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2019-01-28

ブギーポップ視聴者が笑えない糞ラノベアニメ2

anond:20190128015927

 投稿可能文字数感覚として染み付いていたし、十分に注意もしていたはずだった。だがそれでも、死神のワイヤーの速度に煽られる形で、つい記事の一つが一線を超えてしまった。

 もちろん、短縮や分割をした上で投稿し直すことは可能であり、取り返しのつかないミスではない。だがどのみち、今のような記事のままでは黒帽子を退けるイメージが〝増田〟にはどうしても湧いてこなかった。一瞬とはいえ立ち止まったことで、その現状を自覚してしまったのだ。

 手の止まった〝増田〟を前に黒帽子は、今度こそ必殺の一撃を放とうとでもいうのか、妙にゆったりとした動きでワイヤーを構える。

「……………………!」

 迫りくる「死」を前にして、これまで匿名ダイアリーという修羅空間支配してきた圧倒的な異能が、限界を超えて稼働する。

 その果てで、遂に〝増田〟は起死回生の一手にたどりついた。

「!」

 打鍵音がひとつながりに聞こえるほどの神速で記事執筆し、投稿した。

『口笛を吹いて現れる黒帽子死神だけど、笑顔の素敵なJK飛び降り自殺に追い込んだ時の思い出を語るよ』

 投稿するやいなや、凄まじい大炎上が巻き起こった。100、200、300、500……みるみるうちに1000ブクマの大台を超えて炎上、すなわちバズは拡大し続けている。

 それは、たとえどんな「設定」であれ強固に定着させるのに申し分ないほど巨大な「承認」だった。

「――というわけさ。こんな形で浮かび上がることになるとは、僕も思っていなかったがね」

 澄んだボーイソプラノが〝増田〟、いや、「黒帽子の〝増田〟」の口からこぼれる。

「ほう?」

 一応は声を上げたものの、黒帽子はこの特異な状況――自分と寸分たがわぬ姿をした〝増田〟を前にしても、ほとんど驚いた様子がなかった。

 だが、これで少なくとも戦闘力に関しては互角のはずだ。仮に相討ちになったところで、〝増田〟の方は「設定」が消えるだけ。〝増田〟は勝利確信した。

「それで君は――『僕』は、どうするのかな?」

 そこで黒帽子は、なんとも奇妙な顔つきをしてみせた。笑っているような泣いているような、左右非対称の表情だった。

増田〟は、いつの間にか自分の顔も、鏡写しのように同じ表情を浮かべているのを感じた。

「もちろん、こうするのさ。なにせ自動的からね」

増田〟の意思とは無関係に口から言葉が吐き出される。そして、黒帽子の〝増田〟の右手が持ち上がり、肩の上あたりで止まった。

(……?)

「仕上げはよろしく頼むよ、『僕』」

 そう言うと黒帽子の〝増田〟は、さよならをするように右手を軽く振った。その直後、耳元で空気を切る音がしたかと思うと、

!?

 ワイヤーが〝増田〟の首にしっかりと絡んでいた。しかも、そのワイヤーは目の前の黒帽子ではなく、〝増田であるはずの黒帽子自身右手から伸びているものだった。

 なぜこんなことにと考える暇も与えず、ワイヤーは〝増田〟の首の皮を、肉を、骨を切り裂き、黒帽子自身の「設定」を破壊した。

 あまりにもあっけない「自殺」だった。

「……!?

 黒帽子の「設定」を失い混乱する〝増田〟の首に、今度は前から飛んできたワイヤーが巻き付いた。遂に「本体」を捉えられた今、もはや〝増田〟に逃げ場はない。

 黒帽子のワイヤーは、これまでのように一気に切断することはせず、しかし着実に〝増田本体の首をギリギリと締め付けていく。

「……! ……!」

「『自分』をないがしろにして、死神なんかに頼るからそうなるんだよ。お別れだ、〝増田〟君。いや、〈アノニマスダイアリー〉……」

 黒帽子が、世界の敵としての〝増田〟に名前を付けた、まさにその時、ワイヤーの圧力がとうとう限界を超え、〝増田〟という存在に決定的な傷を付ける音が鳴った。

 それが、〝増田〟の耳にした最後の音となった。



「…………うぅん?」

 土曽十口(つちそ・とぐち)は、パソコンデスクの上にだらしなくうつ伏せになっていた上半身を起こした。

 締め切っていたはずのカーテンが何かのはずみでわずかに開いており、そこから差し込む朝日に目を灼かれる。不健康生活をしている女子大生には、その爽やかな光は眩しすぎた。

 どうやら、ネットをしながらいつの間に寝落ちしていたらしい。付けっぱなしにしていたヘッドホンからは、午後から日暮れにかけて軽い夕立ちが降ったことを歌う、ハスキー男性ボーカルの声が流れている。

「んんー……痛っ?」

 しつこい眠気を振り払うように大きく伸びをしていると、首の周りに妙な痛みを感じた。

 スマホのインカメラ確認すると、寝ている時にヘッドホンコードからまったのか、首をぐるりと一周する赤い痕がついていた。それは、本来平凡な容姿のはずの十口が人混みの中でも目立って浮いてしまいそうなぐらい、はっきりとした線だった。何かの目印のようでもある。

「うわ、この痕しばらく残りそう……」

 あるいは、一生消えないのかもしれない。なぜかそんな風にも思えた。

 それから急に、2年になってからサボりがちで4年間での卒業が怪しくなっている単位のこと、入学直後に一度参加して以来まったく顔を出していないサークルのこと、この前の正月帰省しなかったせいでしつこく電話をかけてくる両親のことなどが、一度に思い出された。

――なんで突然、こんな当たり前のことばかり? たしかに、私自身の問題ではあるけど……

 そんなことを考えながらふとディスプレイに目を向けると、ブラウザには最後に開いていたらしいニュースサイトが表示されていた。見るともなくページをスクロールしていく途中、

株式会社はてな倒産

 という文字が目に入った。

「……」

『岩……海氏の来社時にお茶を出さなかった事実が明らかとなり……』

消息筋によれば、この一連の動きには二人組の犯罪者通称“ホーリィ&ゴースト”の関与があるとも……』

「…………」

 しかし、それを見てももはや十口の胸には何の想いも湧き上がってはこないのだった。いや、もともと「想い」などというものは無かったのかもしれない。

 ただ、自分がひどく無駄なことに時間を費やしていたような、途轍もない徒労感だけが泡のごとく浮かび上がったが、それもすぐに弾けて消えた。

「……よし!」

 無理やり声を出して、十口は気持ちを切り替えた。

 今までがどうであれ、これからは充実した実生活を目指して生きていけばよい。そのために必要な指針も既に示されているのだから

 すなわち、

『十分な睡眠

『適度な運動

瞑想

『1日350グラム野菜

 この4つだ。

 それらを実践すべく、まず第一歩として十口は、人生時間無駄に奪うだけの箱であるパソコンの電源を――ためらいもなく落としたのだった。

“Boogiepop Anonymous:The collapse of the HATENA Empire”closed.
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