政府システム調達における失敗の典型例が、特許庁の基幹系システム刷新プロジェクトだ。5年がかりで臨んだが、結局は55億円を無駄にしただけ。新システムは完成しなかった。失敗の最大の要因は、発注者である特許庁にあった(図1)。関係者の証言から、失敗に至る経過を改めてひもとく。
特許庁は2004年、政府が打ち出した「業務・システム最適化計画」に沿って、特許審査や原本保管といった業務を支援する基幹系システムの全面刷新を計画した。システムアーキテクチャーに詳しい情報システム部門のある職員(以下A職員)と、刷新の「可能性調査」を担ったIBMビジネスコンサルティングサービス(現・日本IBM)を中心に、調達仕様書を作成した。
業務プロセスを大幅に見直し、2年かかっていた特許審査を半分の1年で完了することを目指した。度重なる改修によって複雑に入り組んだ記録原本データベース(DB)の一元化に加え、検索や格納などの基盤機能と法改正の影響を受けやすい業務機能を分離し、保守性を高めるという野心的な目標を立てた。一方で、全ての情報をXMLで管理するなど技術的難度が高く、十分な性能を出せないなどのリスクを抱えていた。さらに仕様書の骨格が固まった2005年7月、A職員は異動となりプロジェクトを離れた。
特許庁はこの調達仕様書に基づいて2006年7月に入札を実施した。政府の調達指針では、大規模プロジェクトについては分割発注を原則にしていたため、システムの基本設計から詳細設計までと、業務アプリケーション開発以降の工程を分離した。
基本設計から詳細設計までを落札したのは東芝ソリューションだった。技術点では最低だったが、入札価格は予定価格の6割以下の99億2500万円。これが決め手となった。価格の妥当性について会計課は審査し、問題なしとした。
方針転換、「現行業務の延長で」
プロジェクトは2006年12月の開始直後からつまずいた。複数の関係者によれば、計画と工程の策定に2カ月をかけた後、特許庁は東芝ソリューションにこんな提案をしたという。
「現行業務の延長でシステムを開発してほしい」。
業務プロセス改革(BPR)を前提にシステムを刷新するのではなく、現行システムに機能を追加する形でシステムを開発しようというわけだ。調達仕様書の作成に費やしたコストと時間を無駄にしてまで方針転換した理由は定かでないが、この時点で開発範囲についてベンダーとシステム部門、利用部門との間で、認識に大きなギャップがあったのは明らかだった。そもそもシステム部門に、大胆なBPRを進めるに足る権限も体制もなかった。