JP2004081001A - X染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法 - Google Patents
X染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法 Download PDFInfo
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Abstract
【課題】重篤な脳の構造および機能異常を示すXLAGの明確な診断のための手段を提供すること。
【解決手段】前脳と精巣の形成におけるArxの機能を明らかにするためArx遺伝子欠損マウスを作製した。該マウスはオスが致死性であり、その表現型がXLAGに酷似していた。つまり前脳における細胞増殖抑制とそれに伴う領域性の欠損を原因とする脳の小型化および精巣分化の異常が、Arx遺伝子欠損オス胎仔マウスで観察された。さらに神経節隆起と新皮質におけるGABA作動性介在ニューロンの異常な移動と分化も、Arx遺伝子欠損オス胎仔マウスで観察された。この結果から、生殖器異常を伴うX染色体連鎖性滑脳症 (XLAG)の臨床的特徴をモデル動物において一部再現することに成功した。この知見を基礎にXLAGの患者のArx遺伝子を解析したところ、9検体の全てにおいてそのArx遺伝子に変異を見出した。
【選択図】 図1
【解決手段】前脳と精巣の形成におけるArxの機能を明らかにするためArx遺伝子欠損マウスを作製した。該マウスはオスが致死性であり、その表現型がXLAGに酷似していた。つまり前脳における細胞増殖抑制とそれに伴う領域性の欠損を原因とする脳の小型化および精巣分化の異常が、Arx遺伝子欠損オス胎仔マウスで観察された。さらに神経節隆起と新皮質におけるGABA作動性介在ニューロンの異常な移動と分化も、Arx遺伝子欠損オス胎仔マウスで観察された。この結果から、生殖器異常を伴うX染色体連鎖性滑脳症 (XLAG)の臨床的特徴をモデル動物において一部再現することに成功した。この知見を基礎にXLAGの患者のArx遺伝子を解析したところ、9検体の全てにおいてそのArx遺伝子に変異を見出した。
【選択図】 図1
Description
【0001】
【発明が属する技術分野】
本発明はX染色体連鎖性滑脳症に関連する変異を有するArx遺伝子、この変異遺伝子を利用したX染色体連鎖性滑脳症に関連する遺伝子変異の検査法、およびX染色体連鎖性滑脳症に関連する変異を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド等に関する。具体的には、X染色体連鎖性滑脳症の患者に特異的に見られるArx遺伝子(aristaless related homeobox gene)が有する塩基配列中の変異、該変異によりArx蛋白質が有するアミノ酸配列に生じる変異、これらの変異の有無を指標とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異を検査する方法、該検査方法に利用されるDNA断片、該DNA断片を含む試薬キット、X染色体連鎖性滑脳症に特異的な変異Arx蛋白質と反応する抗体、さらにはX染色体連鎖性滑脳症特異的な変異を有するArx遺伝子を含む組換えDNA分子及びこれを含む形質転換体等に関する。
【0002】
【従来の技術】
X染色体連鎖性滑脳症(以下、これを「XLAG」と称することがある)は、1994年にBerry−KravisとIsraelにより新規のX染色体連鎖性滑脳症候群として報告され(Berry−KravisとIsrael, Ann. Neurol. 25, 90−92 (1994))、その後1999年Dobyns等により詳細に解析された(Dobyns et al., Am. J. Med. Genet. 86, 331−337 (1999))。その後引き続きいくつかの論文によりその表現型が確認されている(Ogata et al., Am. J. Med. Genet. 94, 174−176 (2000), Bonneau et al.,Ann. Neurol. 51, 340−349 (2002))。罹患患者はいずれも男性の遺伝子型を有しており、重症の先天性もしくは生後の小頭症、滑脳症、脳梁の形成不全、新生児期に発症した難治性癲癇、体温調節不全、慢性の下痢、および生殖器の形成不全ないし発達不全を伴っていた。XLAGにおける滑脳症は皮質の厚さがわずか6〜7mmであることから、LIS1遺伝子及びDCX遺伝子、あるいはRELNの変異による古典的な滑脳症(Reiner, et al., Nature 364, 717−721 (1993) ; des Portes, et al., Cell 92, 51−61 (1998) ; Gleeson, et al., Cell 92, 63−72 (1998) ; Hong, et al., Nature Genet. 26, 93−96 (2000))とは明らかに異なるものである。加えて、XLAGの大脳白質は古典的滑脳症と比較して非常に未成熟である。しかし、現在までXLAGと連関する遺伝子上の変異は検出されていなかった。
【0003】
一方、Arx遺伝子(aristaless related homeobox gene:aristaless関連ホメオボックス遺伝子)はX染色体連鎖性であり、マウス胎仔の場合、前脳、底板および精巣に発現する(Miura, H., et al., Mech. Dev. 65, 99−109 (1997))。しかし、該遺伝子の詳細な機能については未だ解明されていなかった。近年Arx遺伝子がX染色体連鎖性の精神遅滞と癲癇を伴う、1形態の原因遺伝子であることが報告されている(Stromme, P., et al., Nature Genet., 30, 441−445 (2002); Bienvenu, T., et al., Hum. Mol. Gen., 11,981−991 (2002))。これらの報告に見られる大部分の患者は、重度の精神遅滞や乳児期けいれんを含む強度の癲癇等の神経異常を示す点においてXLAGと類似するが、その症状は軽度であり、長期の生存を示す。他は癲癇を伴わないX連鎖精神遅滞とジストニア(失調症)を有している。XLAGに類似した脳や生殖器の奇形をもつものはいないことから、これらは表現型上異なる症候群を形成している。
【0004】
【本発明が解決しようとする課題】
本発明は、重篤な脳の構造および機能異常を示すX染色体連鎖性滑脳症 (XLAG)の明確な診断のための手段、およびXLAGの発症のメカニズムを解析するための手段を提供することを課題とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、前脳と精巣の形成におけるArx蛋白質の機能を明らかにするためArx遺伝子欠損マウスを作製した。該マウスは雄が致死性であり、その表現型がXLAGに酷似していた。つまり前脳における細胞増殖抑制とそれに伴う領域性の欠損を原因とする脳の小型化および精巣分化の異常が、Arx遺伝子欠損雄胎仔マウスで観察された。さらに神経節隆起と新皮質におけるGABA作動性介在ニューロンの異常な移動と分化も、Arx遺伝子欠損雄胎仔マウスで観察された。この結果から、生殖器異常を伴うXLAGの臨床的特徴をモデル動物において一部再現することに成功した。本発明者らはこの知見を基礎にXLAGの患者のArx遺伝子を解析したところ、9検体の全てにおいてそのArx遺伝子に変異を見出した。本発明はこられの知見に基づいて成し遂げられたものである。
【0006】
つまり本発明は、以下からなる発明を提供する。
1.Arx遺伝子が有する塩基配列中のX染色体連鎖性滑脳症に特有の変異の有無を指標にすることを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法。
2.変異が、Arx遺伝子中のエクソンII〜IVの何れか一に存在し、かつ該変異により3’側のトリプレットコドンの読み枠に変異が生じる前項1の検査方法。
3.変異が、Arx遺伝子中のエクソンII〜IVの何れか一に存在し、かつ該変異により終止コドンとなる前項1の検査方法。
4.変異が、以下の少なくとも一から選択される前項1〜3の何れか一に記載の検査方法。
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番が欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番が欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)上記(3)の塩基番号1117番の置換がシトシンからチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)上記(9)の塩基番号995番の置換がグアニンからアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)上記(11)の塩基番号1028番の置換がチミンからアデニンに置換しているもの
5.変異が、少なくとも一つのアミノ酸レベルでの置換をもたらす請求項1の検査方法。
6.変異が、以下の少なくとも一から選択される前項5の検査方法。
(1)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番をコードする塩基配列に変異があるもの
(2)上記(1)のアミノ酸番号332番のアルギニンがヒスチジンに置換しているもの
(3)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番をコードする塩基配列に変異があるもの
(4)上記(3)のアミノ酸番号343番のロイシンがグルタミンに置換しているもの
7.前項1〜6の何れか一に記載の方法に用いられる検査用DNA断片であって、X染色体連鎖性滑脳症に特有の変異を基礎にして設計された検査用DNA断片。
8.ポリメラーゼチェインリアクションに用いられるプライマーである前項7のDNA断片。
9.配列番号1に示す塩基配列の塩基番号420〜451、790、995、1028、1117、1188、1372番、エクソンIおよび/またはエクソンIIの少なくとも一を含むDNA断片を増幅できることを特徴とする前項8のDNA断片。
10.配列番号3〜17の少なくとも一に表された塩基配列を含む前項8のDNA断片。
11.配列表の配列番号3〜17に記載の塩基配列と相補配列からなるもの、配列番号3〜17に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズしうる配列からなるもの、これらの配列または配列番号3〜17に表される塩基配列のうち1ないし数個の塩基が置換、欠失、挿入もしくは付加された塩基配列の少なくとも一を含む前項9のDNA断片。
12.前項7〜11の何れか一に記載のDNA断片を含むX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異検査用試薬キット。
13.Arx遺伝子である配列番号1の塩基配列を含み、かつ該配列中に以下の少なくとも一の変異を有するポリヌクレオチド;
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番の欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番の欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)上記(3)の塩基番号1117番の置換がシトシンからチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)上記(9)の塩基番号995番の置換がグアニンからアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)上記(11)の塩基番号1028番の置換がチミンからアデニンに置換しているもの
14.前項13の少なくとも一の塩基配列によりコードされるポリペプチド。
15.前項14に記載のポリペプチドと反応するが、健常人のArx蛋白質とは反応しないことを特徴とする抗体。
16.前項14に記載のポリペプチドが有するアミノ酸配列をコードする塩基配列又は前項13に記載のポリヌクレオチドが有する塩基配列を含む組み換え用DNA分子、及びこれの何れか一を含む形質転換体。
17.X染色体連鎖性滑脳症患者のArx遺伝子が有する塩基配列を解析し、健常者の配列と異なる部分を同定することを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法に用いられる変異箇所の同定方法。
18.Arx遺伝子が有する塩基配列中の前項17に記載の方法により同定された変異の有無を指標とすることを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子上の変異の検査方法。
【0007】
【発明の実施の形態】
(1)Arx遺伝子解析
本発明の1は、XLAGの可能性のある個体から、Arx遺伝子を含むDNAを抽出し、該Arx遺伝子が有する塩基配列中のX染色体連鎖性滑脳症に特有の変異を検出することを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検出方法、すなわちXLAGの遺伝子診断方法である。
XLAGの可能性のある個体とは、XLAGが発症する家系にある個体が挙げられる。具体的には、ヒトで該家系にある女性や、男性であることが判明した胎児等が挙げられる。Arx遺伝子は、Miura, et al.,(Mech. Dev. 65,99−109(1997))に記載のとおり前脳、底板および精巣に発現する遺伝子であり、マウス(Genbank accession No.AB006103)、ヒト(ゲノム:Genbank accession No. AC002504、cDNA:AY038071)およびゼブラフィッシュ(Genbank accession No.AB006104)等でクローニングされている。具体的にはヒトのArx遺伝子のcDNA配列について配列表の配列番号1、また配列番号2にアミノ酸配列を示した。
【0008】
XLAG患者のArx遺伝子(aristaless関連ホメオボックス遺伝子)が有する塩基配列中における変異を指標にし、健康人配列との差異を分析すれば、XLAG(X染色体連鎖性滑脳症)に関連するArx遺伝子上の変異の検査を可能とする。変異は、後述する塩基配列、アミノ酸配列における変異が明瞭なXLAGに関連するArx遺伝子の変異と推定できるが、これら以外にも、Arx遺伝子の上記の解析により同定されるXLAG特有の変異はかなりの確かさでXLAGとの関連が推定可能である。そして、少なくとも既知の1)X染色体連鎖性幼児痙攣症候群、2)パーティントン症候群、3)X染色体連鎖性非症候群性精神遅滞での変異とは区別することで、より確かさをもってArx遺伝子の変異とXLAGの関連が推定可能である。
【0009】
検査における指標としては、例えば以下における変異等が挙げられる。変異が、Arx遺伝子中のエクソンII〜IVの何れか一に存在する置換・欠失・挿入・付加の何れかである場合。そしてこの変異が、該変異により3’側のトリプレットコドンの読み枠に変異が生じる場合。さらにこれらの変異が、該変異により終止コドンとなる場合等である。
具体的な変異マーカーとしては、例えば以下のものが挙げられる。
【0010】
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番の欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番の欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番のシトシンがチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番のグアニンがアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番のチミンがアデニンに置換しているもの
【0011】
さらに、具体的な変異のうち少なくとも一つのアミノ酸レベルでの変異をもたらす場合としては以下がある。
(1)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番に変異があるもの
(2)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番のアルギニンがヒスチジンに置換しているもの
(3)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番に変異があるもの
(4)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番のロイシンがグルタミンに置換されているもの
【0012】
上記したArx遺伝子のXLAG特有の変異の検査方法としては、(1)XLAGの可能性のある個体からDNAを精製し、(2)該DNAのArx遺伝子をそれ自体既知の通常用いられる方法によって解析することによって行うことができる。
XLAGの可能性のある個体から精製するDNAは、Arx遺伝子を含むものであれば如何なるものであってもよく、ゲノムDNAでもcDNAでもよい。ここで、cDNAを取得するためには、Arx遺伝子が発現している限られた組織を得る必要があるため、ゲノムDNAが好ましく用いられる。DNAを精製するために上記個体から取得される生体試料としては、生体から取得することが容易であり、Arx遺伝子を含むDNAを含有するものであれば如何なるものであってもよい。具体的には、血液に含まれる白血球細胞や、毛髪、生体材料組織、手術切除組織が用いられる。また、出生前の個体の場合には羊水中の胎児由来の細胞、絨毛、血液、皮膚、肝細胞、母体血液中の胎児由来細胞、あるいは母体子宮腔内のフラッシング溶液中の胎児由来細胞等が用いられる。このうち、羊水中の細胞はほとんどが死滅しているので、培養を行い、培養細胞を生体試料として用いる。これらの生体試料からのDNAの取得は、それ自体既知の通常用いられる方法を用いて行うことができる。
【0013】
かくして得られたDNAについて、Arx遺伝子上の上記した変異を解析する方法としては、Nollau, et al., Clin. Chem., 43, 1114−1120(1997)、「突然変異検出のための研究室プロトコル」(Landegren, U., et al., Oxford UniversityPress(1996))、および「PCR」第2版(Newton, et al., BIOS Scientific Publishers Limited(1997))等に記載されている通常用いられる手段が適用できる。具体的には、例えばA)PCR断片シークエンシング法、B)一本鎖高次構造多型法(SSCP法:Orita, M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 86(8), 2766−2770(1989))、C)ヘテロ二本鎖変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE法:Sheffield, V. C., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 86(1), 232−236(1989))、D)インベーダー法(Griffin, T. J., et al., Trend Biotech, 18, 77(2000))、E)SniPerTM法(Amersham pharmacia biotech)、F)タックマンPCR法(Livak, K. J., Genel. Anal., 14, 143(1999); Morris, T., et al., J. Clin. Microbiol., 34, 2933(1996))、G)MALDI−TOF/MS法(Griffin, T. J., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 96(11), 6301−6(1999))、H)制限酵素長多型解析法(RFLP:Murray, J. C., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 80(19), 5951−5955(1983))、I)DNAチップハイブリダイゼーション法(Kokoris, K.,etal., J. Med. Genet., 36, 730(1999))、J)Masscode TM法(Qiagen Genomics)等に例示される公知の方法から選択され得るが、これらに限定されるものではなく、遺伝子変異を検出する方法であれば、あらゆる手段を適用することができる。
【0014】
このうち、例えば、A)PCR断片シークエンシング法は、取得したDNAを鋳型として、Arx遺伝子の上記の変異を含む断片をPCRにより増幅した後に、これを適当な方法によりシークエンシングして変異の有無を解析する方法である。具体的には、例えば配列番号1の塩基番号790が欠失している変異については、実施例に示すとおり、配列番号8と配列番号6に記載の塩基配列を有するプライマーを用いたPCRにより増幅した断片をシークエンスして790番の塩基が欠失しているか否かを解析する。ここで、用いられるプライマーとしては、Arx遺伝子の上記の変異部分を含むDNA断片を増幅し得るものが用いられる。具体的には、例えばヒトArx遺伝子の全てのエクソンを増幅し得るプライマーとして、配列番号3〜17に記載のものが挙げられる。
【0015】
また、I)DNAチップハイブリダイゼーション法においては、例えば、Arx遺伝子の上記変異部分を含む5〜10ベースの塩基配列に相補的な塩基配列を有するポリヌクレオチドをガラス基盤などに固定した後に、取得したDNAを適当な蛍光物質などで標識してこれに接触させ、ハイブリダイズした場合、変異を有すると判断することができる。ここで、基盤に固定化するポリヌクレオチドとしては、Arx遺伝子の上記変異部分を含む塩基配列、または上記変異部分に4種のアリルを有する配列に相補的な配列を有するものが用いられる。
【0016】
G)MALDI−TOF/MS法においては、取得したDNAのArx遺伝子の上記変異を有する塩基配列の1塩基隣の塩基までを有する適当な長さのポリヌクレオチドをPCRなどにより増幅し、これに変異部分が伸長されるようなプライマーを用いてプライマーエクステンションを行い、この前後の分子量をマススペクトルなどを用いて解析し、野生型と異なる分子量を示した場合、変異を有すると判断することができる。ここで用いられるプライマーは、Arx遺伝子の上記変異の1塩基程度隣接する塩基配列からなるDNA断片に対し、変異部分を伸長し得る配列を有するものが用いられる。
【0017】
本発明には、Arx遺伝子の上記変異を検出するために、変異を基礎にして設計された上記方法で用いられる全てのポリヌクレオチド、プライマー、あるいはプローブなどが含まれる(本明細書中では、これらを「検査用DNA断片」と称することがある)。また、これらの検査用DNA断片には、必要であれば適当な蛍光物質などにより修飾したものも含まれる。
【0018】
本発明においては、上記変異に関する情報をもとに、既知遺伝子変異検出手段と組み合わせ、さらに各検出手段所望の検出試薬と前記選択される検査用DNA断片等を組合わせれば、好適なX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子上の変異の検査用試薬キットが提供される。
【0019】
(2)Arx遺伝子のXLAG特有の変異を有するポリヌクレオチドおよび該ポリヌクレオチドによりコードされるポリペプチド、並びに組み換え蛋白質
上記(1)の検査法により指標とされる変異を有するArx遺伝子であるポリヌクレオチド(以下、これを「変異Arxポリヌクレオチド」と称することがある)は、これを用いて通常のDNA組換え法を行うことにより組換えポリペプチド(以下、これを「変異Arxポリペプチド」と称することがある)を調製することができる。該ポリヌクレオチドは、XLAGの患者が生体内に有しているArx蛋白質と同様のものである可能性が極めて高いため、XLAGの研究に非常に有用である。
変異Arxポリヌクレオチドとしては、ヒトの配列として、配列番号1に記載の塩基配列において、上記(1)の検査法により指標とされる変異を有するものが挙げられる。具体的な変異としては、例えば、以下のものが挙げられる。
【0020】
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番の欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番の欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番のシトシンがチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番のグアニンがアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番のチミンがアデニンに置換しているもの
【0021】
さらに、具体的な変異のうち少なくとも一つのアミノ酸レベルでの変異をもたらす場合としては以下がある。
(1)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番に変異があるもの
(2)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番のアルギニンがヒスチジンに置換しているもの
(3)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番に変異があるもの
(4)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番のロイシンがグルタミンに置換されているもの
【0022】
このようなポリヌクレオチドとしては、Arx遺伝子の全長を含むものに限らず、少なくとも1つの上記変異を有するものであれば如何なるものでもよい。また、これらのポリヌクレオチドは、XLAGの個体から上記(1)に記載した方法により取得したDNAからPCRなどの方法により調製したものでもよいし、野生型のArx遺伝子を有する個体から取得したDNAにそれ自体既知の通常用いられる方法により変異を導入して作製することもできる。さらには、化学合成により取得することもできる。
上記変異Arxポリヌクレオチドは、これを含む組換えベクターを作製し、これを適当な宿主に導入し、該導入宿主を適当な条件下で培養した培養物から組み換え蛋白質を抽出する方法等が挙げられる。組み換え蛋白質を発現するためのベクターとしてはこれを導入する宿主内で変異Arxポリヌクレオチドまたはそれを含むポリヌクレオチドが発現されるものであれば特に制限はないが、通常宿主に適したプロモーターが挿入されている市販の蛋白質発現ベクターを用いる。また、プラスミドベクター、ファージベクターともに使うことができる。
【0023】
具体的には、ZAP Express(ストラタジーン社製)、pSVK3(アマシャムファルマシアバイオテク社製)、pEGFP−C1(クロンテック社製)等が挙げられる。また、pMKITNeo(丸山和夫、細胞工学別冊8,新細胞工学実験プロトコール、p.259,
秀潤社、(1993))等も好ましく用いられる。
【0024】
変異Arx ポリヌクレオチドを発現させるためのプロモーターとしては、宿主が保有するプロモーターを一般に用いることができるが、これに限られるものではなく、具体的には宿主微生物が大腸菌の場合にはT3、T7、tac、lacプロモーター等を用いることができ、酵母の場合にはnmt1プロモーター、Gal1プロモーター等が挙げられる。また動物培養細胞の場合にはSV40プロモーター、CMVプロモーター等が挙げられる。またほ乳類由来のプロモーターが機能可能な宿主を用いる場合には、変異Arxポリヌクレオチドに固有のプロモーターを用いることもできる。
【0025】
これらのベクターへの変異Arxポリヌクレオチドの挿入は、該ポリヌクレオチドまたはこれを含むDNA断片をベクター中のプロモーターの下流にプロモーターの制御下におかれるように連結して行う。また、プロモーターと変異Arxポリヌクレオチドとの間にコザック配列(Kozak, M., Gene, 234, 187, (1999))を挿入したり、変異Arxポリヌクレオチドの下流にタグとなるポリペプチドをコードするDNAを挿入した構造を有するベクターも好ましく用いられる。タグとなるポリペプチドとしては特に制限はないが、例えば、FLAGタグ(BioTechniques,
7, 580, (1989))等が挙げられる。
【0026】
このようにして得られた本発明の組換えベクターは、リン酸カルシウム法(Science, 221, 551(1983))、DEAEデキストラン法(Science, 215, 166(1982))、電気パルス法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, 7161(1984))、インビトロパッケージング法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 72, 581(1975))、ウィルスベクター法(Cell, 37, 1053(1984))、あるいはリポフェクション法(Lipofection Reagent(GibcoBRL社製))等によって適当な宿主に導入される。
【0027】
このとき、該組み換えベクターを導入する宿主としては、該ベクターが体内で複製可能であり、かつ変異Arxポリヌクレオチドがコードする蛋白質が生成されるものであれば特に限定されないが、例えば大腸菌、酵母、バキュロウィルス(節足動物多角体ウイルス)−昆虫細胞、動物細胞等が挙げられる。具体的には、大腸菌ではBL21、XL−2Blue(ストラタジーン社製)等、酵母では例えばSP−Q01(ストラタジーン社製)等、バキュロウィルスでは例えばAcNPV(J. Biol. Chem., 263, 7406(1988))とその宿主であるSf−9(J. Biol. Chem., 263, 7406(1988))等が挙げられる。また動物細胞としてはマウス繊維芽細胞C127(J. Viol. , 26, 291(1978))やチャイニーズハムスター卵巣細胞CHO(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 77, 4216(1980))やアフリカミドリザル腎臓由来COS−7(ATCC CRL1651:アメリカン タイプ カルチャー コレクション)等が挙げられる。
【0028】
上記したような組み換えベクターを用いる発現方法の他に、プロモーターを連結した変異Arxポリヌクレオチドを宿主の染色体中に直接挿入する相同組換え技術(A. A. Vertes et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 57, 2036(1993))、あるいはトランスポゾンや挿入配列(A. A. Vertes et al., Molecular Microbiol., 11, 739(1994))等を用いて発現させることができる。
【0029】
組み換えベクターを導入した導入体は、それぞれに適した培地により培養される。培地中には該形質転換体の生育に必要な炭素源、窒素源、無機物、ビタミン、血清および耐性スクリーニングに用いられる薬剤などが含有される。具体的には、形質転換体の宿主が大腸菌の場合には、例えばLB培地(ナカライテスク社製)等、酵母の場合には、YPD培地(Genetic Engineering, 1, 117, Plenum Press(1979))等、宿主が昆虫細胞および動物細胞の場合は、20%以下のウシ胎仔血清を含有するHam−12培地、MEM培地、DMEM培地、RPMI1640培地(SIGMA社製)等を挙げることができる。また、培養は通常温度20℃〜45℃、CO2濃度2〜10%の範囲で行うことが好ましい。培養時間は、宿主及び組み換えベクター等によって適宜選択することができるが、好ましくは12〜80時間である。さらに、必要に応じて通気、攪拌が行われる。これら以外の培地組成あるいは培養条件下でも導入宿主が生育し、挿入された変異Arxポリヌクレオチドがコードする蛋白質が生成されればいかなるものであってもよい。
【0030】
このようにして培養された導入体の回収方法は、例えば宿主が細胞である場合には、培養物を遠心分離等により細胞を分離した後、細胞体あるいは培養上清として回収する方法等が用いられる。回収された細胞体からの組み換え蛋白質の抽出方法としては、それ自体既知の通常用いられる方法が挙げられるが、例えば、細胞をリン酸バッファー(Phosphate Buffered Saline:PBS)に懸濁した後に、等量のサンプルバッファー(0.25M Tris−HCl(pH6.8)、4% sodium dodecyl sulfate(SDS)、20% glycerol、10% β−mercapto ethanol(2−ME)、0.2% bromophanol blue(BPB))を添加して98℃で1〜10分間ボイルする方法等が挙げられる。
【0031】
また、上記変異Arxポリヌクレオチドは、公知の無細胞蛋白質合成系等によっても組み換え蛋白質を調製することができる。無細胞蛋白質合成系に用いられる細胞抽出液として具体的には、大腸菌等の微生物、植物種子の胚芽、ウサギ網状赤血球等の細胞抽出液等、既知のものが用いられる。これらは市販のものを用いることもできるし、それ自体既知の方法、具体的には大腸菌抽出液は、Pratt, J. M. et al., Transcription and Tranlation, Hames, 179−209, B. D. & Higgins, S. J., eds, IRL Press, Oxford(1984)に記載の方法等に準じて調製することもできる。
【0032】
市販の細胞抽出液としては、大腸菌由来のものは、E.coli S30 extract system (Promega社製)とRTS500 Rapid Tranlation System(Roche社製)等が挙げられ、ウサギ網状赤血球由来のものはRabbit Reticulocyte Lysate System(Promega社製)等、さらにコムギ胚芽由来のものはPROTEIOSTM(TOYOBO社製)等が挙げられる。
【0033】
抽出された蛋白質は、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動等により分離し、適当な染色試薬、例えば、クマシーブリリアントブルー(CBB)等によりゲルを染色することにより確認することができる。また、後述する本発明の蛋白質の抗体との結合性を解析することによってもその発現状態を確認することができる。
【0034】
かくして得られる蛋白質が遊離体で得られた場合には、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって塩に変換することができ、逆に塩で得られた場合には遊離体または他の塩に変換することができる。この様な塩も本発明の蛋白質に含まれる。また、上記した導入宿主が産生する蛋白質を、精製前または後に適当な蛋白質修飾酵素を作用させることにより、任意に修飾を加えたり、ポリペプチドを部分的に除去することにより修飾蛋白質とすることができる。これらの修飾蛋白質も(1)に記載したXLAG特有の変異を有するArxポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドである限り本発明の範囲に含まれる。
【0035】
(3)抗変異Arxポリペプチド抗体
(1)に記載したXLAG特有の変異を有するArxポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドが有するアミノ酸配列のうち、野生型と異なる部分を抗原とすることにより、変異Arxポリヌクレオチドと反応するが、健常人のArx蛋白質とは反応しないことを特徴とする抗変異Arxポリペプチド抗体を調製することができる。
【0036】
抗変異Arxポリペプチド抗体の調製方法としては、通常用いられる公知の方法を用いることができる。抗原として用いられるポリペプチドは、(1)に記載したXLAG特有のアミノ酸配列の変異箇所を含む部分ペプチドが用いられる。
【0037】
上記の抗原として用いるポリペプチドは、公知の方法に従って合成した合成ペプチドでも、また本発明の変異Arx蛋白質そのものを用いることもできる。抗原となるポリペプチドは、公知の方法に従って適当な溶液等に調製して、哺乳動物、例えばウサギ、マウス、ラット等に免疫を行えばよいが、安定的な免疫を行ったり抗体価を高めるために抗原ペプチドを適当なキャリア蛋白質とのコンジュゲートにして用いたり、アジュバント等を加えて免疫を行うのが好ましい。
【0038】
免疫に際しての抗原の投与経路は特に限定されず、例えば皮下、腹腔内、静脈内、あるいは筋肉内等のいずれの経路を用いてもよい。具体的には、例えばBALB/cマウスに抗原ポリペプチドを数日〜数週間おきに数回接種する方法等が用いられる。また、抗原の摂取量としては、抗原がポリペプチドの場合0.3〜0.5mg/1回程度が好ましいが、ポリペプチドの種類、また免疫する動物種によっては適宜調節される。
【0039】
免疫後、適宜試験的に採血を行って固相酵素免疫検定法(以下、これを「ELISA法」と称することがある)やウエスタンブロッティング等の方法で抗体価の上昇を確認し、十分に抗体価の上昇した動物から採血を行う。これに抗体の調製に用いられる適当な処理を行えばポリクローナル抗体を得ることができる。具体的には、例えば、公知の方法に従い血清から抗体成分を精製した精製抗体を取得する方法等が挙げられる。抗体成分の精製は、遠析、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の方法を用いることができる。
【0040】
また、該動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを用いて公知の方法に従って融合させたハイブリドーマを用いる(Milstein, et al., Nature, 256, 495(1975))ことによりモノクローナル抗体を作製することもできる。モノクローナル抗体は、例えば以下の方法により取得することができる。
【0041】
まず、上記した抗原の免疫により抗体価の高まった動物から抗体産生細胞を取得する。抗体産生細胞は、形質細胞、及びその前駆細胞であるリンパ球であり、これは個体の何れから取得してもよいが、好ましくは脾臓、リンパ節、末梢血等から取得する。これらの細胞と融合させるミエローマとしては、一般的にはマウスから得られた株化細胞、例えば8−アザグアニン耐性マウス(BALB/c由来等)ミエローマ細胞株であるP3X63−Ag8.653(ATCC:CRL−1580)とP3−NS1/1Ag4.1(理研セルバンク:RCB0095)、あるいはP3X63−Ag8.653由来のハイブリドーマSP2/0−Ag14 (ATCC:CRL−1581)等が好ましく用いられる。細胞の融合は、抗体産生細胞とミエローマ細胞を適当な割合で混合し、適当な細胞融合培地、例えばRPMI1640やイスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)、あるいはダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)等に、50%ポリエチレングリコール(PEG)を溶解したもの等を用いることにより行うことができる。また電気融合法(U. Zimmer− mann. et al., Naturwissenschaften, 68, 577(1981))によっても行うことができる。
【0042】
ハイブリドーマは、用いたミエローマ細胞株が8−アザグアニン耐性株であることを利用して適量のヒポキサンチン・アミノプテリン・チミジン(HAT)液を含む正常培地(HAT培地)中で5%CO2、37℃で適当時間培養することにより選択することができる。この選択方法は用いるミエローマ細胞株によって適宜選択して用いることができる。選択されたハイブリドーマが産生する抗体の抗体価を上記した方法により解析し、抗体価の高い抗体を産生するハイブリドーマを限界希釈法等により分離し、分離した融合細胞を適当な培地で培養して得られる培養上清から硫安分画、アフィニティクロマトググラフィー等の適当な方法により精製してモノクローナル抗体を得ることができる。また精製には市販のモノクローナル抗体精製キットを用いることもできる。さらには、免疫した動物と同系統の動物、またはヌードマウス等の腹腔内で上記で得られた抗体産生ハイブリドーマを増殖させることにより、本発明のモノクローナル抗体を大量に含む腹水を得ることもできる。
【0043】
かくして取得される抗変異Arxポリペプチド抗体は、エピトープとした部分ポリペプチドまたは変異Arx蛋白質には反応するが、健常人から得られる野生型のArx蛋白質には反応しないことを上記のELISAなどで確認することにより本発明の抗変異Arxポリペプチド抗体として取得される。
【0044】
また、本発明の蛋白質としてヒト由来のものを取得した場合には、かかるポリペプチド、あるいはその部分ペプチドを抗原として、ヒト末梢血リンパ球を移植したSevere combined immune deficiency(SCID)マウスに上記した方法と同様にして免疫し、該免疫動物の抗体産生細胞とヒトのミエローマ細胞とのハイブリドーマを作製することによってもヒト型抗体を作製することができる(Mosier, D. E., et al. Nature, 335, 256−259 (1988); Duchosal, M. A., et al., Nature, 355, 258−262 (1992)。
【0045】
また、取得したヒト型抗体を産生するハイブリドーマからRNAを抽出し、目的のヒト型抗体をコードする遺伝子DNAをクローニングして、この遺伝子DNAを適当なベクターに挿入し、これを適当な宿主に導入して発現させることにより、さらに大量にヒト型抗体を作製することができる。ここで、抗原との結合性の低い抗体は、それ自体既知の進化工学的手法を用いることによりさらに結合性の高い抗体として取得することもできる。一価性抗体等の部分フラグメントは、例えばパパイン等を用いてFab部分とFc部分を切断し、アフィニティカラム等を用いてFab部分を回収することによって作製することができる。
【0046】
かくして得られる本発明の蛋白質と特異的に結合する抗体は、本発明の蛋白質に特異的に結合することによってXLAGの発症メカニズムの解明等に有用である。
【0047】
【実施例】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0048】
(実施例1)Arx遺伝子欠損マウスの作製
Arx蛋白質の発現を抑制するため、LacZ遺伝子を挿入してArx遺伝子のエクソンIIを分断し、Arx遺伝子欠損マウスを作製した。
Arx遺伝子のcDNAをプローブとして用いて、マウスArx遺伝子を129SVjマウスゲノムライブラリー (Stratagene)からクローン化した(Miuraら, Mech.Dev.65,99−109 (1997))。5種類の独立したゲノムクローンを単離し、シークエンス解析でエクソン/イントロン構造を確認した。ターゲティングベクターの構築にはレポーター遺伝子カセットIRES−LacZを使用した。Arx蛋白質の翻訳終結を生じさせる停止コドンをIRESの前に挿入した。ホメオボックスのArtII部位の3’−位置にあるSTOP−IRES−LacZカセットと4.5kb ArtII−PstIフラグメントおよびpKJ2のEcoRI−XhoIフラグメントをライゲートし、pBluescriptIIにサブクローン化した。さらに、ホメオボックスのArtII部位の5’−位置にある2.5kb HindII−ArtIIフラグメントとTK遺伝子カセットをこの順序でコンストラクトに挿入した。
【0049】
(ES細胞トランスフェクション、スクリーニングおよびArxX*Y変異マウスの作製)
標的ES細胞を得るため、129/Sv由来ES細胞系E14TG2aにおいてポジティブ−ネガティブセレクション法を用いた。ターゲットベクターに含まれるゲノム配列とNeoの外側に5’プローブと3’プローブを用いて、サザンブロットのパターンによりESコロニーをスクリーニングした。その結果、300クローンのうち22のESクローンに相同的組換えが起こったことがわかった。陽性ESクローンをC57BL胚盤胞にインジェクトし、偽妊娠している雌レシピエントに移植した。その結果得られたキメラマウスをC57BLの雌と交配した。ターゲットArx遺伝子座のトランスミッションは、サザンブロットのパターンから確認した。以下の分析に用いたArxX*Y変異マウス(X*はArx遺伝子が欠損したX染色体を示す;以下、これを「Arx遺伝子欠損マウス」と称することがある)は、F2 ArxX*YマウスとF2 ArxXYマウスの交雑より得た。2つの独立した標的ES細胞系由来のArxX*Y半接合体は、区別のつかない表現型を示した。
【0050】
ArxX*Xヘテロ接合型雌マウスとArxXY野生型雄マウスとの交配により、標準的なメンデル率に従った4種類のゲノム型マウス(ArxXX:ArxX*X:ArxXY:ArxX*Y)が誕生した。ArxX*Y半接合型の突然変異雄マウスは、生後半日以内、胎生19.5日に死亡した。ArxX*Y変異の新生仔マウス脳は野生型に比べて小さかった。Arx遺伝子欠損マウスの嗅球は小さく異常な形状を呈していた。また、新生仔Arx遺伝子欠損マウスの精巣のサイズも野生型に比べて小さかったのに対し、Arx遺伝子欠損マウス精巣の精細管直径は大きかった。同様に、精嚢の形成不全、ウォルフ管の派生物が観察された。外性器、精巣上体および精管などの生殖管ではこれ以外の明白な差は観察されなかった。生後の脳の発達の研究の為、プロジェステロンの投与により分娩を遅らせ、帝王切開にて胎生20.5日で胎仔を回収した。生まれた変異個体は3日間人工飼育して生後3日(P3hf)で解析した。
【0051】
ArxX*Xヘテロ接合型雌マウスはやや肥満傾向にあるが、生殖可能であった。胎仔脳の組織学的所見では、頭部腹側中央部の視床に形成不全がある以外は、正常であった。本検討では、ArxX*Y変異マウスにおける、脳の小型化、大脳皮質におけるGABA作動性介在ニューロンの移動と分化、神経節隆起および精巣分化に焦点を当てた。その結果、前脳における細胞増殖抑制とそれに伴う領域性の欠損を原因とする脳の小型化が、X染色体連鎖性Arx遺伝子欠損雄胎仔マウスで観察された。さらに神経節隆起と新皮質におけるGABA作動性介在ニューロンの異常な移動と分化も、X染色体連鎖性Arx遺伝子欠損雄胎仔マウスで観察された。精巣分化にもまた異常がみられた。こうした結果は、生殖器異常を伴うX染色体連鎖性滑脳症 (XLAG)の臨床的特徴を一部再現するものであることを確認できた。
【0052】
(実施例2) Arx遺伝子欠損マウスの特徴の解析
1)新皮質における神経上皮細胞の増殖抑制とほぼ正常な移動
Arx蛋白質の発現が胎生12.5日、で背側終脳(大脳皮質および海馬)、大脳基底部(内側方神経節隆起(MGE)および側方神経節隆起(LGE))、隆起視床および腹側視床において認められた( MiuraらによるArx遺伝子の発現パターン, Mech. Dev. 65, 99−109 (1997))。ArxX*Y変異マウスはArx遺伝子が発現しているそれぞれの領域において異常な形態を持っていた。
本発明者等は脳の小型化の原因を調べるため、まず大脳皮質における細胞増殖と視床の中の領域欠損について解析した。その結果、Arx遺伝子欠損マウスの皮質板(CP)は野生型のそれに比べ胎生19.5日では薄かった。
新皮質の脳室体(VZ)中の神経上皮細胞の増殖を調べる為に、胎生12.5日でのBrdU一回投与の実験を行い、側方大脳皮質について解析した。その結果、野生型と変異型の側方新皮質の脳室体のラベリングインデックス(LI)はそれぞれ43.1±4.2%と38.8±3.0%であった。野生型と変異型の新皮質の脳室体のarbitrary unitの中でのBrdU陽性細胞数は243±7と193±15であった。野生型と変異型の胎生12.5日における新皮質の脳室体のラベリングインデックスおよびBrdU細胞数に関しては統計学的には有為差があるが、その差は小さかった。
そこで新皮質の脳室体における神経上皮細胞の増殖を、胎生14.5日と胎生18.5日で調べた。胎生14.5日における野生型と変異型の側方新皮質の脳室体のラベリングインデックスは各々58.6±7.6%および36.6±4.0%であった。さらに野生型と変異型の新皮質の脳室体のarbitrary unitの中でのBrdU陽性細胞数は345±23および230±37であった。そして変異型の新皮質の脳室体は野生型に比べ薄かった。胎生18.5日では野生型と変異型の側方新皮質の脳室体のラベリングインデックスに類似の違いはなかった。胎生14.5日と18.5日での変異型大脳皮質に、変異型に特異なアポトーシスは検出されなかった。一方、変異型脳室下領域のP3hfにおいて散発的にこれが見られた。これらの知見は、変異型での胎生期マウスの薄い大脳皮質は活性化アポトーシスに依存するというよりは、むしろ変異型の大脳皮質、とくに側方大脳皮質の全体的な新皮質の脳室体中の神経上皮細胞の増殖の減少(非加速型)によることを示唆している。
【0053】
Arx遺伝子欠損マウスにおける皮質の層形成を調べる目的で、BrdU/一回投与/追跡実験を行った。BrdUを胎生12.5日、13.5日、14.5日に投与し、脳を14.5日に固定した。実験の各ステージでの変異個体のBrdU取り込みパターンでは、胎生19.5日における皮質形成パターンはマウスにおける皮質の分化の最終段階というよりはむしろ中間段階であることを示しているとはいうものの、複製や逆位といった皮質層のメジャーな異常は見られなかった。しかしながらArx遺伝子欠損マウス胎生13.5日でのラベル化BrdU陽性細胞の皮質板への移動は野生型より正確性が低下していた。この観察は、グルタミン酸陽性神経細胞が野生型のP3hfでの皮質板のV層に制御下位置するのに対し、変異型のP3hfでの皮質板がII層からV層に分散されるという観察からも支持された。
従って、本実験においては、変異個体における、神経上皮細胞の皮質板における移動は投射ニューロン部分以外についてはほぼ正常であることを示している。
【0054】
2)領域欠損と神経繊維経路の異常
Arx遺伝子の欠損は胎生12.5日の視床隆起におけるWnt8bおよびLhx9の発現欠損をきたした。Arx遺伝子の欠損はまた胎生12.5日の腹部視床におけるDlx1の発現の領域が顕著に減少するという結果をもたらした。これらの消失は胎生19.5日において、背側−腹側中央部視床核たとえば背側−中央視床核と中央視床核の大部分の欠損をきたした。このことはArx蛋白質が背側−腹側中央部視床の形成において、Wnt8a、Lhx9やDlx1の上流の制御因子として機能していることを示唆する。視床の部分的な発育不全が第3脳室の拡大につながっている。Arx遺伝子欠損マウスでの海馬の発育不全、特に歯状回とCA3領野における発育不全が、胎生19.5日において見られた。
【0055】
多くの神経繊維経路がArx遺伝子欠損マウスにおいて異常形成を示した。Arx遺伝子欠損マウスの脳梁は胎生19.5日において、嘴尾軸に沿って短縮化をともなう形態異常を示した。短くなった脳梁はArx遺伝子欠損マウスのP3hfでもやはり異常が見られた。Arx遺伝子欠損マウスにおいて、内包に向かっての視床皮質軸は扁桃付近に位置を占めるという異常な経路にそって伸展していた。これはおそらくArx遺伝子欠損マウスにおける腹側視床の部分的欠損に依存しているであろう。Arx遺伝子欠損マウスにおける視床皮質軸もまた同じ経路を利用していた。さらに、Fimbria−海馬交連の欠損がArx遺伝子欠損マウスの海馬で見い出された。
【0056】
3)Arx蛋白質を発現する介在ニューロンの性格付け
Arx蛋白質発現細胞が胎生13.5日で、大脳皮質の脳室帯(VZ)に加えて、皮質線状体境界部周囲の片縁帯 (MZ)、皮質板 (CP)、サブプレート (SP)、中間帯 (IZ)および脳室下領域 (SVZ)で認められた。胎生18.5日では、pia−arachnoid(軟膜−くも膜(PIA))、片縁帯、 脳室下領域および新皮質の脳室体において密集するArx蛋白質発現細胞を認めたほか、Arx蛋白質発現細胞が皮質板で散在しているのが認められた。P14では、密集したArx蛋白質発現細胞の領域は片縁帯から消失していたが、Arx蛋白質発現細胞は皮質板に散在していた。
二重免疫組織化学的試験から、胎生18.5日で一部のArx蛋白質発現細胞は線条体にニューロペプチドY (NPY)を共発現させることが明らかになった。皮質板ではArx蛋白質発現細胞の少なくとも50%が胎生18.5日においてGABAを共発現したのに対し、片縁帯ではその約10%がGABAを共発現させた。P14では、Arx蛋白質発現細胞の75%が皮質板でGABAを共発現した。片縁帯におけるArx蛋白質発現細胞はカルレチニンを共発現しなかった。
【0057】
4)GABA作動性介在ニューロンの神経節隆起からの初期移動異常
ArxX*Y変異マウスにおいて神経節隆起マーカー遺伝子の発現およびGABA作動性介在ニューロンの内側方神経節隆起からの初期移動について検討した。内側方神経節隆起のマーカー遺伝子であるNkx2.1の発現は、胎生12.5日および胎生14.5日でArx遺伝子欠損マウスの内側方神経節隆起から側方神経節隆起の脳室下領域に向かって拡大がみられた。Lhx6発現パターンの同様の変化がArx遺伝子欠損マウスの神経節隆起に認められた。また、胎生14.5日で内側方神経節隆起と側方神経節隆起のマーカー遺伝子であるDlx1の発現もArx遺伝子欠損マウスで拡大した。このほか、Nkx2.1の発現もArx遺伝子欠損マウスで観察されたが、野生型の皮質脳室下領域では観察されなかった。一方、Lhx6とDlx1の発現は野生型皮質片縁帯および中間帯でみられたが、Arx遺伝子欠損マウスでは認められなかった。
【0058】
神経節隆起マーカー遺伝子の発現パターンにみるこれらの変化は、Dil標識細胞およびカルビンジン (CB)−陽性介在ニューロンの局在異常を来した。胎生13.5日でArx遺伝子欠損マウスの内側方神経節隆起にDilを配置して2日間培養したところ、内側方神経節隆起から皮質中間帯への移動がみられないことが明らかになり、内側方神経節隆起から皮質脳室下領域に移動する標識細胞のみが皮質線条体境界部で認められた。これはカルビンジン免疫組織化学法でさらに確認した。カルビンジン−陽性介在ニューロンは野生型の皮質片縁帯、皮質板、 中間帯および脳室下領域でみられたのに対し、Arx遺伝子欠損マウスでは皮質脳室下領域にのみ観察された。さらに、胎生14.5日でArx遺伝子欠損マウスの皮質脳室下領域と新皮質の脳室体にLacZ−陽性細胞(Arx蛋白質非発現細胞)も認められた。したがって、Arx遺伝子欠損は内側方神経節隆起から皮質中間帯へのGABA作動性介在ニューロンの直接移動を欠如させたのに対し、内側方神経節隆起から皮質脳室下領域への側方神経節隆起を介する介在ニューロン移動は維持された。
【0059】
5)皮質板におけるGABA作動性介在ニューロンの異常局在
Arx遺伝子欠損マウスのGABA作動性介在ニューロンが正常に分化し最終的にArx遺伝子欠損マウスの皮質板に適切に局在するかどうかを検討した。胎生16.5日では、カルビンジン−陽性介在ニューロンが野生型の片縁帯、 皮質板、 サブプレートおよび中間帯に認められたのに対し、Arx遺伝子欠損マウスではこれらの細胞がサブプレート、中間帯および脳室下領域に認められ、皮質板にはみられなかった。Arx遺伝子欠損マウスの中間帯におけるカルビンジン−陽性介在ニューロンは野生型に比べて数が増大し、5種類のカルビンジン−陽性介在ニューロンが集合してクラスターを形成した。また、GABA−陽性介在ニューロンも野生型の片縁帯、皮質板、サブプレートおよび中間帯にみられたが、胎生16.5日ではArx遺伝子欠損マウスのサブプレート、中間帯および脳室下領域にのみ認められた。胎生18.5日で、カルビンジン−およびGABA−陽性介在ニューロンが野生型の皮質板に散在していたのに対し、Arx遺伝子欠損マウスではサブプレートに限定されていた。胎生18.5日で、GAD67−陽性介在ニューロンはGABA作動性介在ニューロンと同じパターンを示した。GABA作動介在性ニューロンのサブプレートにおける異常な位置が脳の発達の後期にまで維持されているかどうかが調べられた。GABA作動介在性ニューロンは野生型のP3hfにおいて皮質V層に濃縮されていたが、変異型ではP3hfにおいては皮質板全体に散在していた。
【0060】
6)線条体におけるニューロペプチドY−陽性介在ニューロンの欠如
GABA作動性介在ニューロンのサブセットであるニューロペプチドY−陽性介在ニューロンは内側方神経節隆起に特異的にみられ、線条体で分化する(Marinら,Science 293,872−875 (2000))。胎生18.5日においてNkx2.1は野生型線条体の限られた細胞に発現するが、LacZ−陽性細胞がみられるArx遺伝子欠損マウスの線条体では認められなかった。しかし、アポトーシスは確認されなかった。胎生18.5日でLhx6はNkx2.1と同じ発現パターンを示した。胎生18.5日ではニューロペプチドY−陽性介在ニューロンはArx遺伝子欠損マウスの線条体には認められず、神経一酸化窒素シンターゼ (NOS)−陽性介在ニューロンも認められなかった。したがってArx蛋白質とニューロペプチドYの共発現を考慮に入れ、Arx蛋白質はニューロペプチドY陽性介在ニューロンの分化に関与すると結論した。さらに、ニューロペプチドY陽性介在ニューロンの欠如がArx遺伝子欠損マウスの新皮質と海馬において認められた。
【0061】
7)精巣におけるArx蛋白質発現細胞の性格付け
胎生14.5日でArx蛋白質の強発現が雄の性腺間質に認められたのに対し、雌の中腎近位の性腺領域では弱発現のみが観察された。ウォルフマン管とミュラー管では発現は検出できなかった。発達段階の雄の性腺間質はいくつかの異なる細胞型からなるため、免疫組織化学法によりArx蛋白質が発現するタイプを検討した。胎生 12.5日ではArx蛋白質は精細管周囲の筋様細胞、白膜、血管内皮細胞および白膜下に裏打ちしている細胞で検出された。このほか、Arx蛋白質は間質性線維芽細胞様細胞に発現した。一方、セルトリ細胞と生殖細胞の染色はいずれもほとんど検出できなかった。胎生14.5日で基本的に類似した染色プロファイルが精巣で得られた。しかし、非染色細胞が間質で明瞭に検出された。これらの細胞は精細管周囲の筋様細胞、内皮細胞、および線維芽細胞様細胞のいずれでもないため、本発明者らはステロイド産生ライディヒ細胞であると推測した。これを確認するため、ライディヒ細胞マーカーとしてよく用いられるステロイド産生遺伝子3β−HSD(Miller, Emdocin Rev 9, 295−318 (1988))の発現を検討した。Arx蛋白質と3β−HSDの分布は相互排除的であったことから、Arx蛋白質はライディヒ細胞では発現せず、むしろ周囲の間質細胞で発現することが示された。
【0062】
8)精巣分化異常
胎生14.5日での胎仔精巣において、野生型とArxX*Y 変異マウスのいずれの精巣でも精細管周囲の筋様細胞により精索が構築される。精索の内部構造を形成するセルトリ細胞と生殖細胞は、組織学的に正常であると考えられた。白膜と血管はほとんど影響を受けないように思われた。しかし、入念な観察から、Arx遺伝子欠損マウスの精巣には通常、間質の形成異常という特徴があり、主として豊富な細胞質を含有する細胞における有意な低下によると考えられることがわかった。その代わり、Arx遺伝子欠損マウスの精巣間質は主に線維芽細胞様細胞で占有されていた。新生仔Arx遺伝子欠損マウスの精巣でも同様の欠陥が観察された。また、Arx遺伝子欠損マウスの精巣のマーカー遺伝子発現についても検討した。胎生14.5日で胎仔性セルトリ細胞の特異的産物であるMISが野生型とArx遺伝子欠損マウス精巣の精索において明瞭に検出された。しかし、ライディヒ細胞マーカー3β−HSDの発現は、Arx遺伝子欠損マウスの精巣の間質部で著しく減少した。このことから、Arx遺伝子欠損マウスにみる影響にはばらつきがあるが、ライディヒ細胞の分化はある段階で阻害されると考えられた。通常ライディヒ細胞とセルトリ細胞の双方に発現するAd4BP/SF−1の発現プロファイルにより、さらに欠陥について確認した。このマーカー遺伝子は、野生型ではライディヒ細胞で強発現し、セルトリ細胞で弱発現するが(Hatanoら,Development 120, 2787−2797 (1994))、予測した通り、Arx遺伝子欠損マウスの精巣では強発現が認められなかったのに対して弱発現は維持された。
【0063】
9)なお、上記実験で抗体、組織学的分析、Brduラベリング、アポトーシス、器官培養、Arx遺伝子欠損マウス飼育は以下によった。
【0064】
(1)ポリクローナル抗体の作製
KLHと結合させたArx蛋白質のアミノ酸158−181(アミノ酸配列:LKISQAPQVSISRSKSYRENGAPFC (配列番号:18))に対応するペプチドをウサギに注射し、Arx 蛋白質に特異的なポリクローナル抗体を産生させた。
【0065】
(2)組織学的解析
固定した脳(Marinら, J. Neurosci. 20, 6063−6076 (2000))と精巣(Morohashiら, Mol. Endocrinol. 7, 1196−1204 (1993); Nomuraら, J. Biochem. 124, 217−224 (1998))の免疫組織化学染色を記載の通り実施した。基本的にKitamuraら (Mech. Dev. 67, 83−96 1997; Development 126, 5749−5758 (1999))とKawabeら (Mol. Endocrinol. 13, 1267−1284 (1999))の記載に従い、固定組織のin situハイブリダイゼーションとLacZ染色を実施した。DABとAP−Red基質キット (Zymed)をそれぞれ用いて、ペルオキシダーゼとアルカリホスファターゼによる比色反応を実施した。
【0066】
(3)BrdUラベリング
BrdU(2mg/妊娠マウス)を各分化ステージにおいて経腹腔に投与した。神経上非細胞のパルスラベルには、投与1時間後に胎仔を処置した。ラベルされた神経上皮細胞のチェースには胎生19.5日に処置した。野生型および変異型の大脳皮質のBrdU陽性細胞の分布を調べるために、連続組織切片(厚さ5μm)を作成し、BrdUを染色し、続いて全ての核がPI(プロピディウムイオダイド)で染色した。新皮質の脳室体の特定の領域でのBrdU陽性またはPI陽性細胞の数を数え、ラベル化インデックスを統計的に計算した。
【0067】
(4)アポトーシス
ApopTagプラスフルオレッセインインサイチューアポトーシス検出キット(INTERGEN)をメーカーの指示書に従って用いた。
【0068】
(5)器官培養
Andersonら (Science 278, 474−476 (1997); Neuron 19, 27−37 (1997))が記載している通り、器官培養を実施した。
【0069】
(6)ArxX*Y変異マウスの人工飼育
出産を遅らせるため胎生17日、18日、19日に0.15mg/dayで皮下にプロゲステロンを投与し、胎生20.5日に帝王切開した。野生型とArx遺伝子欠損マウスはそのあと、3日間マウス乳で人工飼育した。
【0070】
(実施例3) XLAG患者におけるヒトArx遺伝子の構造解析
ArxX*Y 変異マウスの前脳と精巣で観察される構造的および機能的欠陥ならびにXp22へのArxの染色体局在から、ArxがXLAGの妥当な候補遺伝子であることが確認された(Dobynsら, Am. J. Med. Genet. 86, 331−337 (1999); Ogata, Am. J. Med. Genet. 94, 174−176 (2000))。この可能性をヒトにおいて検討するため、XLAG患者8例およびXLAG患者を兄弟にもつ脳梁形成不全の少女1例についてArxのコード領域をシークエンスした。図1に示した通り、Arxは562個のアミノ酸をエンコードしている5つのエクソンからなる。一連のXLAG患者におけるArxのシークエンス解析で8つの突然変異が検出された(表1と図1)。
【0071】
【表1】
【0072】
Arx (AC002504)の5つのエクソンとフランキング領域のヌクレオチド配列を以下の通り決定した。表2に挙げたプライマー(上から各配列番号3〜17)を用いて、PCRによりゲノムDNAを増幅した。エクソンIIではG/C含有率が高いため、KOD−Plus−DNAポリメラーゼ (TOYOBO)を使用してプライマーARX2−5とARX2−3を用いて2ステップおよびステップダウンPCRにより増幅を実施した。シークエンシングにはエクソンIIを除き表2に挙げたプライマーを使用し、エクソンIIは3種類のforward−sequencingプライマー(ARX2−5−1, ARX2−5−2およびARX2−5−3)と2種類のreverse−sequencingプライマー(ARX2−3およびARX2−3−2)を用いてシークエンスした。
【0073】
【表2】
【0074】
患者1はエクソンIIの420−451bpが欠失しており、85個のアミノ酸の異常ペプチドを伴うN−末端140のアミノ酸からなる短縮蛋白質を来すことが予測される。患者2はエクソンIIの790bpにおいて単一塩基が欠失しており、これにより異常な60個のアミノ酸を伴うN−末端263のアミノ酸を有する短縮蛋白質を来すに至る。患者3および患者4はそれぞれ、995 (G995A)bpと1117(C1117T)bpに単一ヌクレオチドの置換がある。前者の突然変異はコドン332 (R332H)においてヒスチジンによるアルギニンの置換を招くのに対し、後者では373 (Q373X)での未熟終結の原因となる。患者3と患者4の母親はいずれも突然変異に関してヘテロ接合型であったのに対し、父親は正常であった。患者5はエクソンIVの1188bpにおいて単一塩基の挿入があり、N−末端396のアミノ酸に加えて134個のアミノ酸を含む短縮蛋白質を生ずる。患者6では、エクソンIとIIがPCRで増幅できなかったが、それ以外のエクソンはすべて正常であった。これはエクソンIとIIを含む大きな欠失があることを示唆しているが、切断点は未だ確認されていない。患者7には1372bpの単一ヌクレオチド欠失があり、4個の異常アミノ酸を伴うN−末端457のアミノ酸からなる短縮蛋白質を来す原因となる。最後に、患者8と患者9(兄弟)は1028bp (T1028A)に同一の単一ヌクレオチド置換があり、ロイシンからグルタミン (L343Q)へのアミノ酸置換をもたらす。この母親は突然変異に関してヘテロ接合型であったのに対し、父親と母方の祖父母は正常であった。患者3と患者8/9で確認された突然変異は、エクソンIIにおいて単一アミノ酸の置換を生じさせる。突然変異が良性多型である可能性を除外するため、健常者の100を超す対立遺伝子においてエクソンIIをシークエンスした。予測した通り、これらの突然変異のいずれも健常者では観察されなかった。さらに本発明者らは、健常者の20を超すArx遺伝子におけるすべてのエクソンの塩基配列を決定したが、多型を見いだすことはできなかった。
【0075】
以上からArx遺伝子の変異がヒトのXLAGを引き起こすことを確認した。本発明において、XLAG患者で8種類の異なる配列変化を確認した。Arx遺伝子はX染色体上にあるため、数名の母親は突然変異のヘテロ接合型保因者であろうと予測した。このため、患者3,4,6,7および8/9の親のArx遺伝子を調べた。患者3,4と8/9の母親は発端者と同一の突然変異を有することがわかり、これらの家族におけるX染色体連鎖性遺伝が裏づけられた。患者6と7の親は正常なArx遺伝子を有しており、このことから独立で生ずる突然変異が示唆された。
【0076】
全体として、ナンセンス突然変異1件(患者4)、フレームシフト突然変異4件(患者1,2,5と7)、ミスセンス突然変異2件(患者3と8/9)および大きな欠失1件(患者6)を認めた。2種類の短縮Arx蛋白質(患者5と7)はホメオドメインをもつが、prd様ホメオドメイン蛋白質に保存されるC−ペプチド (aristaless)ドメインは欠如している(Miuraら, 1997)。ドメインの機能は未だ不明であるが、我々の試験結果から生理的重要性が示される。さらに本発明者等は、R322HおよびL343Qというアミノ酸置換を引き起こす2種類のミスセンス突然変異を確認した。いずれのアミノ酸もホメオドメインにあり、prd様ホメオドメイン蛋白質内でよく保存されているため、その突然変異がDNA結合などの機能不全を生じさせると推測するのは妥当である。
【0077】
XLAGを対象として見い出した変異は蛋白質のホメオドメイン内での短縮化またはアミノ酸の置換であった。興味あることに、最近Arx蛋白質のいくつかのミスセンス変異(そのほとんどがポリアラニンの長鎖化であるが)がX連鎖幼児痙攣症候群(ISSX;ウエストシンドローム)とパーティントン症候群において報告されており (Stromme等 Natur Genet. 30, 441−445 (2002); Bienvenu等 Hum. Mol. Gen. 11, 981−991 (2002))、さらにみかけ上はX連鎖非症候群性精神遅滞(Bienvenu等 Hum. Mol. Gen. 11, 981−991 (2002))でも見られている。同様のポリアラニンの長鎖化は他のいくつかの転写因子においても観察されている(Brais等Nature Genet. 18, 164−167 (19989); Brown等 Hum. Mol. Genet 10, 791−796 (2001))。XLAGの子供はISSXやパーティントン症候群の患者より症状は重症で、脳とISSXやパーティントン症候群の患者にはない先天的な形成不全を伴っている。表現型でのこの顕著な差異は、ポリグルタミン長鎖化でも観察されている、ポリアミン長鎖化に伴う蛋白のアグリゲーションに起因する蛋白の構造上の差異によると説明できる(Zoghbi and Orr, Ann. Rev. Neurosci. 23, 217−247 (2000))。しかしながら、軽症な表現型の原因がポリアミン長鎖化だけに起因するということはできない。というのはエクソンVだけの3’側の欠失による短縮化と、ホメオボックス内での保存的ミスセンス変異(P353L)でもISSXが起こっている。前者では、精神遅滞を伴う間代性筋痙攣性癲癇からなる軽症の癲癇症候群であり、後者は痙攣症であるからである(Stromme等 Natur Genet. 30, 441−445 (2002); Bienvenu等 Hum. Mol. Gen. 11, 981−991 (2002))。さらに短縮化したArx蛋白を持つマウスはXLAGに似た表現型を示す。かくして、本発明者らはArx蛋白質の機能欠損はXLAG患者に見られる重症な表現型を引き起こすと結論した。
【0078】
【発明の効果】
本発明は、XLAG患者のArx遺伝子上に特有の変異が存在することを見出した。そして、Arx遺伝子上のXLAGに特有の変異がXLAGにおけるArx遺伝子変異の検査に有用であることを確認した。このことは、XLAGの遺伝子診断、また、その治療、新薬の研究において新規な展開を達成するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】健常人とXLAG患者におけるArx遺伝子を示す図である。上部はArx遺伝子のゲノム構造を示し、下図はArx蛋白質を示す。PCRとシークエンシングに用いたプライマーは矢印で示している。
【図2】健常人(Wild Type)に対する患者(P#2、P#3、P#5)の突然変異の位置を示す図である。
【図3】健常人(Wild Type)に対する患者(P#1〜5およびP#7〜9)の変化したヌクレオチド配列と置換したアミノ酸配列を示す図である。
【配列表】
【発明が属する技術分野】
本発明はX染色体連鎖性滑脳症に関連する変異を有するArx遺伝子、この変異遺伝子を利用したX染色体連鎖性滑脳症に関連する遺伝子変異の検査法、およびX染色体連鎖性滑脳症に関連する変異を有するアミノ酸配列を含むポリペプチド等に関する。具体的には、X染色体連鎖性滑脳症の患者に特異的に見られるArx遺伝子(aristaless related homeobox gene)が有する塩基配列中の変異、該変異によりArx蛋白質が有するアミノ酸配列に生じる変異、これらの変異の有無を指標とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異を検査する方法、該検査方法に利用されるDNA断片、該DNA断片を含む試薬キット、X染色体連鎖性滑脳症に特異的な変異Arx蛋白質と反応する抗体、さらにはX染色体連鎖性滑脳症特異的な変異を有するArx遺伝子を含む組換えDNA分子及びこれを含む形質転換体等に関する。
【0002】
【従来の技術】
X染色体連鎖性滑脳症(以下、これを「XLAG」と称することがある)は、1994年にBerry−KravisとIsraelにより新規のX染色体連鎖性滑脳症候群として報告され(Berry−KravisとIsrael, Ann. Neurol. 25, 90−92 (1994))、その後1999年Dobyns等により詳細に解析された(Dobyns et al., Am. J. Med. Genet. 86, 331−337 (1999))。その後引き続きいくつかの論文によりその表現型が確認されている(Ogata et al., Am. J. Med. Genet. 94, 174−176 (2000), Bonneau et al.,Ann. Neurol. 51, 340−349 (2002))。罹患患者はいずれも男性の遺伝子型を有しており、重症の先天性もしくは生後の小頭症、滑脳症、脳梁の形成不全、新生児期に発症した難治性癲癇、体温調節不全、慢性の下痢、および生殖器の形成不全ないし発達不全を伴っていた。XLAGにおける滑脳症は皮質の厚さがわずか6〜7mmであることから、LIS1遺伝子及びDCX遺伝子、あるいはRELNの変異による古典的な滑脳症(Reiner, et al., Nature 364, 717−721 (1993) ; des Portes, et al., Cell 92, 51−61 (1998) ; Gleeson, et al., Cell 92, 63−72 (1998) ; Hong, et al., Nature Genet. 26, 93−96 (2000))とは明らかに異なるものである。加えて、XLAGの大脳白質は古典的滑脳症と比較して非常に未成熟である。しかし、現在までXLAGと連関する遺伝子上の変異は検出されていなかった。
【0003】
一方、Arx遺伝子(aristaless related homeobox gene:aristaless関連ホメオボックス遺伝子)はX染色体連鎖性であり、マウス胎仔の場合、前脳、底板および精巣に発現する(Miura, H., et al., Mech. Dev. 65, 99−109 (1997))。しかし、該遺伝子の詳細な機能については未だ解明されていなかった。近年Arx遺伝子がX染色体連鎖性の精神遅滞と癲癇を伴う、1形態の原因遺伝子であることが報告されている(Stromme, P., et al., Nature Genet., 30, 441−445 (2002); Bienvenu, T., et al., Hum. Mol. Gen., 11,981−991 (2002))。これらの報告に見られる大部分の患者は、重度の精神遅滞や乳児期けいれんを含む強度の癲癇等の神経異常を示す点においてXLAGと類似するが、その症状は軽度であり、長期の生存を示す。他は癲癇を伴わないX連鎖精神遅滞とジストニア(失調症)を有している。XLAGに類似した脳や生殖器の奇形をもつものはいないことから、これらは表現型上異なる症候群を形成している。
【0004】
【本発明が解決しようとする課題】
本発明は、重篤な脳の構造および機能異常を示すX染色体連鎖性滑脳症 (XLAG)の明確な診断のための手段、およびXLAGの発症のメカニズムを解析するための手段を提供することを課題とする。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、前脳と精巣の形成におけるArx蛋白質の機能を明らかにするためArx遺伝子欠損マウスを作製した。該マウスは雄が致死性であり、その表現型がXLAGに酷似していた。つまり前脳における細胞増殖抑制とそれに伴う領域性の欠損を原因とする脳の小型化および精巣分化の異常が、Arx遺伝子欠損雄胎仔マウスで観察された。さらに神経節隆起と新皮質におけるGABA作動性介在ニューロンの異常な移動と分化も、Arx遺伝子欠損雄胎仔マウスで観察された。この結果から、生殖器異常を伴うXLAGの臨床的特徴をモデル動物において一部再現することに成功した。本発明者らはこの知見を基礎にXLAGの患者のArx遺伝子を解析したところ、9検体の全てにおいてそのArx遺伝子に変異を見出した。本発明はこられの知見に基づいて成し遂げられたものである。
【0006】
つまり本発明は、以下からなる発明を提供する。
1.Arx遺伝子が有する塩基配列中のX染色体連鎖性滑脳症に特有の変異の有無を指標にすることを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法。
2.変異が、Arx遺伝子中のエクソンII〜IVの何れか一に存在し、かつ該変異により3’側のトリプレットコドンの読み枠に変異が生じる前項1の検査方法。
3.変異が、Arx遺伝子中のエクソンII〜IVの何れか一に存在し、かつ該変異により終止コドンとなる前項1の検査方法。
4.変異が、以下の少なくとも一から選択される前項1〜3の何れか一に記載の検査方法。
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番が欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番が欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)上記(3)の塩基番号1117番の置換がシトシンからチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)上記(9)の塩基番号995番の置換がグアニンからアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)上記(11)の塩基番号1028番の置換がチミンからアデニンに置換しているもの
5.変異が、少なくとも一つのアミノ酸レベルでの置換をもたらす請求項1の検査方法。
6.変異が、以下の少なくとも一から選択される前項5の検査方法。
(1)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番をコードする塩基配列に変異があるもの
(2)上記(1)のアミノ酸番号332番のアルギニンがヒスチジンに置換しているもの
(3)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番をコードする塩基配列に変異があるもの
(4)上記(3)のアミノ酸番号343番のロイシンがグルタミンに置換しているもの
7.前項1〜6の何れか一に記載の方法に用いられる検査用DNA断片であって、X染色体連鎖性滑脳症に特有の変異を基礎にして設計された検査用DNA断片。
8.ポリメラーゼチェインリアクションに用いられるプライマーである前項7のDNA断片。
9.配列番号1に示す塩基配列の塩基番号420〜451、790、995、1028、1117、1188、1372番、エクソンIおよび/またはエクソンIIの少なくとも一を含むDNA断片を増幅できることを特徴とする前項8のDNA断片。
10.配列番号3〜17の少なくとも一に表された塩基配列を含む前項8のDNA断片。
11.配列表の配列番号3〜17に記載の塩基配列と相補配列からなるもの、配列番号3〜17に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズしうる配列からなるもの、これらの配列または配列番号3〜17に表される塩基配列のうち1ないし数個の塩基が置換、欠失、挿入もしくは付加された塩基配列の少なくとも一を含む前項9のDNA断片。
12.前項7〜11の何れか一に記載のDNA断片を含むX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異検査用試薬キット。
13.Arx遺伝子である配列番号1の塩基配列を含み、かつ該配列中に以下の少なくとも一の変異を有するポリヌクレオチド;
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番の欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番の欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)上記(3)の塩基番号1117番の置換がシトシンからチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)上記(9)の塩基番号995番の置換がグアニンからアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)上記(11)の塩基番号1028番の置換がチミンからアデニンに置換しているもの
14.前項13の少なくとも一の塩基配列によりコードされるポリペプチド。
15.前項14に記載のポリペプチドと反応するが、健常人のArx蛋白質とは反応しないことを特徴とする抗体。
16.前項14に記載のポリペプチドが有するアミノ酸配列をコードする塩基配列又は前項13に記載のポリヌクレオチドが有する塩基配列を含む組み換え用DNA分子、及びこれの何れか一を含む形質転換体。
17.X染色体連鎖性滑脳症患者のArx遺伝子が有する塩基配列を解析し、健常者の配列と異なる部分を同定することを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法に用いられる変異箇所の同定方法。
18.Arx遺伝子が有する塩基配列中の前項17に記載の方法により同定された変異の有無を指標とすることを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子上の変異の検査方法。
【0007】
【発明の実施の形態】
(1)Arx遺伝子解析
本発明の1は、XLAGの可能性のある個体から、Arx遺伝子を含むDNAを抽出し、該Arx遺伝子が有する塩基配列中のX染色体連鎖性滑脳症に特有の変異を検出することを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検出方法、すなわちXLAGの遺伝子診断方法である。
XLAGの可能性のある個体とは、XLAGが発症する家系にある個体が挙げられる。具体的には、ヒトで該家系にある女性や、男性であることが判明した胎児等が挙げられる。Arx遺伝子は、Miura, et al.,(Mech. Dev. 65,99−109(1997))に記載のとおり前脳、底板および精巣に発現する遺伝子であり、マウス(Genbank accession No.AB006103)、ヒト(ゲノム:Genbank accession No. AC002504、cDNA:AY038071)およびゼブラフィッシュ(Genbank accession No.AB006104)等でクローニングされている。具体的にはヒトのArx遺伝子のcDNA配列について配列表の配列番号1、また配列番号2にアミノ酸配列を示した。
【0008】
XLAG患者のArx遺伝子(aristaless関連ホメオボックス遺伝子)が有する塩基配列中における変異を指標にし、健康人配列との差異を分析すれば、XLAG(X染色体連鎖性滑脳症)に関連するArx遺伝子上の変異の検査を可能とする。変異は、後述する塩基配列、アミノ酸配列における変異が明瞭なXLAGに関連するArx遺伝子の変異と推定できるが、これら以外にも、Arx遺伝子の上記の解析により同定されるXLAG特有の変異はかなりの確かさでXLAGとの関連が推定可能である。そして、少なくとも既知の1)X染色体連鎖性幼児痙攣症候群、2)パーティントン症候群、3)X染色体連鎖性非症候群性精神遅滞での変異とは区別することで、より確かさをもってArx遺伝子の変異とXLAGの関連が推定可能である。
【0009】
検査における指標としては、例えば以下における変異等が挙げられる。変異が、Arx遺伝子中のエクソンII〜IVの何れか一に存在する置換・欠失・挿入・付加の何れかである場合。そしてこの変異が、該変異により3’側のトリプレットコドンの読み枠に変異が生じる場合。さらにこれらの変異が、該変異により終止コドンとなる場合等である。
具体的な変異マーカーとしては、例えば以下のものが挙げられる。
【0010】
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番の欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番の欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番のシトシンがチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番のグアニンがアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番のチミンがアデニンに置換しているもの
【0011】
さらに、具体的な変異のうち少なくとも一つのアミノ酸レベルでの変異をもたらす場合としては以下がある。
(1)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番に変異があるもの
(2)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番のアルギニンがヒスチジンに置換しているもの
(3)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番に変異があるもの
(4)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番のロイシンがグルタミンに置換されているもの
【0012】
上記したArx遺伝子のXLAG特有の変異の検査方法としては、(1)XLAGの可能性のある個体からDNAを精製し、(2)該DNAのArx遺伝子をそれ自体既知の通常用いられる方法によって解析することによって行うことができる。
XLAGの可能性のある個体から精製するDNAは、Arx遺伝子を含むものであれば如何なるものであってもよく、ゲノムDNAでもcDNAでもよい。ここで、cDNAを取得するためには、Arx遺伝子が発現している限られた組織を得る必要があるため、ゲノムDNAが好ましく用いられる。DNAを精製するために上記個体から取得される生体試料としては、生体から取得することが容易であり、Arx遺伝子を含むDNAを含有するものであれば如何なるものであってもよい。具体的には、血液に含まれる白血球細胞や、毛髪、生体材料組織、手術切除組織が用いられる。また、出生前の個体の場合には羊水中の胎児由来の細胞、絨毛、血液、皮膚、肝細胞、母体血液中の胎児由来細胞、あるいは母体子宮腔内のフラッシング溶液中の胎児由来細胞等が用いられる。このうち、羊水中の細胞はほとんどが死滅しているので、培養を行い、培養細胞を生体試料として用いる。これらの生体試料からのDNAの取得は、それ自体既知の通常用いられる方法を用いて行うことができる。
【0013】
かくして得られたDNAについて、Arx遺伝子上の上記した変異を解析する方法としては、Nollau, et al., Clin. Chem., 43, 1114−1120(1997)、「突然変異検出のための研究室プロトコル」(Landegren, U., et al., Oxford UniversityPress(1996))、および「PCR」第2版(Newton, et al., BIOS Scientific Publishers Limited(1997))等に記載されている通常用いられる手段が適用できる。具体的には、例えばA)PCR断片シークエンシング法、B)一本鎖高次構造多型法(SSCP法:Orita, M. et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 86(8), 2766−2770(1989))、C)ヘテロ二本鎖変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE法:Sheffield, V. C., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 86(1), 232−236(1989))、D)インベーダー法(Griffin, T. J., et al., Trend Biotech, 18, 77(2000))、E)SniPerTM法(Amersham pharmacia biotech)、F)タックマンPCR法(Livak, K. J., Genel. Anal., 14, 143(1999); Morris, T., et al., J. Clin. Microbiol., 34, 2933(1996))、G)MALDI−TOF/MS法(Griffin, T. J., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 96(11), 6301−6(1999))、H)制限酵素長多型解析法(RFLP:Murray, J. C., et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 80(19), 5951−5955(1983))、I)DNAチップハイブリダイゼーション法(Kokoris, K.,etal., J. Med. Genet., 36, 730(1999))、J)Masscode TM法(Qiagen Genomics)等に例示される公知の方法から選択され得るが、これらに限定されるものではなく、遺伝子変異を検出する方法であれば、あらゆる手段を適用することができる。
【0014】
このうち、例えば、A)PCR断片シークエンシング法は、取得したDNAを鋳型として、Arx遺伝子の上記の変異を含む断片をPCRにより増幅した後に、これを適当な方法によりシークエンシングして変異の有無を解析する方法である。具体的には、例えば配列番号1の塩基番号790が欠失している変異については、実施例に示すとおり、配列番号8と配列番号6に記載の塩基配列を有するプライマーを用いたPCRにより増幅した断片をシークエンスして790番の塩基が欠失しているか否かを解析する。ここで、用いられるプライマーとしては、Arx遺伝子の上記の変異部分を含むDNA断片を増幅し得るものが用いられる。具体的には、例えばヒトArx遺伝子の全てのエクソンを増幅し得るプライマーとして、配列番号3〜17に記載のものが挙げられる。
【0015】
また、I)DNAチップハイブリダイゼーション法においては、例えば、Arx遺伝子の上記変異部分を含む5〜10ベースの塩基配列に相補的な塩基配列を有するポリヌクレオチドをガラス基盤などに固定した後に、取得したDNAを適当な蛍光物質などで標識してこれに接触させ、ハイブリダイズした場合、変異を有すると判断することができる。ここで、基盤に固定化するポリヌクレオチドとしては、Arx遺伝子の上記変異部分を含む塩基配列、または上記変異部分に4種のアリルを有する配列に相補的な配列を有するものが用いられる。
【0016】
G)MALDI−TOF/MS法においては、取得したDNAのArx遺伝子の上記変異を有する塩基配列の1塩基隣の塩基までを有する適当な長さのポリヌクレオチドをPCRなどにより増幅し、これに変異部分が伸長されるようなプライマーを用いてプライマーエクステンションを行い、この前後の分子量をマススペクトルなどを用いて解析し、野生型と異なる分子量を示した場合、変異を有すると判断することができる。ここで用いられるプライマーは、Arx遺伝子の上記変異の1塩基程度隣接する塩基配列からなるDNA断片に対し、変異部分を伸長し得る配列を有するものが用いられる。
【0017】
本発明には、Arx遺伝子の上記変異を検出するために、変異を基礎にして設計された上記方法で用いられる全てのポリヌクレオチド、プライマー、あるいはプローブなどが含まれる(本明細書中では、これらを「検査用DNA断片」と称することがある)。また、これらの検査用DNA断片には、必要であれば適当な蛍光物質などにより修飾したものも含まれる。
【0018】
本発明においては、上記変異に関する情報をもとに、既知遺伝子変異検出手段と組み合わせ、さらに各検出手段所望の検出試薬と前記選択される検査用DNA断片等を組合わせれば、好適なX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子上の変異の検査用試薬キットが提供される。
【0019】
(2)Arx遺伝子のXLAG特有の変異を有するポリヌクレオチドおよび該ポリヌクレオチドによりコードされるポリペプチド、並びに組み換え蛋白質
上記(1)の検査法により指標とされる変異を有するArx遺伝子であるポリヌクレオチド(以下、これを「変異Arxポリヌクレオチド」と称することがある)は、これを用いて通常のDNA組換え法を行うことにより組換えポリペプチド(以下、これを「変異Arxポリペプチド」と称することがある)を調製することができる。該ポリヌクレオチドは、XLAGの患者が生体内に有しているArx蛋白質と同様のものである可能性が極めて高いため、XLAGの研究に非常に有用である。
変異Arxポリヌクレオチドとしては、ヒトの配列として、配列番号1に記載の塩基配列において、上記(1)の検査法により指標とされる変異を有するものが挙げられる。具体的な変異としては、例えば、以下のものが挙げられる。
【0020】
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番の欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番の欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番のシトシンがチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番のグアニンがアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番のチミンがアデニンに置換しているもの
【0021】
さらに、具体的な変異のうち少なくとも一つのアミノ酸レベルでの変異をもたらす場合としては以下がある。
(1)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番に変異があるもの
(2)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番のアルギニンがヒスチジンに置換しているもの
(3)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番に変異があるもの
(4)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番のロイシンがグルタミンに置換されているもの
【0022】
このようなポリヌクレオチドとしては、Arx遺伝子の全長を含むものに限らず、少なくとも1つの上記変異を有するものであれば如何なるものでもよい。また、これらのポリヌクレオチドは、XLAGの個体から上記(1)に記載した方法により取得したDNAからPCRなどの方法により調製したものでもよいし、野生型のArx遺伝子を有する個体から取得したDNAにそれ自体既知の通常用いられる方法により変異を導入して作製することもできる。さらには、化学合成により取得することもできる。
上記変異Arxポリヌクレオチドは、これを含む組換えベクターを作製し、これを適当な宿主に導入し、該導入宿主を適当な条件下で培養した培養物から組み換え蛋白質を抽出する方法等が挙げられる。組み換え蛋白質を発現するためのベクターとしてはこれを導入する宿主内で変異Arxポリヌクレオチドまたはそれを含むポリヌクレオチドが発現されるものであれば特に制限はないが、通常宿主に適したプロモーターが挿入されている市販の蛋白質発現ベクターを用いる。また、プラスミドベクター、ファージベクターともに使うことができる。
【0023】
具体的には、ZAP Express(ストラタジーン社製)、pSVK3(アマシャムファルマシアバイオテク社製)、pEGFP−C1(クロンテック社製)等が挙げられる。また、pMKITNeo(丸山和夫、細胞工学別冊8,新細胞工学実験プロトコール、p.259,
秀潤社、(1993))等も好ましく用いられる。
【0024】
変異Arx ポリヌクレオチドを発現させるためのプロモーターとしては、宿主が保有するプロモーターを一般に用いることができるが、これに限られるものではなく、具体的には宿主微生物が大腸菌の場合にはT3、T7、tac、lacプロモーター等を用いることができ、酵母の場合にはnmt1プロモーター、Gal1プロモーター等が挙げられる。また動物培養細胞の場合にはSV40プロモーター、CMVプロモーター等が挙げられる。またほ乳類由来のプロモーターが機能可能な宿主を用いる場合には、変異Arxポリヌクレオチドに固有のプロモーターを用いることもできる。
【0025】
これらのベクターへの変異Arxポリヌクレオチドの挿入は、該ポリヌクレオチドまたはこれを含むDNA断片をベクター中のプロモーターの下流にプロモーターの制御下におかれるように連結して行う。また、プロモーターと変異Arxポリヌクレオチドとの間にコザック配列(Kozak, M., Gene, 234, 187, (1999))を挿入したり、変異Arxポリヌクレオチドの下流にタグとなるポリペプチドをコードするDNAを挿入した構造を有するベクターも好ましく用いられる。タグとなるポリペプチドとしては特に制限はないが、例えば、FLAGタグ(BioTechniques,
7, 580, (1989))等が挙げられる。
【0026】
このようにして得られた本発明の組換えベクターは、リン酸カルシウム法(Science, 221, 551(1983))、DEAEデキストラン法(Science, 215, 166(1982))、電気パルス法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 81, 7161(1984))、インビトロパッケージング法(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 72, 581(1975))、ウィルスベクター法(Cell, 37, 1053(1984))、あるいはリポフェクション法(Lipofection Reagent(GibcoBRL社製))等によって適当な宿主に導入される。
【0027】
このとき、該組み換えベクターを導入する宿主としては、該ベクターが体内で複製可能であり、かつ変異Arxポリヌクレオチドがコードする蛋白質が生成されるものであれば特に限定されないが、例えば大腸菌、酵母、バキュロウィルス(節足動物多角体ウイルス)−昆虫細胞、動物細胞等が挙げられる。具体的には、大腸菌ではBL21、XL−2Blue(ストラタジーン社製)等、酵母では例えばSP−Q01(ストラタジーン社製)等、バキュロウィルスでは例えばAcNPV(J. Biol. Chem., 263, 7406(1988))とその宿主であるSf−9(J. Biol. Chem., 263, 7406(1988))等が挙げられる。また動物細胞としてはマウス繊維芽細胞C127(J. Viol. , 26, 291(1978))やチャイニーズハムスター卵巣細胞CHO(Proc. Natl. Acad. Sci. USA, 77, 4216(1980))やアフリカミドリザル腎臓由来COS−7(ATCC CRL1651:アメリカン タイプ カルチャー コレクション)等が挙げられる。
【0028】
上記したような組み換えベクターを用いる発現方法の他に、プロモーターを連結した変異Arxポリヌクレオチドを宿主の染色体中に直接挿入する相同組換え技術(A. A. Vertes et al., Biosci. Biotechnol. Biochem., 57, 2036(1993))、あるいはトランスポゾンや挿入配列(A. A. Vertes et al., Molecular Microbiol., 11, 739(1994))等を用いて発現させることができる。
【0029】
組み換えベクターを導入した導入体は、それぞれに適した培地により培養される。培地中には該形質転換体の生育に必要な炭素源、窒素源、無機物、ビタミン、血清および耐性スクリーニングに用いられる薬剤などが含有される。具体的には、形質転換体の宿主が大腸菌の場合には、例えばLB培地(ナカライテスク社製)等、酵母の場合には、YPD培地(Genetic Engineering, 1, 117, Plenum Press(1979))等、宿主が昆虫細胞および動物細胞の場合は、20%以下のウシ胎仔血清を含有するHam−12培地、MEM培地、DMEM培地、RPMI1640培地(SIGMA社製)等を挙げることができる。また、培養は通常温度20℃〜45℃、CO2濃度2〜10%の範囲で行うことが好ましい。培養時間は、宿主及び組み換えベクター等によって適宜選択することができるが、好ましくは12〜80時間である。さらに、必要に応じて通気、攪拌が行われる。これら以外の培地組成あるいは培養条件下でも導入宿主が生育し、挿入された変異Arxポリヌクレオチドがコードする蛋白質が生成されればいかなるものであってもよい。
【0030】
このようにして培養された導入体の回収方法は、例えば宿主が細胞である場合には、培養物を遠心分離等により細胞を分離した後、細胞体あるいは培養上清として回収する方法等が用いられる。回収された細胞体からの組み換え蛋白質の抽出方法としては、それ自体既知の通常用いられる方法が挙げられるが、例えば、細胞をリン酸バッファー(Phosphate Buffered Saline:PBS)に懸濁した後に、等量のサンプルバッファー(0.25M Tris−HCl(pH6.8)、4% sodium dodecyl sulfate(SDS)、20% glycerol、10% β−mercapto ethanol(2−ME)、0.2% bromophanol blue(BPB))を添加して98℃で1〜10分間ボイルする方法等が挙げられる。
【0031】
また、上記変異Arxポリヌクレオチドは、公知の無細胞蛋白質合成系等によっても組み換え蛋白質を調製することができる。無細胞蛋白質合成系に用いられる細胞抽出液として具体的には、大腸菌等の微生物、植物種子の胚芽、ウサギ網状赤血球等の細胞抽出液等、既知のものが用いられる。これらは市販のものを用いることもできるし、それ自体既知の方法、具体的には大腸菌抽出液は、Pratt, J. M. et al., Transcription and Tranlation, Hames, 179−209, B. D. & Higgins, S. J., eds, IRL Press, Oxford(1984)に記載の方法等に準じて調製することもできる。
【0032】
市販の細胞抽出液としては、大腸菌由来のものは、E.coli S30 extract system (Promega社製)とRTS500 Rapid Tranlation System(Roche社製)等が挙げられ、ウサギ網状赤血球由来のものはRabbit Reticulocyte Lysate System(Promega社製)等、さらにコムギ胚芽由来のものはPROTEIOSTM(TOYOBO社製)等が挙げられる。
【0033】
抽出された蛋白質は、SDS−ポリアクリルアミドゲル電気泳動等により分離し、適当な染色試薬、例えば、クマシーブリリアントブルー(CBB)等によりゲルを染色することにより確認することができる。また、後述する本発明の蛋白質の抗体との結合性を解析することによってもその発現状態を確認することができる。
【0034】
かくして得られる蛋白質が遊離体で得られた場合には、公知の方法あるいはそれに準じる方法によって塩に変換することができ、逆に塩で得られた場合には遊離体または他の塩に変換することができる。この様な塩も本発明の蛋白質に含まれる。また、上記した導入宿主が産生する蛋白質を、精製前または後に適当な蛋白質修飾酵素を作用させることにより、任意に修飾を加えたり、ポリペプチドを部分的に除去することにより修飾蛋白質とすることができる。これらの修飾蛋白質も(1)に記載したXLAG特有の変異を有するArxポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドである限り本発明の範囲に含まれる。
【0035】
(3)抗変異Arxポリペプチド抗体
(1)に記載したXLAG特有の変異を有するArxポリヌクレオチドにコードされるポリペプチドが有するアミノ酸配列のうち、野生型と異なる部分を抗原とすることにより、変異Arxポリヌクレオチドと反応するが、健常人のArx蛋白質とは反応しないことを特徴とする抗変異Arxポリペプチド抗体を調製することができる。
【0036】
抗変異Arxポリペプチド抗体の調製方法としては、通常用いられる公知の方法を用いることができる。抗原として用いられるポリペプチドは、(1)に記載したXLAG特有のアミノ酸配列の変異箇所を含む部分ペプチドが用いられる。
【0037】
上記の抗原として用いるポリペプチドは、公知の方法に従って合成した合成ペプチドでも、また本発明の変異Arx蛋白質そのものを用いることもできる。抗原となるポリペプチドは、公知の方法に従って適当な溶液等に調製して、哺乳動物、例えばウサギ、マウス、ラット等に免疫を行えばよいが、安定的な免疫を行ったり抗体価を高めるために抗原ペプチドを適当なキャリア蛋白質とのコンジュゲートにして用いたり、アジュバント等を加えて免疫を行うのが好ましい。
【0038】
免疫に際しての抗原の投与経路は特に限定されず、例えば皮下、腹腔内、静脈内、あるいは筋肉内等のいずれの経路を用いてもよい。具体的には、例えばBALB/cマウスに抗原ポリペプチドを数日〜数週間おきに数回接種する方法等が用いられる。また、抗原の摂取量としては、抗原がポリペプチドの場合0.3〜0.5mg/1回程度が好ましいが、ポリペプチドの種類、また免疫する動物種によっては適宜調節される。
【0039】
免疫後、適宜試験的に採血を行って固相酵素免疫検定法(以下、これを「ELISA法」と称することがある)やウエスタンブロッティング等の方法で抗体価の上昇を確認し、十分に抗体価の上昇した動物から採血を行う。これに抗体の調製に用いられる適当な処理を行えばポリクローナル抗体を得ることができる。具体的には、例えば、公知の方法に従い血清から抗体成分を精製した精製抗体を取得する方法等が挙げられる。抗体成分の精製は、遠析、イオン交換クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー等の方法を用いることができる。
【0040】
また、該動物の脾臓細胞とミエローマ細胞とを用いて公知の方法に従って融合させたハイブリドーマを用いる(Milstein, et al., Nature, 256, 495(1975))ことによりモノクローナル抗体を作製することもできる。モノクローナル抗体は、例えば以下の方法により取得することができる。
【0041】
まず、上記した抗原の免疫により抗体価の高まった動物から抗体産生細胞を取得する。抗体産生細胞は、形質細胞、及びその前駆細胞であるリンパ球であり、これは個体の何れから取得してもよいが、好ましくは脾臓、リンパ節、末梢血等から取得する。これらの細胞と融合させるミエローマとしては、一般的にはマウスから得られた株化細胞、例えば8−アザグアニン耐性マウス(BALB/c由来等)ミエローマ細胞株であるP3X63−Ag8.653(ATCC:CRL−1580)とP3−NS1/1Ag4.1(理研セルバンク:RCB0095)、あるいはP3X63−Ag8.653由来のハイブリドーマSP2/0−Ag14 (ATCC:CRL−1581)等が好ましく用いられる。細胞の融合は、抗体産生細胞とミエローマ細胞を適当な割合で混合し、適当な細胞融合培地、例えばRPMI1640やイスコフ改変ダルベッコ培地(IMDM)、あるいはダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)等に、50%ポリエチレングリコール(PEG)を溶解したもの等を用いることにより行うことができる。また電気融合法(U. Zimmer− mann. et al., Naturwissenschaften, 68, 577(1981))によっても行うことができる。
【0042】
ハイブリドーマは、用いたミエローマ細胞株が8−アザグアニン耐性株であることを利用して適量のヒポキサンチン・アミノプテリン・チミジン(HAT)液を含む正常培地(HAT培地)中で5%CO2、37℃で適当時間培養することにより選択することができる。この選択方法は用いるミエローマ細胞株によって適宜選択して用いることができる。選択されたハイブリドーマが産生する抗体の抗体価を上記した方法により解析し、抗体価の高い抗体を産生するハイブリドーマを限界希釈法等により分離し、分離した融合細胞を適当な培地で培養して得られる培養上清から硫安分画、アフィニティクロマトググラフィー等の適当な方法により精製してモノクローナル抗体を得ることができる。また精製には市販のモノクローナル抗体精製キットを用いることもできる。さらには、免疫した動物と同系統の動物、またはヌードマウス等の腹腔内で上記で得られた抗体産生ハイブリドーマを増殖させることにより、本発明のモノクローナル抗体を大量に含む腹水を得ることもできる。
【0043】
かくして取得される抗変異Arxポリペプチド抗体は、エピトープとした部分ポリペプチドまたは変異Arx蛋白質には反応するが、健常人から得られる野生型のArx蛋白質には反応しないことを上記のELISAなどで確認することにより本発明の抗変異Arxポリペプチド抗体として取得される。
【0044】
また、本発明の蛋白質としてヒト由来のものを取得した場合には、かかるポリペプチド、あるいはその部分ペプチドを抗原として、ヒト末梢血リンパ球を移植したSevere combined immune deficiency(SCID)マウスに上記した方法と同様にして免疫し、該免疫動物の抗体産生細胞とヒトのミエローマ細胞とのハイブリドーマを作製することによってもヒト型抗体を作製することができる(Mosier, D. E., et al. Nature, 335, 256−259 (1988); Duchosal, M. A., et al., Nature, 355, 258−262 (1992)。
【0045】
また、取得したヒト型抗体を産生するハイブリドーマからRNAを抽出し、目的のヒト型抗体をコードする遺伝子DNAをクローニングして、この遺伝子DNAを適当なベクターに挿入し、これを適当な宿主に導入して発現させることにより、さらに大量にヒト型抗体を作製することができる。ここで、抗原との結合性の低い抗体は、それ自体既知の進化工学的手法を用いることによりさらに結合性の高い抗体として取得することもできる。一価性抗体等の部分フラグメントは、例えばパパイン等を用いてFab部分とFc部分を切断し、アフィニティカラム等を用いてFab部分を回収することによって作製することができる。
【0046】
かくして得られる本発明の蛋白質と特異的に結合する抗体は、本発明の蛋白質に特異的に結合することによってXLAGの発症メカニズムの解明等に有用である。
【0047】
【実施例】
以下、実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0048】
(実施例1)Arx遺伝子欠損マウスの作製
Arx蛋白質の発現を抑制するため、LacZ遺伝子を挿入してArx遺伝子のエクソンIIを分断し、Arx遺伝子欠損マウスを作製した。
Arx遺伝子のcDNAをプローブとして用いて、マウスArx遺伝子を129SVjマウスゲノムライブラリー (Stratagene)からクローン化した(Miuraら, Mech.Dev.65,99−109 (1997))。5種類の独立したゲノムクローンを単離し、シークエンス解析でエクソン/イントロン構造を確認した。ターゲティングベクターの構築にはレポーター遺伝子カセットIRES−LacZを使用した。Arx蛋白質の翻訳終結を生じさせる停止コドンをIRESの前に挿入した。ホメオボックスのArtII部位の3’−位置にあるSTOP−IRES−LacZカセットと4.5kb ArtII−PstIフラグメントおよびpKJ2のEcoRI−XhoIフラグメントをライゲートし、pBluescriptIIにサブクローン化した。さらに、ホメオボックスのArtII部位の5’−位置にある2.5kb HindII−ArtIIフラグメントとTK遺伝子カセットをこの順序でコンストラクトに挿入した。
【0049】
(ES細胞トランスフェクション、スクリーニングおよびArxX*Y変異マウスの作製)
標的ES細胞を得るため、129/Sv由来ES細胞系E14TG2aにおいてポジティブ−ネガティブセレクション法を用いた。ターゲットベクターに含まれるゲノム配列とNeoの外側に5’プローブと3’プローブを用いて、サザンブロットのパターンによりESコロニーをスクリーニングした。その結果、300クローンのうち22のESクローンに相同的組換えが起こったことがわかった。陽性ESクローンをC57BL胚盤胞にインジェクトし、偽妊娠している雌レシピエントに移植した。その結果得られたキメラマウスをC57BLの雌と交配した。ターゲットArx遺伝子座のトランスミッションは、サザンブロットのパターンから確認した。以下の分析に用いたArxX*Y変異マウス(X*はArx遺伝子が欠損したX染色体を示す;以下、これを「Arx遺伝子欠損マウス」と称することがある)は、F2 ArxX*YマウスとF2 ArxXYマウスの交雑より得た。2つの独立した標的ES細胞系由来のArxX*Y半接合体は、区別のつかない表現型を示した。
【0050】
ArxX*Xヘテロ接合型雌マウスとArxXY野生型雄マウスとの交配により、標準的なメンデル率に従った4種類のゲノム型マウス(ArxXX:ArxX*X:ArxXY:ArxX*Y)が誕生した。ArxX*Y半接合型の突然変異雄マウスは、生後半日以内、胎生19.5日に死亡した。ArxX*Y変異の新生仔マウス脳は野生型に比べて小さかった。Arx遺伝子欠損マウスの嗅球は小さく異常な形状を呈していた。また、新生仔Arx遺伝子欠損マウスの精巣のサイズも野生型に比べて小さかったのに対し、Arx遺伝子欠損マウス精巣の精細管直径は大きかった。同様に、精嚢の形成不全、ウォルフ管の派生物が観察された。外性器、精巣上体および精管などの生殖管ではこれ以外の明白な差は観察されなかった。生後の脳の発達の研究の為、プロジェステロンの投与により分娩を遅らせ、帝王切開にて胎生20.5日で胎仔を回収した。生まれた変異個体は3日間人工飼育して生後3日(P3hf)で解析した。
【0051】
ArxX*Xヘテロ接合型雌マウスはやや肥満傾向にあるが、生殖可能であった。胎仔脳の組織学的所見では、頭部腹側中央部の視床に形成不全がある以外は、正常であった。本検討では、ArxX*Y変異マウスにおける、脳の小型化、大脳皮質におけるGABA作動性介在ニューロンの移動と分化、神経節隆起および精巣分化に焦点を当てた。その結果、前脳における細胞増殖抑制とそれに伴う領域性の欠損を原因とする脳の小型化が、X染色体連鎖性Arx遺伝子欠損雄胎仔マウスで観察された。さらに神経節隆起と新皮質におけるGABA作動性介在ニューロンの異常な移動と分化も、X染色体連鎖性Arx遺伝子欠損雄胎仔マウスで観察された。精巣分化にもまた異常がみられた。こうした結果は、生殖器異常を伴うX染色体連鎖性滑脳症 (XLAG)の臨床的特徴を一部再現するものであることを確認できた。
【0052】
(実施例2) Arx遺伝子欠損マウスの特徴の解析
1)新皮質における神経上皮細胞の増殖抑制とほぼ正常な移動
Arx蛋白質の発現が胎生12.5日、で背側終脳(大脳皮質および海馬)、大脳基底部(内側方神経節隆起(MGE)および側方神経節隆起(LGE))、隆起視床および腹側視床において認められた( MiuraらによるArx遺伝子の発現パターン, Mech. Dev. 65, 99−109 (1997))。ArxX*Y変異マウスはArx遺伝子が発現しているそれぞれの領域において異常な形態を持っていた。
本発明者等は脳の小型化の原因を調べるため、まず大脳皮質における細胞増殖と視床の中の領域欠損について解析した。その結果、Arx遺伝子欠損マウスの皮質板(CP)は野生型のそれに比べ胎生19.5日では薄かった。
新皮質の脳室体(VZ)中の神経上皮細胞の増殖を調べる為に、胎生12.5日でのBrdU一回投与の実験を行い、側方大脳皮質について解析した。その結果、野生型と変異型の側方新皮質の脳室体のラベリングインデックス(LI)はそれぞれ43.1±4.2%と38.8±3.0%であった。野生型と変異型の新皮質の脳室体のarbitrary unitの中でのBrdU陽性細胞数は243±7と193±15であった。野生型と変異型の胎生12.5日における新皮質の脳室体のラベリングインデックスおよびBrdU細胞数に関しては統計学的には有為差があるが、その差は小さかった。
そこで新皮質の脳室体における神経上皮細胞の増殖を、胎生14.5日と胎生18.5日で調べた。胎生14.5日における野生型と変異型の側方新皮質の脳室体のラベリングインデックスは各々58.6±7.6%および36.6±4.0%であった。さらに野生型と変異型の新皮質の脳室体のarbitrary unitの中でのBrdU陽性細胞数は345±23および230±37であった。そして変異型の新皮質の脳室体は野生型に比べ薄かった。胎生18.5日では野生型と変異型の側方新皮質の脳室体のラベリングインデックスに類似の違いはなかった。胎生14.5日と18.5日での変異型大脳皮質に、変異型に特異なアポトーシスは検出されなかった。一方、変異型脳室下領域のP3hfにおいて散発的にこれが見られた。これらの知見は、変異型での胎生期マウスの薄い大脳皮質は活性化アポトーシスに依存するというよりは、むしろ変異型の大脳皮質、とくに側方大脳皮質の全体的な新皮質の脳室体中の神経上皮細胞の増殖の減少(非加速型)によることを示唆している。
【0053】
Arx遺伝子欠損マウスにおける皮質の層形成を調べる目的で、BrdU/一回投与/追跡実験を行った。BrdUを胎生12.5日、13.5日、14.5日に投与し、脳を14.5日に固定した。実験の各ステージでの変異個体のBrdU取り込みパターンでは、胎生19.5日における皮質形成パターンはマウスにおける皮質の分化の最終段階というよりはむしろ中間段階であることを示しているとはいうものの、複製や逆位といった皮質層のメジャーな異常は見られなかった。しかしながらArx遺伝子欠損マウス胎生13.5日でのラベル化BrdU陽性細胞の皮質板への移動は野生型より正確性が低下していた。この観察は、グルタミン酸陽性神経細胞が野生型のP3hfでの皮質板のV層に制御下位置するのに対し、変異型のP3hfでの皮質板がII層からV層に分散されるという観察からも支持された。
従って、本実験においては、変異個体における、神経上皮細胞の皮質板における移動は投射ニューロン部分以外についてはほぼ正常であることを示している。
【0054】
2)領域欠損と神経繊維経路の異常
Arx遺伝子の欠損は胎生12.5日の視床隆起におけるWnt8bおよびLhx9の発現欠損をきたした。Arx遺伝子の欠損はまた胎生12.5日の腹部視床におけるDlx1の発現の領域が顕著に減少するという結果をもたらした。これらの消失は胎生19.5日において、背側−腹側中央部視床核たとえば背側−中央視床核と中央視床核の大部分の欠損をきたした。このことはArx蛋白質が背側−腹側中央部視床の形成において、Wnt8a、Lhx9やDlx1の上流の制御因子として機能していることを示唆する。視床の部分的な発育不全が第3脳室の拡大につながっている。Arx遺伝子欠損マウスでの海馬の発育不全、特に歯状回とCA3領野における発育不全が、胎生19.5日において見られた。
【0055】
多くの神経繊維経路がArx遺伝子欠損マウスにおいて異常形成を示した。Arx遺伝子欠損マウスの脳梁は胎生19.5日において、嘴尾軸に沿って短縮化をともなう形態異常を示した。短くなった脳梁はArx遺伝子欠損マウスのP3hfでもやはり異常が見られた。Arx遺伝子欠損マウスにおいて、内包に向かっての視床皮質軸は扁桃付近に位置を占めるという異常な経路にそって伸展していた。これはおそらくArx遺伝子欠損マウスにおける腹側視床の部分的欠損に依存しているであろう。Arx遺伝子欠損マウスにおける視床皮質軸もまた同じ経路を利用していた。さらに、Fimbria−海馬交連の欠損がArx遺伝子欠損マウスの海馬で見い出された。
【0056】
3)Arx蛋白質を発現する介在ニューロンの性格付け
Arx蛋白質発現細胞が胎生13.5日で、大脳皮質の脳室帯(VZ)に加えて、皮質線状体境界部周囲の片縁帯 (MZ)、皮質板 (CP)、サブプレート (SP)、中間帯 (IZ)および脳室下領域 (SVZ)で認められた。胎生18.5日では、pia−arachnoid(軟膜−くも膜(PIA))、片縁帯、 脳室下領域および新皮質の脳室体において密集するArx蛋白質発現細胞を認めたほか、Arx蛋白質発現細胞が皮質板で散在しているのが認められた。P14では、密集したArx蛋白質発現細胞の領域は片縁帯から消失していたが、Arx蛋白質発現細胞は皮質板に散在していた。
二重免疫組織化学的試験から、胎生18.5日で一部のArx蛋白質発現細胞は線条体にニューロペプチドY (NPY)を共発現させることが明らかになった。皮質板ではArx蛋白質発現細胞の少なくとも50%が胎生18.5日においてGABAを共発現したのに対し、片縁帯ではその約10%がGABAを共発現させた。P14では、Arx蛋白質発現細胞の75%が皮質板でGABAを共発現した。片縁帯におけるArx蛋白質発現細胞はカルレチニンを共発現しなかった。
【0057】
4)GABA作動性介在ニューロンの神経節隆起からの初期移動異常
ArxX*Y変異マウスにおいて神経節隆起マーカー遺伝子の発現およびGABA作動性介在ニューロンの内側方神経節隆起からの初期移動について検討した。内側方神経節隆起のマーカー遺伝子であるNkx2.1の発現は、胎生12.5日および胎生14.5日でArx遺伝子欠損マウスの内側方神経節隆起から側方神経節隆起の脳室下領域に向かって拡大がみられた。Lhx6発現パターンの同様の変化がArx遺伝子欠損マウスの神経節隆起に認められた。また、胎生14.5日で内側方神経節隆起と側方神経節隆起のマーカー遺伝子であるDlx1の発現もArx遺伝子欠損マウスで拡大した。このほか、Nkx2.1の発現もArx遺伝子欠損マウスで観察されたが、野生型の皮質脳室下領域では観察されなかった。一方、Lhx6とDlx1の発現は野生型皮質片縁帯および中間帯でみられたが、Arx遺伝子欠損マウスでは認められなかった。
【0058】
神経節隆起マーカー遺伝子の発現パターンにみるこれらの変化は、Dil標識細胞およびカルビンジン (CB)−陽性介在ニューロンの局在異常を来した。胎生13.5日でArx遺伝子欠損マウスの内側方神経節隆起にDilを配置して2日間培養したところ、内側方神経節隆起から皮質中間帯への移動がみられないことが明らかになり、内側方神経節隆起から皮質脳室下領域に移動する標識細胞のみが皮質線条体境界部で認められた。これはカルビンジン免疫組織化学法でさらに確認した。カルビンジン−陽性介在ニューロンは野生型の皮質片縁帯、皮質板、 中間帯および脳室下領域でみられたのに対し、Arx遺伝子欠損マウスでは皮質脳室下領域にのみ観察された。さらに、胎生14.5日でArx遺伝子欠損マウスの皮質脳室下領域と新皮質の脳室体にLacZ−陽性細胞(Arx蛋白質非発現細胞)も認められた。したがって、Arx遺伝子欠損は内側方神経節隆起から皮質中間帯へのGABA作動性介在ニューロンの直接移動を欠如させたのに対し、内側方神経節隆起から皮質脳室下領域への側方神経節隆起を介する介在ニューロン移動は維持された。
【0059】
5)皮質板におけるGABA作動性介在ニューロンの異常局在
Arx遺伝子欠損マウスのGABA作動性介在ニューロンが正常に分化し最終的にArx遺伝子欠損マウスの皮質板に適切に局在するかどうかを検討した。胎生16.5日では、カルビンジン−陽性介在ニューロンが野生型の片縁帯、 皮質板、 サブプレートおよび中間帯に認められたのに対し、Arx遺伝子欠損マウスではこれらの細胞がサブプレート、中間帯および脳室下領域に認められ、皮質板にはみられなかった。Arx遺伝子欠損マウスの中間帯におけるカルビンジン−陽性介在ニューロンは野生型に比べて数が増大し、5種類のカルビンジン−陽性介在ニューロンが集合してクラスターを形成した。また、GABA−陽性介在ニューロンも野生型の片縁帯、皮質板、サブプレートおよび中間帯にみられたが、胎生16.5日ではArx遺伝子欠損マウスのサブプレート、中間帯および脳室下領域にのみ認められた。胎生18.5日で、カルビンジン−およびGABA−陽性介在ニューロンが野生型の皮質板に散在していたのに対し、Arx遺伝子欠損マウスではサブプレートに限定されていた。胎生18.5日で、GAD67−陽性介在ニューロンはGABA作動性介在ニューロンと同じパターンを示した。GABA作動介在性ニューロンのサブプレートにおける異常な位置が脳の発達の後期にまで維持されているかどうかが調べられた。GABA作動介在性ニューロンは野生型のP3hfにおいて皮質V層に濃縮されていたが、変異型ではP3hfにおいては皮質板全体に散在していた。
【0060】
6)線条体におけるニューロペプチドY−陽性介在ニューロンの欠如
GABA作動性介在ニューロンのサブセットであるニューロペプチドY−陽性介在ニューロンは内側方神経節隆起に特異的にみられ、線条体で分化する(Marinら,Science 293,872−875 (2000))。胎生18.5日においてNkx2.1は野生型線条体の限られた細胞に発現するが、LacZ−陽性細胞がみられるArx遺伝子欠損マウスの線条体では認められなかった。しかし、アポトーシスは確認されなかった。胎生18.5日でLhx6はNkx2.1と同じ発現パターンを示した。胎生18.5日ではニューロペプチドY−陽性介在ニューロンはArx遺伝子欠損マウスの線条体には認められず、神経一酸化窒素シンターゼ (NOS)−陽性介在ニューロンも認められなかった。したがってArx蛋白質とニューロペプチドYの共発現を考慮に入れ、Arx蛋白質はニューロペプチドY陽性介在ニューロンの分化に関与すると結論した。さらに、ニューロペプチドY陽性介在ニューロンの欠如がArx遺伝子欠損マウスの新皮質と海馬において認められた。
【0061】
7)精巣におけるArx蛋白質発現細胞の性格付け
胎生14.5日でArx蛋白質の強発現が雄の性腺間質に認められたのに対し、雌の中腎近位の性腺領域では弱発現のみが観察された。ウォルフマン管とミュラー管では発現は検出できなかった。発達段階の雄の性腺間質はいくつかの異なる細胞型からなるため、免疫組織化学法によりArx蛋白質が発現するタイプを検討した。胎生 12.5日ではArx蛋白質は精細管周囲の筋様細胞、白膜、血管内皮細胞および白膜下に裏打ちしている細胞で検出された。このほか、Arx蛋白質は間質性線維芽細胞様細胞に発現した。一方、セルトリ細胞と生殖細胞の染色はいずれもほとんど検出できなかった。胎生14.5日で基本的に類似した染色プロファイルが精巣で得られた。しかし、非染色細胞が間質で明瞭に検出された。これらの細胞は精細管周囲の筋様細胞、内皮細胞、および線維芽細胞様細胞のいずれでもないため、本発明者らはステロイド産生ライディヒ細胞であると推測した。これを確認するため、ライディヒ細胞マーカーとしてよく用いられるステロイド産生遺伝子3β−HSD(Miller, Emdocin Rev 9, 295−318 (1988))の発現を検討した。Arx蛋白質と3β−HSDの分布は相互排除的であったことから、Arx蛋白質はライディヒ細胞では発現せず、むしろ周囲の間質細胞で発現することが示された。
【0062】
8)精巣分化異常
胎生14.5日での胎仔精巣において、野生型とArxX*Y 変異マウスのいずれの精巣でも精細管周囲の筋様細胞により精索が構築される。精索の内部構造を形成するセルトリ細胞と生殖細胞は、組織学的に正常であると考えられた。白膜と血管はほとんど影響を受けないように思われた。しかし、入念な観察から、Arx遺伝子欠損マウスの精巣には通常、間質の形成異常という特徴があり、主として豊富な細胞質を含有する細胞における有意な低下によると考えられることがわかった。その代わり、Arx遺伝子欠損マウスの精巣間質は主に線維芽細胞様細胞で占有されていた。新生仔Arx遺伝子欠損マウスの精巣でも同様の欠陥が観察された。また、Arx遺伝子欠損マウスの精巣のマーカー遺伝子発現についても検討した。胎生14.5日で胎仔性セルトリ細胞の特異的産物であるMISが野生型とArx遺伝子欠損マウス精巣の精索において明瞭に検出された。しかし、ライディヒ細胞マーカー3β−HSDの発現は、Arx遺伝子欠損マウスの精巣の間質部で著しく減少した。このことから、Arx遺伝子欠損マウスにみる影響にはばらつきがあるが、ライディヒ細胞の分化はある段階で阻害されると考えられた。通常ライディヒ細胞とセルトリ細胞の双方に発現するAd4BP/SF−1の発現プロファイルにより、さらに欠陥について確認した。このマーカー遺伝子は、野生型ではライディヒ細胞で強発現し、セルトリ細胞で弱発現するが(Hatanoら,Development 120, 2787−2797 (1994))、予測した通り、Arx遺伝子欠損マウスの精巣では強発現が認められなかったのに対して弱発現は維持された。
【0063】
9)なお、上記実験で抗体、組織学的分析、Brduラベリング、アポトーシス、器官培養、Arx遺伝子欠損マウス飼育は以下によった。
【0064】
(1)ポリクローナル抗体の作製
KLHと結合させたArx蛋白質のアミノ酸158−181(アミノ酸配列:LKISQAPQVSISRSKSYRENGAPFC (配列番号:18))に対応するペプチドをウサギに注射し、Arx 蛋白質に特異的なポリクローナル抗体を産生させた。
【0065】
(2)組織学的解析
固定した脳(Marinら, J. Neurosci. 20, 6063−6076 (2000))と精巣(Morohashiら, Mol. Endocrinol. 7, 1196−1204 (1993); Nomuraら, J. Biochem. 124, 217−224 (1998))の免疫組織化学染色を記載の通り実施した。基本的にKitamuraら (Mech. Dev. 67, 83−96 1997; Development 126, 5749−5758 (1999))とKawabeら (Mol. Endocrinol. 13, 1267−1284 (1999))の記載に従い、固定組織のin situハイブリダイゼーションとLacZ染色を実施した。DABとAP−Red基質キット (Zymed)をそれぞれ用いて、ペルオキシダーゼとアルカリホスファターゼによる比色反応を実施した。
【0066】
(3)BrdUラベリング
BrdU(2mg/妊娠マウス)を各分化ステージにおいて経腹腔に投与した。神経上非細胞のパルスラベルには、投与1時間後に胎仔を処置した。ラベルされた神経上皮細胞のチェースには胎生19.5日に処置した。野生型および変異型の大脳皮質のBrdU陽性細胞の分布を調べるために、連続組織切片(厚さ5μm)を作成し、BrdUを染色し、続いて全ての核がPI(プロピディウムイオダイド)で染色した。新皮質の脳室体の特定の領域でのBrdU陽性またはPI陽性細胞の数を数え、ラベル化インデックスを統計的に計算した。
【0067】
(4)アポトーシス
ApopTagプラスフルオレッセインインサイチューアポトーシス検出キット(INTERGEN)をメーカーの指示書に従って用いた。
【0068】
(5)器官培養
Andersonら (Science 278, 474−476 (1997); Neuron 19, 27−37 (1997))が記載している通り、器官培養を実施した。
【0069】
(6)ArxX*Y変異マウスの人工飼育
出産を遅らせるため胎生17日、18日、19日に0.15mg/dayで皮下にプロゲステロンを投与し、胎生20.5日に帝王切開した。野生型とArx遺伝子欠損マウスはそのあと、3日間マウス乳で人工飼育した。
【0070】
(実施例3) XLAG患者におけるヒトArx遺伝子の構造解析
ArxX*Y 変異マウスの前脳と精巣で観察される構造的および機能的欠陥ならびにXp22へのArxの染色体局在から、ArxがXLAGの妥当な候補遺伝子であることが確認された(Dobynsら, Am. J. Med. Genet. 86, 331−337 (1999); Ogata, Am. J. Med. Genet. 94, 174−176 (2000))。この可能性をヒトにおいて検討するため、XLAG患者8例およびXLAG患者を兄弟にもつ脳梁形成不全の少女1例についてArxのコード領域をシークエンスした。図1に示した通り、Arxは562個のアミノ酸をエンコードしている5つのエクソンからなる。一連のXLAG患者におけるArxのシークエンス解析で8つの突然変異が検出された(表1と図1)。
【0071】
【表1】
【0072】
Arx (AC002504)の5つのエクソンとフランキング領域のヌクレオチド配列を以下の通り決定した。表2に挙げたプライマー(上から各配列番号3〜17)を用いて、PCRによりゲノムDNAを増幅した。エクソンIIではG/C含有率が高いため、KOD−Plus−DNAポリメラーゼ (TOYOBO)を使用してプライマーARX2−5とARX2−3を用いて2ステップおよびステップダウンPCRにより増幅を実施した。シークエンシングにはエクソンIIを除き表2に挙げたプライマーを使用し、エクソンIIは3種類のforward−sequencingプライマー(ARX2−5−1, ARX2−5−2およびARX2−5−3)と2種類のreverse−sequencingプライマー(ARX2−3およびARX2−3−2)を用いてシークエンスした。
【0073】
【表2】
【0074】
患者1はエクソンIIの420−451bpが欠失しており、85個のアミノ酸の異常ペプチドを伴うN−末端140のアミノ酸からなる短縮蛋白質を来すことが予測される。患者2はエクソンIIの790bpにおいて単一塩基が欠失しており、これにより異常な60個のアミノ酸を伴うN−末端263のアミノ酸を有する短縮蛋白質を来すに至る。患者3および患者4はそれぞれ、995 (G995A)bpと1117(C1117T)bpに単一ヌクレオチドの置換がある。前者の突然変異はコドン332 (R332H)においてヒスチジンによるアルギニンの置換を招くのに対し、後者では373 (Q373X)での未熟終結の原因となる。患者3と患者4の母親はいずれも突然変異に関してヘテロ接合型であったのに対し、父親は正常であった。患者5はエクソンIVの1188bpにおいて単一塩基の挿入があり、N−末端396のアミノ酸に加えて134個のアミノ酸を含む短縮蛋白質を生ずる。患者6では、エクソンIとIIがPCRで増幅できなかったが、それ以外のエクソンはすべて正常であった。これはエクソンIとIIを含む大きな欠失があることを示唆しているが、切断点は未だ確認されていない。患者7には1372bpの単一ヌクレオチド欠失があり、4個の異常アミノ酸を伴うN−末端457のアミノ酸からなる短縮蛋白質を来す原因となる。最後に、患者8と患者9(兄弟)は1028bp (T1028A)に同一の単一ヌクレオチド置換があり、ロイシンからグルタミン (L343Q)へのアミノ酸置換をもたらす。この母親は突然変異に関してヘテロ接合型であったのに対し、父親と母方の祖父母は正常であった。患者3と患者8/9で確認された突然変異は、エクソンIIにおいて単一アミノ酸の置換を生じさせる。突然変異が良性多型である可能性を除外するため、健常者の100を超す対立遺伝子においてエクソンIIをシークエンスした。予測した通り、これらの突然変異のいずれも健常者では観察されなかった。さらに本発明者らは、健常者の20を超すArx遺伝子におけるすべてのエクソンの塩基配列を決定したが、多型を見いだすことはできなかった。
【0075】
以上からArx遺伝子の変異がヒトのXLAGを引き起こすことを確認した。本発明において、XLAG患者で8種類の異なる配列変化を確認した。Arx遺伝子はX染色体上にあるため、数名の母親は突然変異のヘテロ接合型保因者であろうと予測した。このため、患者3,4,6,7および8/9の親のArx遺伝子を調べた。患者3,4と8/9の母親は発端者と同一の突然変異を有することがわかり、これらの家族におけるX染色体連鎖性遺伝が裏づけられた。患者6と7の親は正常なArx遺伝子を有しており、このことから独立で生ずる突然変異が示唆された。
【0076】
全体として、ナンセンス突然変異1件(患者4)、フレームシフト突然変異4件(患者1,2,5と7)、ミスセンス突然変異2件(患者3と8/9)および大きな欠失1件(患者6)を認めた。2種類の短縮Arx蛋白質(患者5と7)はホメオドメインをもつが、prd様ホメオドメイン蛋白質に保存されるC−ペプチド (aristaless)ドメインは欠如している(Miuraら, 1997)。ドメインの機能は未だ不明であるが、我々の試験結果から生理的重要性が示される。さらに本発明者等は、R322HおよびL343Qというアミノ酸置換を引き起こす2種類のミスセンス突然変異を確認した。いずれのアミノ酸もホメオドメインにあり、prd様ホメオドメイン蛋白質内でよく保存されているため、その突然変異がDNA結合などの機能不全を生じさせると推測するのは妥当である。
【0077】
XLAGを対象として見い出した変異は蛋白質のホメオドメイン内での短縮化またはアミノ酸の置換であった。興味あることに、最近Arx蛋白質のいくつかのミスセンス変異(そのほとんどがポリアラニンの長鎖化であるが)がX連鎖幼児痙攣症候群(ISSX;ウエストシンドローム)とパーティントン症候群において報告されており (Stromme等 Natur Genet. 30, 441−445 (2002); Bienvenu等 Hum. Mol. Gen. 11, 981−991 (2002))、さらにみかけ上はX連鎖非症候群性精神遅滞(Bienvenu等 Hum. Mol. Gen. 11, 981−991 (2002))でも見られている。同様のポリアラニンの長鎖化は他のいくつかの転写因子においても観察されている(Brais等Nature Genet. 18, 164−167 (19989); Brown等 Hum. Mol. Genet 10, 791−796 (2001))。XLAGの子供はISSXやパーティントン症候群の患者より症状は重症で、脳とISSXやパーティントン症候群の患者にはない先天的な形成不全を伴っている。表現型でのこの顕著な差異は、ポリグルタミン長鎖化でも観察されている、ポリアミン長鎖化に伴う蛋白のアグリゲーションに起因する蛋白の構造上の差異によると説明できる(Zoghbi and Orr, Ann. Rev. Neurosci. 23, 217−247 (2000))。しかしながら、軽症な表現型の原因がポリアミン長鎖化だけに起因するということはできない。というのはエクソンVだけの3’側の欠失による短縮化と、ホメオボックス内での保存的ミスセンス変異(P353L)でもISSXが起こっている。前者では、精神遅滞を伴う間代性筋痙攣性癲癇からなる軽症の癲癇症候群であり、後者は痙攣症であるからである(Stromme等 Natur Genet. 30, 441−445 (2002); Bienvenu等 Hum. Mol. Gen. 11, 981−991 (2002))。さらに短縮化したArx蛋白を持つマウスはXLAGに似た表現型を示す。かくして、本発明者らはArx蛋白質の機能欠損はXLAG患者に見られる重症な表現型を引き起こすと結論した。
【0078】
【発明の効果】
本発明は、XLAG患者のArx遺伝子上に特有の変異が存在することを見出した。そして、Arx遺伝子上のXLAGに特有の変異がXLAGにおけるArx遺伝子変異の検査に有用であることを確認した。このことは、XLAGの遺伝子診断、また、その治療、新薬の研究において新規な展開を達成するものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】健常人とXLAG患者におけるArx遺伝子を示す図である。上部はArx遺伝子のゲノム構造を示し、下図はArx蛋白質を示す。PCRとシークエンシングに用いたプライマーは矢印で示している。
【図2】健常人(Wild Type)に対する患者(P#2、P#3、P#5)の突然変異の位置を示す図である。
【図3】健常人(Wild Type)に対する患者(P#1〜5およびP#7〜9)の変化したヌクレオチド配列と置換したアミノ酸配列を示す図である。
【配列表】
Claims (18)
- Arx遺伝子が有する塩基配列中のX染色体連鎖性滑脳症に特有の変異の有無を指標にすることを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法。
- 変異が、Arx遺伝子中のエクソンII〜IVの何れか一に存在し、かつ該変異により3’側のトリプレットコドンの読み枠に変異が生じる請求項1の検査方法。
- 変異が、Arx遺伝子中のエクソンII〜IVの何れか一に存在し、かつ該変異により終止コドンとなる請求項1の検査方法。
- 変異が、以下の少なくとも一から選択される請求項1〜3の何れか一に記載の検査方法。
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番が欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番が欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)上記(3)の塩基番号1117番の置換がシトシンからチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)上記(9)の塩基番号995番の置換がグアニンからアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)上記(11)の塩基番号1028番の置換がチミンからアデニンに置換しているもの - 変異が、少なくとも一つのアミノ酸レベルでの置換をもたらす請求項1の検査方法。
- 変異が、以下の少なくとも一から選択される請求項5の検査方法。
(1)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号332番をコードする塩基配列に変異があるもの
(2)上記(1)のアミノ酸番号332番のアルギニンがヒスチジンに置換しているもの
(3)配列番号2のアミノ酸配列のアミノ酸番号343番をコードする塩基配列に変異があるもの
(4)上記(3)のアミノ酸番号343番のロイシンがグルタミンに置換しているもの - 請求項1〜6の何れか一に記載の方法に用いられる検査用DNA断片であって、X染色体連鎖性滑脳症に特有の変異を基礎にして設計された検査用DNA断片。
- ポリメラーゼチェインリアクションに用いられるプライマーである請求項7のDNA断片。
- 配列番号1に示す塩基配列の塩基番号420〜451、790、995、1028、1117、1188、1372番、エクソンIおよび/またはエクソンIIの少なくとも一を含むDNA断片を増幅できることを特徴とする請求項8のDNA断片。
- 配列番号3〜17の少なくとも一に表された塩基配列を含む請求項8のDNA断片。
- 配列表の配列番号3〜17に記載の塩基配列と相補配列からなるもの、配列番号3〜17に記載の塩基配列とストリンジェントな条件下でハイブリダイズしうる配列からなるもの、これらの配列または配列番号3〜17に表される塩基配列のうち1ないし数個の塩基が置換、欠失、挿入もしくは付加された塩基配列の少なくとも一を含む請求項9のDNA断片。
- 請求項7〜11の何れか一に記載のDNA断片を含むX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異検査用試薬キット。
- Arx遺伝子である配列番号1の塩基配列を含み、かつ該配列中に以下の少なくとも一の変異を有するポリヌクレオチド;
(1)配列番号1の塩基配列の塩基番号420〜451番の欠失しているもの
(2)配列番号1の塩基配列の塩基番号790番の欠失しているもの
(3)配列番号1の塩基配列の塩基番号1117番が置換しているもの
(4)上記(3)の塩基番号1117番の置換がシトシンからチミンに置換しているもの
(5)配列番号1の塩基配列の塩基番号1188番に1塩基の挿入があるもの
(6)配列番号1の塩基配列の塩基番号1372番が欠失しているもの
(7)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの全部が欠失しているもの
(8)配列番号1の塩基配列のエクソンI及びIIの一部が欠失しているもの
(9)配列番号1の塩基配列の塩基番号995番が置換しているもの
(10)上記(9)の塩基番号995番の置換がグアニンからアデニンに置換しているもの
(11)配列番号1の塩基配列の塩基番号1028番が置換しているもの
(12)上記(11)の塩基番号1028番の置換がチミンからアデニンに置換しているもの - 請求項13の少なくとも一の塩基配列によりコードされるポリペプチド。
- 請求項14に記載のポリペプチドと反応するが、健常人のArx蛋白質とは反応しないことを特徴とする抗体。
- 請求項14に記載のポリペプチドが有するアミノ酸配列をコードする塩基配列又は請求項13に記載のポリヌクレオチドが有する塩基配列を含む組み換え用DNA分子、及びこれの何れか一を含む形質転換体。
- X染色体連鎖性滑脳症患者のArx遺伝子が有する塩基配列を解析し、健常者の配列と異なる部分を同定することを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法に用いられる変異箇所の同定方法。
- Arx遺伝子が有する塩基配列中の請求項17に記載の方法により同定された変異の有無を指標とすることを特徴とするX染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法。
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JP2002242202A JP2004081001A (ja) | 2002-08-22 | 2002-08-22 | X染色体連鎖性滑脳症に関連するArx遺伝子の変異の検査方法 |
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Publication number | Priority date | Publication date | Assignee | Title |
---|---|---|---|---|
ES2421207A1 (es) * | 2013-05-31 | 2013-08-29 | Universidad De León | Procedimiento y kit de diagnóstico de lisencefalia con hipoplasia cerebelar en ganado ovino |
-
2002
- 2002-08-22 JP JP2002242202A patent/JP2004081001A/ja not_active Withdrawn
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