当初はパソコンマニアたちのホビーから始まったビデオゲームは、1990年代に入るとその姿を大きく変えようとしていた。 団塊ジュニア世代を中心とした急速な市場の拡大と、高い表現力を持ったコンソール機の登場は、それまでのジャンルでは見たこともない革新的な表現を生み出す土壌を整えた。 ゲームは単なる子どもの遊びの範疇を超え、音楽・映画・小説などのあらゆる表現ジャンルを飲み込んだ、新しい総合的なエンターテイメントとして日に日に期待と注目を集めていたのだ。 松野泰己という“才能”の台頭は、まさにそんな時代の必然で起きた“事件”だった。 クエストという大きからぬメーカーがスーパーファミコンで発表した『伝説のオウガバトル』(1993年)とそれに続く『タクティクスオウガ』(1995年)というタイトルは、それまでのゲームとは一線を画していた。 『伝説のオウガバトル』Wii Uダウンロード版のプレイ画面 (画像
3月19 RPGにおける主人公の有り方について 今回はオレの好きなゲームの話である。興味の無い人にとっては死ぬほどつまらん内容になると思うので、その辺をご了承いただきたい。 今回主に取り上げたいのは『ファイナルファンタジー12』(以下FF12)についてである。このゲーム、主人公の存在感が薄すぎるというもっぱらの評判なのだが、はたして本当にそうなのか。 まずは一般的なRPG(ロールプレイングゲーム)の主人公のあり方を整理しておこう。 RPGの主人公は、おおまかに言って2つに分けることができる。1つは、「主人公=プレイヤー」タイプ。そしてもう1つは「主人公≠プレイヤー」タイプである。例を挙げるなら、前者はドラクエの主人公、後者はFFの主人公といった具合である。 「主人公=プレイヤー」の場合、キャラが勝手にしゃべることはない。台詞は「はい」か「いいえ」あるいは選択肢だけである。キャラに強烈な個性
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