幕間その二 出雲有月はチートの特盛みたいなヘタレイケメンである
一方その頃なお話
本日は連続投稿します。
某無能少年が赤髪ポニーテイルに青空授業を受けていたり、チョロピュアな堅物青年騎士にぼろぼろにされていたりする一方でその頃。
正統派の勇者一行として召喚されて三週間。その友人三人といえば、
「だっしゃぁぁッッ!!」
と、美咲が回し蹴りを繰り出し。
「わぁぁぁぁッッッ!?」
と、有月が絶叫しながらそれを受け止めていた。美咲は女性が出すにはちょっとおかしい声を発していたが、それを突っ込む人材はその場に存在していなかった。
また例の如くに端折りが過ぎるので状況を説明しておこうか。
うん? この語り部が誰だって? 細かいことは気にするな。この物語の創造者が適当にでっち上げた疑似人格とでも思ってもらえれば良い。少なくとも、地球を管理している神様とか、この世界に存在している『馬鹿』とは関係ないと断言しておこう。あくまで傍観者で語り部という立場。基本的に、この物語はカンナ少年の主体で語られるために、彼から遠く離れた場所にいる者達の事を語ろうとすると、私みたいな役割が必要になってくるのだ。
話を戻そう。
美咲と彩菜の予想通り、王城の者達は勇者三人組に対して一定の準備期間を設けた。彼らとて、いかに優秀な才能を秘めた若者を召喚したとして、それいきなり戦場に駆り出すほどに馬鹿ではなかった。そもそも、彼らが今まで『戦い』とはほぼ無縁の世界に住んでいたことは、召喚の儀を主体で執り行っていた『王女』が事前に知っていたのだ。
なぜ全く面識のない『彼女』が触りとはいえ勇者達の世界の環境を知り得ていたのかは後に語るとしよう。
有月と美咲は現在、王城の訓練場で今まさに激突していた。
「ちょ、ちょっと美咲さんッ? 今のは女性が出すには間違っている声じゃなかったかなッッ?」
「余計なつっこみしてんじゃないわーーーよぉおおッ!」
有月の突っ込み(ここにいたな突っ込む奴が)を塗りつぶす、高らかに振り上げた足からの直下型踵落とし。慌てて有月が飛び退くも、美咲は構わずにそれを地面にたたき込んだ。
瞬間、爆炎と共に地面が吹き飛んだ。
「踵落とし」は確かに美咲という少女が得意とする技の一つであったが、さすがにそれ単体で地面を砕くほどの威力は持っていなかった。ーーいや、地面は砕けたかもしれないが、直径一メートル近くの土砂を吹き飛ばす程のモノではなかった。
正確に表現するならば、今の彼女は無手では無い。衣服は王城の者が用意した全身の動きを重視する格好。短パンに袖無しのシャツ。どちらも素材は最高級の代物で、それ単体でも高い防御力を持っている。両腕には肘から指先までを覆う手甲。これはカンナと同じく、防御力と同時に打撃による攻撃力の増加を計っている。
そして、ひときわ目立つのが両足。手を覆う防具からしてかなり大柄な脚甲だ。膝下から爪先に掛けての部分だけが異様に大きい。当然、重量も相応を秘めてはいたが、日々の鍛錬により、無駄なく引き締まった両足にとってはさほど苦になる重量ではなかった。だが、やはり不釣り合いすぎる大容量だ。
けれども、たかが足技が大地を吹き飛ばす程の威力を有するに至った理由はこの大脚甲にあった。
「おっと」
直撃こそ受けなかったが、有月は爆発の余波に煽られバランスを崩す。
「まだまだ行くわよッ!」
そこに追い打ちを掛ける美咲。爆炎を起こした右とは逆の左足ーーそれを覆う脚甲で地面を叩き『術式』を起動する。脚甲と地面との設置点に術式方陣が描かれ、またも爆炎が起こった。
ーーこの世界に来て三人がまず最初に教わったのは、それぞれ魔力値の測定と術式適性だった。それはもう念入りに。某無能少年の例もあり、測定係だった宮廷魔術士達の不安は計り知れなかったが杞憂に終わる。三人とも、まさに『勇者』と呼べる素晴らしい才能を有していたのだから。
まずは美咲。測定の時点で宮廷魔術士の中でもっとも魔力を多く保有する者よりも一回りも多い。適性の属性は火の攻撃術式。基本四属性の中では最も攻撃力がでやすい属性だ。ただ彼女の場合、複雑な術式を練り上げる事を苦手としており、この三週間で取得できたのは単純な攻撃魔術式のみ。威力は出せるものの、遠距離に対する攻撃手段が得られなかったのだ。
確かに、火属性魔術式の威力は魅力的だ。だが、火を扱う性質上、術士が近くにいると自爆の危険性が非常に高くなってしまうのだ。超高温炎や超威力の爆発が至近距離で発生すればどうなるかは文字通り『火を見るより明らか』である。
だが、美咲はそれを己の最大の武器として活用する方法を得ていた。
それがーーーー。
「うぉおりゃああああああッッ」
爆炎が更に地を砕き、そして彼女の身体を『吹き飛ばす』。爆発の衝撃力を推進力とし、美咲の身体を弾き飛ばしたのだ。
大きすぎる脚甲は攻撃力と防御力のアップを図るためではなく、爆発の衝撃を利用するための緩衝材の役割を担っているのだ。元々現実世界で『空手』という無手武術を習っていた為かこの魔術活用法は驚くほどに彼女にはまっていた。
また、扱える術式が単純であるというのは逆に、術式の構築から発動までのタイムラグを極力に短くできる、思考をそれに傾ける割合が減る、という利点も合ったのだ。
必死に間合いを外そうと移動する有月に、美咲は連続して爆発を起こし、脚甲越しに得た推進力を使って無尽に駆け抜ける。
通常はこれほど頻繁に強引な推進力を追加していれば、即座にバランスを崩して転げ回っているところだが、足技を得意としていた彼女はバランス力を常日頃から鍛えており、あるいはバランス力が卓越していたからこそ足技に傾倒していた。最初こそ制御に手間取っていたが、既に地上で爆発推進を扱う分には十分すぎるほどに適応している。
逃げまどう有月と、爆炎と共に追い回す美咲。
「美咲さんの『魔術具』の調子は良さそうですね。とりあえず、彼女の装備の方向性はこのままで良いでしょう」
それを遠めに眺めている彩菜は手元にあるメモ帳に色々と記していた。内容は、有月と美咲の戦闘を観察し、彼らの装備に新たな装備を設けるかどうかの検証だ。
彩菜の魔力量は美咲の一・五倍。宮廷魔術士のそれを軽々しく上回っている膨大な量だった。これだけでもはや天才と呼べるのに(美咲も十分に天才レベル)、彼女はなんと上位属性である『元』の適性者だったのだ。
『元』とは物質の根元に干渉する属性である。この属性に適した魔術士の多くは『錬金術』と呼ばれる物質に魔術的要素を組み込む学問に傾倒する。わかりやすく言うと某片腕と片足が機械でできているちびっ子が使っている、色々なモノを混ぜ合わせて様々なトンデモ物質を生み出す術だと思ってもらえればいい。例えが分かりにくい? 知らん。
さて、そんな天才中の天才みたいな能力を持った彩菜。更に言うならば、彼女は全国模試でトップに君臨するほどの頭脳の持ち主である。並のモノなら修めるだけでも三年か四年も有する元属性の基本知識を、僅か半月ほどで取得したのだ。ただこれは彼女のスペックの高さと言うよりは、『元』属性の基礎知識が現実世界の『物理』科目に非常に似通った内容だったから。違いと言えば、そこに魔術的要素が加わったときにどのような変化を起こすかどうか、という追加事項があるぐらい。つまりは十分すぎる程の下地があったからこその習得速度と言えた。様々な面で『元』の属性は彼女にとって適していたのだ。
早々に『元』属性の基本をマスターし、いざ応用編と意気込んだ頃に、美咲の術式適性の欠点が発覚したのだ。
遠距離に攻撃ができない以上、美咲に魔術士としての教育を施すのは効率が悪い。それよりも、十分すぎる身体能力を生かした近接戦闘のみを重点に訓練を施せば良い、という話も持ち上がった。
そこに待ったを掛けたのが、彩菜である。
優れた魔力の持ち主であるのに、その宝を持ち腐れるのは非常に惜しい。そして、熟考の末に出された答えが。
「魔術士が殴っちゃいけないなどと誰が言った」である。
────間違いなく、某無能少年の影響である。
ようは、至近距離で強力な術式が発動した際の反動をどうにかすればいいのだ。そして優れた頭脳の持ち主である彩菜は、逆にその反動を利用するという結論に至ったのだ。
それから彼女は、元の世界での基礎知識に、この世界で得た技術をフル活用し、美咲の能力を最大限に発揮するための武具ーー魔術具の開発に乗り出した。
素材の精製だけでも三日以上掛かるだろう作業工程を『元属性』魔術を利用し一日で終え、更にそれを整形するのに一日以上かかるのを三時間ほどで完了。さらにさらに熟練の元術士でも数日以上掛かるであろう、錬金術の肝である『術式付加』を半日で終えた。
できあがった魔術具により、当初の予定通りに火属性術式を至近距離で発動した際の反動の減少、そして利用が可能になった。加えて、術式の展開位置を脚甲周囲に発生できる機能を有し、足まわりならどの位置からでも術式を発動できるようになったのだ。
その開発の成果が、今の美咲の装備である。
正しくはあれは二代目だ。一番最初の試作機は当初の目論見通りのを発揮したが、一日の訓練を終えた時点でバラバラに崩壊した。半ばアイディアが先行した勢い作品だったため、強度が不十分だったのだ。だが、二代目はその検証データを元に、耐久力の向上と重量の軽減を図っている。現時点でも様々なアイディアが浮かんでいる。
一方で、彩菜本人の攻撃手段も疎かにはなっていない。構想は既に頭の中で出来上がっている。美咲の脚甲と同時並行で開発する予定だ。
そして、最後の『ミスター主人公(某無能少年命名)』はと言えば。
「くぅ…………、僕だってやられてばっかりじゃッ!」
爆炎を絡めた連続蹴りから逃れた有月が反撃にでる。
彼が纏っているのは、王城に勤める一般兵と共通した鎧一式。ただ、素材一つ、作り方一つにしても最高級の物を使用しており、彼の装備する鎧だけで王都の一等地に家が建つほどの代物。
得物は、片手でも両手でも扱える、バスタードソードと呼ばれる長めの剣だ。左手には小型盾であるバックラーを装備した、剣士としてオーソドックスなスタイル。こちらの方も職人芸が光る一級品で、特に剣などは採算度外視の、現時点で用意できる最高の一品である。
全身を絢爛な装備で彩る有月はまさに『勇者』を体現したかのような洋装を有していた。
それはなにも、外見に限った話ではない。
「術式構築完了ッ! 超強化発動ッ!」
有月の剣を持たない左手に術式方陣の光が現れる。彼はそれを誰に向けるでもなく、振り上げた左腕を自らに叩き込んだ。術式方陣が一際大きな光を放つと、それらは彼の身体に吸収されるように溶け込んだ。
「オオオオオオオオオオオッッ」
気迫と共にドンッと衝撃を伴う風が吹き荒れた。
「ーーーーッ、間に合わなかったッ!」
「ここからは僕のターンだ。行くよ美咲さんッ!」
有月は宣言と共に踏み込んだ。その速度、美咲が爆裂推進を利用した時とほぼ同等の速度を有していた。地を蹴った部分が大きく抉れ、音を置き去りにするが如くに疾走する。
美咲は脚甲を爆発させて距離を離そうとするも、有月はそれよりも素早く肉薄し剣を振るった。反射的に美咲は手甲で防御を取るが、剣を受け止めた衝撃は凄まじく、彼女の身体は完全に宙に浮き吹き飛ばされた。
大きくバランスを崩す美咲だが、持ち前の優れた平衡感覚に加えて脚甲を小さく爆発させ、瞬時に体勢を立て直す。だが一息をつく間もなく有月が接近する。
「こんのぉぉッッ!」
怒りの感情を乗せて蹴り足。伴い、足裏に術式を展開し即座に発動。爆炎と共に迎撃の一撃を放った。
ところが有月はそれを予想していたのか、接近の軌道を爆炎が届く寸前に変更し、美咲の横をすり抜けた。
慌てて蹴り足を戻し振り返った美咲だったが、その瞬間に身動きが取れなくなる。その喉に、背後に回り込んだ有月の構える剣の切っ先が突きつけられていたからだ。
「…………私の負けね」
「…………僕の勝ちだよ」
悔しげに敗北を認める美咲に、有月は苦笑しながら勝利を認めた。
ーー有月の保有する魔力は、宮廷魔術士の十倍以上。『以上』と付くのは、残念なことに測定係の魔術士では彼のあまりにも膨大な保有魔力を測定することができなかったからだ。
そして適性属性は『光』。魔術の代表的である八属性の埒外にあり、もはや伝説と呼ばれるほどに希有な属性だ。その担い手の存在は記録の上では殆ど観測されておらず、この国が発足してから数えるほどの人数しか記録されていない。
あまりにも記録が少なすぎるためにどのような術式が存在するかすら殆ど不明。しかし、情報が完全に無いわけではなかった。有月が扱って見せた今の術式『超強化』も僅かに残されていた術式の一つだ。効果はまさに読んで字の如く、発動者の身体能力を大幅に高める。
光属性でなくとも『超強化』に似た身体強化の術式は存在している。火属性の『瞬発強化』。地属性の『耐久強化』といった具合だ。ただし、これらの身体強化術式は発動者の肉体に凄まじい負担を強いる為に、術式の効果が消滅した瞬間に激痛を伴う反動が襲いかかる諸刃の剣なのだ。
だが、有月が使って見せた『超強化』にはその反動が存在せず、ほぼノーリスクで使用できるのである。
欠点が無いわけでもない。一つは術式が複雑であり、構築の始動から術式の発動が完了するまでに時間が掛かること。もう一つは、効果は永続発動なのだが時間単位で消費する魔力が膨大であり並の魔術士の保有魔力では一分も待たずに魔力枯渇を起こす。
本来ならば大きな弱点であろうこの二つは、有月にとってはさほど苦にはならなかった。一つ目の欠点は、有月の素の身体能力がそもそも突出しており、術式構築までの時間稼ぎを難なく行えること。二つ目の魔力消費量にしても、一般人の持つ魔力と有月の持つ魔力の対比が、家庭用カセットコンロ用小型ボンベと、工業地帯にある巨大ガスタンクぐらいある。よって殆ど問題なしなのであった。
勝敗が決すると、有月は荒くなった息を深呼吸で整えながら剣を鞘に収める。美咲も肩から力を抜き、有月から一歩離れる。
「相変わらずチートくさい術式よね本当に。素の状態でも攻めきれないのに、使われたらもう手に負えないわ。その時点でほぼアンタの勝ちが確定して瞬殺されるんだもん」
「これしか使えないからね。これで負けちゃったら困っちゃうよ。僕としては、常に安定して戦える美咲さんの方が凄いと思うよ。超強化はどうしても切り札みたいな使い方しかできないから」
「勝者の余裕って奴? 腹立つわー。ちょっと一発殴らせなさい」
「いやいや、手甲付きのぐーぱんはやめていやほんとうに」
あからさまな冗談だったが、勝者であるはずの有月が「ひぃッ」と悲鳴を上げる。美咲は作り掛けの握り拳を解いて嘆息する。ちょっとメンタルが豆腐すぎる。美咲や彩菜が揃って『ヘタレ』と称するに足るヘタレっぷりである。なにが悲しいかと言えば、そんなヘタレ男に真正面から勝負して自分が負けた事実である。
物悲しさを感じる美咲に、いつの間にか近づいていた彩菜が声を掛ける。
「お疲れさまです、二人とも。これで汗を拭いてください」
「お、あんがと彩菜」
「あ、ありがとうございます彩菜さん」
彩菜が差し出した汗拭きようの布を受け取り、両者は礼を述べた。
「早速ですが美咲さん。私が造った脚甲の具合は如何ですか?」
「試作一号よりも断然使いやすかったわ。ただ、爆炎の衝撃がちょっと逃げてる感じがする。イメージよりも反動が弱いのよね」
美咲は装備する脚甲の爪先で地面を軽く叩く。
「反動が強すぎると制御が難しくなるのでは?」
「そこは私が自分で調節するから問題ないわ。あと、もうちょっと重量を増やして欲しい。軽すぎると蹴りの威力が出ないし、爆裂推進を使った後の方向転換で振り回されちゃうから」
「となると、基本設計はそのままとして、微調整をするよりも素材と形状をイジった方が良さそうですね。了解しました」
「頼んでおいてあれだけど、あんた自身の武器は大丈夫なの? まだ見せてもらってないんだけど」
「問題ありません。設計と素材の精製は完了していますから。今日と明日を使って美咲さんの脚甲と同時に造っちゃいますから」
「そっか。私の分は今装備してるのがあるから後回しにしても大丈夫だからね?」
「お気遣い感謝します。ですけど、私は荒事が苦手なので、こういった面で活躍しないと出番がないのです」
「ま、無理はしないでね」
「合点です」
ビシっと親指を立てる彩菜。小柄な体躯ではあるが、非常に頼もしい限りであった。
「有月くんはどうですか? 装備に不備があるなら私が手を加えちゃいますけど」
「問題はない…………かな?」
「なぜ疑問系なんですか」
「いや、今まで木刀や竹刀は扱ったことはあるけど、真剣を使ったことはなかったからさ。むしろここまで扱いやすいってなると逆に不思議に思っちゃうんだよね」
剣を軽く振るうが、それだけで風を切る音がビュンビュン響く。まさしくお遊びの操りなのに、妙に鋭い太刀筋である。
様になりすぎるその光景に、彩菜がぽつりと。
「まぁ…………そこは有月くんだからでしょうね」
美咲もぽつりと。
「有月だからね」
「その一言で済ませちゃうんだ二人とも。ちょっと酷くない?」
「「だって有月(くん)だから」」
ハモる二人にがっくりと肩を落とす有月少年。
彼女ら二人にとって、有月はそういう認識。大概のことは短期間で習得し、大抵のことならその道を極めようとする者達と互角以上の戦いを可能とする『規格外』。それが有月という少年だ。彼の手に掛かれば、剣だろうが槍だろうが斧だろうが多節棍だろうが、果ては銃火器であろうが、それなりの時間があれば十分すぎるほどにマスターしてしまうのだ。深く議論していても時間の無駄だ。
しかもそれが、元の世界では存在し得なかった『魔術』という要素でも変わりはない。有月は現在では使い手の殆ど存在していない『光』の属性術式を操ることができる。言い換えれば、資料のみを読み解き、ほぼ独学で『超強化』の術式を会得したのだ。
さらにさらに、『超強化』は身体能力を大幅に増大させる術式だが、ただそれだけだ。肉体を制御する精神には影響しない。それまで一般乗用車に乗っていた人間が、いきなりF1グランプリに出場するスペシャルマシンを操作するのと等しい。普通は動かした時点で操作を誤り大事故を引き起こすだろう。
にもかかわらず、有月はこの『超強化』を習得してから僅か一週間足らずでほぼ手中に収めていた。大幅に能力が増大した肉体を見事に操っているのだ。もはやこの時点で彼のチートっぷりが分かるだろう。
──神に祝福されし愛し子。
現実世界でさえの異名が、幻想世界でさえ轟くのもそう遠くないだろう。どこぞの無能少年とは真逆である。
最初に断っておくが、語り部である『私』は『あの無能少年』を忌み嫌っている訳ではないし、蔑んでいるわけではない。ただ、現実世界と幻想世界にあって、彼がどのような存在であるかを便宜的に呼称しているだけであって、特別な感情はない。私はあくまでも中立であり、事実を述べるだけの語り部である。
話を戻そうか。
訓練後の談笑を重ねていた三人に、パチパチと拍手を重ねながら、一人の少女が歩み寄った。
「さすがは勇者様方。もはやこの城であなた達にかなう人材は存在していないかもしれませんね」
王女というイメージを具現化したような煌びやかな少女だった。男性はおろか女性すらも見惚れてしまうほどの美しさでありながら、純粋無垢な清楚さをもっている。
彼女こそ、有月、美咲、彩菜をこの異世界に召喚した張本人。
人族国家『ユルフィリア』の第二王女。
フィリアス・エーデル・ユルフィリア姫殿下である。
「あ、フィリアス王女」
「いやですわ有月様。私のことは『フィー』と呼んでくださいとお願いしたではないですか」
「そ、そうだねフィー。わざわざどうしたのこんな場所に」
「用がなければ我らが勇者様はお会いしていただけないんですの?」
「そんなこと無いよ! 会いに来てくれて嬉しいよ!」
「私も、有月様にお会いできて嬉しい限りです」
「て、照れること言わないでよ…………」
お姫様が登場した途端に天才少年の表情がだらしなく崩れるのを、美咲と彩菜は冷え切った目でみていた。決してそこには嫉妬等の恋愛感情は含まれておらず、ただただ冷徹の色を宿していた。
((チョロい))
語り部たる『私』も全く持って同意だ。
と、ここで流石なのは、フィリアス姫が視線を二人に向ける寸前に、彼女らは表情を平常運転に移行。当たり障りのない感情を取り繕っていた所だ。傍目からしてフィリアス姫に思うところがまるでなさそうな雰囲気を醸し出す。
ーー某無能少年の影響パートツーである。
「美咲様、彩菜様、ご機嫌いかが?」
「そこそこにご機嫌ね。彩菜が造ってくれた脚甲の調子が上々だったしね」
「私としても、美咲さんの期待に応えられてご機嫌です。フィーさん、材料を融通してもらってありがとうございました」
「勇者様達のお役に立てたのならば光栄ですわ」
同性でさえ魅了しそうなお姫様の笑顔。二人も自然な笑みで返したが、内心はそれが不自然に見えていないかドキドキしていたりする。
表面的な評価を述べてしまえば、フィリアス姫は十分すぎるほどの便宜を図ってくれていた。美咲の脚甲の材料や有月の身につけている装備も然り、その他衣食住の提供や訓練を行うための場の確保も行ったりと、至れり尽くせりだ。姫の立場からして、身勝手に異世界から呼び出した上で戦場に駆り出そうとしているのだ。その身勝手を引き受けてもらうために最大限のサポートを担うのは当然と、彼女は言い切っていた。
有月はもうデレデレにデレている。正統派美少女なお姫様にこれほど尽くしてもらっているのだ。普通の男なら墜ちている。女性であっても、彼女の真摯な行動に心を許してしまうだろう。だが、美咲と彩菜の二人は、この世界に召喚されてから今まで、一度たりともこの可憐な美少女への警戒心を解いていなかった。
実の所、普通に信じていいのではないか、と思ったのは一度や二度ではない。けれども、その都度に、心の奥底で警戒心が疼くのだ。
脳裏にチラツくのは、親愛なるあの無能を自称する少年の顔。
疑う要素は無いのに、どうしても疑いの目を向けずにはいられない。
だから割り切っていた。
最大限のサポートはとりあえず受け取っておく。
だが、いざとなったら全力で逃げようと。
「さて、私がこちらに伺ったのは実は別件があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ん、何かな? まさか、いよいよ冒険の旅に出発とかッ」
有月が興奮気味に拳を握る。実力も付いてきたし、それを発揮する場が欲しくなってきていた。
「いえ、そうではありません。ですが、そろそろ『実戦』を経験していただきたいとは思っていました」
「…………城の兵士相手じゃなくて、街の外にいる魔獣を相手にするって事かしら?」
「美咲さんの仰るとおりです。後日、皆様には街の外にて魔獣の討伐戦の任についてもらいます」
それまでの微笑ましい雰囲気を潜め、フィリアスは真剣味を帯びた宣言を述べた。その深い雰囲気に、興奮気味だった有月も落ち着きを取り戻し、小さく息を呑んだ。それはほかの二人も同様だった。
これまで三人はずっと城の敷地内で仲間内や宮勤めの兵士達を相手に戦いの訓練を行ってきていた。無論、それとて半可な遊びではなく、生傷の絶えない本格的なものだ。しかし、城には常に高位の治療術式を扱える者が控えており、よほど致命的な怪我でなければ一日や二日で完治する。いわばある程度の安全が保障されていたのだ。
けれども、街の敷地外に一歩出れば、その瞬間に世界は弱肉強食に変貌する。いかに有月らの才能が優秀であっても、下手を打てば冗談無しに死の気配が忍び寄る。
「ユルフィリア王家の名の下に、最高位の治療術を扱える魔術士を同行はさせます。けれども、魔獣討伐の要は勇者様方のみで行ってもらいます」
「…………当たり前ですよね。最終的に、冒険の旅には私たち三人だけで出るんですから。ただ、今回は初めての実戦ですから、経験者が同行してくれるのは助かります」
「脅すような話が先行してしまいましたが、そこまで心配する必要はないでしょう。王都付近の魔獣は冒険者ギルドや城仕えの兵士達が定期的に掃討しているので強い個体は出現しません。勇者様達の実力を持ってすれば討伐は容易いでしょう」
城の兵士を相手にした模擬戦では、有月も美咲もそうだが戦闘が苦手な彩菜でさえ難なく勝利を得ている。その兵士等が問題なく相手できる魔獣なら、危機的状況に陥る確率はまさに万が一だ。
「ただ、余りに簡単すぎると慢心を呼ぶ恐れがあります。それに、魔獣討伐の云々を除いて、皆様に向かって貰いたい場所があったのです。そこでなら、みなさんに戦場の危機感を味わって貰うのに足る個体が現れるでしょう」
「ま、強い相手と戦わなきゃ実戦慣れは出来ないって意見には同意するわ。で、私たちに向かって欲しい場所ってどこなの?」
この中で曲がりなりにも『戦い』というモノに慣れている美咲が一つうなずき、フィリアスに先を促した。
フィリアスは胸に手を当て、軽い深呼吸をすると凛とした態度で告げる。
「この王都から馬車で一日ほど進んだ先にある霊山。三百年の昔にこのユルフィリア王国を襲った『魔神』が封印される、極寒の冷気に閉ざされた『セラファイド山』です」
有月達の初めての冒険。その山に待ち受けるのは如何に!?
さすがにいつもの文章量だと勇者一行の説明を仕切れずに倍の量になっていりする。
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