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青山ブックセンター書店員 山下優さんに聞く、本が売れる店作り

シリーズインタビュー「企画」#3
 「延々と居られる」「選書が良くて、発見が多い」「おしゃれで最先端」「著者のイベントが充実している」——

 青山ブックセンターに対し、こういった印象を抱いている方は多いのでは? ファンが多く、ツイッターのフォロワー数は4万人超と、書店のアカウントの中では突出している。また、商売的にも元気がある。出版市場が厳しい中、店のツイッターアカウントは「昨年12月から9ヶ月連続で前年の売上を超えることができました」と投稿。

 本は、書店から見れば「完成品」。それに出版社から届く「新刊案内」は他の書店と同じ。つまり、みんなと同じ情報源から完成品を選んで店を作る。それなのに、この店には他の書店にはない魅力がある。その魅力はどこから生まれているのだろう?

 そこで、書店員の山下優さんに、青山ブックセンターの「店作り」を伺った。売上が好調な理由、独自の「フェア」や「棚」を展開する際の考えや思い、これからの書店に求められる役割などを聞いた。(文・平川 透、写真・成田麻珠)

全国ランキング上位のものを揃えたら売上が落ちた


 —普段のお仕事内容を教えてください。

 文芸書と思想書の棚作り、入り口のフェア、イベントを担当している。あと、ビジュアル書(写真集、デザイン書など) の新刊の数つけ*をしている。書店員歴は9年。

*何冊注文するか決める仕事

 —書店の数が10年で4割減ったと言われています。最近では渋谷の山下書店や青山ブックセンター(以下ABC)の六本木店の閉店が話題となりました。このような状況に対する心境をお聞かせください。

 率直に言うと、今が出版不況というよりも、今までが恵まれていたのかなと。海外に行っても、ここまで同じ都市や町に本屋が集中していない。閉店した六本木店の近くには蔦屋さんやブックファーストさんがあるように、まだまだ大きな駅には複数の本屋が集中している。そのような状況で、各本屋の経営が成り立っていたということは、それだけ本が売れていたんだなあと思う。

 —ABCのツイッターで、「昨年12月から9ヶ月連続で前年の売上を超えることができました。」とあります。今の出版や書店の状況を見る限り、すごいことだと思いました。売上の伸びにはどのような要因がありますか?

ツイッターのABC本店アカウントより

 まず、2年前にリニューアルをした時に方針の舵を切ったこと。当店ではビジュアル書が売上全体でものすごい割合で売れていて、それが店の強みでもあった。写真集やアート本などの高い本がバンバン売れていた。ただ、いわゆる洋書全般において、リアル店舗とネットの価格に大きな差が出てきていた。当たり前だけれど、この状況では売れ続けないと思ったし、実際に売れなくなっていた。そこで、リニューアルのタイミングで読み物(文芸書、思想書、ビジネス書など)の比率を上げることになった。ただ、ビジュアル書が充実しているという強みを消すのではなくて、ビジュアル書に頼りきりだった状況から脱して、もうひとつ強みを持とうという狙いだった。

 また、「渋谷区神宮前」ということで住所上はいい場所だけど、表参道駅からも渋谷駅からもそこそこ遠い中途半端な場所にある。ここまでわざわざ足を運んでくれるお客様に何ができるのか? 何を求めているのか? ということをリニューアルの時に改めて考えた。

 —そのための品揃えや本の見せ方の方針を教えてください。珍しい本がたくさん置かれています。どうして他の書店との違いが出てくるのでしょうか?

 場所柄、クリエイティブな仕事に携わっていたり興味があるお客様や、世の中の流れに対する感度が高いお客様がいらっしゃっていると思う。その人たちに応えられるように、と考えていくと、今のような店になっていくのかなと思う。

 以前、お店の方針として「全国ランキング上位のものをしっかり揃えよう」という時期があった。店舗の売り上げが落ち続けていた時期だったので、ひとつの施策として行った。するとさらに売り上げが落ちてしまった。その時に、ABCのお客様はそういう品揃えは求めていないのだと肌で感じ、方針を見つめ直した。

 -他にも何か方針はありますか?

 いわゆるヘイト本は一切置いていない。多様な文化や考え方、価値観がある事自体を否定するわけではないけれど、ヘイト本は明らかに何かを貶めている。それを積極的に売れるかと言われれば、売れない。

 —ヘイト本ばかりが目立つ店に入ると複雑な気持ちになります。

 置いているお店は、決して考えに賛同しているというわけではなくて、売れるから置くのだと思う。だけど、売れればそれでいいのか? とも思う。表紙を見ると結構インパクトがあって、見たくないというお客様も結構いる。もちろん売上は重要だけれど、ヘイト本を売り続けた先の想像力が足りないのではないか。

本好きだからといって「売れる棚」は作れない


 —店頭を作るときの方針や大事にしていることを教えてください。今日お店に入って店頭の平積みを見た時に、他の本屋では決して目立つ扱いを受けなさそうな本たちが目立っていました。

 入り口のコーナーに関しては、極端に言えば、「ここだけ見ればひとまず良い」ということを念頭に置いている。「顔」的な場所。

入り口そばの島

 並べる本は「自分が欲しい」と思うものを選ぶ。まず自分が欲しいと思わないものは他の人も欲しいと思わないのではないか。ただし、選ぶ時の視点がひとつにならないようにしたいと思っている。自分の中に違う視点を持った人間が何人もいるようなイメージ。直感だったり、俯瞰して見たり、より趣味的な視点で見たり、世の中の流れの中で見たり、書店員としての経験の積み重ねだったり。ある特定の人を想定する場合もあるし、他人になりきってみたりもする。

 そういう意味では、「本好き」が「売れる棚を作れる」のかといえばそうではない。もちろんたくさん読んでいることに越したことはないが、「売る」ってなると、ちょっと違う。自分の興味に引っかからなくても「面白そう」と思えるかが一番かなと思う。好奇心や想像力をどれだけ持てるかが大切。自分の知識にないものや、関心の外にあるものに接した時に、どれだけ面白がれるかということが棚作りに出てくる。

 視点が固まってしまうと、つまらなくなる。「この本はわからないから置かない」と考えないで、「面白そう」と受け取ってみたり。判断が狭まらないようにすることはすごく意識している。

「担当者」というフィルターで、棚を「編集」する


—各ジャンルの棚を見ると、担当者の思いや狙いが伝わってきます。単に売れ筋や新刊を目立たせるのではなくて。

 それは昔からの伝統を引き継いできたところ。先輩方もそのようにやってきた。そこがABCの強みになっているのではないかなと思う。いかに楽しいと思ってもらえるように棚を作っていくかということが本屋の存在意義だと思う。

 

 単純に新しい物を置けば売れるかというとそうでもない。きちんと「担当者」というフィルターをかけて、棚を「編集」することが求められていると思う。なんとなく置いた時って、やっぱり売れなくって。明確な意思を持って置いた時の方が反応がいい。お客様の方が棚を見ているなと強く感じる。

 —具体的にはどのように棚を作っていくのですか?

 お店で売れているものを起点にして、「これが動くのであれば、次はこれが動くのかな」「これとこれは相性が良い」「新刊じゃなくて、昔のこれを並べてもいいんじゃないかな」というふうに。新刊をベースにしつつも、いろいろな角度で展開を考えていく。同じ著者で揃えるのか、同じテーマで揃えるのか、など、ひとつ起点を考えたら、いろいろな要素を足して混ぜ合わせてみる。

 いつも思うのは、気持ちを込められて出版された本の意思を拾いたいなと思う。本屋って、意思を広める拡声器の役割を果たすべきだと思う。ランキングに入っていない本や、初めての著者の本を「これは面白いんじゃないか?」というように取り上げ続けることが重要なんじゃないかなと思う。もちろん既刊も含めて。データやアルゴリズムによるレコメンデーションに勝ることができるとしたら、この役割だと思う。

売上に大きく貢献、「140人がこの夏おすすめする1冊」フェア


—最近の棚作りでうまくいった例を教えてください。

 これまであまり多面展開(同じタイトルで広い面積を確保する陳列法)をしてこなかったが、落合陽一さんの「デジタルネイチャー」で多面展開を行った。明確に売っていきたいという思いがあったので仕掛けた。落合さんの今までの本をずっと注目していたこともあったが、今うちに来てくれるお客様は確実に読みたいだろうなと思った本だったので。

落合陽一さんの「デジタルネイチャー」の多面展開

 —どうしてそのように思ったのですか?

 本って、最近は読みやすさが重視されている。情報はスマートフォンなどからも入ってくるから、読書にあてる時間が減っている。もちろん、本をじっくり読む時間がないビジネスマンをターゲットにした読みやすい本も、それはそれでいいと思う。「デジタルネイチャー」は、価格は2800円と高価で内容にもボリュームがある。ただ、「今」をどう捉えれば先がひらけていくのか考えを巡らせたいって人に面白がってもらえるんじゃないかと思った。あと、版元のPLANETSの本作りに関する姿勢にも共感しているのもある。最近は思想書の売り上げが伸びていたということも一因。

 —レジ横でソール・ライター(写真家)の本を置いていますよね。2017年の春頃に渋谷でソール・ライター展がありました。その時期に、関連本を展開することはわかるのですが、今、目立つ場所で面陳するのはなぜだろうかと思いました。

 版が切れて重版したものが入荷したので、そのタイミングでもう一度推したいなと思って。レジ横で本を見て「探していた」と言うお客様が結構いて、実際に買っていただいている。

レジのそばに「旬」とは言い難いソール・ライターの関連本が揃っている

 これに関連したことで最近思っているのは、フェアや新刊の展開の短さについて。ツイッターなどで他の本屋のフェアの情報が流れてくる。フェアの期間って大抵2、3週間。その度にラインナップが入れ替わる。でも果たして、2、3週間の間に何人がフェアを見にくるだろうかと思う。もちろん、飽きられない店づくりのためにどんどん入れ替えるという考えもあり大切ではある。ただ、あまりに消費期限が短すぎるなと。本の魅力って早いサイクルで次々に入れ替えることではない。ネット上の情報は流れが激しいけれど、本の良さってそういうところじゃないんじゃないかなと。良いものは、しっかり長く提案していくことが大事。入れ替わりの早さや時勢だけではないんじゃないかなと思う。

 —今、力を入れているフェアはありますか?

 「140人がこの夏おすすめする1冊」。

 「本屋で買う」ことに賛同いただいた錚々たる方に協力頂いている。このフェアは2年前に100人でスタートして、去年も「100人」としていたけれども実際には120人いて、今年は148人。選者のみなさんにもフェアの情報を一斉に発信していただいたりして、ツィッターではお祭りのように盛り上げていただいた。感謝してもしきれません。

 —成果は出ていますか?

 すごく出ている。8月の売り上げが昨年より上がっているのは間違いなくこのフェアのおかげ。

山下さんとフェアの様子

書店員の「個」が強く求められる時代


 —これから、どういう店作りをしていきたいですか?

 棚での発見や偶然性を体験として提供できるよう意識しつつ、「もっとここで買いたい」「ここに行ったら何かある」と思ってもらえるようなお店を作っていきたい。本屋をビジネスとして継続していくにあたって、ただ本を売るだけなのはもう限界かなと。単に本という情報を売るのではなくて、イベントや講座で著者と会えたり、学べたり、本を起点にしてその先の価値も提供していきたいし、地域のコミュニティの中心地としても根ざしていきたい。

 今は、イベントでも100人が集まっても終わったらそこで解散してしまっている。来た人同士でどのように繋がりを持ってもらうかや、お店を好きになってもらうかを試行錯誤している。興味が近い人同士で交流したいのではないかと思うので、お店がそういう人たちをつなげるきっかけや中心地になれたらと思う。

 今、本屋は書店員の「個人」が強く求められていて、「あの人がいるから店に行く」「あの人が推しているから買う」という時代になった。1人でも多くそう思われる棚担当者が増えて、店内に個人商店がいくつも入っているイメージのお店にしていきたい。(終)

【略歴】やました・ゆう
1986年東京生まれ、横浜育ち。本屋で働く9年前はクラフトビアバーで働いていた。毎週レコードを買い、ビールを中心にお酒全般を愛でる。おすすめの本は、保坂和志『ハレルヤ』(新潮社)、植本一子『フェルメール』(ナナロク社)、落合陽一 ・清水高志・上妻世海『脱近代宣言』(水声社)、森田真生『数学する身体』(新潮社)、小倉ヒラク『発酵文化人類学』(木楽舎)。
シリーズインタビュー「企画」

きかく【企画】…新しい事業・イベントなどを計画すること。(新明解国語辞典第七版より)

辞書の説明にふんわりと沿う形で、色々な業界の方に「アイデアを生み出し、形にするために大切にしていること」「仕事で成果を出すために大切にしていること」などをインタビューしていきます。

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日刊工業新聞記者
日刊工業新聞記者
閉店した六本木店が大好きだった。地方から出てきたばかりの僕は、「世の中ってこんなに面白い本で溢れてたのか!!」と衝撃を受けた。そこから「本当に」本が好きになった。六本木店では随分とお金を使い、幅広い本に触れ、世界が広がった。それが今の仕事や人間関係などに直結しているし、20代の自分を形作った大切な宝物になっている。発見や驚きを提供してくれる書店は、多くの人にとってかけがえのない存在だと思う。

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