シチズン時計(1918年、東京で設立)が2008年11月から展開している人気ブランド「シチズン Series8(シリーズエイト)」は、一昨年(2021年)8月、独自の光発電技術「エコ・ドライブ」を搭載するモデルのコレクションから、機械式時計のブランドへと転身が図られました。その新機軸は、過剰な装飾や機能が廃されたシンプル、かつ実用的なモデルで構成される点は従来のままに、現代のライフスタイルに求められる耐磁性能などを装備している点と、オン&オフの多様なシーンに無理なく馴染む躍動感あるモダンデザインを追求している点にあると言えます。
「シチズン シリーズエイト 880 メカニカル」のレギュラーモデル。左/ブラック×ブルーベゼルの「NB6031-56E」、右/ブルー×レッドベゼルの「NB6030-59L」。公式サイト価格は各220,000円(税込)
「新傑作ウォッチで令和を刻む」では、「シチズン シリーズエイト」再デビュー直前だった2021年7月21日付けで、「シチズン シリーズエイト 870 メカニカル」を紹介しているのですが、今回は2023年9月21日に投入され、もっか大好評を博しているGMT機能&第2種耐磁搭載の新モデル「シチズン シリーズエイト 880 Mechanical」(以下、「880 メカニカル」と記載)を取り上げ、その人気の理由を浮き彫りにしてみたいと思います。
「880 メカニカル」の機能面において最も注目すべきは、第一に「シチズン シリーズエイト」で初となるGMT機能が備わっている点があります。このため、本モデル搭載用として平均日差-10〜+20秒、パワーリザーブ約50時間という高性能のGMT機能併載自動巻きムーブメント「Cal.9054」が新たに開発されてもいるのです。
ちなみに「GMT機能&第2種耐磁搭載の新モデル」であると上述したとおり、本モデルでは高い耐磁性を備えていることも大きなポイントとなります。スマホやタブレットなどの電子機器が発する磁力が時計内部で帯電して、時刻精度に悪影響を与えかねない現代社会において、この機能は不可欠なものとなりつつあります。
そこで「シチズン シリーズエイト」の各モデルでは、日本工業規格(JIS)が規定する第2種耐磁(磁界を発生する機器に1cmまで近づけても、ほとんどの場合、性能を維持できる耐磁性能のこと)が導入されており、「880 メカニカル」においても、これにしたがって「Cal.9054」の耐磁性強化が図られています。
シースルーバック仕様ゆえ、ケースバックから新開発ムーブメント「Cal.9054」が目の当たりにできます
GMT機能に話を戻しましょう。ビジネスやトラベルのグローバル化が進むにつれ、時計にワールドタイム機能(世界各地の時差を表示する機能)の必要性が強く求められています。そして、そうした需要に応えるべく、「シチズン シリーズエイト」が開発したのが、ワールドタイム機構の一種であるGMT機能を搭載する、この「880 メカニカル」であるわけです。
GMTとはGreenwich Mean Time(グリニッジ・ミーン・タイム)の略称で、すなわちグリニッジ標準時のこと。かつて世界の覇権を握りつつあったイギリスは、1675年にロンドン郊外に設立したグリニッジ王立天文台(1998年に閉鎖)の所在地をとおる子午線(地球の赤道に直角で交差し、かつ両極を結ぶ大円のこと)を基準子午線と定めました。そして、これを他国も利用したことから、1884年、米・ワシントンでの国際子午線会議にて、それを各国共通の本初子午線(経度0度0分0秒と定義された基準子午線)としたことで、グリニッジ標準時が世界時となりました。
ちなみに、実は潮流などの影響によって地球の自転速度は不規則に変化しており、この実際の時間とGMTとの間に微差が生じています。したがって1972年以降、より細密な時刻が求められるフライトスケジュールなどにおいてはGMTに代わり、セシウム原子時計をもとにした、秒単位の補正を可能とするUTC(Universal Time Coordinated=協定世界時)が使用されています。
ところで、時計におけるGMT機能とは何かといいますと、それは「時差によって異なる2地域の時刻(ホームタイム=母国時間とローカルタイム=現地時間)を同時に表示するワールドタイム機能のうち、専用の24時間針(GMT針とも呼ばれる)が24時間目盛りを指し示すことで、第2時刻(2地域のうちの、どちらか一方の時間)を知らせるタイプ」と定義できるでしょう。
クォーツ登場(1969年)以前の時代から存在し、リューズのシンプルな操作だけで簡単に第2時刻が読み取れることから、現在においても機械式、クォーツ式を問わず、なお人気のある機構であり、シンプル、かつ実用性を追求し続ける「シチズン シリーズエイト」も「880 メカニカル」において、この伝統的なワールドタイムの機構を採用したのです。
先端がオレンジカラーで縁取りされたアロー型針が24時間針。これが回転ベゼル上の24時間目盛りを指し示すことで第2時刻、あるいは第3時刻が確認できます。写真は「NB6031-56E」
ここで写真上も見ながら、GMT機能の読み方を確認してみましょう。まず、2つの時刻のうち、一方の「時」は時針と、それが指す文字盤外周のインデックスで読み取ります。また、その「日」は3時位置の日付窓に示されます。そして、これとは異なる地域の時刻を表示させるには、回転ベゼルに記された24時間目盛りの「24」が0時位置にあることを確認したうえで、リューズ操作で24時間針を動かし、24時間目盛りから当該地域の「時」を指し示すように設定すればよいのです。なお、両時刻の「分」は、どちらも分針の指す目盛りで読み取ります。
ところで本モデルでは、その回転ベゼルを活用することで第3タイムゾーンの時刻を確認することも可能です。たとえば東京にいて、第3のタイムゾーンとしてホノルル(ハワイ)の標準時を知りたい場合、まず、スマホなどを利用して両地域におけるUTC基準の時差を確認し、東京の「UTC+9」からホノルルの「UTC-10」を引き算して、両地域間の時差である「+19」を算出します。そして、上記の操作で24時間針が東京の現在時刻の「時」を指し示すように調整したうえで、ベゼルを(0位置に目盛り「24」がある状態から)その時差分だけ回すのですが、この際、引き算で算出された数字がプラスならベゼルを右に、マイナスなら左に回します(本モデルのベゼルは両方向回転式です)。上記のとおり、東京とホノルルの時差は「+19」ですので、ベゼルを19時間分、右回転させることで、24時間針が24時間目盛りを指示した数字からホノルルの現在時刻を知ることができるわけです。
デザインにも注目しましょう。まず、気になるのは文字板にプレス加工で施された、少々風変わりな格子パターンです。縦走りのストライプと、それらに直交するフラットな帯が不均一に平織りされたようにも見える、この個性的な柄は東京の夜景をデザインソースとし、建ち並ぶビル群の大きさの異なる四角い窓のイメージに、日本で親しまれてきた市松模様を融合させてデザインしたものなのだそうです。と聞いて改めて見入れば、超望遠レンズ越しに、宵闇に沈みゆく大都会のビル群を遠望しているかのごとく、24時間針先端のオレンジカラーはその街の一角に差し込む晩秋の残光のようにも思えてくるのです。
突出して個性的な時計ではないものの、「880 メカニカル」のたたずまいにシャープさと洗練さが感じられるのは、この斬新な格子パターンが寄与するところが大きいのは確か。なかなかに秀逸な文字板デザインといえるのではないでしょうか? なお、市松模様は古くから「繁栄」の意味をもつ柄とされてきたとかで、したがって、この時計を願掛けのための護符として愛用するのもありかと考える次第です。
ケースからブレスレットにいたるアウトラインに強めのテーパーをかけ、モダンなシルエットに。写真は「NB6031-56E」
ステンレススチール製のケースは、実は2体構造となっており、すなわちベゼル取り付け基部を含む前身頃のセンター部分や左右の張り出し部などが一体となったパーツと、前身頃上下の左右両端部やケースバック主要部などで構成されるパーツが組み合わされて、ひとつのケースを成しているのです。そして、それらの面ごとにミラー仕上げと複数パターンのヘアライン仕上げを使い分けることで、シャープな直線で構成される立体的な美しさを際立たせてもいます。また、ブレスレットにおいては、ケースから続くアウトラインに強めのテーパーがかけられたデザインになっており、これが本モデルの姿に流れるような優美さとモダンなシルエットを付与しています。
針とインデックスに施された夜光塗料は、漆黒の空間においても鮮やかに光を放ちます
では、「880 メカニカル」を試着してみましょう。本稿のトップ写真からもおわかりのとおり、このモデルは2色がレギュラー展開されており、このうちの「NB6031-56E」は、アメリカンコミックのバットマンのユニフォームを想起させることから「バットマン」と通称されるブラック×ブルーベゼルの黒文字板モデルとなります。一方、「NB6030-59L」は、ペプシコーラのブランドロゴを思わせるブルー×レッドベゼルの青文字板モデル。GMTモデルでは伝統的ともいえる定番のカラーリングです。
ということで、ここではクールで端正な印象の「NB6031-56E」をビジカジの装いに、リラックス感のある表情の「NB6030-59L」をラフなカジュアルの手元に合わせて、そのインプレッションを述べてみます。
ライトグレーの秋ジャケに「NB6031-56E」をコーディネート。ベゼルの鮮やかブルーがスマートな差し色になって、上品、かつアクティブな手元に仕上がっています
ブラック×ブルーのキリッと引き締まったフェイスと、スポーティながら品の良いたたずまいを併せ持つ「NB6031-56E」は、ビジネスカジュアルやきれいめなカジュアルのスタイルに合わせてみたいモデルです。装着すれば若々しい手元に仕上がるのですが、とはいえ、抑制されたデザイン&カラーリングとあって若い層のみならず、ミドルエイジの装いにも違和感は全くありません。
ペプシカラーの「NB6030-59L」にデニジャケを組み合わせてみました。こうしたワーク系に限らず、ミリタリーやアウトドアなどのラフなカジュアルによく似合いそうです
「NB6031-56E」の文字板が宵闇に染まる情景とすれば、「NB6030-59L」のそれは、ほのかに明るさを残す暮れなずみといったイメージでしょうか? カジュアルなペプシカラーはさりげなく華やぎを見せつつも、アクティブ&アグレッシブな手元を演出してくれます。ビジネスの着こなしにも合いますが、写真上のようなラフなスタイルも含む、さまざまなカジュアルに絶妙にマッチするでしょう。
実は「880 メカニカル」にはレギュラーで展開されている上記2モデルのほかに、数量限定モデルも存在しています。それは「日本の秋の輝き」をデザインテーマに、文字板、ケース、バンドのそれぞれに異なる表情のゴールドカラーを取り込みつつ、それらに「シチズン シリーズエイト」がもつモダンさを融合させたスペシャルなモデルです。
同仕様で基本デザインも同じながら、レギュラー2モデルとは大きく印象が異なる限定モデル「NB6032-53P」。日本人の感性に合致した繊細優美な姿が印象的です。世界限定1,300本。公式サイト価格は242,000円(税込)
風に波打つがごとく揺れ泳ぐ秋の野草たちが、夕日を身に受けながら光の妙を繊細に移すさまを打ち型のパターンで表現した文字板は、誠に美しいものです。また、それに呼応するかのように黄金色に輝くケース&ブレスレットは、ひんやりと澄み渡る夕暮れに眩しい光彩を思わせ、そこにベゼルのブラウンが、晩秋のほのかなる寂寞の情感を添加しているかのようです。
一見して、極めてベーシックな姿の「シチズン シリーズエイト 880 メカニカル」のレギュラー2モデル。機能においても、特筆すべき革新性や独創性は備わっていないかに思えます。それはそのとおりなのかもしれませんが、本モデルの真骨頂は、そうした点にはありません。むしろ、このブランドらしく、過度な装飾や使用頻度の低い機能はあえて排除し、イマという時代にとりわけ求められているであろう2つの機能、すなわちワールドタイム機能と耐磁性能に特化し、それらをひとつのものとしてシンプルにまとめ上げた点に最大の魅力があるのです。
要は、実用性に徹したシンプリシティだということ。だからこそ、普段使いの時計としてふさわしく、デイリーで気おくれせずに愛用でき、末永く使い続けても飽きが来ない時計に仕上がっているわけです。しかも、そうした使い方に応えるかのように、デザインもコーディネートの守備範囲が大変広いものとなっており、また、価格設定にも無理がなく、したがって、たとえばフレッシャーズなどの時計ビギナーにとっても狙いやすい最初の1本となるはずです。一方、熱心な時計好きには日常で気軽に使う実用時計として、大いに魅力ある存在にできることでしょう。
●写真/篠田麦也(篠田写真事務所)
【SPEC】
シチズン
「シチズン シリーズエイト 880 メカニカル」
●駆動方式:自動巻き(手巻き付き)
●ムーブメント:Cal.9054
●駆動期間:約50時間持続(最大巻き上げ時)
●防水性能:10気圧
●ガラス材質:サファイアガラス(両面無反射コーティング)
●ケース材質:ステンレススチール
●バンド材質:ステンレススチール
●ケース径:41mm
●ケース厚:13.5mm
●主な機能:GMT、第2種耐磁、夜光(針+インデックス)など
●発売日:2023年9月21日