ところどころ平仮名になってるところがめちゃくちゃ怖い。
30過ぎ+実家暮らし+非正規+家事やる気無し、みたいな女性が半分くらいを占めていたのですが、彼女たちは年収600万オーバーの男が真面目に付き合ってくれると思っているのでしょうか?
どこがカワイイの?外国では理解されない日本人女性の美的感覚4パターン
そんな日本の女性に大人気な涙袋ですが、海外では“不評”です。元々彫りの深い顔立ちの欧米人からすると、
涙袋は「老け顔」の象徴。目の下がたるんできたのが涙袋という概念があるために、
わざわざ涙袋を強調するメイクをするというのは外国人女性からすると信じられないことです。
なかには、涙袋が大きい日本タレントをテレビで見て、「この人は忙しくて寝てないからこんな目になっちゃったんだね!」とコメントする人もいます。
これ読んでちょっと安心した。流行ってて素敵なものやことも多いけれど、流されないで自分が感じたことを大事にしようと思いました。
「結婚に何を求めているのか?」
と聞かれても答えることができない。
だから!可愛い人が見つかるといいなと思うけど、そんな人は売れてしまって市場には残ってない。
自然恋愛による結婚への期待感を生み出せないから、人工恋愛による義務感しかなく、そこに情熱が持てない。
愛されるよりも、愛したいマジで。
一番じゃなくていいので僕とセックスしてくれませんか?
いぜんまとめサイトで、両親をみていた長男夫婦が、別居の弟に(叔父)なじられ、
介護の態度がなってないと言われつつも耐えていたけれど
叔父夫婦は光の速さで音を上げて、即施設にいれてしまったというのを読みました。
増田さんが年長者なのですから、ご両親の面倒を見て差し上げて、妹さんを開放して差し上げたらいかがですか。
妹さん可哀想です。
壮大なタイトルにしてしまったので、それ相応のことを書かないといけない。愛ってどういうことかなあと考える機会があったのでつらつらと自分の見解を記しておきます。
わたしは基本的に全人類が好きです。博愛主義の水瓶座なので!だれがいちばん好きかということは、あんまり考えたことがない。そもそも愛に順位をつけること自体、ちがうんじゃないかな?とおもっています。気持ちはわかるのだけれど。なのでわたしの中で人間は9.9割の好きな人と0.1割の苦手な人に分けられてしまう。ほんとうに大雑把な区分だとおもうけれど、これが本音です(苦手な人は可能なかぎりわたしの世界から排除するので、そうするといよいよ好きな人ばかりになってしまう)それから、わたしはわたしの好きだという思いを許されることに快感を覚える性質なので、向けた愛を同じだけ返してほしい!という感情もほとんどないのです。向けさせてくれただけでありがとうとおもっている。返してくれたら幸福だけれど。あ、恋は別ですよ。恋は恋なので。
でも、当たり前にそうではない人も存在する。愛しただけ愛されたいと願う人たちがどこかにいるんですよね。それはすごいことだなあとおもう。わたしは昔、友達に「だれのことも好きな人はほんとうはだれのことも好きではないんだよ」と言われたことがあります。わたしはたぶん、だれのことも好きではないのかもしれない。ぞっとする想像なので普段はつとめて考えないようにしているのですけれど。
たしかにそれは一理あるとおもうのです。わたしは思春期を過ぎてから自分が好きな人が他の人と仲良くしていて嫉妬を覚えるようなこと、めったにありませんし、わたしをだれよりも優先してくれという願いもありません。そんな自分のことがさみしい人間のような気がして泣きたくなる夜もあります。最近、優しいと言われることが増えたのだけれど、わたしが優しいのはだれのことも好きで、だれのことも好きではないからそう映るだけじゃないですか?すべての人を平等に見ていたらだれにだって同じ扱いができます。わたしはそのことを知っています。
自分をいちばんにしてほしいと言ってくださる方がありがたいことにちらほらといて、それでも応えられないことをくるしくおもっています。でも、しかたないんだ!わたしは全人類を愛する自分が好きなのです。自己陶酔。それはわたしにとってだれに侵すこともできない誇りで、大切なことだから。冷たい人間でごめんね。以上!モラトリアムから脱出できていない人間の自己語りでした!
追記
反応が早い!これが増田!