クマムシとは、緩歩動物門に属する動物である。というよりも元々何門に属する生物なのか分からず紆余曲折を経て緩歩動物門という門が新設された。名前に「ムシ」とつくが、勿論昆虫ではない。
あったかいんだからぁ♪の人については、"クマムシ(お笑いコンビ)"を参照。
概要
体長は0.5mm~1mm程度。陸上から海の中まで様々な環境に生息しており、身近な所では苔などによく見られる。
非常に高い耐久力が有名であり、よく「不死身の生物」、「最強の生物」などと話題にされるが、これはメディアが過剰にネタとして取り上げて結果おきた誤解が半分程度混じっている。
現在少なくとも700種程度が確認されているが、今後も増え続けると予想される。
先述の通り緩歩動物門に属し、その名の通り移動はものすごく遅い。さらに、真クマムシ、間クマムシ、異クマムシの3種に分かれる。
クマムシは水をまとうことによる浸透圧で呼吸しており、以下に記述する乾眠状態においては呼吸はしていないものと考えられている。
クマムシの最大の特徴はその耐久性にあるとされるが、乾眠状態のクマムシは以下のような性質を示すことがわかっている。
- 体重の85%を占める水分を0.005%まで減らし、極度の乾燥状態に耐える。
- 150℃以上の高温から、絶対零度にほど近い0.0075Kの低温にまで耐える。
- 真空から75000気圧の高圧まで耐える。
- 放射線耐性について、クマムシは57万レントゲンに耐える。ヒトの致死X線量が500レントゲンである。
- 宇宙空間に10日間直接さらされても生存。
まるで化け物のようなスペックであり、このことから「不死身の生物」と言われるが、この高い耐久性は乾眠状態でのみ発揮される。動いているクマムシにお湯をかけたりすると普通に死んでしまうし、乾熱には強くても「乾」眠状態に入れない湿熱には弱く、オートクレーブ内のような高温高圧の水蒸気に晒されると普通に茹で上がって死ぬし、よしんば乾眠時であっても物理的には弱く、指で潰せば死ぬので決して不死身というわけではない。
また、乾眠中に極限状態におかれたクマムシが、乾眠から蘇生した際どのような影響を受けているかについてはあまり言及されていないという点にも注意していただきたい。様々なクマムシがいるため一概には言えないが、蘇生後しばらくして死んでしまう可能性もある。このことについてはあまり研究されてはいない。
なお、海に生息しているクマムシなどは乾眠することができず、乾燥すると死んでしまうため、全てのクマムシがこのような耐久性を有している訳ではない。一方で、クマムシほどではないにせよ極限状態に耐性のある微生物は他にも多々存在する。
クマムシ脅威のメカニズム・トレハロース万能説
クマムシが乾眠している時の姿は樽っぽい形であり、「樽」と呼ばれる。樽になるためにはゆっくり乾燥する必要があり、急激に乾燥させると死んでしまう。では、そのプロセスを説明しよう。
クマムシは生命の危機に陥ると遺伝子のスイッチが入り、生命維持に向けた一大作業が開始される。まず胴体を縮めて八本の脚を体の中に引っ込めることで樽の形になる。こうすることで体表面積を小さくして過度の乾燥を抑える。こうしてから細胞の中を乾燥に耐えられるように作り変えるのだ。
遺伝子のスイッチが入ったクマムシの細胞は、大量の酵素を作り出して内部に蓄えられた糖分をすべてトレハロースに変換する。このトレハロースこそクマムシの驚異的な耐久力の最大の秘密だ。
一般にタンパク質やDNAなどの生体分子は一旦乾燥してしまうとその立体構造が崩れてしまい、あとで水を与えても元には戻らない。生物学的に言えば「死んだ」ということになる。ところがトレハロースで固められることでこの立体構造が保護されるというのだ。
トレハロースは常温で乾燥した状態では固体だ。だが、固体ではあるが結晶にはならない。実はナノメートルサイズの世界ではトレハロースは生体分子の立体構造を維持するだけの粘性を持った「液体」として振る舞うのだ。こうしていわば「固い水飴」の中のアンズのように閉じ込められた生体分子は、その活性状態を維持したまま長期に渡る保存が可能になるというわけだ。
こうして乾燥が進みクマムシの身体から水分が完全に抜けきる頃には、細胞液は完全にトレハロースに置き換わり、代謝が停止、乾眠状態は完成する。乾燥したトレハロースは極めて安定した物質で、その保護能力は200℃まで維持され。また氷のように低温で膨張して組織を破壊することもない。こうして生物学的には完全に「死んだ」状態でクマムシは長い眠りにつく。
DNAは酸化(広義的には分子から電子が奪われること)に非常に弱い化学物質である。それが空気に直接晒される乾燥下ならなおさらだ。この酸化による攻撃はトレハロースでも防ぎきれない。クマムシのDNAにはDsup (Damage Suppressor)というタンパク質が大量にまとわりついている(DNAの巻きついたヒストンを包み込んで保護する)。これがいわば錆止めの働きをしてDNAを酸化から守っている。実は放射線によるダメージは乾燥と同じ酸化によるものだ。一般に乾燥に強い生物は放射線にも高い耐性を持つことが解っている。
やがて再び水を与えられると、保水性の高いトレハロースは水分を素早く吸収。クマムシの代謝機能は再び動き始める。乾眠から目覚めたクマムシの細胞はDNA修復酵素を大量に作り出して自らのDNAをすみやかに修復する。
トレハロースはその高い組織保護能力から、移植用の臓器保護液に使われている。またその保水能力から化粧品としても多く使われている。
なお、このような乾眠状態を一般にクリプトビオシスと呼び、クマムシの他に有名なものではアルテミア(シーモンキー飼育キットとして売られていることで有名)の卵がこの状態をとる。
系統・分類について
当初は分類不能としか言いようのなかったクマムシであるが、昨今の分子系統学その他の発展により、クマムシの系統関係はかなり明らかになっている。
上門レベルではクマムシの分類はほぼ確定しており、脱皮動物上門に属する。脱皮動物はミミズのような見た目で寄生虫が多く属する線虫と、カンブリア紀に繁栄した葉足動物、あのハルキゲニアなどを含む生物群を合わせたものである。現在まで生き残っている葉足動物の子孫は、有爪動物(カギムシ)、そして昆虫を含む節足動物がまず確実とされ、これにクマムシを含むかどうかが一大問題となっている[1]。葉足動物の形態を色濃く残し、生きている化石と言われる事もあるカギムシと比べると、葉足動物の中でクマムシと似た生物は見つかっておらず、最近では線虫の方に近いとする説も有力である。
これらを踏まえて考えると、クマムシと昆虫との類縁関係は、近くはないものの遠くもない、といえる。昆虫から見るとクマムシはクモやムカデより遠縁[2]だが、でんでん虫、サナダムシ、ゾウリムシ[3]などよりは近い間柄である。
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関連項目
脚注
- *これらの系統を節足動物と葉足動物に緩歩動物合わせたものを汎節足動物と呼ぶ
- *余談だが、クモやムカデよりもエビやミジンコなどの甲殻類の方が昆虫に近いとする説(汎甲殻類仮説)が現在では有力である。
- *ゾウリムシと比べれば我々人類の方が昆虫に近縁である。
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