その辺も含めて、この姉の旦那ってのはそうとう手練だと思うな。多分しろうと考えでは太刀打ちできないと思う。
上手な男の人を探せってこと?
セックスの時に相手を思いやるってどういうことなんだろう。
相手をいかせようとする、のも一種の思いやりのような・・
そう思うと、自分に原因があるように思っちゃうんです。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/1d2ad3efc240ee1992fcb2203ed1f9f3
社畜はいかにして生まれたか
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/2ee44e16556a8e9c3b182a3a4db4c4eb
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/8e87a56fbf231befac1fdc7ba2534235
この手の話題が出るたびにいつも思うのだが、かなりキツキツに効率化を進めてきた今の日本にそれなりの人数を食わせるだけの職と金があるんだろうか?
反対する人が潜在的に恐れているのは、そういうことでしょ?
もしオナニーでイケるならセックスでもやり方次第でイケると思う。
どうされると気持ち良いのかコミュニケーション取りつつ気長に試されよ。
30回くらいトライアンドエラーを繰り返せばお互いにコツがつかめるんではないかと。
以下、老婆心ながら書くと、
最大のポイントはたぶん前戯の段階でイク一歩手前まで登りつめること。
そのために耳、首すじ、背すじ、腹、乳、乳首、内ももなど萬古以外への前戯を丁寧に時間をかけてすること。
漫湖への前戯は、特に、栗とリス、Gスポットを弱すぎず強すぎずで的確にせめてもらうこと。
あと挿入については漫湖と珍古が一番フィットする体位や挿入角度を探すこと。
これは珍古と漫湖の形状によってケースバイケースなのでパートナーが変わるたびに試行錯誤するしかない。
それからあらかじめ前戯で充分濡れてないと挿入しても互いに気持ちよくないのでイキにくくなる。そういう点でも前戯重要。
濡れにくい体質ならローション使うと良い。体に害はない。
当たり前だけど「女全員」なんて言ってるわけじゃないし、
俺のまわりの男で子供の話題に限らずそんなめんどくせーこと言う奴見たこと無いから、
なんで姉夫婦が買った家のローンを親が払わなきゃいけないかわからんけど、金払う以上は権利があるんじゃないかな。
だとすればあなたにも権利はありそう。
かなりこじれている話で恐縮なのですが、実は以前私たち家族が住んでいた家は売却する予定だったそうです。(親からヒアリング済)
それを他人に売るのでは色々手数料など、ようはお金がかかるので、子供が大きくなって家(=ボロ家)が手狭になった姉夫婦と私の家族が自宅を交換する形となったわけです。利害の一致と言いますか。
姉夫婦(というか姉)は乗り気ではなかった、と言う割には「子供のために広い家に来られてうれしい」という様なことを言っています。
ていうかさ、こういっちゃ悪いけど、その交換の契約とかも含めて、あなたの親はかなりの世間知らずで、姉夫婦(特によくわからない旦那)はかなりその手のことに詳しい人な感じがするよ。だとすると弁護士つけても苦戦するかも。世の中には悪賢い奴いーーーっぱいいるからねえ。
うちの親が世間知らずというか、考えがない、というのは今回の一件で実感しています。
姉夫婦親類関係に法学部出身の人間はいませんので、法律関係に詳しいかどうかわかりませんが、家の移転云々はおそらく姉の一存で全部決められている感じです。旦那さんは唯々諾々と従うのみで、実姉は自分の手を汚さずに、いいとこ取りをしているようで考えるのも気分が悪いですね。
それなら全記事にする必要はないな
女性の老いについて考えてみた。
女性自身が老いたと感じる事柄を挙げてみる。
【大人に見られることが嬉しく無くなった】
10代、20代前半は大人っぽさへの意識があり、大人っぽく見られることが嬉しいのである。
年上に見られてムカッときたら、それは老い。
【肌の綺麗さが美の第一条件になった】
若い頃の肌は、なんもしなくても綺麗なのだ。
肌年齢が気になりだしたら、それは老い。
【かわいさ回帰】
それがかわいさ回帰。
綺麗さよりもかわいさを再び求めだしたら、それは老い。
<例>
押切○えさんのような、ブログの写真はホワイトで飛ばしたり、アヒル口などのかわいい写真写り姿勢。
【品を追求しだした】
品を追求し出したら、それは老い。
【薄毛、細毛の悩み】
髪は女性の命。
薄毛、細毛に悩みだしたら、それは老い。
【外見はどうでもよくなった】
末期症状。
グッバイ女の私。
老い老い・・・
こんなこと書いている当方は20代半ば非モテ♂なわけだが、
もちろん、異論は認めます。
そんなとこに地雷埋まってるなんて誰にもわからんよなぁwwwwww
SBっていわゆるブラウザのブックマーク・お気に入りの代用だろ?
今でもあるのか知らんけど会員同士でSB登録しあいましょうってコミュニティが昔mixiにあった。
あれはスパムだと思う。
GWに、古くからの友人が集まってわいわいと飲む機会があった。全員同い年で30代前半、今回は女性だけで5人ほど。そのうち2人が既婚者で、子持ちは誰もいない。気の置けない仲間同士で昔話に花が咲き、瞬く間に時間が過ぎ、そろそろ日付もかわろうかという頃、独身組がいつ結婚するかという話題に移った。独身組3人のうち、長い間恋人がいるのは私だけだったので、自然と私の結婚時期が話題の中心になった。
私には3年ほど付き合ってる彼氏がいる。結婚してもおかしくはないのだが、そこまで行くには色々と越えなければならない障害があって、面倒くさくて先に進めたいとは思っていない。障害はおもに仕事と両親。職場は古くからの男性上位社会で、結婚するとなると今のポストを外されかねない。それは絶対嫌だった。両親は要介護1と要支援1でどちらも障害者だ。日常生活はほぼ出来るにしても、2人だけでの生活には無理がある。今同居して面倒をみている私が結婚となると、全国に散り散りになっている兄姉と相談しなきゃならない。非常に面倒くさい。
でまあよく彼と話していたことを、ここでもそのまま話した。
「色々めんどいから、でき婚しちゃおうかと思ってるんだよね。」
そしたら友人の1人にいきなり怒られた。でき婚なんてバカじゃねーのと。絶対ダメになって終わるよと。正直、なんでそこまで罵られるのか分からなかった。10代や20代の頃のように、無計画に妊娠して結婚するわけでもなく、貯えもあるし今妊娠しても金銭的には困らない。双方の両親にも挨拶済みで将来結婚しようと思っている事は知っている。ただ、本当に結婚するとなると一つ一つ障害を解決しなきゃいけない訳で、それにはなにかしらのきっかけみたいなものが必要だった。彼と私で相談した結果、できちゃったら結婚するしかないし、重い腰も上げざるを得ないよねということになったのだ。
懇々とこれまで経緯を説明しても、友人は「あり得ない。そんなことしても絶対に不幸になるだけ。周囲ででき婚したやつはみんな離婚してる。」と繰り返す。いや別に理解して貰えなくてもいいんだけど、楽しい飲み会の席で罵倒するのだけはやめて欲しかった。というか、周囲のでき婚は無計画な10代20代の頃のやつばっかじゃん。正直、色々考えた結果の私達とは一緒にしてほしくない。
一人で私を罵倒する友人を見るに見かねて、他の子も諭してくれようとしたのだけど、とうとう彼女は泣き出してしまった。
「だって、私は産めなかった。そこで私は産めない選択をしたんだよ?」と。
意味わかんねーと思ったけど、そういや、彼女は20代前半の頃に妊娠して堕胎していた。詳しくは聞かないので知らないけど、彼女の彼氏の仕事はまだまだ不安定な時期だったようだ。今はその彼と結婚している。
「でも、あなたの当時の状況と私の今の状況じゃ全然違うよね。そこで自分の状況と重ねて批判する意味があるんか。」と言うと、彼女、号泣。
「そんでも、でき婚なんて認めない。そうしないと生きていけない…。」
ボロボロ泣きながら話す彼女に、正直ドン引きしてたら、なんと他の1人が一緒に泣き出した。
「○○~…つらかったんだねぇ~…」2人で号泣。
ええー…。楽しかった飲み会がうそのように、ドンドンしらけていく私の心中。もうその後はどうしたらいいかも分からず、無理やり別な話にシフトして場をうやむやにした。
高所得世帯をターゲットとしたとある女性誌に長年オファーし続けて、ついに登場という、かつて国民的美少女として圧倒的な存在感と「○クミ」との愛称で活躍した彼女が特集されていた。現在はヨーロッパで一女二男を育てながら暮らしているとのこと。
修正がいくらでも可能という紙媒体とはいうものの、富裕層としての生活により寸分の隙のない手入れ感のある容姿に、あどけなさはもうないが、美貌と知性を兼ね備えたかのような女性としての貫禄に、羨望の視線を向ける女達は少なくないだろう。
「入国カードの職業欄に、私ハウスワイフ(主婦)って記入したわ」とのインタビュー記事は、ナチュラルに生きていますという、
あえて、フツ-なんですよ私という自己申告が彼女がフツ-でないことを知らしめる。
前の日記「裁判員制度を問い直す議員連盟の主張が判らない(http://anond.hatelabo.jp/20090501004438)」では、はてブ1個と言う寂しい状態ですが、構わず続きます。
『「裁判員制度」凍結、見直しにむけた「12の論点」』はこちら。
http://blog.goo.ne.jp/hosakanobuto/e/21929301bf51872669470a5abd17bbeb
③「無罪」の判断をしても強制的に「量刑評議」に参加を強いられる
主権者である国民は、日本国憲法第19条によって「思想・良心の自由」が保障されています。多数決で決められた有罪判断の後に、「無罪」の意見を述べた裁判員が、被告人の量刑に関する評議に加わるように裁判所から強制されるいわれはありません。(現在の裁判員法はこの場合の裁判員辞任を認めていない)よって、評決において「無罪」の意見を述べた裁判員は、量刑に関する評議への関与を強制されないこととするべきです。
「無罪・有罪」の評議の後に量刑の評議になる、と言うのは確定情報じゃないですよね。もちろん、殆どの場合そうなると思いますけど。前の日記でも例に出した精神鑑定が議論になるケースで、裁判官はともかく、裁判員はそんなに割り切って判断できないのでは? 無罪はありえないけど死刑は反対とか、無期なら賛成だけど死刑にする位なら無罪とか、そういう人は居ると思う(その考え方が妥当かどうかはともかく)。
それに、大前提として「評議が2択だけで無効票を投じてはいけない」と言う決まりは無いのでは? 少なくとも今現在見える範囲でそんな事は何処にもそんな事は書いてない。増田はただの一般人なので、無効票は禁止されているのにそれが知らされていない、と言う事なら、それはそれで大いに問題だと思う。けど、ありもしないルールを前提に制度批判するのはおかしいですよね。
現状のままに裁判員制度が実施されれば、多数決で有罪が決まり、死刑判決が下される場合が想定されます。無罪と判断して死刑判決に反対した裁判員も、「有罪・死刑判決」に加担したことに、多大なる苦しみと自責の念を抱え続けるおそれがあります。ましてや、判決後に冤罪の疑いが強まり、救援運動が起きた時などの苦悩は想像がつきません。
4月26日放送の『NHK日曜討論』では、但木敬一元検事総長が「模擬裁判でまずかったのは、時間の関係で全部を多数決の評決で進んだこと。せめて、死刑判決だけは全員一致するまでていねいに評議を尽くしてやる必要がある」と発言しました。そうであれば、「死刑判決の全員一致制」を評決ルールの中にきちんと位置づけておくべきではないでしょうか。
死刑だけ特例にする人には「死刑は取り返しが付かない」と言う感情がある様ですが、無期懲役なら取り返しが付くって物でもないでしょう。裁判員が感じる負担云々と言う話に対しては、死刑以外の判決なら感じないとでも言うのか、と言いたい。
取り返しが付かないというなら、無罪はどうなのでしょう。日本の刑法では一度無罪判決が確定したら、例え後から確実な証拠が出て来たとしても2度と同じ罪で裁判に掛ける事は出来ない筈。
冤罪があってはならないのと同じ様に、真犯人が罰を逃れる事はあってはならない訳で、実は有罪だった事が後で判った時の裁判員の負担は多大なものでしょう。特に、裁判員制度では「裁判官がどう判断していようと裁判員が多数派であれば、幾らでも刑を軽く出来る(無罪にも出来る)」訳ですから、プロの判断を押し切って素人判断で無罪にしてしまった、となれば、その後悔や被害者への自責の念は相当なものだと思います。
では、死刑と同様に「無罪判決も全員一致制」にすべきですか? 増田はそうは思いません。全員一致性など無用です。特定の判決だけを条件変えるのは余りにバランスが悪いでしょう。
穿った見方も付け加えておきます。『①思想・信条による「辞退」や面接時の「陳述拒否」が認められない』の中で『裁判員候補面接時に「死刑も含む法定刑を選択出来るか」と問われた国民が、「『憲法19条の思想・良心の自由』に照らして、私はこの質問にお答えできません」と応答した時に「正当な理由なく陳述を拒んだ」として制裁を受ける危険があるのも問題』であり、陳述拒否が認められるべきだ、と主張していますね。これを組み合わせると、「何があろうと死刑反対」の人がその主義主張を隠して裁判官・検察を欺けさえすれば、全員一致制に反対票が入って死刑判決は出ない、と言う事になりますね。死刑を済し崩しに廃止する為に裁判員制度批判を利用している、と言うのは穿ち過ぎた見方かも知れませんが、この2つがセットになれば事実としてそう言う事が可能になります。
実は『「裁判員制度」凍結、見直しにむけた「12の論点」』の中で、増田が最も胡散臭いと思うのはこの2つがセットで出てきた所です。少なくとも『①思想・信条による「辞退」や面接時の「陳述拒否」が認められない』と『④死刑判決を全員一致ではなく「多数決」で行うこと』の両方が同時に修正される事は絶対にあるべきではない、と増田は思います。死刑に賛成するしないの問題ではなく、「裁判員制度」の(納得できない)問題修正のせいで、「死刑」の問題が済し崩しになる事は不適切だと思うからです。
日本国憲法第32条には、「何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。」とあり、被告人の権利を幾重にも規定している日本国憲法の趣旨に鑑みれば、「裁判員裁判」しか選択できない制度は憲法に反します。よって、被告人に、裁判員裁判を受けるか否かの「選択権」を保障するべきです。
そもそも被告に限らず、誰にも「裁判制度の選択権」なんて無いです。
第一、選択権を行使する事に意義があると言う考えは、裁判員付き裁判かそうでないかで被告に有利不利の差異がある、と言う発想ですよね? そんな差異はそもそも有ってはいけないのであって、差異がある事を前提に選択できる様にしろ、と言うのは制度策定の発想として、根底が間違っていると思います。
⑥取調べの可視化が実現していないこと
警察官、検察官が作成した調書の任意性・信用性をめぐる深刻な争いが起こることを防止し、裁判員が適切な事実認定を行えるようにするためには、取調べの可視化(全過程の録音・録画)の実現が不可欠です。現在、警察庁、検察庁において、取調べの「一部」について録音・録画の「試行」が行われてはいるものの、取調べの可視化の「実現」には至っていません。また、国連などから長年にわたって人権上の問題を指摘されている「代用監獄」も存置されています。
⑦公平な裁判のための条件は整っているか
被告人のための十分な弁護活動を保証するためには、公判前整理手続で、検察官の手持ち証拠リストが開示される必要があります。また、「公判前整理手続きを担当する裁判官」と「裁判員裁判の裁判官」が同一人物では、法廷に臨む裁判員と裁判官の情報落差は決定的なものとなり、裁判官のイメージ通りに評議・評決が誘導されるおそれがあります。また、被告人が捜査段階の自白を強要されたものと訴えた場合には、検察官面前調書(2号調書)の採用は禁じることが必要です。
この2つは裁判員制度の問題じゃありません。裁判員の居ない裁判制度ならこの2つは関係ないんですか? 違いますよね。
唯一『「公判前整理手続きを担当する裁判官」と「裁判員裁判の裁判官」が同一人物では、法廷に臨む裁判員と裁判官の情報落差は決定的なものとなり、裁判官のイメージ通りに評議・評決が誘導されるおそれがあります』の部分は妥当な意見だと思います。
放火・殺人等の「重大事件」を裁判員制度の対象とすることを改めるべきです。裁判員となった国民に、短期間で「死刑」か「無期」かの究極の選択を迫るべきでない。よって、裁判員制度の対象事件から、少なくとも「死刑」に当たる罪に係る事件を除外し、軽微な犯罪から審理するべきです。
軽犯罪で裁判員なんて集めてたら年間何人裁判員が必要になるんですか? 凡そ現実性のない主張だと思います。
あと4つ残ってますが、いい加減長いので、一先ずこの辺で終わります。
反応あってもなくても、12個全部書きますよ~。
ほんとは保坂議員のBLOGや、この件で対立して「この問題については、私は一切譲るつもりはありません(http://ameblo.jp/gusya-h/entry-10252659453.html)」とか書いてる早川忠孝議員のBLOGにもトラバしたいんですが、増田ははてな内しかトラバ出来ないんですよね?
http://www.asahi.com/national/update/0430/TKY200904300140.html
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://www.asahi.com/national/update/0430/TKY200904300140.html
なんかをみてて思った話
豚インフルエンザのせいで、メキシコ料理店から客がいなくなった
ある日本人は「メキシコ料理だ。怖い怖い」といったと記事には書かれている。
それに対して、はてブはそういった偏見とか過剰反応、マスコミに踊らされている消費者に対して怒りのコメントがある。
俺も、それが事実なら悲しいことだ思うんだけど・・・、だけどさ
メキシコ料理食いに行くぜ!みたいなコメントに多くの星がつけられてたりして、え?ってなる
マスコミに踊らされているという点においては同レベルなんじゃないの?
自覚が無いの?
しかも、自覚が無いどころか偉そうで、情報強者(笑)みたいな状態を演じている感じがする。
怖いし宗教じみてくるし、たちが悪いのでお願いですからやめてください
だって「僕は新世界の神になる!」とか言い出しそうな勢いなんだもん。