第162回 睡眠の専門医が教える、睡眠不足の賢い解消法
この実験では9日間にわたり音や光などの邪魔の入らない特殊な実験室で毎晩十分な睡眠時間を取ってもらい、睡眠負債を完全に解消させた(回復睡眠)。すると、刺激に対する反応時間や計算能力、ワーキングメモリなどの認知パフォーマンスは向上し、ストレスホルモンは低下し、耐糖能(血糖を下げる力)は強化されていた。つまりこれが元々有している能力であり、実は自分では気付いていないだけで日々1時間の睡眠負債を溜め込んでいたのである。このような自覚できない睡眠不足を「潜在的睡眠不足」と呼んでいる(第62回「眠くない寝不足「潜在的睡眠不足」の怖さ」)。
睡眠負債の解消にかかる時間は睡眠不足の度合い、持続期間、生体機能によって異なり、また個人差もあるので一概には回答しにくい。ただ、先の実験の被験者が抱えていたような軽度の睡眠負債ですら、複雑な認知パフォーマンスやストレス反応、代謝機能の回復には5日〜9日を要した。
より重度の睡眠負債ではより長期間かかる。週末の寝だめによって眠気は比較的早く解消されるものの、心身の回復には全く不十分なのである。むしろ「眠気が無いから大丈夫」という思い込みが睡眠負債を溜め込む生活習慣から脱却できない一番の原因となっている。
睡眠負債の解消のためには中途半端な寝だめではダメ、という報告もある。健康な被験者を2グループに分け、最初のグループは1日3時間睡眠で7日間過ごしてもらった後に睡眠負債を解消するために8時間睡眠で5日間過ごしてもらい、別のグループには同じく1日3時間睡眠で7日間過ごしてもらった後に10時間睡眠で5日間過ごしてもらった。
その結果、8時間の回復睡眠グループでは日中の眠気は初日から消失したが、認知パフォーマンスは徐々にしか回復せず、5日経過しても試験開始前の水準まで回復できなかった。一方、10時間の回復睡眠グループでも眠気は早々に消失したが、認知パフォーマンスの回復は8時間睡眠に比較してより早いものの、やはり5日経過しても試験開始前の水準までは回復していなかった。
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