「偉大なスパイ小説家が抱え持つ創作意欲の源泉に触れる」地下道の鳩 ジョン・ル・カレ回想録 牛津厚信さんの映画レビュー(感想・評価)
偉大なスパイ小説家が抱え持つ創作意欲の源泉に触れる
ジョン・ル・カレへのインタビュー映像を中心に彼の半生や両親についての記憶を紐解きつつ、数々の写真資料や映画やドラマのワンシーンをパズルのように散りばめた人物伝。同名の著作に目を通した方にとって情報としてさほど新しいものはないが、本人の口から語られるエピソードとそこに添えられる詳細な映像によって、彼や作品への理解はより深いものとなろう。たとえば一言では説明不能なこのタイトルについても同じ。具体的な情景が示されることで、それが一つの記憶にとどまらず、彼の人生、ひいては彼が生み出したスパイの宿命にも通底するものだとわかる。そして際立つのは、実在の二重スパイ、キム・フィルビーの国家への裏切り。生来の詐欺師だった父ロニーの「騙る」という才能。良くも悪くも彼らが及ぼした波紋に翻弄されながら、ル・カレは小説家としての歩みを続けてきたのだろう。今後、彼の作品を読み解く際に避けては通れない一作と言えそうだ。
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