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第029話 閑話3 平和な日常

「ユーリ、やってきたぞ」


 キャロルが帰ってきた。

 シャムの学校デビューの介添えのようなことを頼んだのだが、ちゃんとやってきたらしい。


 さすがに、王女殿下が連れてきた女の子を、わざわざ虐めようと思うやつは居ないだろう。

 これで、シャムのことはまず安心と見ていい。

 勉強以外は、だが。


 その時、俺は寮のラウンジで、ミャロとのんびり斗棋をしていた。


「お約束があるんでしたね。ボクはいいので、気にしないで行ってきてください」

 盤を囲んでいたミャロが言った。

「そうか、悪いな」

 途中で申し訳ないが、抜けるか。

「ちょっと待て、斗棋か」


 キャロルは近くまでやってくると身を乗り出して盤を覗きこんだ。

 キャロルはあまり強くない。

 つーか、ぶっちゃけ下手だ。


 ルークと同じでゲームは好きなのに、好きで好きでしょうがないのに、上手くはないという、可哀想なタイプだ。

 最底辺としか言いようのないドッラと比べればさすがに強いが、同い年でも平均以下くらいの実力しかない。


「いいぞ。一局待ってやる」

「お前が見たいだけだろうが」



 ***



「……参りました」

 俺は盤の上に平手を置いた。

「えっ」

 馬鹿が約一名素っ頓狂な声をあげているが、ミャロはニコニコしている。


「諦めが早過ぎるぞ、おい。まだまだ」

「七手詰みだ」


 俺が次の手をうつと、ミャロも分かっていたようで、間を置かず打ってきた。

 それを五回も繰り返すと、だれでも解るような王手になった。

 しっかり詰まれている。


「ほほー。よく気づいたな」


 感心してやがる。

 だが、無理もない。

 たかが七手詰みとはいえ、これはわかりにくい。


「ミャロは気づいた時には詰みに入ってるからな」


 餌を置いて誘導するのが上手いというか。

 バレバレの餌の置き方をする奴は数多いが、ミャロのは本当に解りにくい。


 雑魚の小駒を気前よく取らせながら、大駒を殺しにいくような手をけっこう指す。

 疑心暗鬼になって攻めあぐねていると、意を得たりとばかりに攻めてくる。


 今の一局も、詰みの五手前に詰ませに来ていることに気づいて、なんとかしようと粘ったが、無駄だった。

 盤面としては伯仲(はくちゅう)しているようにも見えるので、キャロルが諦めるのが早いといったのも、まあ頷ける。


「悪いけど感想戦はまたな」

 キャロルに付き合ってやらなきゃな。

「はい。盤はボクが片付けておきます」


「悪いな」

「殿下を楽しませてあげてください」


 いや、こいつなんか勘違いしてないか。


「別に遊びに行くわけじゃないけど」

「そうですか? てっきりデートなのかと思っていましたが」

 なにを馬鹿な。


「アホなことをいうな」

 と、キャロルも心外そうな顔をしていた。

 珍しく意見が合ったな。


「なあ、今日はそういうアホみたいなことを皆で言い合う日なのか? さっきも言われた」


 俺に話を振ってくる。

 そんな奇習は寡聞にして聞いたことがない。


「いいえ、でもまあ、そのように見えたものですから」

 ミャロは人が悪そうな笑みを浮かべている。

「みえない」

 キャロルが頑として言った。


「ほら、いくぞ」

 手を握られて連行されていく。

 ミャロはおもしろそーにこっちを見ながら、小さく手を振っていた。



 ***



 約束というのは、俺の王鷲に乗らせるという約束だ。


 俺は自分の鷲を実家から持参している。

 どうも、キャロルは俺が上手いのをこの鷲のおかげと思っているらしい。


 天騎士になりたい奴は大勢いるが、王鷲はニワトリを飼うような気軽さでは育てられないので、希望者より数が少ない。

 王鷲は高価なので、騎士院とて何十羽も飼育しているわけではないのだ。


 なので、持参できるくらい裕福な家は、できるだけマイ王鷲を持参する決まりになっている。

 一人が持参すれば、天騎士コースからふるい落とされる数が一人減るわけだから、学院側としては「できれば」ではなくて「特別な事情がない限り、持参できる者は必ず」というくらいのニュアンスで持参させるようだ。


 実際、持参できないと様々な問題がある。


 騎士院所有の王鷲は毎日ハードな使用に耐えているため、いつも体調が悪く、体調が悪い鷲に乗れば、事故の危険性も高くなる。

 また、下手な乗り手ばかり乗せているのに、定期的に調教をし直す暇もないので、乗り心地もあまりよくないようだ。


 加えて、練習の順番待ちも発生する。

 持参した者の半分程度しか練習時間を持てないために、技量の向上が遅れてしまう。

 体重的なタイムリミットがあるので、持参できない組の者たちは、技量の向上に焦る傾向があるようだ。


 ここに入って初めて知ったが、そうやって技術に熟達し、天騎士という一種の資格を得ても、半分くらいは王鷲とは離れた人生を送ることになってしまうらしい。


 定期的に乗せて貰えればいいのだが、卒業したきり十年単位で飛行から離れてしまい、自動車免許のペーパードライバーみたいなザマになってしまう天騎士も多いという話だ。


 俺はもちろん、持参しないわけにはいかない家柄なので、王鷲を持ってきている。

 ルークに持たせてもらった。


 名を「星屑(ほしくず)」といって、名付け親はシャムである。

 ルークが孵化から手がけた鷲だ。

 ルーク牧場の鷲は相変わらず出荷されているが、ルークはもうトリ牧場が本業ではなくなってしまっているので、ルークが孵化から手がけた鷲というのは、今やちょっとしたレア物となっている。


 もっともこないだ会ったら、自分の鷲が歳を取ってきたから、また育てる。みたいなことを言っていたので、そのうち卵を貰ってきて孵化させるのだろう。

 自分の鷲くらいは手ずから育てたいらしい。


 キャロルはなぜか天騎士コースに入っていて、鷲もけっこう上手い。

 キャロルの鷲は「晴嵐(せいらん)」といって、名付け親はなんと女王陛下である。


 こいつもルークが孵化から手がけた鷲であり、キャロルが幼少のころに女王陛下が買い求め、キャロルにくれてやった。

 俺が配達に付き合ったあのトリで、引き渡しの前には俺も跨ったことがあるわけだが、僅かな間のことだったので、よく覚えていない。


 王城で過剰に甘やかされてしまったらしく、久しぶりに会ったら生意気なツラをしており、飼育員の頭をつつくツツキ癖がついてしまっていた。

 乗り手のキャロルのことは流石につつかないが、この癖がついた鷲がカゴのなかに一羽でもいると、飼育員は鉄のヘルメットを被る必要がでてくる。


 鷲舎(とりかご)の中に入ると、俺に気づいた星屑が早速降りてきた。

「ルルルル……」

 という、低く詰まったような喉鳴りで歓迎してくれる。

 近づくとクチバシを差し出してきた。


「星屑、いい子だ」

 クチバシをなでてやると、

「クルルルルル……」

 と、満足そうに黄色地に黒い瞳のついた目を細めた。


 しばらく撫でたあと、鞍をつけてやり、星屑を外に連れだした。

 キャロルが待っている。


「ほーら、餌だぞ」


 と、キャロルが手に持って、星屑の鼻先に持っていったのは、魚だった。

 王鷲にとっては一口大の、タラみたいな魚だ。


 星屑はクチバシでしっぽを掴むと、ぽいと上に放り投げて、ぱくりと平らげた。

 餌付けをすれば懐くのは、犬ころも鷲も同じである。


 王鷲は、もともとは山の背側のフィヨルド地帯に生息している鳥類だ。


 現在でも野生の王鷲というのが存在していて、主にシカなどの陸生動物を食べている。

 狩りの仕方はユニークで、急降下しながら爪を立ててシカをキャッチすると、そのままの勢いで豪快に掻っ攫い、上空でリリースする。

 地面にぶちあたって死んだシカを改めて食し、場合によっては巣に持ち帰り、(つがい)や雛に与える。

 人間を襲うことはめったにないが、リリースするときに本能的に開けた場所を狙うため、当地の村落では、頻繁にシカが空から降ってきて、屋根が破れるという。


 陸棲動物のほか海獣類も食し、海獣類の臓物を喰う関係で、魚も食べることができる。

 自ら魚を捕ることはないが、嫌いではなく、海の魚であれば寄生虫にやられることもない。


「よしよし」

 キャロルが手を伸ばすと、星屑は嫌がりもせず、自ら嘴を差し出した。

 キャロルは細い指で嘴と細かな羽毛をなでてゆく。


「そのまま食わせとけ。鞍つけるから」


 鞍をつけようとすると、星屑は自分から足を畳んで地面に腹をつけた。

 よくできておるのう。

 鞍を放り投げるように背中に乗せると、安全具を結んでいく。

 慣れたもんで、嫌がりもしない。


 その間もキャロルはぽいぽい魚をくれてやり、星屑のほうはパクパク食べていた。


 鞍を着け終わった。


「ほら、乗れ」

「え、今乗るのか?」


 ここは鷲舎(トリカゴ)のそばで、普通はここで騎乗はしない。

 離着陸場という場所が他にあるから、安全のためにそこまで歩かせてから飛ぶのだ。


「飛ぶ前に少しでも慣れておいたほうがいいだろ。おまえ一人ならさほど重くもない」


 いつもは大人プラス子ども一人で、八十キロ近い重量を載せるんだから、キャロル一人くらいはへっちゃらのはずだ。

 八十キロというのは王鷲にとっては負担なので、それを乗せたまま歩かせる、というのは普通しない。

 できるなら子どもでも乗せないほうがいいが、多少の体力の消耗よりも、いきなり乗せて空中でパニくるほうが怖い。


「王女殿下を乗せるなんて雄として光栄なことなんだぜ。粗相をするなよ」


 キャロルに聞こえないように、星屑に語りかけた。

 言葉が分かるわけもないが、星屑は「クルルル……ルル……」と喉を鳴らして返事を返した。

 

「安全帯装着よし」

 キャロルが優等生みたいな確認合図を言った。

 授業中でもあるまいに……。まあいいけど。


 俺が手綱を引っ張りあげると、星屑は頭を引っ張られる前にさっと体を起こした。

 本当にできておるのう。

 ルークの調教が行き届いておる。

 今だから解るが、他の天騎士たちがルークの育てた王鷲を欲しがるわけだ。


 そのまま手綱を引いて、離着陸場まで歩いて行った。



 ***



 離着陸場というのは、校庭よりは整備が行き届いていない、木が払われた平地みたいなところである。

 雑草も、適度に刈られてはいるが、抜かれてはいない。


 離着陸に滑走路がいらない王鷲に、何故こんなところが必要なのかというと、技量未熟な者が離着陸でミスったときのためである。

 例えば、離陸するときなどは、離陸の指示を与える以外の手綱さばきはいらないのだが、離陸してる最中にテンパって手綱を引いてしまう奴がいると、前のめり・後ろのめりに墜落することがある。

 その場合、樹木や建物にブチあたって墜落したり、あるいは校庭のような踏みならされて硬くしまった地面に墜ちるよりは、草が生えて土も柔らかい場所に墜落するほうが、被害は軽減されるというわけだ。

 そのため、草刈りなどはあえてされていない。


 俺は、引っ張ってきた手綱を、キャロルのほうに放り投げた。

 うまいこと空中でキャッチする。


「上空では、絶対に急な手綱さばきをするなよ」

「わかっているさ」

「行ってこい」


 そういうと、キャロルはさっと手綱を手前に引いて星屑の首を持ち上げた。

 星屑はぶわっと巨大な羽を広げ、大きく羽ばたかせながら浮上する。


 そして、そのまま斜め上に舞っていった。


 俺とキャロルはついこないだ、初等自主練習の許可が下りたばかりだ。

 ミャロも地味に天騎士コースにいるのだが、こちらはまだ許可を得ていない。

 ミャロは自分の王鷲を持っていないので、進捗が遅れているのだ。


 まだ中学生程度の子どもを一人で乗せるのは危険に思えるが、成長に伴い日に日に体重が増しているので、多少の危険を犯してでも急がなければならない。


 俺やキャロルは焦るほど上達が進んでいないわけではないが、上空での曲技飛行まで教えてもらうには、十三歳までのうちに基本的な飛行技能を習得しなくてはならないので、欲を張ると忙しい。


 十四歳を超えると二人乗りの重量が限界に近くなり、教官でも曲技飛行は危険性が高すぎて教えられなくなる。

 それに間に合わないと、地上の座学で予習をして、あとは自分一人で曲芸飛行を練習、ということになり、それは危険を伴う。


 曲芸飛行というのはどうしても失速が伴うものなのだが、王鷲は生き物なので、空中で失速するとパニックを起こしてしまうのだ。

 飛行機であれば、空中で失速しても、落下するうちに速度を取り戻して立て直せるが、王鷲は機械ではないので、そうはいかない。


 本能として、空中で失速した場合は、足で掴んでいるもの、背中についているものを離そうともがく。

 だが、背中についている飛行士は安全タイで繋がっているので、振り落とせない。

 そうやっているうちに地面に到達してしまうのだ。


 鷲が乗り手を完全に信頼していて、十分に習熟した乗り手が作為的に失速をさせた場合などは、鷲も安心感を抱いているのでパニックには至らないが、未熟な乗り手の操作では、鷲も安心感を抱けない。


 そういう事情があるので、曲芸飛行を独修するのは、特に危険なことらしい。

 天騎士にとっては、曲芸飛行をこなせることが一人前という風潮があるため、騎士院側は十四までに腕前をあげさせるために、けっこう簡単に自主練習の許可を下ろす。


 だが、そこで乗るのは自尊心が高く調子に乗りやすい貴族の子どもたちだから、自主練習中の事故は多く、高位の騎士家の中には、息子は最初から天騎士にはしない。という家も多いようだ。


 折角の跡取りがつまらない事故で死んでしまったら意味がない。という理屈である。

 また、天騎士は筋肉ムキムキのマッチョのような戦士には向かないので、体格が大きな子どもは最初から諦めさせる場合もある。


 なにがいいたいかというと、コレはドッラのことで、ドッラは鷲とはまったく縁がない。



 ***



 上を見ると、キャロルが乗った星屑が、ゆうゆうと空を飛んでいた。

 抜群の安定感である。


 といっても、初等自主練習では難しいことはなにもやらないから、失敗する要素が殆どない。


 王鷲は、地上で手綱を引いて離陸すれば、鷲の好みの高度まで勝手に上がり、あとは左回りに大旋回を続けるように調教されている。

 初等自主練習でやれることは、左回りの大旋回を続けさせること、それだけなのだ。


 やることといったら、回っているうちに中心点がズレてきてしまい、離着陸場から離れるようだったら、わずかに調整して中心点を直す作業だけだ。

 直せないようだったら、離れすぎる前に着陸の指示をして、どこでもいいから降りる。

 やることはそれだけで、何も難しくはない。

 よほど方向音痴な王鷲だったら大変になるが、星屑はほとんど完璧な真円を描くのだから、余計なことをしなければ、何も問題は起きない。


 昼寝をしていればそのうち戻ってくるだろう。

 俺は手頃な木の根本の草を倒し、木の幹を背もたれにして、休み始めた。


 ああ、いい天気だ。

 日はさんさんと差していて、空は碧い。


 この国では短い、外で昼寝ができる季節を、今は楽しもう。



 ***



 だが、それを許さない者がいた。


「はぁ、はぁ……」


 なんの用なんだか、俺の近くに近寄ってきた、見知らぬ少女だ。

 走ってきたのか、息を切らしている。


 教養院の制服を着ていた。

 シャン人の中では珍しい金髪だ。

 珍しいというか、キャロルと女王陛下しか見たことがないんだけど。


 騎士院の敷地の奥深くまでくる教養院の女子というのは、イケメンの先輩方のおっかけと相場が決まっている。

 危険地帯だというのに、離着陸場のど真ん中でシートを広げてピクニックとか始めて、こっぴどく怒られて追い出される奴らだ。

 できれば関わりあいになりたくはない。


「あなた、ここでお姉様をみなかっ……た?」


 少女は、息を整え、初めて顔を上げて、俺を見た。


 なんだ?

 なんだか知らんが呆けたような顔をしている。


 俺は他人に顔を見られてこんな表情をされたことはないので、後ろに突然ゴジラでも出現したのかと思い、振り向いてしまった。

 そこには木立だけがあった。


 俺はふたたび女の子を見た。

 俺より年下に思える。

 かなり気品ある顔立ちをしているが、小生意気な感じだな。


「なんだ?」

「あなた、名前はなんていうの?」


 なんで俺の名前なんぞ聞きたがる。

「ユーリだ」

 だが、名乗って損があるわけでもないので、教えてやった。


「ユーリね。家の名は?」

「ホウ」

「ユーリ・ホウね。ふーん、ホウ家の次男かなにかかしら?」


 なんだこいつ?

 次男がいたらツラを拝んでみたいもんだ。

 あえていえばルークは次男だが、親の代のことではあるまい。


「どうでもいいだろ、お前にゃ関係ない」

「おまえ? ずいぶんな口を聞くのねぇ。私を誰だと思っているの?」


 なんか調子に乗ってる。

 平民のくせに生意気よ? みたいな感じだ。

 お前なんか知らねえよ。


「さあな」

「私は王族よ」


 王族?

 王族だったのか。

 どーりで偉そうなわけだ。


「ふーん」

「カーリャ・フル・シャルトルよ」


 へー。


 なるほど。

 じゃあ、こいつキャロルの妹か。

 こんなに歳が近い妹がいるなんて聞いてないな。


 種違いならともかく、腹違いということはないだろうから、連続して二人産むというのは少産のシャン人としては、かなり珍しい。

 ルークとスズヤなんて、十年も励んでも、まだ次の子が産まれないのに。


「キャロルの妹か」

「……私の前でお姉様を呼び捨てにするなんて、いい度胸してるわね」


 いい度胸してるのか、俺って。

 一応、気にしそうな大人の前では殿下って呼んでるんだけどな。


「やつとはお前、こいつの仲だからな」

「お姉様と知り合いなの?」

「まあな」


 知り合いというか。

 なんと形容したらいいのかわからん間柄だが。

 考えてみたら、お前こいつの仲ってなんだよ。聞いたことねえよ。


「なるほど、そういうことなら、あなた、特別に親しくしてあげてもいいわよ」

「……は?」

 唐突に何をいいだすんだ、こいつは。


「私が親しくしてあげるって言ってるの」

「いや、わけがわからんが」

「嬉しいでしょ?」


 サラッと髪をかきあげる仕草をする。

 ブロンドの髪の毛が柔らかく宙を舞う。

 まー、なかなか美少女ではあるよな。

 ロリコンの変態おじさんが見たら、人生を捨てる覚悟をして犯罪行為に走りそうな感じだ。


「嬉しくなくもないが」

「あらそう?」

「だが、遠慮しておこう」

「えっ」


 俺はホモではないから、女と関わり合いになりたくない。というわけじゃない。

 だが王族はNGだ。

 というか、教養院の女とは関わりあいになってはいけない。


 これは偉大なる先達、ルークの箴言(しんげん)でもある。

 イケメンの人気者で在学中モテモテだったというルークは、それでも一度として教養院の女と付き合ったりはしなかった。

 なぜかというと、この学院では、交際は自由だが本番をしたら即婚約という仕組みができているからなのだ。


 女の貴族、というか魔女には、結婚までは純潔を守るのが当然という文化がある。

 結婚したあとは、場合によっちゃ男の愛人を作りまくって、事実上一妻多夫のような逆ハーレムを作る場合もあるが、それはそれとして、結婚までは純潔を貫き通す。


 それは大変けっこうなことなのだが、なぜかは知らんが、まっとうに交際をして純潔を散らした場合、その責任は男の側にあるという理屈がまかり通っているのだ。

 男は責任をとって結婚すべしということになるのだ。


 その際、「向こうから誘ってきた」「中には出してない」「遊びでもいいってゆわれたし」なんていう言い訳は一切通用しない。

 というのは、ルークが大真面目に語った内容である。


 なので、なんとなくで交際を始めた魔女とヤッたあと、本当に好きな女ができてしまい、だが過去の過ちはどうにも覆しようがなく、悲恋に終わる。

 という失恋物語は、騎士院にはたくさんある。らしい。


 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。

 賢いルークは歴史に学んだ。

 結果、スズヤと出会うまでに愛してもいない婚約者などを作らずにすみ、本当に愛するスズヤと結婚することができた。


 もし婚約者ができてしまっていたら、そもそも退学して自由の道を歩むという選択自体、選べなかった可能性が高い。


 ただ、ルークは二十幾つでスズヤと出会うまで童貞だったというわけではない。

 ちゃっかり市街の酒場に繰り出して市井の女と遊びの付き合いをしたり、娼館通いしたりしていたという。

 賢い騎士は教養院の女なんぞとは付き合わないのだ。


 そして、こいつは、教養院どころか王族である。

 まかり間違って事故でも起こったら、これはもうマジにとんでもないことになるだろう。


 可愛らしいといっても、踏んだら人生が台無しになると解りきっている地雷と親しくしたいやつがいるだろうか。


 いつ死んでもいい変態のおっさんならいいが、俺はまだ人生長いんだ。人生棒に振りたくはない。


「なんとかいいなさいよ」

 どっかいってくれって言えばいいのかな。


「何が不満なの? 私は王族よ」

「王族はキャロルでたりとる。二人もいらん」

「……もしかして、お姉様と付き合っているの?」


 カーリャは眉根を顰めた険しい顔をして言った。

 なにをいいだすんだこいつは。


「あんなのと付き合ってたまるか」


 俺がそう言うと、カーリャの表情がほどける。

 なんでだ。


「そうなの。じゃあ私が付き合ってあげるわ」


 なんかもう疲れてきた。


「悪いが、俺はまだ結婚は考えてないんでね」

「あら、付き合うのと結婚は違うのよ」


 こいつはこいつで、どんだけマセたガキなんだよ。

 つーか、この学院の鉄の掟をしらんのか。

 それとも、性欲激しい思春期の男が、手を繋ぐだけの清い交際を保てると信じているのか。


「結婚を前提としない交際はしたくない。不誠実なんでな」

 結局、俺は心にもないことを言った。


「あらそう? ならしょうがないわね」

 おっと、引いてくれたようだ。


「ならどっかいけ。俺は寝る」

「ふうん。それじゃあね。お姉様に会ったらお話があるって言っておきなさい」

 そう言い残してカーリャはどっか行った。


 俺は樹の幹に寄りかかって寝た。



 ***



「―――おいっ、おいっ」

 声がして、目が覚めた。

 目を開けると、そこにはドでかい鷲と、手綱を握ったキャロルがいた。


「ん……もう終わったのか」

「終わったぞ。まったく、良くこんな所で寝られるものだ」


 背中が痛いっちゃ痛いが。

 キャロルはお嬢様だから、ベッド以外で寝る機会なんぞないのかもしれん。


「そうか? 机で居眠りするのと一緒だぞ」

「私は机で居眠りなどせん」

 そうなのか。

「真面目だな」

 俺はよっこらしょと立ち上がった。


「じゃあ、戻るか。腹も減った」

 昼飯時はもうだいぶ過ぎている。

「そうだな」


 星屑をトリカゴに戻して、寮に帰った。

 キャロルはメシも食わずにどっか行ってしまった。

 お忙しいこった。



 ***



 夕食時に食堂で飯を食っていると、再び寮に戻ってきたキャロルが話しかけてきた。

「おい、ユーリ。お前、私の妹と会ったか?」

「ああ、そういえば会った」

 すっかり忘れていた。


 今思い出したけど、用があると伝えてくれとか言ってたな。

 今からでも伝えたほうがいいのか。


「そういえば、おまえに用があるとか言っていた」

「遅いわ。もう会ってきた」


 やっぱり遅かったようだ。

 キャロルは乱暴に俺の隣の席の椅子を引くと、そこに座った。


「ちょっと耳をかせ」

 キャロルは俺の耳に口を近づけてきた。

 なんだよ、こそばゆいな。


「お前……その……、なんだ、好きになったのか、妹のことを」

「はあ!?」


 思わず素っ頓狂な声が出てきた。

 耳から口が離れる。


「今日はそういうアホなことを言い合う日なのか?」

 馬鹿なことをぬかしやがって。

「いや、違うが……」

「すっかり忘れていたが、お前が飛行してる間にちょっと話しただけだ。やたら小生意気なク……子どもだったな」

 クソガキといいかけたが、流石に姉の前ではやめておいた。


「だが妹は相思相愛とか言ってたぞ」


 はあ???

 なんだそりゃ。

 馬鹿かよ。


「寝言は寝てぬかせと伝えろ」


 あいつそこまで頭がおかしい女だったのか。

 マジで分別がねぇ。


 恋愛といえば聞こえがいいが、ことこの学院に限っては、相思相愛というのは一般人の若者が気軽に言い合うようなものとは、全然意味合いが違ってくる。

 直接的に「家同士の付き合い」とか「結婚」とかという単語と繋がってくるのだ。


 俺の家も今や家格は中々のものだから、零細貴族の女の子が一方的に言ってくる分には、相手にもされないだろうが、王族となると話が変わってくる。


 本気にするやつも出てくるだろうし、こちとら大迷惑だ。

 その辺の分別もついてないとは。


「つまり、好きになってはいないんだな」

「当たり前だろ」

「そうか。安心したぞ」


 ホントに安心したような顔しとる。

 普通に考えりゃわかるだろ馬鹿野郎。



 ***



 夕飯を殆ど食べ終わっても、まだ腹立ちが収まらなかった。


「もしかして、あいつドッラ級のアホなんじゃねえか」


 ドッラ級のアホだったら、頭が悪いのも納得できる。

 いや、さすがに一度会っただけでドッラ級のアホと認定するのは、幾らなんでも酷いか。

 さすがに彼女に失礼だったな。


 あのレベルのアホということは、もう人類というより類人猿のほうが、分類としては近い扱いになるからな。

 あれだけ可愛らしい生物を類人猿扱いするのはどうなんだ。

 見ための可愛らしさに免じて、いきなりドッラ級の扱いはやめてやるべきだろう。


 キャロルが口を開いた。

「ドッラはアホじゃない。彼は彼なりに騎士として精進しようと頑張っているじゃないか。妹もああなってくれればいいのだが」


 ああ。

 世の中って広いな。

 俺はしばし途方にくれて、世界の広さに思いを馳せた。

 ドッラみたいになってくれれば、なんて言葉が耳に入ることがあろうとは。


「正気か……?」


 俺は心底からの疑いをもって問うた。


「やつはお前に追いつこうと、必死に頑張ってるじゃないか。見ていて清々(すがすが)しい」


 俺は唐突に寒気を覚え、肌には鳥肌が立った。

 食堂の気温が急に下がったかな?


「まあ……おまえがちょっと特殊な性癖を持っていたところで、それは人それぞれだ……。俺は否定しないよ……」

「ばっ、ばかっ! そういう意味じゃない」

「じゃあどういう意味だよ」


 おら言ってみろよ。

 妹にあんなDQNになってほしいなんてよ。

 俺だったら、シャムがあんなのになったら、責任を感じるあまり、首を吊って死ぬかもしれないぞ。


「騎士として感心できるってことだ!」

「そうかぁ?」

 騎士道の観念というのは良く分からんが、DQNであることが騎士ということなのだろうか。

「お前は一悶着あったから、見方が偏っているだけだ」


「ふーん、そうかなぁ」

 そうとは思えないけどなぁ。

「そうだ。ドッラはドッラで偉い。妹があんなふうに向上心に溢れていてくれれば、私もいうことはない」

「そうかぁ? あんな風になったら、王家だって困るんじゃないか。こないだなんて、マラソン中に林の中入ってって野」


「おい!」

 と俺を止めたのは、キャロルではなかった。

 男の声だった。


「てめー、黙って聞いてりゃ、キャロル様に、なんてこと吹き込んでやがる」

 振り返ると、やはりそこにはドッラがいた。

 聞いてたのか。


「あー? 事実だろうが、お前が野」

「わああああ!!! 馬鹿野郎、やめろ」

「ふん」


 さすがに本人の前ではやめてやるか。

 こいつはアレだしな。

 うふふだしな。


「お前らはなんでそう……」

 キャロルはため息をついていた。

「別にいいだろ。それより夕飯は済ませてきたのか?」

「いや、ここで食べるつもりだが」


「ドッラは食ってねえんだろ」

「いま来たところだろうが、見りゃ分かるだろ」


 なるほどね。


「じゃあ、ここでキャロルと食えよ。俺はもう食い終わるからさ」


 俺がそう言ってやると、ドッラは面白いくらい喜色満面の笑顔になった。

 まったく、単純なやつだ。 

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