最近、私は、外資系企業の方々と一緒に仕事をしたり、オフィスを訪ねることが多いのだが、役所の執務スペースと全く作りが違うのに驚かされる。

 外資系企業のオフィスでは、自分の仕事に集中できるように、机と机の間に間仕切りがあることが多い。高さは色々あるが、40cm~50cm程度の壁で左右と前を囲み、自席での業務に集中できるようになっている。一方、大部分の役所は机と机の間の仕切りがない。

 どちらが良いとはにわかには言いがたいが、外資系企業の場合、「個々人の仕事の能率を向上させるにはどうしたらよいか」という考えが根底にあったうえでのオフィスの作り方となっている。残念ながら、役所では、個々人の能率向上のために机をどうするかという発想そのものがないことが多い。

民間企業は「時間がかかると損をする」

 もっと違うのは会議室の構造と会議の進め方である。私が訪問したある外資系企業は、会議室の天井に液晶プロジェクターが2台から3台設置されていて、スクリーンなどは使わずに壁に直接、画像を映し出している。

 こんな会議室は、役所ではまだお目にかかったことはない。プロジェクターがついていたとしてもせいぜい1台で、スクリーンは天井から引っ張り出さなくてはならない。少なくともこれまで訪問した大部分の役所の会議室では、液晶プロジェクターなどは設置されてもいない。

 なぜ、こんなに構造が違うかというと、会議の進め方が全く違うからである。最近は少し変化しつつあるが、多くの役所の会議の資料は相変わらず用紙はA4縦、中身はワープロソフトで作成された文章の羅列である。

 参加者が事前に資料に目を通しておくことも原則となっていない。このため、会議は、まず手元の資料の説明から始まる。そして、だらだらと意見交換がなされ、結局、何が決まったのかはっきりしないままに、「じゃあ、そういうことで」ということで終了することも多い。

 私が関係した外資系企業での会議は、主にExcelかPowerPointで作成された資料をスクリーンに投影して議論し、会議での議論を元に、その場でどんどん資料を修正していく。複数の資料を見ながら議論を進めていくため、プロジェクターも最初から複数準備されている。

 最初は私も非常に面食らったが、これに慣れてくると、役所のときののんびりしたスピードと比べて圧倒的に早く作業が進むことを感じる。役所だと、資料の修正版ができるのは次の会議の時である。議論の内容も繰り返しが多い。

 では、なぜ自治体と比べて企業はスピードはこんなに速いのか。時間がかかると損をするからである。儲けるチャンスを失うからである。これは、役人だけをずっとやってきている人には、切実感をもって理解するのは容易ではないと思う。

 ある建設プロジェクトを例に取って説明しよう。プロジェクトの受注の可能性が見えてくると、その企業は工事のための資材や人の手配を始めなくてはならない。しかし、設計の作業や役所の許認可に必要な作業が遅れると、着工も遅れることになる。この期間中は、工事のために手当てした資材や人間が全く遊んでしまうことになる。仕事がなくても人件費は払わなくてはならない。事業資金を銀行から借りて調達する企業も多く、その場合には、金利や資金の返済のことを考えると、できるだけ早く仕事を進めようということになる。

 昨年、建築基準法の改正により、耐震設計についての確認検査の期間が大幅に延びたために、たくさんの企業が倒産した。何カ月も仕事が止まると、企業はとても困るのである。一方、役人は、黙っていても税金を徴収でき、給料も入ってくるので、許認可に時間がかかることに無頓着である。役所の登録や許認可を受けられないと仕事が始められない分野でも、「担当者が人事異動した」という理由で再度説明をさせられることになり、大損をしたという話もよく耳にする。

入り口だけが電子化されても意味はない

 「電子申請をこんなに普及させました」という話を聞くこともあるが、企業にとって重要なのは、電子申請の普及率ではない。手続きが全体としてどの程度スピードアップしたかである。入り口だけが電子化されても、その後の手続きが従来通りのスピードであり、認可の基準も不透明であるのなら、ほとんど意味はない。

 これから高齢者がますます増える日本において、経済をもっと活性化することはとても重要な課題である。そのためには、役所の手続きのスピードを上げ、新しいビジネスがどんどん動いていけるようにしてあげることが必要である。

 できることはいくらでもある。総合窓口の導入もそうだし、道路占用許可の手続きや建築確認のスピードを上げることもそうだし、通常の会議の進め方を変えスピードを上げることも一つの手である。

 自治体ごとに申請書の様式がバラバラであることも、企業のスピードを削ぐ要因だ。企業側では、それぞれ微妙に異なる様式に合わせて、出力する様式をいちいち変えなくてはならない。様式の統一は簡単ではないが、決して不可能ではない。利用者(この場合は企業)本位の発想で取り組んでほしい。

 企業人として働くようになってつくづく感じることは、役所の手続きが遅かったり煩雑だったりするために、企業に多くの負担がかかっているということである。電子自治体の推進を検討するときには、例えば電子申請が、一般市民だけでなく企業にとってどのような意味があるのかについても、ぜひ、注意を払っていただきたい。

 そして、企業にとって最も重要なのは、「役所のスピードが上がる」ことなのである。

木下 敏之(きのした・としゆき)
木下敏之行政経営研究所代表・前佐賀市長
木下 敏之氏 1960年佐賀県佐賀市生まれ。東京大学法学部卒業後、農林水産省に入省。1999年3月、佐賀市長に39歳で初当選。2005年9月まで2期6年半市長を務め、市役所のIT化をはじめとする各種の行政改革を推し進めた。現在、様々な行革のノウハウを自治体に広げていくために、講演やコンサルティングなどの活動を幅広く行っている。東京財団の客員研究員も務める。『日本を二流IT国家にしないための十四か条』(日経BP社)、『なぜ、改革は必ず失敗するのか』(WAVE出版)。