第086話 リフォルム再訪
約一月ぶりに辿り着いたリフォルムは、以前にも増して騒然としていた。
さすがに鷲の降り場は開いているが、他の所は補給物資の類でごちゃごちゃになっている。
王城というのは、やはりこの時代いかめしい場所と決まっていて、俺が前来たときも、民間人がおいそれと入れる地区ではなかった。
しかし、今は城内が開放されているらしく、商人たちが我が物顔で歩いている。
「これどうすりゃいいんだ?」
この有り様ではトリカゴは一杯だろうし、かといってそこいらに繋いでおいたら誰かに持って行かれそうな雰囲気もある。
前のようなこともあるし、王城とはいえとてもそんな気分にはならない。
だが、リャオのほうは、さすが御曹司が板についているのか、堂々としたもんだった。
「城の外で、俺の家の天幕があった。親父が王城に来てるかもしれん」
と言った。
「そうなのか。じゃあ探してみよう」
確かに、城壁の外には、たくさんの天幕が張ってあった。
王鷲を運営する民族らしく、そういった天幕には天井を覆う布にデカデカと将家の家紋が描いてある。
空から観て、簡単に陣営が解るようになっているわけだ。
といっても、全部の天幕に複雑な家紋が描いてあるわけではなく、そうしてあるのは王鷲の預かり所だけである。
今となっては、ほぼ考えられないことだが、シャン人同士の争いの中では特攻の標的になりえるので、本営には空からパッと見て解るような特別な装飾はされていない。
リャオは、幾つもあったそうしたテントの中から、自分の家のものを探したのだろう。
「じゃあ、聞いて回るか」
***
ルベ家のご当主どのは何処か。と聞いて回ると、わりとすぐに見つけることができた。
言われた場所へ行くと、リャオの顔見知りらしい大人たちがおり、そこに二羽の鷲を預けると、城の中に入った。
リャオの親父は城の中にいるらしい。
案内された部屋に入ると、どうやらドでかい客間を丸々貸されているらしく、中はかなり広かった。
「オッ?」
リャオを見つけると、上座の一番いい椅子でしかめっ面をしていたおっさんが「なんでこいつここにいんの?」みたいな顔で驚いていた。
「よう、親父殿」
「そういえば、姫君となにやら遊びに来ると言っておったな」
まだ痴呆は始まっていないのか、おっさんはすぐに思い出したようだった。
普通自分のガキがこんな遠足にきてるとなれば、親は覚えてるもんだろう。
生粋の武門の当主はルークとは感性が違うのか、単に我が家以上の放任主義なのか。
このおっさんは、リャオの親父で、キエン・ルベという。
白髪が混じり始めているが、まだまだ働き盛りの壮年といった容姿を持っている。
「どうも、初めまして」
と、俺が慇懃に頭を下げると、
「俺たちのカシラをやっている、ユーリ殿だ」
リャオが紹介してくれた。
「噂は聞いている。まあ、座りなさい」
促されたので、俺は「失礼します」と言いながら、適当な席に座った。
同時に、同席していた大人たちが、口々に「それでは」などと言いながら、席を立ってしまう。
「邪魔をしてしまったようで」
と、俺は一言詫びのような言葉を放っておいた。
「構わん。大したことは話していなかった」
そう言うと、キエンは改めて俺の方を見て、
「それで、なんの用事で来た?」
と言った。
本来であれば、息子であるリャオに尋ねたほうが、気が通じている分、話が通りやすいところだ。
だが、俺は一時的にリャオの上官ということになっている。
そのへんを配慮して俺に尋ねたのだろう。
ここで、もしキエンが、俺を無視してリャオと話を始めれば、俺は上官としての立場がなくなってしまう。
騎士団などという名を名乗っていても、一種の軍隊である以上は、当然といえば当然の配慮だが、子ども相手にこれをできる人間は少ないだろう。
「お察しのことと思いますが、開戦は何時頃になるのかと探りに参りました。見逃してしまっては間抜けですので」
と、俺は素直に言った。
「そうであろうな。だが、儂のほうも解らん」
「そうですか」
解らんというのは、どういうことだろう。
もちろん、いつ攻めてくるというのは向こうが決めることだ。
明らかに攻勢の準備を進めていて、軍団に隊列を組ませて、あと一キロメートル。というところまで迫ったとしても、戦闘になるかというのは断言できない。
相手が引いてしまえば、戦闘は始まらないかもしれない。
だが、普通はそういう場合、状況の要素から分析して、向こうは時速これくらいで進軍するから何分後に戦闘が始まるだろう。という風に言うものだ。
「妙な動きをしておる」
ああ、そういうことか。
向こうの挙動がおかしいので読めない。ということか。
「なにか、おかしなことをしているのでしょうか」
「敵が何故か遅い。何かに手間取っているようだ。だが、それが何かは解らん」
「なるほど、そういうことですか」
ふーん。
「きみはなんだと思う」
と話を振ってきた。
「おおかた、ヴェルダン用に、なにか新しい試みをするつもりなのでしょう。大きな用意の要る攻城兵器とか」
相手方が馬鹿でない限りは、前回攻略に失敗した要塞に対して、そういった工夫を凝らしてくるのは当然だろう。
力攻めでどうにかならなかったものは、工夫で解決する。
実に理性的な判断であり、そういった工夫をしないのは、むしろ不自然と言える。
「儂らもそう考えていたところだ」
「はい」
彼らもそういう推察をしていたらしい。
ルベ家も、伊達に将家やってるわけじゃないな。
まあ、そういうことなら仕方がない。
なんだったら、距離も近いんだし、リャオに数日おきにここに来てもらえば、だいたい最新の状況は知れるだろう。
長居するのもなんだし、席を辞す挨拶でもするか。と思った時に、キエンは再び口を開いた。
「ところで、そこに持っているものは鉄砲か?」
目ざとく見つけた土産物の鉄砲を指さして言った。
「ええ、まあ」
鉄砲というのは、ありふれたものではないが、シャン人の世界にもある。
なかにはシャン人が複製した出来の悪い鉄砲もあるが、殆どは戦争の際の拾得品だ。
つまりは戦利品なわけだが、シャン人には木炭と硫黄はともかく、硝石を安定供給する技術はまだなく、つまりは火薬が作れない。
もちろん、戦利品の火薬を使って見よう見まねで発砲することはできるが、二発か三発撃ったらそれで終わりで、あとは置き物になってしまう。
俺も、実はシビャクの古道具屋で、一丁みたことがあった。
「いつのものだ?」
「これは、去年製造された鉄砲ですよ。フリューシャ王国という国のものです」
「ああ、確か、なにやらクラ人どもと取引をしていると聞いたことがある」
なんだ、俺の商売も有名になったもんだな。
まあ、売れるのをいいことに、あんだけ輸入しまくってればそうなるか。
「見せてくれ」
「はい。こちらの王室に献上するために持ってきたものですが」
これいいな、くれ。と言われた時のために、釘をさしておきながら、俺は布を解いて鉄砲を渡した。
この鉄砲は、元より向こうの貴族が使うものなのか、木製の銃床のところに彫り細工などがしてあって、その上に弦楽器に使うような上等のニスが塗ってあるので、見た目も綺麗なものになっている。
ここ数日で使いまくったせいで、若干ニスの光沢が煤けていたが、全体を油布で拭き、銃腔内部もキッチリと煤を拭って綺麗にしたので、姑息的にではあるが輝きを取り戻していた。
「ふむ……」
キエンは、興味深そうにじっくりと鉄砲を睨めまわしていた。
「よし」
と言うと、俺に鉄砲を返した。
さっそく、包んでいた布に包みなおそうとすると、
「包まんでいい」
と言ってきた。
「……?」
なんで包まんでいいんだよ。
と内心で思いつつ、懐疑の眼差しを送る。
「これから軍議だ」
「軍議?」
「女王陛下は出席せんが、王配閣下は出席する。その場で渡せばよかろう」
「え」
軍議っつーからルベ家の身内軍議かと思ったら、ちげーのかよ。
なんか首脳会談っぽい匂いする。
だが、なんで包まんでいいんだ。
裸のままで渡すのはなんだから、さすがに多少包みたいのだが……。
「リャオ、お前も出席せよ。勉強になる」
いやいやいやいや、勉強になるったって、気心がしれたユルい職場に子ども連れてくんじゃないんだから。
まずいでしょいろいろと。
「はい。お伴させて貰いましょう」
リャオもやる気まんまんで言った。
えー……。