「理想の引き算」のためにゴールをいったん通り過ぎる。イラストレーター・赤倉に起きた絵の変化
インタビュー/原田イチボ
2024年2月にフリーランス4周年を迎えた赤倉さん。イラストにおける「理想の引き算」を追求し、近年は絵の描き方を変えたといいます。進化を続ける赤倉さんにインタビューしました。
- 赤倉
- イラストレーター。
キャラクターデザイン/キービジュアル/アパレル関連/日本酒ラベルデザイン/コラボカフェなど幅広い場面で活動中。 個人制作では、スイーツやファッション等に囲まれて少し特別な時間を過ごすイラストを中心に制作。 デザインや発想において、大人の優美さと子供のような遊び心両方を大切にしている。
「赤倉」というイラストレーターの色を出しやすくなった
── 2022年6月に初個展を開催したときもインタビューさせていただきました。それから1年半以上経ち、仕事上の変化はありますか? 近年は、新規IP作品のキャラデザやVTuberのデザインなど、より企画の上流から携わる案件が増えた印象です。
もちろん現在でもクライアントさんのご希望優先ではありますが、少し「赤倉」というイラストレーターの色を出しやすくなりました。自分の得意分野や表現してみたいものと企画の趣旨との擦り合わせをよりスムーズにできるようになった気がします。
── サンリオが人型キャラクターで贈る本格ファンタジープロジェクト「フラガリアメモリーズ」など、男性キャラを描く機会も増えていますね。男性キャラを描くときに気をつけていることはありますか?
女性キャラとは異なる男性ならではの魅力を出せるように意識しています。ただ、あまり女性キャラと描き方を変えすぎると、今度は自分らしさが消えてしまうので、どのようにバランスを取るべきか毎回考えながら作業しています。
── サンリオといえば、サンリオキャラクターズとのコラボイラストも大きく話題になりましたよね。それぞれのキャラに合わせたコーディネートに身を包んだ女の子たちを描かれていましたが、これだけ多彩なファッションを描くのは大変だったのでは……?
そうですね。もともと幅広くいろいろなものが好きなタイプではありますが、どうしても自分が描く上で得意なもの、そうでないものは存在します。「かわいい」に比べると、「かっこいい」は苦手意識があるので、かっこいいものを見たときは即撮影もしくは保存するなどして、インプットを欠かさないようにしていました。K-POPアイドルのMVは、かっこいい女の子がたくさん登場するので、よく参考にしています。それからデザインを練る際は、必ず大量に資料を集めています。
── リサーチの重要性は理解しつつ、特に苦手ジャンルの場合、どうしても資料そのままのアウトプットになってしまいがちです。どうすれば、資料を踏まえた上で自分らしさを出せると思いますか?
私も悩みながらではありますが、苦手なモチーフにもできるだけ自分らしい色彩やタッチを取り入れてみたり、それが難しければ髪の柔らかい質感など、衣装以外のパーツで個性を出すように努めて、全体を見たときに「赤倉のイラスト」らしく仕上がるように擦り合わせていきました。
引き算ばかり意識した描き方では、理想に届かない
── イラストの描き方で変化したことはありますか? 過去の絵はキャラクターがドールっぽいというか、良い意味で生々しさがない印象でしたが、近年の絵は血色感や温もりを重視しているように感じます。
引き算の上手い絵にずっと憧れていましたが、最短距離で完成させようとすると、どうしても物足りないというか、ゴールに届ききっていないような絵になってしまうと感じました。それよりは、いったんゴールを通り過ぎた上で何歩か引き返すようなイメージで作業したほうが良い感じに仕上がるなと。どうしても時間はかかりますが、自分の性格的に、情報を足すだけ足して後から削るやり方のほうが向いていることに気づきました。
あとは当時、VTuberのキャラデザを担当することに憧れていたのですが、「となると瞳や塗りの情報量をもっと増やしたほうがいいだろう」とも考えて、思い切って方向性を変えました。
── X(旧Twitter)で、2021年の作品と2022年の作品を比較していましたよね。旧バージョンもすごくかわいい作品ですが、赤倉さん自身は力不足を感じていたことに驚きました。
実はそうなんです。力を入れたい作品だったのに、仕上がりに納得がいっていませんでした。デザイン自体は気に入っていても、塗りなどのスキルが全然足りていなくて……。この作品をきっかけに「引き算ばかり意識した描き方では、理想に届かないんだ」と感じて、もっと立体を意識して絵を描くようになりました。絵の方向性は変わりましたが、リメイクしたバージョンには満足しています。また数年後に見返したら、「うわっ!」となるかもしれませんが(笑)。
── 「情報を足すだけ足して後から削るやり方」に変えたとのことですが、ということは、完成形の少し前の段階はもっとこってりした感じのイラストになっているのでしょうか?
陰影などをより描き込んでいますね。作品を一度寝かせてみたりしながら、「ここは盛りすぎちゃったから削ろう」と時間をかけて調整していきます。自分のイラストって、「狙った引き算」なんですよ。一発でゴールにたどり着けるのはかっこいいですが、私は時間をかけることでなんとか……という感じです。知り合いにも「泥臭く描くよね」とは言われます。
── 水面下でバタ足しているタイプなんですね。
はい(笑)。特にラフと完成手前の段階ですごくバタ足しています。ラフのときは、自分が描きたいものをいったん描き出してみるんですが、やはり良い感じの情報量に収めるためには足し算と引き算の繰り返しです。完成手前のところでも「なんか物足りないな」と思って足して、その後また引いて……と、せっせとやっています。
自分を過信せず、資料は何度も見返す
── 創作をする上でのテクニックを教えてください。
心の中に2、3人ほど別の人格を持つことですね。絵を描くのって、選択の連続じゃないですか。絵に疑問を投げかける人格、絵を肯定する人格、絵を否定する人格たちと相談するイメージで作業を進めています。「この目、大きすぎない?」とか「もっと髪を細かく描き込めるんじゃない?」とか、否定する人の声が大体大きいんですけど……。でも否定する声が常に正しいとも限らないし、難しいですよね。単に自分がネガティブになっているだけかもしれませんから。こうやっていろいろ考えてしまうところも最短距離でゴールに行けない一因なのでしょうが、客観的な判断をするためには、やっぱり必要な過程なんだと思います。
── 人気イラストレーターとして、たくさんの案件を抱えていますが、スケジュール管理術はありますか?
良いスケジュール管理術は私も知りたいです!(笑)とりあえず、ずるずる時間が過ぎてしまわないために「これから1時間以内に線画を終わらせる。次に◯時間で塗りをやる」のように作業ペースを細かく決めていくようにはしています。
── 絵に関することでも、それ以外でも、自由な時間がたくさんあったらやりたいことはなんですか?
『夏パフェ』みたいなシリーズ物とかファッションに関連したものとか描きたいものはいっぱいあるんですが、去年は完全個人制作のイラストがあまり描けなかったんですよね。とはいえ仕事の手も抜きたくないのでジレンマです。効率の良い技法を調べて取り入れてみることはありますが、クオリティを突き詰めていくと見るべき資料の数なども増えますし……。
── 資料などもきちんと確認されるんですね。
自分の場合なのですが、手癖で作業すると絵が劣化しがちなので、描き慣れたモチーフだとしても資料を見ないで描くことはありません。劣化するのが一番怖いんですよね。だから自分を過信せず、資料は何度も見返すようにしています。ただ、やっぱり無理矢理にでも時間をこじあけて、趣味絵はもっと描きたいですね……!
── 絵を描くことの息抜きが、絵を描くことなんですね。
もちろんお仕事で描く絵もすごくやりがいを感じていますが、自由に描く絵は得られる栄養が違います(笑)。
画集で自分の「第1章」をまとめる
── 昨年3月、どの作品がお気に入りか、ファンの方にXで質問していましたよね。
あの段階では言えなかったんですが、実は画集の収録作品の参考にしようと思って募集をかけていました。ありがたいことに答えがけっこうバラバラで、なんと私がフリーのイラストレーターになる前の作品を挙げてくださる方もいて、長年応援してくれる方がこんなにいるのだなと驚きました。最近の作品を多めに収録したほうが良いんじゃないかと考えていましたが、結果を受けて、昔の作品もいろいろ載せることにしました。
── 今年2月でフリーランス4周年ですよね。どんな仕事でも、初めのうちは目の前のことをがむしゃらに頑張って、3年目を過ぎた辺りからもう少し「自分の今後」のようなものを意識する人が多いと思います。赤倉さんはいかがでしょうか?
そうですね。なので、今回の画集で自分の「第1章」をまとめられたらと思っています。画集をいったん節目にして、これからもっともっと成長していきたいですね。
── 3月1日発売の初画集『Ludique』の注目ポイントを教えてください。
後半に行くほど古い作品になって、「今の『赤倉』が形作られるまで」のような見え方になっているんじゃないかと思います。そんな絵柄の変化も含めて楽しんでください。
── 画集のデザインにもこだわりが詰まっているそうですね。
「Ludique」というのはフランス語で「遊び心」という意味なんですが、そのタイトルにふさわしく、限定版はチョコレートボックスに見立てた作りになっていて、特典の複製原画4種類を入れ替えることで自分の好きな絵柄のチョコレートボックスにできるという仕様になっています。すごくオシャレな箔押しの特製ボックスを作っていただきました! 通常版もチョコレートボックス風のデザインで、かわいらしく仕上がっています。
また、「左右どちらに立てかけても映えるデザイン」というのは、画集担当者さんのアイデアで実現しました。私も含め、いろんな人間のこだわりが詰まって完成した1冊です。見ても飾っても楽しい画集になったんじゃないかなと思います。
個展のキービジュアルは、アリスの4年後の姿
── 画集に合わせて開催される個展のタイトルも「Ludique」ですね。
遊び心は、私が絵と向き合う上でとても大切にしているものです。「フリーランス4周年を迎えても変わらず遊び心を大事にしていこう」という思いを込めて、このタイトルをつけました。
── 前回の初個展を振り返って、いかがですか?
当時は同人イベントに参加したこともなく、個展のサイン会で初めてファンの方々の生の声を聞くことができました。やはり文字とは違ったパワーをもらえますね! 初めてのサイン会でへとへとになるんじゃないかと心配していましたが、アドレナリンが最高に出たので全く疲れませんでした。自分の個展が開かれるというのはすごく不思議な感覚で、「なぜ私がここに?」とふわふわしながらサインを描いていました(笑)。
── 個展のキービジュアルでは、アリスを描いていますね。
昔からアリスは描いていますが、イラストの方向性を変える転機にもなった「あの子」を描いてから、思い入れはどんどん強くなっていきました。私の代表作として捉えてくださっている方も多いようで、キービジュアルは、そんなアリスの「4年後の姿」をイメージして描きました。描き下ろしイラストもアリスの登場人物たちでまとめています。
アリスをモチーフとした作品はたくさん存在しますが、元の世界観を踏まえた上でそれぞれのクリエイターがセンスを発揮しているところがとても魅力的だと思います。私の創作の指標になっているアリスを今回たくさん描くことができて、すごく楽しかったです。
── 内装にもこだわっていると聞きました。
前回の個展は夏に開催して爽やかな内装に仕上げていただきましたが、今回は冬の開催ということで、チョコレートっぽいカラーでまとめつつアリスのミントカラーも盛り込んで、落ち着いた雰囲気になっています。私がダメもとで「お茶会風にしたい」とお願いしたら、担当者さんが倍増し以上にアイデアを返してくださって、関係者みんなの「遊び心」がたっぷり詰まった素敵な空間になりました。
── 個展で発売されるグッズもどれもかわいらしくて……。
オリジナルグッズが本当に全部かわいいんですよ。どれもオススメしたいんですが、強いて何個かピックアップするならば、まずはお茶会というコンセプトに合わせたサコッシュ入りの紅茶セットでしょうか。フレーバーも5種類と豊富です。あとは前回好評だったレイヤードグラフと、それを小さくしたアクリルキーホルダーも個人的にも手元に置いておきたい出来栄えです。ほかには鏡面アート加工の鏡も、桜のイラストが映えてきれいなんです。60センチサイズなので、お部屋の壁に飾っていただけたら、すごく華やかなんじゃないでしょうか。……もうオススメを話すときりがない…!
── それだけ見どころがたくさんあるということですね!
描き下ろし含めたイラストの展示はもちろんですが、フィギュアの展示もありますし、前田佳織里さんにナレーションをお願いした画集PVだったり、アフタヌーンティーセットをあしらった内装だったり、良すぎて私自身が目移りしてしまいます。結局、見どころは「全部」ということで(笑)。
2月29日(木)まで開催! 赤倉個展「Ludique(ルディック)」
pixivとツインプラネットが共同運営するギャラリー「pixiv WAEN GALLERY」にて赤倉さんの個展「Ludique(ルディック)」が2024年2月29日(木)まで開催中です。
3月1日(金)発売の赤倉氏の初画集『Ludique』(ジーオーティー刊)の刊行を記念し、同画集に掲載のイラストを多数展示します。アリスのお茶会をテーマに、遊び心のある展示空間となっています。皆様のご来場をお待ちしております。
開催期間:2024年2月9日(金)~2024年2月29日(木)
入場無料
所在地:東京都渋谷区神宮前5-46-1 TWIN PLANET South BLDG. 1F
営業時間:12:00~19:00
※混雑が予想される一部日程は事前予約による入場制限を実施します。入場予約制のない日程におきましても、混雑時は整理券対応とさせていただく場合がございます。詳細につきましては、pixiv WAEN GALLERY公式HPをご覧ください。
一部グッズはWEB販売も!
BOOTHにて個展販売グッズの一部をご購入いただけます。前回個展でも好評だったレイヤードグラフや、人気のアクリルスタンドなど、素敵なアイテムが揃っていますので、ぜひ覗いてみください!