「Apple TV+」「Amazon Prime Video」ロゴ

映画と決算 第2回 [バックナンバー]

AppleとAmazon、巨大テック企業がエンタメを作る理由とは?

過去最高売上のAppleの余裕、MGM買収が示すAmazonの方向性

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米ロサンゼルス在住のライター・平井伊都子が業界の動向から、映画の未来を占う連載。第2回では「コーダ あいのうた」がストリーミングサービスによる配給作品として初のアカデミー賞作品賞に輝いたApple、老舗の映画スタジオ・MGMを買収しエンタメ事業の拡大を図るAmazonという巨大テック企業の最新決算を紐解く。Netflixを取り上げた第1回はこちらから。

/ 平井伊都子

巨大テック企業のエンタメ参入

7月28日に、AppleとAmazonの巨大テック企業2社が2022年第2四半期の決算を発表しました。前回取り上げたNetflixは視聴者から直接料金を徴収し映画やテレビシリーズを提供するビジネスモデルですが、AppleとAmazonは複合的なビジネスの中にエンタテインメント部門を置いています。時価総額世界第2位のAppleと第5位のAmazonが巨額の資金を投入してエンタテインメント業界に参入する理由を、映画業界からの視点で見ていきましょう。

Apple TV+は宣伝隊長?

Appleの決算は、過去最高の売上高830億ドルを計上するとても良いものでした。その理由はご存知の通り、iPhoneやコンピュータ機器の売上が相変わらず好調だから。その上、日本やいくつかの国以外ではAppleが配給した「コーダ あいのうた」が、ストリーミングサービスによる配給作品として初のアカデミー賞作品賞に輝きました。なおアメリカではApple TV+の配信と劇場の同時公開です。ティム・クックCEOが受賞直後の第1四半期決算のインタビューで「この素晴らしく深い感動を与えてくれる映画の旗振り役となれたことを光栄に思います」と語っています。第2四半期では、9月に行われる第74回エミー賞に、Apple TV+オリジナルシリーズの「テッド・ラッソ:破天荒コーチがゆく」「セヴェランス」など13番組が計52部門にノミネートされたことを強調していました。また、毎週金曜日(日本時間土曜日)のMLB(メジャーリーグベースボール)配信も好調で、今後10年間に及ぶMLS(メジャーリーグサッカー)の配信権を取得したことも報告しています。

「コーダ あいのうた」 (c)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

「コーダ あいのうた」 (c)2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

Apple TV+は、2019年11月にサービスを開始して以来、多くの著名スターやクリエイターによる作品を独占配信してきました。現在も、Apple社の製品を購入すると3カ月間無料でApple TV+を視聴することができます。2021年6月までは購入後1年間無料キャンペーンを行っていました。この太っ腹なサービスはなんですか……? そう思われる方もいるかもしれません。その答えを、ティム・クックCEOはこう述べています。「この四半期で、当社のサービスに対する顧客エンゲージメントは前年同期比2桁の成長率を遂げました。現在、プラットフォーム上の全サービスの有料会員数は8億6000万人以上。この4カ月間だけで1億6,000万人以上増加しました。Apple TV+と Apple Arcade(ゲーム)では新しいコンテンツが次々と登場し、サービスの幅と質を向上させ続けています」

Apple TV+だけでなく、Apple Music、 Apple Arcade、iCloud+の4つのサービスを一つにしたApple Oneという包括的サブスクリプションも提供しています。Apple社は製品などのハードを売るだけでなく、ソフト面の主力商品としてApple Oneを位置付けています。さらに、ストリーミングデバイスのApple TVは、各ストリーミングサービスやゲームなどのアプリが揃うホームエンタテインメントのプラットフォームとなっています。Apple TV+はこれらのソフトとハードを横断する宣伝隊長の位置付けといったところでしょうか。

Amazonスタジオの先見

では、Amazonはどうでしょうか。第2四半期決算において、インフレによるコスト上昇の影響は認めつつ、純売上高は前年同期比較で7%の増加、サブスクリプションサービスも前年同期比14%増ということでした。ご存知のように、Amazonの主力サービスはネット書店から始まったオンラインショッピングと物流業務です。エンタテインメント参入は、送料などを優遇するサブスクリプションサービスの付帯として始まりました。2013年頃からAmazonスタジオによる番組制作を開始し、配給会社と共同で映画の配給・配信を手がけ、大きな転機になりました。2016年に共同配給した映画「マンチェスター・バイ・ザ・シー」は、第89回アカデミー賞で作品賞ほか6部門にノミネートされ、ケイシー・アフレックが主演男優賞、監督のケネス・ロナーガンが脚本賞を受賞。同じ年の外国語映画賞(現・国際長編映画賞)も、共同配給したアスガー・ファルハディ監督の「セールスマン」が受賞しています。「コーダ」がストリーミングによる映画として初めてアカデミー賞作品賞を受賞する5年前に、Amazonスタジオは3つのトロフィーを手にしていたのです。

余談ですが「なぜNetflixはアカデミー賞を獲れないのか?」の疑問に対して、Apple TV+やAmazon Prime Videoが、映画館上映の次の窓口(ウィンドウ)として、都度課金が必要なPPV(ペイパービュー)で視聴者に映画を届ける役目を担っていることが大きいのではないかと考えています。スタジオにとって、AppleやAmazonは商品を売ってくれる店舗のようなもの。一方で定額制サービスのNetflixは作品視聴の機会を広めるものの、都度課金のようにスタジオの利益が上がるわけではありません。アカデミー賞を選ぶアカデミー会員にもスタジオの社員やお金の流れを知るプロデューサーが多く、長いビジネスのお付き合いがあるのでしょう。

Amazonスタジオは次なる事業の柱

そして、Amazonにとって最も大きな転機は、昨年の約85億ドルのMGM買収です。MGM(メトロゴールドウィンメイヤー)は、ライオンが吠えるロゴが印象的な老舗映画スタジオですが、数々の買収による複雑な歴史があり、ソニーが一部分を所有していた時期もあります。Amazonのジェフ・ベゾスCEO(当時)は、2021年5月に行われた第1四半期決算インタビューで、MGM買収についてこう述べていました。

「MGMには、約1世紀にわたる映画製作の歴史があり、ジェームズ・ボンド映画をはじめ、『テルマ&ルイーズ』『レイジング・ブル』『ロボコップ』『トゥームレイダー』など4000本以上の豊富なライブラリーを有しています。これらの映画と、『ハンドメイズ・テイル/侍女の物語』『FARGO/ファーゴ』など1万7000本以上のテレビシリーズを合わせると、アカデミー賞を180回、エミー賞を100回以上受賞しています。買収根拠は実にシンプルで、MGMにはたくさんの人に愛されている膨大な知的財産があり、MGMとAmazonスタジオの優秀なクリエイターによって、再構築して発展させることができると夢見たからです」

同じ時期のインタビューで、Amazonのビジネスは3本の事業柱によって成り立っているとしていました。それは、サブスクリプションのプライムサービス、第三者がAmazonのプラットフォームで商品を売ることができるマーケットプレイス、そして企業向けに提供しているAWS(アマゾンウェブサービス)。AWSのクライアントには、Netflix、ディズニープラス、Zoom、ワクチン開発のモデルナなどが名を連ねます。そして、第4、第5の柱にするべく人工知能音声サービスのAlexaやAmazonスタジオを育てたいとしていました。

直近の第2四半期の決算では、この秋に予定している大型作品について言及することも忘れていません。ベゾスCEOの後任であるアンディ・ジャシーCEOは「プライム会員の利便性と価値をさらに高めるため、イノベーションを続けています。Amazon Prime Videoでは『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』やNFL(ナショナルフットボールリーグ)の木曜日の試合を独占配信します。そして、米国外でのローカライズ作品や多言語作品を増やすことが、Amazon Primeへの加入と継続要因になると考えています」と語りました。NFLの試合や一部作品では、Netflixがこの冬導入するような広告付き配信を行い、追加収益源とするようです。

映画スタジオと密接な関係を築くAmazon

「13人の命」ビジュアル (c) 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

「13人の命」ビジュアル (c) 2022 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.

Amazon Primeのビデオサービスは、現在240以上の国と地域で展開されています。この8月からは、東南アジアのタイ、フィリピン、インドネシアでもローカル番組の提供が始まりました。8月5日に世界同時配信されたロン・ハワード監督によるAmazon Originalの映画「13人の命」は、2018年にタイで起きたサッカー少年の洞窟遭難事故を映画化したものです。MGMが劇場用映画として公開を予定していた作品ですが、東南アジア各国でのサービス拡充タイミングを狙い、Prime Videoで独占配信されたのでしょう。アメリカでは、配信開始1週間前より映画館でも上映されています。

また、8月14日には、MGM作品の海外配給をワーナー・ブラザースが担当することが発表されました。「13人の命」やシルヴェスター・スタローン主演の「サマリタン」はPrime Videoでの独占配信ですが、今秋北米公開予定のルカ・グァダニーノ監督、ティモシー・シャラメ主演の「Bones and All(原題)」からは、ワーナー・ブラザースが海外での劇場配給を手がけます。なお、MGM最大のフランチャイズである「007」シリーズは、次作の「Bond 26」までは以前の海外配給担当ユニバーサル・ピクチャーズとの契約が残っているそうです。Amazonがスタジオと密接な関係を築いているのは、NetflixともAppleとも異なるアプローチです。

巨大テック企業のAppleとAmazonは、従来の映画スタジオとは異なる視点でエンタテインメントを捉えています。それは、多くのテック企業の成り立ちが“人々の生活を豊かにするイノベーション”に基づいているからで、エンタテインメントの未来を担う異業種参入と言えそうです。では、ハリウッド5大スタジオと呼ばれる映画スタジオの決算はどうなっているのでしょうか。次回以降は、ストリーミングサービスの総会員数が2億2110万人を数え、Netflixの総会員数をわずかに超えたと話題になったディズニーや、ディスカバリーと合併した新生ワーナー・ブラザースなど、スタジオ各社の決算を追ってみたいと思います。

平井伊都子

アメリカ・ロサンゼルス在住。映画雑誌の編集や任期付外交官(文化担当)を経て、現在は映画ライター、ジャーナリストとして活動する。2021年からゴールデングローブ賞を選考するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)に所属。

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荒川直人 @nao_arakawa

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