紙ベースで完結する業務や対面での手続きなど、自治体にはデジタル化すべき箇所がたくさんあると言われます。そんな「自治体DX」に真っ向から取り組んだのが神奈川県庁。2024年11月に開催された「Cybozu Days 2024」では、健康医療局の上村大地氏がkintoneを駆使した大規模DXについて、熱く語りました。自治体DXは何が障壁となり、どこに苦心するのか。前編ではkintone導入の経緯と2つの改善効果、導入にあたっての長く苦しい戦いをお届けします。
「現場部門が主導する」kintoneの活用事例
西田七海氏(以下、西田):みなさんこんにちは。本セッションにお越しいただきまして誠にありがとうございます。このセッションでは、「大規模自治体の業務部門主導で進める! 部局全体で取り組むkintoneでの自治体DX」をテーマとしてお話しさせていただきます。
本セッションのテーマとして設定していますのが、「現場部門が主導する」になります。今回はkintone活用を部局全体で進めたケースになりますが、進めた効果はどれほどあったか。また、活用拡大に当たっての課題、その捉え方を深掘りしてお聞きできればと思っています。
まず簡単に、私の自己紹介をさせていただきます。サイボウズ 営業本部 ソリューション営業部 公共グループ所属の西田七海と申します。
私は2020年にサイボウズに中途入社しまして、2021年から公共グループに所属をして、自治体さまのチームワーク向上を目指して、サイボウズ製品の提案活動を行っています。よろしくお願いいたします。
自治体・省庁でのkintone導入は33都道府県
西田:本セッションは、これから神奈川県の上村さまにご登壇いただくんですけれども、その前に私から少し、現在の自治体・省庁におけるkintoneの導入団体数をお話しさせていただきます。
2019年から、kintoneの導入数は右肩上がりに伸びていまして、最新の2024年では378の団体がkintoneを導入しています。直近の2023年からは128の伸びがあり、実際に導入につながっています。都道府県においては、過半数以上の33/47の都道府県にkintoneを導入いただいております。

今回のセッションを企画させていただいた背景なんですけれども、都道府県での活用はかなり広がってきています。ただ、単一の業務であったり、小さな部署や課で使われるケースはもちろん多いんですけれども、部局全体でkintoneを活用する事例はまだ少ないです。
なので、ぜひこのあたりを知っていただきたいです。今DX部門が主管して進めるケースもかなり増えてきているんですが、現場起点で活用が広がったケースもなかなか貴重で、事例としてご紹介できればと思い、こちらのセッションを企画しています。
また、現場でkintoneの活用拡大に今取り組んでいらっしゃる方たちもかなり多いかなと思います。ぜひみなさまに課題を共有して、乗り越える方向をぜひ模索していきたい思いがありまして、今回のセッションを企画させていただきました。
約7,500人所属の部署におけるDX改革
西田:ではここから、実際に神奈川県 健康医療局全体でkintoneを活用されている事例をお話しいただきたいなと思います。次にご登壇いただきますのが、神奈川県 健康医療局 保健医療部 医療企画課 健康医療DXグループの上村さまです。上村さん、よろしくお願いいたします。
上村大地氏(以下、上村):神奈川県の上村と申します。セッションにご来場いただいてありがとうございます。
いきなりなんですけども、本日はこういうことをお話しさせていただきたいと思います。まずは業務改善の実績のお話をしまして、kintoneを入れたコロナの対応中のお話と、その時から平時に健康医療局という局に展開するまでのお話。

展開する際にいろいろ苦労があったんですけども、自分に起きた変化と、それに伴って展開した後の変化と経験のお話。業務改善と自治体DXは、どういうことなのか。つたない知識になるんですけど、私の考えをお伝えさせていただければと思っています。
自治体の方が多いかもしれないですし、規模もまた大小はあると思うんですけども、小さな自治体の方は、「大きいとこういう苦労があって、うちとどうだろうか?」という比較をされたり、自治体特有のお話などもあると思います。民間企業の方は、自治体と自分の民間企業とどう違うのかを聞いていただければなと思います。
「大規模自治体の」というタイトルになっているんですけども、神奈川県の組織と人数は、スライドの青字の一般行政部門には7,500人弱がいます。

先生を含んだり、警察を含んだり、公営企業会計、水道などいろいろあると思うんですけども、そういうものを含めて5万人を超えています。私が所属しているのは一般行政部門なので、7,500人ぐらいです。
下に移るんですけども、その7,500人の一般行政部門のうち、知事が指揮命令を出す「知事部局」などの各局、上から政策局、総務局、デジタルの部署であるデジタル戦略本部室(情報システム部門)、安全防災などがあります。
私は健康医療局という局の所属で、いわゆるデジタルの部署、情報システムの部署ではなくて、業務部門に所属しています。私の所属している健康医療DXグループで、私のいる班がkintoneの活用をしているんですけども、他にも健康のDXや医療のDXを進める部署に分かれています。
コロナ禍が契機となりkintone導入がスタート
上村:あらためまして、名前が長いんですけど、神奈川県 健康医療局 保健医療部 医療企画課 健康医療DXグループの上村大地と申します。私とkintoneの関係なんですけども、矢印がありまして、上が私で下が組織とkintoneの話になっています。2009年に入庁するまでは塾の先生をやっていました。

2020年にコロナ禍が始まって、神奈川県にダイヤモンド・プリンセス号が来航して、大変なことになった最初の自治体です。この時に上層部、幹部の英断といいますか、民間の方がいたんですけど、「kintoneのようなものを入れないと対応できないよ」ということで、緊急的にkintoneを入れました。
2021年に私が異動になり、配属になりました。ここから私のkintoneの活用が始まるんですけど、2023年にコロナが5類になって、この時に国の交付金で運営していたkintoneを局として使う話になって、ここから私の庁内調整が始まりました。
2024年にコロナ本部は解体したんですけど、無事に局に展開するので、2024年に医療企画課という部署に異動して、局としてkintoneの活用を開始しました。そして今、(サイボウズデイズのイベントの)東京ノーコードランドに来ています。
いきなりなんですけども、活用した結果、上半期でどういった効果があったのか。「定量的な改善」と「定性的な改善」があるので、2つに分けています。
まずは導入しているサービスです。kintoneとトヨクモさんの製品であるFormBridge、kViewer、kMailer、PrintCreator、kBackupを組み合わせて改善をしていっています。

定量的な改善としては、「BPR(ビジネスプロセス・リエンジニアリング)アプリ」という呼び方と「Webフォーム」という2種類に構造的に分けています。単にアプリ開発と言っちゃうと、Excelをアプリにするだけのような発想に陥りがちです。業務改革や改善を伴うので、BPRアプリと呼んでいます。
こちら(BPRアプリ)で1,000時間超、Webフォームを使ったもので3,200時間超の業務を効率化しました。濃度の高い業務になりました。これは一応積み上げで測っています。
その下は定性的改善として、これはだいたいkintoneを導入すると得られる効果なんですけど、Excelと比較して進捗管理がしやすくなる。一覧や絞り込みが簡単になる。グラフや表で可視化してくれる。
あとはメールを送信する時に、BCCの設定ミスの防止をしてくれます。(送信設定を間違って送信した時に)記者発表して、あとから「ごめんなさい」と言わなくて済みます。書いてあるとおり、諸々あります。
「BPRアプリ」をどのスキームで運用したか
上村:2024年度上半期はどんなBPRアプリがあったのか。保育園や高齢者施設で集団感染が起きた時に、報告をする仕組みがあるんですが、こちらをkintoneと他のサービスを使って実現しました。
フローで言うと左から、神奈川県のホームページに説明とリンクがあって、Webフォーム上に入力をしてもらいます。Webフォームで入力する時に、公開用の事業者マスタを持っていまして、そこに施設のIDを付けています。この施設のIDを常に保持することで、データをずっと連携させ続ける仕組みを取っています。

報告が初回かそうじゃないかで保存するアプリを分けていまして、初回報告だったら「施設カルテ」という、施設の基本情報や疾患の種別、指導内容の記録をしたり、電話や連絡の記録をしていくアプリに保存されます。
(感染者数が)日々「増えたよ」「減ったよ」「何人だよ」という数字を報告する、「日次報告アプリ」に、常に保存していきます。こちらは施設のIDで連携しているかたちになって、最後にグラフ化したもので、日や月の発生状況を見ています。
これで、何度も電話で聞き取っていたコミュニケーションのロスが低減しましたし、対応状況が集約されていますので、職員同士、各保健所……神奈川県だと保健福祉事務所と言っているんですけども、保健所間ですね。別の保健所も、他の管内で起きている事象を見られる状況になりました。
これを集約する本庁の組織でも情報・状況を集約できます。「今こういうことが起きて、こういう方向だな」という対応ができるようになったのが1例になります。
プロジェクト型組織に近い体制でkintoneを運用
上村:今の話は現在のお話でした。時は戻って、こちらはコロナ対応時の組織体制のお話です。コロナ本部は「医療危機対策本部室」と言いますけれども、その中にAグループ・Bグループ・Cグループのようにグループがあって、私はとあるグループのIT班でkintoneの開発担当をしていました。

医療危機対策本部室では人数が足りないので、他の所属、健康医療局だけではなくて、いろいろなところから応援職員を派遣してもらって業務に当たっていました。これが数日から1年と(期間の)長さもすごくバラバラなんですけど、応援派遣がありました。
職員の入れ替わりが激しい部署なので、開発する人間は集約して担当を決めていました。プロジェクトが降って湧いて、起きて、なくなってというかたちでやっていたので、プロジェクトにアサインするかたちを取っていました。だから役所としては珍しく、プロジェクト型組織に近い体制でやっていました。
応援職員の入れ替わりが多いので、kintoneに触れたことのある職員が、今現在、県庁内にそこそこいる状態になっています。これを現在の状況に置き換えられるんですけど、我々自治体の職員には必ず異動があります。3~4年で、だいたいサイクル的に異動します。
そうすると全庁で導入していないと、開発要員を育成しても、他の局に出ていってしまったら結局無駄になってしまうので、開発する人は集約しておく体制がいいんじゃないかなと、個人的に今思っています。期間の長さはありますけど、異動して人が入れ替わる点では(コロナ対応時のプロジェクト型と)似ているなと思っています。
こうしてコロナの中でkintoneを活用していきました。ほかにも1、2例あります。感染防止対策取組書なんですが、お店の前に「こういう対策をしています」という用紙を発行する仕組みを作りました。神奈川県には、いまだにこれを貼ってくださっている飲食店や施設があります。
スライド右ですが、「コロナ患者受け入れ可能病床の状況」のアプリということで、医療機関にもアカウントを配布していました。なので、毎日病床がどうか、軽症が受け入れられるか、入院できるか、重症が受け入れられるか、ECMO(体外式膜型人工肺)があるのかを、毎朝夕に入力をしてもらって、その時の病床の状況を常に把握し続けるかたちで使いました。

kintoneと連動したWebフォームの開発は、数えてみたんですけど、令和4年度中に約100件のWebフォームを開発していました。どれだけ調査したんだという感じなんですけども、それぐらいいろいろなステークホルダーや関係者と密にコミュニケーションをしていました。
これだけ使っていたので、令和5年5月にはkintoneのアプリナンバーも、テストのアプリもありましたけど2,000個ぐらい開発していて、コロナ中に使い倒していました。活用できることは実証されていたので、平時に健康医療局として活用する方針を決定しました。
この時の状況なんですけども、恵まれていたなと思うのは、対策本部室(コロナ本部)の室長だった人間が、この時に局長になっていまして、理解がありました。局長や他の部長さんも、「やはりkintoneは便利だよね。やるべきだよね」と言ってくれていましたね。
「災害時にまた導入からやっていると、使い方がわからないじゃない」「平時にでも薄く使ったほうがいいよ」と、管理職級の人間の理解が非常に多かったのが、環境的に恵まれていました。
自治体ならではの2つの苦労
上村:ここから自治体あるあるということで、私の苦労を伝える、壮大な愚痴みたいなことになるんですけども。業務部門主導でkintoneを使おうとする時の苦労として、左側が情報システム系、右側が財政系の話です。

まず、権限はしっかり縦に割ってあります。だからシステム導入をするには、情報システム部門の承認を得なきゃいけないという手続きがありました。情報システム部門はしっかりと過去の失敗事例から学んでいるんですね。なので、承認過程をがっちり整理しています。
予算が大変ということで、これはみなさん、自治体の方ならすぐわかるようなところですけど、神奈川県もそんなに恵まれている自治体ではなくて、毎年「不足がいくらだよ」という発表をしています。財政部門とはギリギリの予算の調整をしますし、「これ要るの? どんな効果があるの?」と普通に言われます。予算は議会の承認を得る必要があります。
具体的に、上記の手続きを進めるとどうなったかというと、(スライドの)下半分ですね。「システム開発の事前評価」という評価を受けます。これはシステム系の話ですね。ここで開発が「OKだよ」とならないと、予算獲得に移行できないんですね。ここで「OKだよ」となったら、下の財政部門と予算調整して、当初予算の議決をします。
みなさん予算の話はご存じだと思うので、今回はシステム開発の事前評価の後、外部サービス利用の協議をして、セキュリティや体制、手順などの調整をしていったお話をしたいと思います。
これが長くて苦しい戦いだったんですけども、黄色が私の気持ちといいますか、作業ですね。「健康医療局の業務改善を行うので、業務管理アプリを開発できるクラウドサービスを導入します」と、事前評価調書を提出したんです。締め切りは6月だったので、すごく急いで作りました。

そうしたら情報システム部門からは、「対象業務や導入計画の記載がない。対象業務の課題解決を目的とした情報システム導入の評価をできません」と言われてしまいました。「評価対象じゃないよ」と言われちゃったんですね。
たぶん、ウォーターフォール型のシステム開発で、「サーバーを立てるよ」「こういう業務をこうシステム化するよ」というものが想定されていた仕組みだったので、なかなか難しかったです。
言われたので、「仕方ない。修正する」と言って、健康医療局内にkintoneを利用した業務を照会し、業務を特定して、kintoneを導入するとどういう効果があるのかという積算をして、導入計画書を作りました。
令和5年10月に、なんとか平時の利用について承認をもらえた。この後、予算の調整が始まるので、本当にぎりぎりです。10月は、当初予算の編成が始まっているので。
これは調書の例なんですけど、調書だけでExcelの表を13枚書いています。これ以外に導入計画書とか、対象業務を提出したので、業務のフロー図を書きました。見積書と費用の積算資料も作りました。業務削減効果の想定をして、一個一個全部積算をしました。セキュリティ対策の資料も作りました。

ということで、すごく大変でした。これで前段が終わりました。『ドラクエ3』で言ったら、バラモスを倒した状態なので、この後ゾーマと戦うんですけど、長く苦しい戦いでした。