月刊アスキー 2008年6月号掲載記事
任天堂「Wii」の新しいチャンネル「テレビの友チャンネル」が3月にリリースされた。ゲーム機からテレビをコントロールできる3D型EPG※1だが、一般にはそれほど話題になってはいない。しかし家電メーカーの中では大騒ぎになっていたはずだ。公開後に関係者と会うと、皆真っ先に話題にするのがこの話だったのだから。なぜそれほど衝撃的だったのか。それは家電業界内で“わかってはいたけれどできなかったこと”をいくつも同時に実現してしまったからだ。
※1 「Electric Program Guide」の略で、テレビやDVDレコーダの画面に表示する番組表のこと。
長くテレビは家電の王として君臨してきた。テレビが何かを支配下に置くことは許されても、何かのデバイスがマスターとなり、テレビを操作することはタブーとされてきた。これをあっさりと覆したことがまずひとつ大きなポイントである。そして、家電業界ではまずもって許されない“数個のボタン+ポインタ”という斬新な操作体系を導入した。また、従来型テレビの数倍から10数倍もの処理能力を前提としてEPGを再設計してしまった。さらには、家電業界の切り札とも言えるテレビに関する「ユーザー参加型メタデータ」※2をあっさり奪ってしまった。
※2 具体的には誰がどんな番組を検索したか、どの番組詳細情報を閲覧したかなどの情報。視聴率よりもさらに視聴者についての深い情報を知ることができる。家電メーカーのみならずコンテンツ業界など皆が欲しがる“金のなる木”だ。
家電メーカーは巨大な研究開発部門を持ち、テレビのことを誰よりも良く知っているはず。なのに、なぜ実現できなかったのか。家電業界全体の無言のルールとして、先進的すぎるものをユーザーは受け入れないという決め付けがあったように思う。そして、それこそが進化を停滞させていた原因ではなかろうか。実際、会議でWii風のリモコンだけを添付したテレビを出したいと言おうものなら、社内中からクレームが相次ぐはずだ。開発部門は「ユーザーインターフェイスの全面変更で予算も人も3倍必要」、営業は「強い照明がある量販店でデモができないのは困る」、カスタマーサポートは「電話相談件数が増える」などのように。これまで積み上げてきたものがあるからこそ、超えられない一線、これぞまさに“イノベーションのジレンマ”である。各メーカー内部のしがらみで意図せず製品制限カルテルのような状態になっていたのだ。
「テレビの友チャンネル」の登場は家電メーカーには手痛い一手ではあるが、新しい競争が始まる可能性が出てきたことは確かだ。さらに追い討ちをかけるように、電源を入れればWiiチャンネルが表示されるWii内蔵テレビ、なんてものが登場したらますますおもしろくなりそうなのだが。