紙ベースでの業務や対面での手続きなど、自治体にはデジタル化すべき箇所がたくさんあると言われます。そんな「自治体DX」に真っ向から取り組んだのが神奈川県庁。2024年11月に開催された「Cybozu Days 2024」では、健康医療局の上村大地氏が登壇。後編では、正確さ・ミスのなさが求められる自治体特有の制約の中で、業務改善を進めていった具体的なプロセスを語ります。
業務改善にさまざまな「壁」が立ちはだかった
上村大地氏(以下、上村):さらに(kintoneの)外部利用の協議をするんですけど。結果として、こうなりました。kintoneを使ってよい業務が5業務に限られています。すごいですね。5業務なんですよ。5業務のうち、「台帳管理アプリ」と「調査・照会・問合せ」の2つは自由に開発していいと言われました。
これ以外には自由に開発できないという制約を受けてしまった状態ですね。「こんなんじゃ、業務改善は進まないよ」と、不満に思い始める頃です。

あとは書いてあるとおりなんですけど、「職員が設定を行ったら、委託業者に設定内容を検査させなさい」「開発環境とテスト環境の2系統を分けなさい」「テストの記録を残しなさい」「開発・テストを行う者と、本番リリースを行う人を分けなさい」「リリース手順書を作成しなさい」と、いろいろ言われてしまったんですね。
平時の利用をオーソライズしました。緊急で入れたkintoneを平時も使えることになりました。「平時に活用する」という最低限の目標は達成したんですけど、「なんか私の思い描いていた未来と違うな」と調整しながら思ってしまって、だんだん不満がたまっていくわけですね。
しかし、現体制、医療企画課の体制になって上司が代わりまして、「情報システム部門がぜんぜん許可してくれない」ということを同僚と愚痴っていた時に、上司から「上村さんが今、情報システム部門に配属になったとして、この仕組みを変えられると思う?」と言われました。
僕は「変えられないと思います。だって異動しません。異動するぐらいだったら辞表を叩きつけます」とか冗談のようなことを言ったんですけど、この一言って、僕の中では非常に重かったんですね。
「僕が向こうの職員になったとして、これまでの仕組みをいきなり、『上村が言っているから変えろ』なんてできないよな」「しかも、周りはスクラッチ開発からやってきた技術系の人もたくさんいるし、旧来の良さを知っている人間がたくさんいるので難しいだろう」と。

だから、DXの戦略を練らなきゃいけない部署ですが、いきなり変革させるのは難しいので、だったら「徐々にやるしかないよな」と自分ごと化したというか、相手に対する思いやりが生まれました。これはけっこう大きな一言でした。
新しい未来を描いている途中だから仕方ない
上村:あらためて振り返ってみると、今の仕組みは、これまでのやり方をちゃんと学んできているので正しいんですよ。過去はウォーターフォール型の大規模システム開発をやって、失敗がたくさんあったはずなんですね。
その結果、成功するにはどうしたらいいのか? 大切な税金を使うんだから、チェックしないといけないところはありますよね。成功事例と失敗事例を比較し、ベストプラクティスがあるので積み重ねて、現在に至っています。システム開発を失敗させないための仕組みがあって制度があります。
ただ、僕が歯がゆく思っているのは、これに対して新しい要素が、クラウドサービスやアジャイル開発という概念だったり、ノーコードツールのkintoneが登場したり、市民開発という概念が出てきたことです。
だから、これを採り入れて「新しい未来を描いている途中だから仕方ないんだ」と振り返ることができたんですね。だから「今やっている調整は、未来を作っていることなんだ」と考えました。「今の仕組みには従ってみるしかないな。変えられないし」になります。
結果として、僕の感覚として左右で変わったんですけど、以前は「こうやったら理想だな」があったんですけど、それをセキュリティ的に邪魔してきます。情報システム部門が「ダメダメ、これやっちゃダメ」とNGを言ってくると思って、「結局1つぐらいしかできていないじゃん」という、壁のように捉えていたんですけど、そうじゃなかったんです。

「彼らは今までのやり方を知っていて、すごく正しいことを知っている。でも、足りていない部分も、今の時代の変化に追いついていない部分もあるんだ。だったら一緒に考えて、最適なものにしていこう」というかたちですね。
敵のように思っていたんですけど、どっちかというと一緒に調整しながら、良い県庁の仕組みにしていくところになっているんだなと、発想が転換されました。乗り越える壁じゃなくて、一緒に考えてもらって最適解を求める。「最適解」はよくDXで言われますよね。
みなさんにはこういう仕組みがあるのかもしれないですけど、まずはとりあえずの仕組み、今の仕組みに乗ってみて寄り添った上で、できる限り満額の回答をして、「でもこうしたいんです」と言っていく。相手に一緒の方向を向いてもらうのが必要なのかなと考えています。
住民に価値を提供できるのが「自治体DX」
上村:最初に戻りますが、結果として類型が絞られてしまったんですけど、4,000時間を超えるぐらいの効率化ができています。
むしろ、いきなり「kintoneをやります」と局内に言っても、知っている人は知っているんですけど、知らない人は知らないので、スモールスタートしていることはいいことなんじゃないかというかたちですね。「便利だから、これできないの?」という相談も出てきていて、「職員の中の意識も変化してきているな」という感覚を僕自身持っています。
まずは認められた業務をやっているんですけど、認められた業務以外についても、業務所管課と共同で情報システム部門に、「さっきの調書を書くにはどうしたらいいんですか?」とか相談を受けたりしながら、認めていってもらっている。「きっと1つ作ることができたら、それを事例にして未来への道筋が広がるはずだ」と考えています。

大それたお話になるんですけど、「自治体DX」とセッションのタイトルにありますので、私の考える、業務部門による業務改善と自治体DXについて。自治体は、政策があって、施策があって、それを構成する事業が存在して、事業の中に業務があって、業務の下に作業もあるかもしれません。
時系列的には計画があります。基本的に、政策、施策、事業、業務とやっています。今僕がやっているのは、きっと業務の改善をしていると思っています。業務改善は進んでいる。業務改善した結果、「こういうのをkintoneでできないかな」という、意識の変革が起きていると思っているんですね。
情報システム部門の人は、やはりとっつきにくいと思っている事業課の方が多いと思うんですね。「横文字が多いし、なんかダメダメ言ってくるし、面倒くさいなぁ」みたいな。しかし、「そうじゃないよ。システム化すると便利だよ」と職員も意識が変わってきて、「簡単じゃない?」となってくればいいなと思っています。
業務改善しているだけだと「自治体DX」じゃなくて「役所のDX」なんですよね。自治体を構成する要素には、住民がいるはずなので、住民に何かの価値を提供できるところまで到達して、自治体DXかなと常々思っています。
まずは業務改善をしていって、業務改善した結果、余裕が生まれた。いい施策が考えられて実行できた。そうしたら、地域住民にいいものを提供できた。そうしたら自治体DXかなと思うんですけど、そこまで到達できればいいなということを理想として描きながら仕事をしています。

私のセッションの発表は以上です。ご清聴いただきありがとうございました。
(会場拍手)
ヒアリングから業務改善のサイクルが非常に速い
西田七海氏(以下、西田):上村さま、ありがとうございました。やはり大規模な組織で導入していくとなると、本当にさまざまな壁と当たりながら進めていくことになると思うんですけれども、この捉え方・考え方を自社でも業務改善を進めていただく時の参考にしていただければと思います。
それでは、ここから10分程度、質問タイムというかたちで、3問ほど私から質問を用意しています。今、全庁や部局全体でkintoneを使われている上村さんに、kintoneの良さをおうかがいしたいなと思いますが、いかがでしょうか。
上村:まずは、「サッと作ってすぐ納品できる」と言ったら変ですけども、見せられるところがいいかなと思っています。よく「行政の無謬性」と言われるんですけど、「間違っちゃいけない」という発想が強いんです。だけど、kintoneはリリース前だったら何度でも間違っていいんですよね。
間違えながら、「あ、要件が違っていたね」と言って見せて、「ここをこうしてほしい」とか言いながら開発していくのが、すぐに変更できる。鉄は熱いにうちに叩ける。そういうところが非常にいいなと思っています。
西田:ありがとうございます。DXグループが主管してアプリを作られているので、その場で見せて、また意見をもらって改善をするという。
このサイクルを繰り返すところが、恐らくこれまでのウォーターフォール型のシステムだとそれができなかった部分になるんですけど、やはり自治体さまでもその部分は、すごく有効に活用できるところがわかりました。
上村:そうですね。データベースの知識とかがない人にも、見せながらやると理解してくれるので、こちらの説明の手間も省けると言ったらあれなんですけど、一緒の理解で進められるのが本当に非常にいいです。
西田:ありがとうございます。kintoneのアプリを作られる前には、業務のヒアリングやアプリ構成図を作るところまでされるんですか?
上村:物に依るんですけど、Webフォームだけだったら作らないですね。入力されたデータがちゃんと保管されていればいい感じなんですけど、大きなBPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)の仕組みになってくると、やはり「これできる?」と言われていることは、だいたい正解や最適な解じゃないんですよね。

手段を聞いてきているので、目的を把握しないとお困りごとを改善できない。なので、「大きな開発になりそうだ」と思ったら、「現状はどうなっているんですか?」「ここがボトルネックなんですね」という話をして、提案しながら開発していくかたちを取っていますね。結果として設計図などを書いたりします。
西田:ありがとうございます。大きなものだと設計図を書きながら開発をし、小さいものだったらいきなりフォームなどを作るというふうに、ハイブリッドに使い分けできるところも、すごくいい部分なのかなと私も思います。ありがとうございます。
「部局全員」から頼りにされるような姿勢とは
西田:では次ですね。今回、「部局全員」がテーマになっていましたが、全員が活用するところは、すごく難しい部分も多いかなと思うんですけど、何か工夫されているポイントなどはありますか?
上村:異動があるので、活用できる・使えるといっても、利用者として利用するレベルに留めるのであれば、本当に使い方の説明だけでいいですし、実際あんまり説明しなくても使えてしまうのが本当にkintoneのいいところです。ただ、気をつけるべきところとして、開発側の人間、我々が気をつけているところはありますね。
先ほどの話とつながるんですけど、「情報システムってなんか嫌だなぁ」と言う人もいるので、そういうハードルを下げる……心の障壁というんですかね、バリアを取ってあげるのが大事かなと思っています。
これは引き継ぎができるかわからないんですけど、コロナ対応をやっている時に、僕はいろいろな人に会っているので、「とりあえず生中」じゃないですけど、「とりあえず上村さんに聞いてみよう」みたいに、まず個人で発出する。Skypeや庁内のチャットツールを使っていますけど、相談が来たりします。
私個人で始まっているんですけど、そういう方には「うちのグループのこの人たちに相談してくれれば大丈夫だよ」という感じで、草の根の啓蒙活動をしていますね。やはり「簡単だよ」と思ってもらえるほうがいいかなと思います。
西田:ありがとうございます。けっこう私もいろいろな自治体さまのお話を聞く機会は多いんですけど、やはり「相談しやすい環境を作る」ことは本当に大事だなと思っています。

やはり継続して相談が来る環境を整えるところは、kintoneを広げる上でもすごく大事な土壌なのかなとも思います。kintoneアプリを作る時に、もし開発側に回った時に何か意識されていることはありますか?
上村:アプリを作る時は、まずは一応、相手が「こうやりたい」とか、現状のExcelを送ってくるんですけど、言われたとおりに一応作ってみるんですよね。作って見せて、「ただ、ここはこうしたほうが便利なんだよね」という提案を持っていきながら調整をする。
「ついでに、何か他に困っていることはあるんですか?」「ちなみにここは、こうしているのかなって想像したんですけど」と言って、掘り下げていくような作業をすると喜ばれますよね。「え、こんなこともできるの?」というふうに喜ばれるのは非常にいいですね。
西田:確かに、相談者が本来想像していなかった部分ができるところも、これからの加点につながっていきそうな動き方だなと聞いていて思いました。ありがとうございます。
「一緒にやっていきたい」と示すのが大事
西田:では最後ですね。今後、情報システム部門と一緒に進めていく機会も、また多くなってくるのかなと思うんですが、あらためて活動していきたい方向性や思いを、最後に教えていただければなと思います。
上村:やはり情報システムの部門は専門家ですので、ずっといらっしゃる技術系の方もいますし、やはり知識や歴史などは本当に深いんですよね。なので「あなた方と一緒にやっていきたいんです」という姿勢が大事です。
今たぶん僕って、「すごく面倒くさいことをやっているやつ」みたいな評価をしている人たちがいるんじゃないかと思っていて、「あいつら、危険だよ」とか思われているのかもしれないと思っています。そういうものを解きほぐしていきつつ、理解を得ながら、でもダメなところはやはりダメと言ってもらう。
そういう協力体制を目指して、今見えていない未来、最適な制度(を目指していく)。その時にはまた違うものが出てきているかもしれないんですけど、よりスピーディーに変革していける県庁、神奈川県が価値がある組織、自治体になっていくところを一緒に作っていければいいなと思っています。
西田:ありがとうございます。まだまだ引き続き、上村さまももちろんですし、神奈川県としての挑戦も続くと思いますので、また新しい取り組みがあれば、いろいろとお聞きしたいなと思います。ありがとうございます。
上村:ありがとうございます。
西田:それでは質問は以上になります。最後に、「ガブキン」のご案内をして終了とさせていただければと思います。すでにこの場にいらっしゃるみなさまはご存じの方もいらっしゃるかなと思うんですけれども、
「ガブキン(Govtech kintone community)」がございます。

これはサイボウズが運営する自治体職員・省庁職員限定のユーザーコミュニティとなっています。今700団体・4,000人以上の方が参加されているコミュニティになっていまして、2024年の7月に初めて日本橋オフィスでリアルイベントもできまして、上村さんもこの時にご参加いただいて、ちょうどたぶん真ん中の上あたりですかね?(笑)。
上村:白いシャツを着ていますね。木の右にいますね(笑)。
西田:本当に全国からご参加いただき、kintoneの活用方法や導入に当たっての課題を情報交換いただいています。
このガブキン、kintoneのご契約の有無にかかわらず、行政職員さまであれば、どなたでも参加いただけるようなかたちになっています。もしこれからkintoneの導入を検討いただけるようであれば、ぜひこちらもご参加いただければと思います。
上村:僕もめちゃくちゃしゃべっています(笑)。「何か質問があったら、とりあえず反応しよう」ぐらいの勢いでやっているので、すごく温かいコミュニティだと思っています。
西田:本当にいつもありがとうございます。ではこちらで、セッションは以上とさせていただきます。
(会場拍手)