的に多くする。このため、燃料噴射量を一定とした場合には、図12の下段に示すように、噴射圧力が高いほど、上記噴射量を噴射するのに要する期間(噴射期間)は短くなる。したがって、噴射圧力が従来に比べて大幅に高く設定された高圧リタード噴射は、上記噴射期間(A)の短縮に貢献する。
また、高い噴射圧力は、噴射された燃料噴霧の微粒化に有利になるとともに、燃料噴霧の飛翔距離をより長くする。このため、噴射圧力が高いほど、燃料の蒸発に要する時間(燃料蒸発時間)は短くなり、点火プラグ20の周りに噴霧が到達するまでの時間(噴霧到達時間)も短くなる。上記混合気形成期間(B)は、燃料蒸発時間と噴霧到達時間とを足し合わせた期間であるから、図12の下段に示すように、噴射圧力が高いほど、上記混合気形成期間(B)は短くなる。したがって、噴射圧力の高い高圧リタード噴射は、上記混合気形成期間(B)の短縮に貢献する。
このように、高い噴射圧力によって燃料の噴射期間(A)および混合気形成期間(B)を短縮することができれば、これに伴って、燃料の噴射タイミング、より正確には、噴射開始タイミングを遅らせることが可能になる。図11および図8では、このような背景から、燃料噴射P4,P5のタイミングが圧縮行程の後期にまで遅角されている。そして、圧縮行程の後期という遅いタイミングで燃料を高圧噴射することは、燃焼期間中の乱流エネルギーを増大させることにつながる。
すなわち、燃料噴射タイミングを圧縮行程後期にまで遅らせた場合、燃料の噴射圧力が高いほど乱流エネルギーは高くなる。これに対し、たとえ高い噴射圧力で燃焼室6に燃料を噴射したとしても、そのタイミングが早すぎる(例えば吸気行程中に噴射した)場合には、点火時期までの時間が長いことや、圧縮行程中にピストン5から圧縮を受けることに起因して、燃焼室6内の乱れは減衰してしまう。このため、吸気行程中のような早いタイミングで燃料噴射を行った場合には、燃焼期間中の乱流エネルギーは、噴射圧力の高低にかかわらず著しく低下してしまう。
燃焼期間中の乱流エネルギーは、これが高いほど燃焼期間を短くする作用をもたらす。したがって、噴射タイミングが圧縮行程後期である場合には、図12の下段に示すように、噴射圧力が高いほど燃焼期間(C)が短くなる。つまり、圧縮行程の後期に高圧で燃料噴射する高圧リタード噴射は、上記燃焼期間(C)の短縮に貢献する。
なお、図12の下段には、従来通りの低い噴射圧力で吸気行程中に燃料を噴射した場合の燃焼期間を白丸の点で示している。この従来の燃焼期間との比較からも明らかなように、30MPa以上の高い噴射圧力で圧縮行程後期に燃料を噴射する当実施形態の高圧リタード噴射によれば、燃焼期間を大幅に短縮できることが分かる。
しかも、当実施形態のインジェクタ21のように、12個という多数の噴口を有したインジェクタであれば、より乱流エネルギーが高まるため、燃焼期間の短縮により有利となる。さらに、このような多噴口型のインジェクタ21と、ピストン5に設けられたキャビティ40との組み合わせによって、図13に示すように、圧縮行程後期の燃料噴射P4,P5により噴射された燃料の噴霧を、その乱流エネルギーにより、主にキャビティ40内で迅速に拡散させることができる。このこともまた、燃焼期間の短縮に貢献する。
ここで、図11および図8に示したように、高圧リタード噴射として、圧縮行程後期の2回(P4,P5)に分けて燃料を噴射したのは、燃料の気化霧化の促進と乱流エネルギーの向上とをそれぞれ狙ったものである。
すなわち、1回目の燃料噴射P4は、相対的に長い混合気形成期間を確保することができるため、燃料の気化霧化に有利である。そして、1回目の燃料噴射P4によって十分な混合気形成期間が確保される分、2回目の燃料噴射P5のタイミングは、より一層遅れたタイミングに設定することが可能になる。このことは、燃焼室6内の乱流エネルギーの向上に有利になり、燃焼期間の短縮に貢献する。この場合において、1回目の燃料噴射P4と2回目の燃焼噴射P5の割合は、図11および図8にも示すように、2回目の燃料噴射P5の噴射量を、1回目の燃料噴射P4の噴射量よりも多く設定するとよい。このようにすることで、燃焼室6内の乱れエネルギーが十分に高まり、燃焼期間の短縮、ひいては異常燃焼の回避に有利になる。
以上のように、高圧リタード噴射は、燃料の噴射期間(A)、混合気形成期間(B)、および燃焼期間(C)をそれぞれ短縮し、その結果、図11に示したように、燃料の噴射開始時期θinjから燃焼終了時期θendまでの期間(未燃混合気の存在期間)を、吸気行程中に燃料噴射する従来の場合と比較して大幅に短縮することができる。そして、当該期間の短縮により、圧縮比が高くしかも負荷Tの高い条件下であっても、異常燃焼を引き起こすことなく、適正な火炎伝播によって混合気を燃焼し切ることができる。すなわち、図12の上段に示すように、低い噴射圧力で吸気行程噴射する従来のSI燃焼では、白丸の点で示すように、未燃混合気の反応進行度が着火しきい値を超えてしまい、異常燃焼が発生してしまうのに対し、高圧リタード噴射を用いたSI燃焼、つまり急速リタードSI燃焼では、黒丸の点で示すように、未燃混合気の反応進行度が燃焼終了時期まで着火しきい値を越えないように反応の進行を抑制することができ、異常燃焼を回避することが可能になる。なお、図6の上図における白丸と黒丸とで、点火時期は互いに同じタイミングに設定している。
しかも、急速リタードSI燃焼では、燃焼期間(C)が大幅に短縮されることから、たとえ火花点火に基づく燃焼開始時期θigが、図11の例のように圧縮上死点からある程度遅れたタイミング(膨張行程初期)に設定されていたとしても、膨張行程がかなり進行するまで燃焼が緩慢に継続するといったことがなく、熱効率および出力トルクの低下が避けられる。もちろん、点火時期を図11の例よりもさらに進角させれば、これに伴って燃焼開始時期θigが圧縮上死点により近づくため、熱効率および出力トルクのさらなる向上が期待できるが、点火時期を早めると今度はノッキングが起き易くなるため、点火時期は、ノッキングを起こさないという制約の下、できるだけ進角側に設定される。このような事情から、点火時期は、例えば圧縮上死点後(ATDC)0〜20°CA程度の範囲内に設定される。このような範囲内に点火時期が設定されることで、圧縮上死点をある程度過ぎた適正なタイミングに燃焼開始時期θigが設定され、ノッキングが回避される。
(v)運転状態の変化に伴う制御の具体例
まず、エンジンの低速域で負荷Tのみが変化したときの制御例について説明する。図14(a)〜(g)は、エンジンの低速域内で負荷Tが低負荷から高負荷まで変動することにより、図4に示した制御マップにおいて、エンジンの運転点が第1運転領域A1→第2運転領域A2→第4運転領域A4へと変化し、これによってエンジンの制御モードが、リーンHCCIモード→多段CIモード→急速リタードSIモードと変化した場合の、各種制御パラメータの変化を示す図である。このうち、図14(a)は、燃焼室6への燃料およびガス(新気およびEGRガス)の充填量の内訳を示している。また、図14(b)はスロットルバルブ25の開度、(c)はEGRバルブの開度、(d)は排気弁12の閉時期(EVC)、(e)は吸気弁11の開時期(IVO)、(f)は吸気弁11の閉時期(IVC)、(g)は吸気弁11のリフト量をそれぞれ示している。
スロットルバルブ25の開度は、図14(b)に示すように、エンジンの負荷Tにかかわらず(つまりいずれの制御モードかにかかわらず)、常に全開に維持される。
EGRバルブ32の開度は、図14(c)に示すように、リーンHCCIモードのときに全閉に設定される(つまり外部EGRが禁止される)。一方、多段CIモードに移行すると、EGRバルブ32が開弁され始め(つまり外部EGRが開始され)、その後は、負荷Tの増大とともに徐々にEGRバルブ32の開度が増大される。そして、急速リタードSIモードに移行すると、EGRバルブ32の開度はさらに増大され(R部)、その後は、負荷Tの増大とともに漸減される。なお、多段CIモードから急速リタードSIモードに移行するときにEGRバルブ32の開度が増大されるのは、図14(a)に示すように、多段CIモードのときは、空気過剰率λが1より大きい(つまりλ=1相当よりも多量の新気が燃焼室6に導入される)ことから、その分だけ外部EGR量が少なく済む一方、急速リタードSIモードのときは、空気過剰率λが1であり、λ=1相当の新気以外を全て外部EGRによる排気ガスで満たす必要があるからである。
排気弁12は、図14(d)に示すように、リーンHCCIモードのときに、排気行程だけでなく吸気行程でも開弁される(再開弁)。つまり、図14(d)において、リーンHCCIモードのときの排気弁12の閉時期が2回存在しており、このことが、上記排気弁12の再開弁(2度開き)を表している。そして、この排気弁12の再開弁によって、燃焼室6に排気ガスを逆流させる内部EGRが実現される。一方、多段CIモードおよび急速リタードSIモードでは、ともに上記排気弁12の再開弁が解除され、内部EGRが禁止される。
吸気弁11の開度は、図14(g)に示すように、リーンHCCIモードのときに、負荷Tの増大とともに徐々に増大され、これに伴って図14(e)に示すように、吸気弁11の開時期が徐々に進角される。一方、多段CIモードに移行すると、吸気弁11の開度およびその開閉時期は一定値に維持される。そして、急速リタードSIモードにまで移行すると、再び、負荷Tの増大とともに吸気弁11のリフト量が徐々に増大され、またこれに伴って、吸気弁11の開時期が進角され、かつ閉時期が遅角される。
そして、以上のような各種パラメータ制御の結果として、図14(a)のような筒内環境が実現される。すなわち、リーンHCCIモード、多段CIモード、急速リタードSIモードのいずれにおいても、負荷Tの増大とともに燃料の噴射量(トータルの噴射量)が徐々に増大され、かつこれに応じたλ=1相当の新気が少なくとも確保される。一方、λ=1相当の新気を除くその他のガス(余剰ガス)については、上記各モードで内訳が異なる。例えば、リーンHCCIモードのときは、余剰ガスが内部EGRガスと新気とによって構成され、多段CIモードのときは、余剰ガスが外部EGRガスと新気とによって構成され、急速リタードSIモードのときは、余剰ガスが外部EGRガスのみによって構成される。これにより、空気過剰率λは、リーンHCCIモードおよび多段CIモードのときに1より大きくなり、急速リタードSIモードのときに1に等しくなる。
次に、エンジンの中高速域で負荷Tのみが変化したときの制御例について説明する。図15(a)〜(g)は、エンジンの中速域または高速域内で負荷Tが低負荷から高負荷まで変動することにより、図4に示した制御マップにおいて、エンジンの運転点が第1運転領域A1→第3運転領域A3→第4運転領域A4へと変化し、これによってエンジンの制御モードが、リーンHCCIモード→SA−HCCIモード→急速リタードSIモードと変化した場合の、各種制御パラメータの変化を示す図である。
図15(a)〜(g)によれば、リーンHCCIモードのときと、急速リタードSIモードのときでは、先の図14(a)〜(g)において説明したケースと基本的に同じ制御が実行される。一方、SA−HCCIモードのときは、上記図14(a)〜(g)に示した多段CIモードのときと異なり、EGRバルブ32の開度(図15(c))が、負荷Tの増大とともに全開付近から徐々に低減され、急速リタードSIモードにおけるEGRバルブ32の設定開度と滑らかに連続するように制御される。これは、図15(a)に示すように、SA−HCCIモードでは、急速リタードSIモードのときと同じく、空気過剰率λが1に設定され、λ=1相当の新気を除くその他のガス(余剰ガス)を全て外部EGRガスで構成する必要があるからである。
(4)作用効果等
以上説明したように、当実施形態のガソリンエンジンでは、エンジンの温間時における部分負荷域(第1〜第3運転領域A1〜A3)で、混合気を自着火により燃焼させるCI燃焼(圧縮自己着火燃焼)が実行される。そして、この圧縮自己着火燃焼の実行領域(A1〜A3)のうち、エンジン回転速度Neが所定値よりも低い領域に設定された第2運転領域A2では、インジェクタ21から複数回(前段噴射P1および後段噴射P2)に分けて噴射された燃料に基づき燃焼室6の外周部および中央部に分離して形成された混合気X1,X2をそれぞれ自着火により燃焼させる多段CIモードが実行され、この多段CIモードの実行領域(第2運転領域A2)よりも回転速度Neの高い領域に設定された第3運転領域A3では、インジェクタ21から噴射された燃料に基づき燃焼室6全体に混合気X3が形成された状態で点火プラグ20による着火アシストを行うことにより、圧縮上死点以降に自着火による燃焼を開始させるSA−HCCIモードが実行される。このような構成によれば、適正なCI燃焼を幅広い回転速度域にわたって行うことができるという利点がある。
すなわち、上記実施形態では、回転速度Neが比較的低い第2運転領域A2で、燃料を複数回(前段噴射P1と後段噴射P2)に分けて噴射する多段CIモードを実行することにより、燃焼室6内の異なる場所(外周部および中央部)に混合気X1,X2を分離して形成することができるため、負荷Tに応じた必要量の燃料を上記複数回の噴射P1,P2により供給しながら、各噴射P1,P2に基づく混合気X1,X2を自着火によりそれぞれ独立して燃焼させることができる。これにより、上記混合気X1,X2が混じり合って同時に燃焼することが回避され、回転速度Neが低い(つまり燃料の受熱期間が長い)ために自着火が起き易い条件下であっても、筒内圧力の急上昇による燃焼騒音の増大や、局所的な酸素不足によるスートの増大、あるいはプリイグニッションやノッキングといった異常燃焼の発生を効果的に防止することができる。
また、回転速度Neが比較的高い第3運転領域A3では、燃焼室6全体に形成された均質な混合気X3に対する着火アシストにより自着火の促進を図るSA−HCCIモードを実行することにより、回転速度Neが高い(つまり燃料の受熱期間が短い)ために自着火が起き難い条件下でも、混合気X3を確実に自着火させ、失火の防止を図ることができる。しかも、圧縮上死点以降の遅めのタイミング(例えば図7の時点t1)で混合気X3が自着火による燃焼を開始するように着火アシストが実行されるため、温度・圧力が最も高い圧縮上死点で自着火による急激な熱発生が起きることが回避され、燃焼騒音の増大や、燃焼温度の過上昇によるNOxの増大、あるいは異常燃焼の発生を効果的に防止することができる。
特に、上記実施形態では、図4に示したように、エンジンの中負荷かつ低速域に設定された第2運転領域A2で上記多段CIモードが実行され、エンジンの中負荷かつ中高速域に設定された第3運転領域A3で上記SA−HCCIモードが実行されるため、燃料噴射量がある程度多くなる中負荷域において、大きな燃焼騒音や異常燃焼、もしくはエミッション性の悪化を伴わない適正なCI燃焼を、幅広い回転速度域に亘って継続的に行わせることができる。
また、上記実施形態において、多段CIモードでの運転時には、圧縮上死点よりも前の時点で燃焼室6の外周部に混合気X1が偏在するようなタイミングで燃料を噴射する前段噴射P1と、この前段噴射P1の後でかつそれに基づく燃焼の終了前に燃焼室6の中央部に混合気X2が偏在するようなタイミングで燃料を噴射する後段噴射P2とに分けてインジェクタ21から燃料が噴射される。このような構成によれば、前段噴射P1および後段噴射P2に基づき、燃焼室6の外周部と中央部とにそれぞれ異なるタイミングで混合気X1,X2が形成されるため、これらの混合気X1,X2を時期的にも空間的にも明確に分離して燃焼させることができる。
特に、上記実施形態では、インジェクタ21として、燃焼室6天井の中央部から放射状に燃料(ガソリンを主成分とする燃料)を噴射する多噴口型のインジェクタが設けられるとともに、このインジェクタ21と対向するピストン5の冠面中央部に、凹状のキャビティ40が設けられている。このため、多段CIモードでの運転時には、上記キャビティ40を利用して、混合気X1,X2の燃焼独立性をより確実に担保することができる。
より具体的に、上記実施形態では、図9(a)(b)に示すように、圧縮上死点よりも前の時点で、上記ピストン5のキャビティ40よりも径方向外側に位置する燃焼室6の外周部に、キャビティ40の内部よりもリッチな(λ=1程度の)混合気X1が形成されるように、上記前段噴射P1の噴射時期および噴射量が設定されるとともに、図9(d)(e)に示すように、上記前段噴射P1の後でかつそれに基づく燃焼の終了前に、上記キャビティ40の内部に、上記前段噴射P1の実行時よりもリッチな(混合気X1と同様のλ=1程度の)混合気X2が形成されるように、上記後段噴射P2の噴射時期および噴射量が設定されている。このように、前段噴射P1および後段噴射P2に基づく混合気X1,X2を、主にキャビティ40の内と外に分けて形成するようにした場合には、上記各噴射P1,P2に基づく混合気X1,X2の形成場所が構造的に明確に分離され、それぞれの混合気X1,X2の燃焼独立性が十分に担保されるため、燃焼騒音やスートの増大等をより確実に防止することができる。
また、上記実施形態では、多段CIモードのときに燃焼室6の外周部および中央部に形成される上記各混合気X1,X2の局所的な空燃比が理論空燃比(λ=1)程度に設定されることにより、燃焼室6全体の平均の空燃比が理論空燃比よりもリーンな値に設定される一方、SA−HCCIモードのときに燃焼室6全体に形成される混合気の空燃比が理論空燃比(λ=1)に設定される。このような構成によれば、多段CIモードおよびSA−HCCIモードのそれぞれの場合において、生成される排気ガスが三元触媒のみによって十分に浄化し得るものとなるため、エミッション性の面でより有利となる。
すなわち、多段CIモードにおいて、燃焼室6内の異なる場所に形成される上記各混合気X1,X2の局所的な空燃比を、それぞれ理論空燃比程度に設定すれば、理論空燃比(λ=1)の均質な混合気X3が形成されるSA−HCCIモードのときと同様、混合気の燃焼により生じる排気ガス中の有害成分を、三元触媒のみによって十分に浄化することが可能になる。
また、上記実施形態において、SA−HCCIモードでの運転時には、着火アシスト(点火プラグ20による火花点火)のタイミングが、エンジン回転速度Neが高いほど進角されるようになっている。このように、着火アシストから自着火までの遅れ時間の間にクランク角が大きく変化する高回転側ほど、着火アシストのタイミングを進角させるようにした場合には、エンジン回転速度Neにかかわらず常に同じようなクランク角位置で混合気を自着火させることができ、より安定したCI燃焼を実現することができる。
また、上記実施形態では、上記多段CIモードおよびSA−HCCIモードの実行領域(第2、第3運転領域A2,A3)よりも負荷Tの低い低負荷域(第1運転領域A1)で、圧縮上死点よりも十分に早いタイミング(例えば吸気行程中)に設定された燃料噴射Pによる少量の燃料に基づくリーンで均質な混合気を自着火により燃焼させるリーンHCCIモードが実行される。このように、少量の燃料に基づく均質でリーンな混合気を自着火により燃焼させるようにした場合には、非常に熱効率の高いCI燃焼を低負荷域において実現することができる。
また、上記実施形態では、上記リーンHCCIモードの実行領域である低負荷域(第1運転領域A1)で、排気ガスを燃焼室6に残留させる内部EGRが実行される一方、上記多段CIモードおよびSA−HCCIモードの実行領域である中負荷域(第2、第3運転領域A2,A3)では、排気通路29に排出された排気ガスをEGR通路31を通じて吸気通路28に還流させる外部EGRが実行される。このような構成によれば、低負荷域での着火性の確保と、中負荷域での異常燃焼の回避とを両立させることができる。
すなわち、リーンHCCIモードが実行される低負荷域で、内部EGRにより燃焼室6を高温化するようにしたため、負荷Tが低く燃料噴射量が少ない状況であっても、混合気の着火性を良好に確保することができる。一方、多段CIモードおよびSA−HCCIモードが実行される中負荷域では、内部EGRから外部EGRに切り替えて燃焼室6の高温化を抑制することにより、相対的に燃料噴射量が多くなる状況でも、異常燃焼を効果的に抑制することができる。
また、上記のように内部EGRまたは外部EGRによって排気ガスを燃焼室6に導入することにより、スロットルバルブ25を全開状態に維持したまま新気の量を調節できるため、ポンピングロスを効果的に低減することができる。
また、上記実施形態では、上記多段CIモードおよびSA−HCCIモードの実行領域(第2、第3運転領域A2,A3)よりも負荷Tの高い高負荷域(第4運転領域A4)で、インジェクタ21による30MPa以上の燃料噴射P4,P5と、点火プラグ20による火花点火とを、圧縮行程後期から膨張行程初期までの期間内に実行することにより、上記燃料噴射P4,P5に基づく混合気を、圧縮上死点を所定期間以上過ぎてから火炎伝播により急速に燃焼させる急速リタードSIモードが実行される。このように、燃料の噴射量が大幅に増大される高負荷域において、30MPa以上という高い圧力の燃料噴射P4,P5を圧縮行程の後期以降にまで遅らせて実行した場合には、燃焼室6が最も高温・高圧化する圧縮上死点をある程度過ぎるまで、高い噴射圧力による大きな乱流エネルギーを維持しつつ、多量の燃料を十分に気化霧化させて比較的均質な(もしくは弱成層化した)混合気を形成することができる。そして、この状態で火花点火に基づく火炎伝播燃焼を開始させることにより、上記高圧噴射に基づく混合気を、圧縮上死点を過ぎてから短期間で燃焼し切ることができる(急速リタードSI燃焼)。このため、吸気行程等の早いタイミングで燃料を噴射する従来のSI燃焼と異なり、プリイグニッションやノッキングといった異常燃焼の発生を確実に回避でき、燃焼期間の短い熱効率に優れた火炎伝播燃焼を実現することができる。また、燃焼温度が過度に上昇することがなく、燃料の気化霧化が不十分なまま燃焼が開始されることもないため、NOxやスートの増大が回避され、エミッション性についても良好に維持される。
なお、上記実施形態では、図5〜図8等を用いて、各種運転領域での燃料の噴射時期や着火アシストの時期について例示したが、これらはあくまで一例に過ぎず、上記燃料噴射時期や着火アシストの時期はエンジンの特性等によって適宜変更し得るものである。
例えば、第2運転領域A2で実行される多段CIモードを例に挙げると、多段CIモードでは、圧縮上死点前(BTDC)60〜50°CA程度の期間内に前段噴射P1を実行(開始)するとともに、圧縮上死点後(ATDC)0〜10°CA程度の期間内に後段噴射P2を実行(開始)するものとしたが、こられ各噴射P1,P2のタイミングは、インジェクタ21からの燃料の噴射角(気筒中心軸に対する拡がり角度)やピストン5冠面の形状等が異なれば、これに合わせて変更する必要がある。
より具体的に説明すると、例えば、インジェクタ21からの燃料の噴射角が上記実施形態の例よりも小さい場合には、鉛直下向きにより近い角度(つまりインジェクタ21から遠く離れないと径方向外側に大きく拡がらないような角度)で燃料が噴射されるため、仮にピストン5の冠面の形状が上記実施形態と同一であると仮定すると、上記実施形態のときよりも早いタイミングで前段噴射P1および後段噴射P2を実行しなければ、当該各噴射P1,P2による燃料をそれぞれ所望の場所(燃焼室6の外周部およびキャビティ40の内部)に偏在させることができなくなる。このため、燃料の噴射角が小さい場合は、燃料噴射P1,P2の時期を早める必要がある。
ただし、このような噴射角等の相違による影響があるとしても、設定可能な噴射角や、キャビティ40および環状凹部41等の配置バランス等を考慮すれば、後段噴射P2は、少なくとも圧縮行程後期から膨張行程初期までの間のいずれかのタイミングで実行する必要があり、前段噴射P1は、上記後段噴射P2よりも前であって、かつ圧縮行程中に実行する必要があると考えられる。
また、分割噴射の回数についても、上記のような前段噴射P1および後段噴射P2の2回に限るものではない。例えば、前段噴射P1および後段噴射P2の前に行われる予備噴射として、少量の燃料を前段噴射P1よりも前に噴射するようにしてもよい。
また、リーンHCCIモードの実行領域である第1運転領域A1や、SA−HCCIモードの実行領域である第3運転領域A3では、吸気行程中の1回(燃料噴射P)で所要量の燃料が噴射されるものとしたが、この一括噴射Pの時期は、圧縮上死点までの間にある程度の燃料の撹拌時間が確保されるようなタイミング(例えば圧縮行程の中期以前)であればよく、必ずしも吸気行程中に限られない。さらに、噴射回数についても1回に限られず、複数回に分けて燃料を噴射してもよい。
また、急速リタードSIモードの実行領域である第4運転領域A4では、圧縮行程後期に2回に分けて燃料噴射P4,P5を実施するものとしたが、その回数および噴射時期は、圧縮行程後期の範囲内で適宜変更可能である。例えば、燃料噴射量が比較的少ない第4運転領域A4の低負荷側では、1回で所要量の燃料を噴射する一括噴射を行ってもよい。逆に、第4運転領域A4の高負荷側(最高負荷付近)では、3回以上に分けて燃料を噴射してもよい。
また、上記実施形態では、中負荷かつ中高速域に設定された第3運転領域A3で、均質な混合気X3を着火アシストにより膨張行程の途中で自着火させるSA−HCCIモードを実行するようにしたが、エンジン回転速度Neが高い高速域では、特に混合気の着火性が厳しいため、たとえ着火アシストを行っても混合気を自着火に至らせることができない可能性がある。そこで、上記第3運転領域A3における高回転側では、例えば吸気行程中に噴射された燃料に基づく均質混合気を火花点火をきっかけに火炎伝播燃焼させる従来通りのSI燃焼を実行するようにしてもよい。なお、このことは、第1運転領域A1でも同様であり、例えば第1運転領域A1における高回転側で従来通りのSI燃焼を実行してもよい。
また、上記実施形態では、上記SA−HCCIモードのときに混合気X3の自着火を促進するための着火アシスト手段として、点火プラグ20を用いたが、着火アシスト手段は必ずしも点火プラグ20に限られない。例えば、通電等によりごく短時間で昇温させることが可能な発熱部を燃焼室6の天井部に設け、これを着火アシスト手段として用いてもよい。
また、上記実施形態では、急速リタードSIモードの実行領域である第4運転領域A4で、排気通路29から吸気通路28に排気ガスを還流させる外部EGRを実行するようにしたが、さらなる燃焼の急速化を目指す観点から、外部EGRを停止しかつスロットルバルブ25による流量調整(スロットリング)を行うことにより、燃料およびλ=1相当の新気のみが燃焼室6内に充填されるようにしてもよい。
また、上記実施形態では、インジェクタ21が多噴口型のインジェクタであり、その先端部に12個の噴口が設けられるものとしたが、噴口の数は12個に限られず、12個より多くても少なくてもよい。ただし、噴口の数があまりに少ないと、インジェクタ21から噴射された燃料の濃度が周方向に大きくばらつくことになる。このため、噴口の数は8個以上とすることが望ましい。噴口の数が8個以上であれば、上記前段噴射P1および後段噴射P2を実行した後、ごく短時間で、周方向にほぼ均一な空燃比をもった混合気を形成することができ、その後の自着火による燃焼(圧縮自己着火燃焼)を適正に行わせることができる。