詩人。1923年東京巣鴨生まれ。1998年没。 戦後の1947年、鮎川信夫らとともに『荒地』を創刊。 1952年から4年間、早川書房に勤務。その頃のエピソードは、宮田昇『戦後「翻訳」風雲録』(ISBN:4938463881)が詳しい。 吉本隆明は「わが国でプロフェッショナルと呼べる詩人は、田村隆一・谷川俊太郎、吉増剛造ということになる」と云う。 翻訳、エッセイも多数。
田村隆一詩集 (1968年) (現代詩文庫)
続・田村隆一詩集 (現代詩文庫)
続続・田村隆一詩集 (現代詩文庫)
田村隆一全詩集
予告殺人 ミス・マープル (クリスティー文庫) 作者:アガサ・クリスティー,田村 隆一 早川書房 Amazon 人を幸福にするのも不幸にするのも、その人次第なのですよ。 ダックスフント多すぎる問題。かわいいじゃないか。 殺人お知らせ申し上げます広告。勝手に自宅が広告に。 甘美なる死。 料理人のミッチー。外国人で名前が発音しにくいから、ミッチーとよばれてる。なんて名だったんだろう。。 昔の人は手紙を書きまくり、今の人は電話しまくり。21世紀だとLINEか。 お気に召すまま。 園芸と編み物を愛するすばらしい老猫マープル。 ものごとを悪いほうに考えるマープル。いい癖とは言えない。なんか右京さんが頭を…
死者のあやまち (クリスティー文庫) 作者:アガサ・クリスティー,田村 隆一 早川書房 Amazon わたしはまちがったことがないのですよ。 オリヴァ夫人、またも登場。 ナスコームのナス屋敷。 ショートパンツの若い女性が許せないポワロ。 ポワロの紅茶はミルクをほんのちょっぴり、砂糖は4つ。 劇中劇。 アガサ・クリスティの物語のつくり方? 腐りきった世の中。言い切ったフォリアット夫人。 香水入りのポマードをを口ひげに。 オリヴァ夫人はお酒は飲まない。レモネード派。 恨みをかってそうにないマーリンなのに。 「あの男は人殺しをするのよ。」そんなん言われましてもー。 「なーる。」原書ではどうなってるん…
以前、常盤新平さんの自伝的短編集「片隅の人たち」を読んで、当時の早川書房の雰囲気を垣間見たが、生島治郎さんのこの実名小説はその前日談と言えそう。「エラリー・クイーンズ・ミステリー・マガジン(EQMM)」の編集長は、創刊直前に辞めた人をカウントするかどうか変わるが、都筑道夫さんが初代、生島さんが二代目、常盤さんが三代目となる。 生島さん本人は、越路玄一郎ととして登場するが、他に登場する人たちは実名で、主に作家たち。早川書房のケチな社長が「ファッツ」としてあだ名で通されている。好きな詩人の田村隆一さんがイメージ通りの人物として登場するので口元が緩んでしまった。生島さんの名前はハードボイルド系の作家…
マギンティ夫人は死んだ (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫) 作者:アガサ ・クリスティー,田村 隆一 早川書房 Amazon すばらしいニュースです。誰かがわたしを殺そうとしたのです。 人間が一日に三度しか食べられなくてがっかりするポワロ。じゅうぶんだよ! 5時のお茶が許せない。一番の晩餐である夜ごはんがおいしく食べれないから。 朝ごはんのココアもクロワッサンもいらない。あれ?ココア好きじゃなかったっけ? 昼ごはんは遅くても1時半まで。それからの夜ごはんがもう最高。 ポワロはビールよりも甘いリキュールがお好き。 マギンティ夫人がたまごでジェイムス・ベントリイがオムレツの可能性。 姑のようなポワ…
2月は猫の本が読みたくなります。 そんなわけで、長らく本棚に仕舞い込んでいたル・カインの「キャッツ」と「魔術師キャッツ」を棚から取り出してきました。 この2冊はT.S. エリオットが書いた猫の詩にル・カインが絵を描いた絵本です。 そう、この絵本はミュージカルのキャッツと同じでエリオットの詩が原作なんです。 あいにく私はミュージカルを見てないので、さっき映画のほうを観てみました。 (映画はどうも酷評のようですが、^-^;) この曲は、この詩のこと?と、答え合わせ中。 ちなみに、絵本「キャッツ」に載っている詩は、 ・ボス猫・グロウルタイガー絶体絶命 ・ピークとポリクルの大げんか ・ジェリクルの歌 …
結局「やまと絵展」に3回も行ってしまった。結果的に四大絵巻、神護寺三像、三大納経を全部見るというミーハーな人になってしまった。平日の昼間よりか土曜の夜間開館のほうがよっぽど空いていたのは《鳥獣戯画》が丁巻だったからなのかは知らんが、さすがに18時に入ったら人が少なかった。18時に入って20時の閉館までいるというのはその辺に住むか泊まるかしないとできない芸当で、この辺に住んでいるうちにこういうことはしておくべきである。 第4期は三大納経よりも根津美術館所蔵の《那智瀧図》が目当てで、あの縦に長い画面をまっすぐ流れる滝の絵を見て「やっぱりニューマンだなあ」と思った。国宝指定のこいつが、奥村土牛が《那…
今回は本書の第二章 「「戦後詩」という課題」 を読んでいこうと思う。 まず、著者は 「第二次世界大戦を経まして、「詩」の姿は完全に変わってしまった、……というのがわたくしの考えです」(p.52) という。 >> 太平洋戦争の敗戦によって、おそらく当時の日本人は、……その中には幼かったですけれどもわたくしも含まれておりますが、……原爆などの癒(い)やしがたい「傷」とともに、もうどうしようもない「恥」の感覚を植えつけられてしまいました。この敗戦という、実存レヴェルでの屈辱、「恥」の感覚。あるいは「核」という未知の原罪、……。さらには無邪気にそれまで信じていた価値の崩壊、そしてそのようなものを信じて…
静かに ゆっくりと 言葉を声に出してみましょう。 見えない木 田村隆一 雪のうえに足跡があった 足跡を見て はじめてぼくは 小動物の 小鳥の 森のけものたちの 支配する世界を見た たとえば一匹のりすである その足跡は老いたにれの木からおりて 小径を横断し もみの林のなかに消えている 瞬時のためらいも 不安も 気のきいた疑問符も そこにはなかった また 一匹の狼である 彼の足跡は村の北側の谷づたいの道を 直線上にどこまでもつづいている ぼくの知っている植える飢餓は このような直線を描くことはけっしてなかった この足跡のような弾力的な 盲目的な 肯定的なリズムは ぼくの心にはなかった たとえば一羽…
全集未収録なので、読んでみた。簡単に言ってしまえば、田村隆一はどこに向かおうが田村隆一である。読んだ感想としては、それを再確認したに過ぎない。帯にも〈ニホン酔夢行〉と書いてあるが、読み進めて頭に浮かんだのは、やはり「インド酔夢行」だ。目的地云々よりも、その行程が楽しい。 詩人の旅-増補新版 (中公文庫) 作者:田村 隆一 中央公論新社 Amazon 寂しがり屋なのかもしれない(たぶんそうだ)。田村さんの旅って、誰かがついてきている。「インド酔夢行」の青年も登場してくる。誰か連れがいて、そのやりとりが魅力だ。そして、酒を飲む。いつものようなやり取りの中に、旅先の本質を見抜いたような描写があってそ…
映画「アイネクライネナハトムジーク」を観たとき、詩人田村隆一の70年代頃の言葉を思い出した。エッセイだったのか対話だったのか、思い出せなくて正確には言えないが、だいたいのところ「今の平和を満足して安心してはいけない。私たちの次のその次の世代まで、これが続いて、そこでやっと本当に平和と言える」というような内容だ。 田村隆一は1920年代生まれの人なので、1950年代生まれの私が彼の次の世代だったと言える。そして「アイネクライネナハトムジーク」の監督今泉力や原作作家の伊坂幸太郎は、80年代70年代の生まれで、私の次の世代と言っていいだろう。もはや、田村隆一が言っていた新たな世代の時となった。 それ…
アガサ・クリスティーは定期的に見たり読んだりしたくなるが、今がその時期のようで、今回は本ではなく映画を探した。 アガサ・クリスティー ねじれた家 [DVD] グレン・クローズ Amazon 大富豪の屋敷で起こった殺人事件。殺されたのはその大富豪本人で、容疑者は屋敷に同居する三世代の家族。 ねじれた家という題名は、その家族のねじれ切った性格や関係性を、マザーグースの童謡「ねじれた男がおりました」にかけているらしい。 今回探偵役はポアロでもマープルでもなくチャールズという若者で、彼は殺されたレオニデスの孫ソフィアの元恋人という、またこれもねじれたややこしい関係。 ソフィアに依頼されたチャールズは、…
永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』をKindleで読んだものだから本の厚さは実感できなかったけれど新潮文庫で八百頁近くあるそうで、評判通り長編小説を読む楽しみとスリリングか詰まっていた。またいろんな長編に連想が及ぶのも特徴で、解説の千街晶之氏は『細雪』『華麗なる一族』『犬神家の一族』を挙げていた。 日露戦争開戦の年に誕生した、かな子。父は横浜を代表する商家の当主・檜垣澤要吉であり、母はその妾だった。ところが父は体調を崩して寝たきりに、母は火事に巻き込まれて亡くなる。かな子は寝たきりの父のいる檜垣澤の家を頼り、下女並みの扱いで生活することとなる。この家が複雑また怪奇が潜む。ストーリーは、かな子の生き方と…
どれだけ愛の言葉を囁かれたって、どれだけ僕を求められたって、僕はそれに欲情できないんだ。安心感、なんてものを与えようとどれだけ藻搔いてくれても、僕はそれを感じることができないんだ。 でも不思議だね、僕はずっと安心感を求めていたし、何処かの誰かがそれを与えてくれるって信じていた気もするんだ。手元にあるものを失いたくないって思ってしまうし、逃れていかない確かな何かを掴み取りたい、そう考えることもある。 だからかもしれない、人を嬲って虐めて悦楽を感じるのは。そこに生まれる感情、身体に刻まれる感覚は、貴方の中で深く深く沈澱してゆくものでしょう。その痛みや快楽、それはともすれば言語化できないわけで、そう…
谷川俊太郎が亡くなった。巷には谷川俊太郎を惜しむ声が溢れている。皆がほとんど谷川俊太郎を絶賛している。谷川が第一級の詩人だったことは間違いない。しかしここまで無批判に絶賛して良いものか。私が持っている谷川の詩集は『自選 谷川俊太郎詩集』(岩波文庫)と『はだか』(筑摩書房)の2冊きりだ。『はだか』は武満徹作曲の『系図』のテキストになっている。歌ではなく、少女が詩を読むというスタイルだ。「曲の最後に現れるアコーディオンの旋律は、以前に書いたが使われなかった曲(映画監督ジム・ジャームッシュが1991年に制作した映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』のために書いた曲)を再利用したものである」(Wikip…
「感諷五首 」の意訳について ここ最近、李賀(りが)(791年-817年)の意訳をいくつかおこなった。李賀は唐代中期の人で、西暦でいえば8世紀から9世紀の変わり目に生きた詩人。華美な修飾表現が特徴で、三千年におよぶ漢詩史においても、際立った奇想の持ち主として知られる。 漢詩の翻訳は、日本の文学史に多大な影響を与えてきた。高橋睦郎の『漢詩百首』では、萩原朔太郎や田村隆一など、近代に誕生した日本語の自由詩は、漢詩の下地があってこそ生まれたものだと力説している。 直接的に愛唱されている作品もあり、比較的有名なのは、井伏鱒二訳の「サヨナラダケガ人生ダ」だろう。原文は「人生足別離」(人生 別離(べつり)…
昔、猛烈にのめり込み、小口が手垢で汚れるくらい繰り返し読んだ本がある。 『夜明けのヴァンパイア』(映画化名『インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア』) アン・ライス著、田村隆一訳のこの本を最初に手に取ったのは確か中学3年生 の頃だったと思うが、ゴシックとか退廃的とかいう言葉を知ったばかりだった 当時、まんまとその世界観にやられてしまい、いまだにやられたままでいる。 吸血鬼とか永遠の命とか不死とか、聖とか邪とか、目に入るとついセンサー が反応してしまう。わりと最近反応したのは、 『図書館司書と不死の猫』リン・トラス著 である。 死ぬたびに生き返る数奇な半生を送ってきた猫は語る。彼を導いた猫、 キャプ…
私的体験を構築するパラディグムをいまいちど真剣に調べてみよう、というテクストです。しかしパラディグムを統合するサンタグムとしての機能を果たすものもまた私的体験である、という矛盾がありますが、私的体験をどこまで私の外部で言語化するか、と考えたとき、外界と内界はある程度融解すると思います。何故なら私の言葉と文脈で記述しているから。もう、ご愛敬で見逃してくれませんか?
私が不安を感じるのは、普通の民衆だけでなく、一部のインテリも国家と政府の概念を混同していることである。ある学者の友人が、かつて私にこう語った。「我々は国内で国家を批判してもいいが、国外に出たら擁護しなければならない。家の中では両親とケンカしてもいいが、家を出たら他人が両親を罵倒するのを許さないのと同じだ」 私は言った。「我々が批判しているのは政府で、国家じゃないよ」 私は、ツイッターにメッセージを書いた。「国家と政府の区別がつかない人たちがいるようだ。誰かが政府を批判すると、売国奴と決めつける。譬えて言えば、国家は両親であり、政府は執事である。執事を愛することと両親を愛することは違う。両親は交…
たまたま目にしたdetest his studies に勉強を毛嫌いするという訳があてられていた。わたしの語感ではdetest は毛なんかよりもっと嫌いの度合が大きい。そこで『ジーニアス英和辞典』を引くと、ひどく嫌う、hate より強意的とあり、『オクスフォード英英辞典』も同様だった。 毛嫌いというのは、これといったわけもなく嫌う意味なのでdetestの訳語としてはいかがなものか。なお『ジーニアス和英辞典』の例文に「彼女は彼を毛嫌いしている She hates him for no special reason.」というのがあった。とくに理由もなく……なるほどな。 また『斎藤和英大辞典』(斎藤…
孤独って いかにも孤立無援な印象を受けるけれども 本来その言葉自体に罪はない 哲学的には “自分が自分と向き合う状態” とのこと “寂しさ” とは異なるし、決して “悲しい” ことではない 孤独であって 何らかの原因でそれを悲しいと感じることはあっても ほんらい “孤独” は人にとってなくてはならない 必要なもの なんでもかんでも “こどく”、“こどく” と目の敵にするなよ そうでなくったって寂しい人はいるんだぜ 百年か 百年後は きみもぼくも、あなたも、周りの恋人たちも もう だあれもいないんだから 『 神は たった6日間で ぼくらの世界を創ってしまったというのだから 居心地の悪いのも無理は…
十一月二日 今月はなんだかいける気がしていて、というか、11月と相性が良いような気がして、去年の数字を見たら寧ろ悪いんだけど、なんとなく、そういう予感をしながらスタート。お店としてすこーしずつ持久力が上がってきたことを感じるのもそうだし、戦闘能力も良いラインを維持出来るようになってきた。その辺が八上書林の精神的な部分に与える影響は少なからずあるように思う。しかしながら蓋を開ければ初っ端から笑えるくらいの土砂降りで。自分が出勤迷ったくらい。それでも開ければ良いリズムで来客に買取に本当に感謝。初めての方々、いつもの人、たまにばったり会う人、それから最近どうしてるかなぁとふと考えていた青年など。今日…
田村隆一『ぼくのミステリ・マップ 推理評論・エッセイ集成』(中公文庫)はその名の通り、十九世紀前半から二十世紀の七十年代にかけてのミステリ・マップであり、一九五三年に早川書房に入り編集部長を勤めた人の、わが国における翻訳ミステリをめぐる回想記ともなっている。 なかにエドガー・アラン・ポー(1809-1849)からロス・マクドナルド(1915-1983)までミステリ作家について著者が語り下ろした章がある。古典的ミステリの作家別ガイドは有益で、わたしは福永武彦、中村真一郎、丸谷才一による名著『深夜の散歩』の一人語りヴァージョンの趣きさえ感じた。 たとえばアガサ・クリスティについて「ミス・マープルの…
「週刊文春」にて1996年8月29日号から2020年1月23日号まで連載された坪内祐三氏による文庫本書評「文庫本を狙え!」を文庫レーベル順に並べた。文庫レーベルはおおよそ五十音順に並べたが検索のしやすさを考慮し一部前後した箇所もある。 同文庫レーベル内では連載の古い順から並べ、それぞれ取り上げられた本の編著訳者名・書名・掲載号を記した。掲載号は( )内に記載し、(狙97.1.30)は、「週刊文春1997年1月30日号」を指し、「狙」は収録されている単行本を指す。 本リスト作成には以下の本を用い、略称の区分もこれに基づく。 【狙】『文庫本を狙え!』ちくま文庫, 2016年(1996年8月29日号…
日本共産党千葉1区候補の渡部まさし(渡部雅士、筆名渡部唯生)です。 ブログを開設したものの、この間の候補者活動、そして公示後の選挙活動と、猛スピードで駆け抜けて来ているため、更新が滞ってしまいました。ごめんなさい。 今日は蘇我駅で朝宣伝後、ようやくオフとなったので、この時間を活用して、ふだんの街頭演説では話せない、私自身について、まとまった形でご紹介させて頂きたいと思います。 以前から雑誌「民主文学」では、「渡部唯生(ただお)」という筆名で小説などを発表していましたが、選挙では本名の「まさし(雅士)」をそのまま使用しています。 投票の際は、渡部まさしとお書きください。よろしくお願いします。 私…