OS、Operating System、基本ソフト--。我々がそう呼ぶものの正体は、大きく変貌を遂げた。米グーグルのルイズ・アンドレ・バロッソ氏とウルス・ヘルツル氏は著書「The Datacenter as a Computer」で、「クラスタレベル・インフラストラクチャ」こそがOSなのだという。もはや単一のコンピュータしか制御しないソフトウエアはOSの名に値しないのかもしれない。
「The Datacenter as a Computer」はグーグルが2009年5月に刊行した書籍で、紙の本として購入できるほか、108ページに及ぶ全文をPDFファイルとしてダウンロードできる(出版元のWebサイト)。著者のバロッソ氏はグーグルの「Distinguished Engineer(最上級エンジニア)」、もう一方の著者であるヘルツル氏の肩書きは「運営上級副社長兼Googleフェロー」といい、グーグルで初めて「技術担当副社長」に就任した人物でもある。グーグルでも最上位に位置する二人のエンジニアが、同社の心臓部であるデータセンターの詳細を書き表したのが本書だ。筆者が日経コンピュータ9月2日号で執筆して、後にITproに転載された「グーグルは“異形”のメーカー」のネタ本(もう少し良い言い方をすると「根拠」)である。
The Datacenter as a Computerでグーグルは、「インターネットを支えるコンピューティングプラットフォームとはもはや、ピザボックスや冷蔵庫ではない」と述べている。ピザボックスとは「厚さが1Uのラックマウントサーバー」を指し、冷蔵庫とは「大量のプロセッサを搭載したSMP(対称型マルチプロセッサ)サーバー」のことを指す。そういった単体のコンピュータではなく、コンピュータが詰まった倉庫(Warehouse)のように見えるデータセンターこそが、グーグルにとって「a computer(単体のコンピュータ)」なのだ。
本物の「Google OS」は「クラスタレベル・インフラストラクチャ」
OSとは、コンピュータというハードウエアをアプリケーションから操作するために存在するソフトウエアだ。グーグルにとってはデータセンターが「単体のコンピュータ」である。よって、データセンターにある何千台、何万台ものコンピュータを連携させる「クラスタレベル・インフラストラクチャ」こそが、グーグルにとってのOSとなる。具体的には、分散ファイルシステムの「GFS(Google File System)」、分散ロックシステムの「Chubby」、並列プログラミングモデルの「MapReduce」、キー・バリュー型データストアの「BigTable」、プログラミング言語の「Sawzall」などを指す。
筆者は7月にITproで「『Google OS』は別にある」という記事を書き、「『Google Chrome OS』はWindowsに対抗してグーグルが肝いりで発表した『Google OS』ではない」と主張した。その主張も基本的には、The Datacenter as a Computerに依拠している。Google OSとはクラスタレベル・インフラストラクチャを指すのであり、単なるパソコン用OSをGoogle OSと呼んでも仕方がないという内容だ。
もっともこの記事では「Google App Engine」がGoogle OSだと書いていた。それは「本物のGoogle OS」であるGFSやChubby、BigTableが外部に一切提供されていないからだ。グーグル社外の開発者はGoogle App Engineを通じてのみ、間接的に「本物のGoogle OS(GFSやChubby、BigTable)」を利用できる。グーグルは社内で「本物のGoogle OS」を利用し、外部に対しては「機能限定版のGoogle OS」をサービスとして提供していると言えるだろう。
7月と同じ主張をなぜ今回もしているのかというと、筆者は11月に入って改めて「Google Chrome OSはOSではない」という思いを強くしたからだ。きっかけとなる発言の主は二人いる。一人は米グーグルでプロダクトマネージメント担当バイスプレジデントを務めるブラッドリー・ホロウィッツ氏。もう一人は米マイクロソフトのCEOであるスティーブ・バルマー氏だ。
クラウドのクライアントは単なる「スクリーン」
グーグルのホロウィッツ氏は2009年11月4日に東京都内で開催された「Google Enterprise Day 2009」で、Chrome OSの目的を「クライアントをシンプルにすることだ」と語った。マイクロソフトのバルマー氏は翌11月5日の記者会見で、これからのアプリケーションプラットフォームが「1つのクラウドを3つの画面から使う(3 Screens and a Cloud)」と表現した。3つの画面とは、パソコンや携帯電話機、テレビのそれを指す。
つまりクラウド時代においてアプリケーションが実行される場は、グーグルやマイクロソフトが運営するデータセンターであり、パソコンや携帯電話機、テレビといったクライアントは、アプリケーションの実行結果を表示する画面(スクリーン)なのだと、あのマイクロソフトのバルマー氏が言うのだ。
そしてクライアントが単なるスクリーンであるなら、他の余計なものを徹底的に排除して「メンテナンスゼロで使えるようにした方がいい」(ホロウィッツ氏)というのがグーグルの立場である。一方のマイクロソフトは、「スクリーンであっても、色々なことができた方がいい(リッチクライアント)」という立場をとる。
今後グーグルが提供する単にスクリーンを制御するだけのソフトウエアを「OS」と呼び、大騒ぎする必要があるだろうか。少なくとも筆者は、液晶ディスプレイを買う際にファームウエアのメーカーを意識したことはないし、液晶ディスプレイの操作メニューについて詳しくなろうと思ったこともない。