契約は,当事者の「申込」と「承諾」があって初めて成立する。 しかし,店頭で販売されるパッケージ・ソフトの場合,ユーザーは購入前にライセンス条項を読めないので,販売契約の承諾ができない。この契約形態は法的に有効なのだろうか。
米国に在住するザイデンバーグ氏が,米プロCD社が販売していたCD-ROMを小売店で購入したうえで,CD-ROMに入っていたデータベース(電話帳から拾った住所・氏名・電話番号のリスト)をインターネット上で販売していた。
この行為を知ったプロCD社は,「ザイデンバーグ氏の行為はライセンス条項に違反しているので,データベースの販売は許されない」と主張し,差し止め命令を発するよう裁判所に提訴した。
プロCD社が販売していたCD-ROMの外箱には,「ライセンス条項を記した契約書が同梱されている」旨が印刷されていた。ライセンス条項には「データベースは非商業的目的に限り使用できる」という条項が含まれており,外箱を開けた後でユーザーがライセンス条項を承認しないときは返品できることになっていた。しかし,ライセンス条項そのものは,外箱を開けない限り,外側から見ることはできなかった。
ザイデンバーグ氏は,「ライセンス条項は,購入して外箱を開けなければ見ることができないので,契約としての拘束力はない」と主張。これに対し連邦控訴裁判所は,「購入前にライセンス条項が読めなくても,外箱を開けた後にライセンス条項を拒否して返品する機会が与えられていた。返品しなかった以上,ライセンス条項に拘束されることになる」と判断し,ザイデンバーグ氏の主張を認めた連邦地方裁判所の判決を破棄し,差し戻した。(連邦第7巡回区控訴裁判所判決,連邦控訴裁判所判例集第3集86巻1447頁)
店頭で販売されるパッケージ・ソフトには,(1)外箱にライセンス条項が印刷されており,これを破るとライセンスに拘束されるものと,(2)外箱には「契約書が同梱されている」と印刷されており,外箱を開けて初めて契約書に記されたライセンス条項が読めるものがある。
どちらの場合も,ユーザーが契約書にサインするわけでも,口頭で契約について約束するわけでもない。にもかかわらず,こうした契約形態は法的に有効と認められている。その理由について解説しよう。
申込と承諾で契約は成立
まず大前提となる契約の基本的な考え方について今一度おさらいしておこう。
契約は,当事者の片方が「申込」の意思表示を行い,申込を受けたもう一方の当事者が「承諾」の意思表示を行った時点で成立する。これは,システム開発であっても,パッケージ・ソフトのライセンスであっても同じである。この契約の成立条件は,法的には“自明”とみなされており,特に民法などの法律で明記されてはいない。
契約の申込と承諾は文書で取り交わしても,口頭による約束でも構わない。ただし口頭による合意だけでは,契約が成立したかどうかも,その内容も不明確になりがちである。いわゆる“言った言わない”の水掛け論だ。
このため米国や英国では,口頭で約束したことを否認する行為や,口頭での合意を巡る争いを防止するための「詐欺防止法」が存在する。この法律によれば,特に重要な契約については,署名付の契約書または電子署名付の電子文書がない限り,契約の成立は認められない。