電話と最新テクノロジーを組み合わせて生み出した新しいコミュニケーション
NTT東日本のビジネス開発本部の組織である「特殊局」と、グループ会社のNTT DXパートナーで「シニアインベンター」として活躍する鈴木氏は自動音声一斉配信システム「シン・オートコール」を企画・開発し、鈴木氏を発明者としてNTT東日本が4件の特許を取得している。発明者が特殊局で生み出したシン・オートコールとはどのようなサービスなのか、後編ではそのサービス内容と活用事例を紹介する。
サービスの提供者に利用者を交えて
機能の見直しや追加を進めて開発
角氏(以下、敬称略)●前編では既存のテクノロジーである電話と、そこに新しい仕組みを生み出すために最新テクノロジーであるクラウドやAIを組み合わせた結果、シン・オートコールが生まれたことを伺いました。そして岩手県陸前高田市との協働によって事業化されたということですが、シン・オートコールの用途は災害向けを想定していたのですか。
鈴木氏(以下、敬称略)●前編でもお話ししましたが、既存のテクノロジーである電話とクラウドという最新テクノロジーを組み合わせることで実現できるコミュニケーションの可能性を具現化するというアプローチからシン・オートコールが生まれました。
用途を特定せず、お客さまのコミュニケーションに関する課題を伺って、その解決策となる便利な使い方をお客さまと一緒に考えて実現していくという進め方で、シン・オートコールの具体的なサービス内容ができ上がりました。その一例が岩手県陸前高田市での災害時の安否確認および状況把握を効率化する仕組みでした。
当時、陸前高田市では防災無線を通じた住民への情報発信において、山間部の住民や雨天時に放送の内容が聞き取れないことや、一斉同報で発信された情報が自分に関係があるのかが分からないことを理由に、市役所に問い合わせの電話が集中し、その対応が課題となっていました。
高齢者宅には戸別受信機を設置して情報を発信する方法が提供されていますが、これを市内全戸に設置するには多くの予算を必要とするため現実的ではありません。住民一人ひとりに連絡をする良い手段はないかとNTT東日本に相談したことをきっかけに、私も加わって解決策を検討しました。
陸前高田市のケースでは私と陸前高田市に加えて、サービスを利用する住民の皆さま、特に配慮が必要となるご高齢の方にも参加していただき、サービスの評価と改善を繰り返して住民にとってより役立つサービスに進化させながら開発を進めました。
こうした取り組み方で開発を進めるメリットとして、実用においてサービスの有用性を高められるのはもちろんのこと、何かうまくいかないことがあってもクレームではなく、改善点として前向きな意見をいただける点が挙げられます。住民も開発に参加しているので、今できていなくてもいずれ改善されることを理解しているからです。
角●なるほど、通常ならばクレームになりかねないユーザーからの声が、この取り組みでは改善に向けたアドバイスという意味に変わるわけですね。
鈴木●そうなんです。ただし何でもやるというスタンスでは無理が生じてサービスの品質や利便性を損なってしまいます。今できること、今やらないことを整理しておくことが大切です。
角●陸前高田市ではシン・オートコールを具体的にどのように活用しているのですか。
鈴木●陸前高田市ではシン・オートコールを使って、災害時の住民一人ひとりの安否確認や状況把握を効率化する仕組みを構築しました。災害時に災害情報などが発令されると、市の職員はシステムを使ってあらかじめ登録されている名簿に従って住民の固定電話やスマートフォンの電話番号に自動で一斉架電します。
その電話を受けた住民にシステムが音声で「避難できますか」と問いかけ、住民は「はい」または「いいえ」と音声で回答します。さらに「どこに避難しますか。10 秒以内でお答えください」という質問が続き、例えば「自宅は無事なので、自宅の2階で様子を見ようと思います」というように、普段の会話と同様に自由に音声で回答します。
住民の音声による「はい」「いいえ」の回答はAIが認識して自動的に集計され、自由回答の内容はテキストに変換して記録され、音声も保存されます。これらの集計された回答は地域ごとなどに整理されて現状を可視化し、「いいえ(避難できない)」や「痛い」「ケガをした」といったあらかじめ設定したリスクのあるキーワードを含む回答にはアラートマークを表示して、防災関係者と連携して速やかに対応します。
角●陸前高田市でのシン・オートコールの活用で苦労したことはありましたか。
鈴木●訛りの解読に苦労しています。例えば「はい」が方言では「んだ」となり、AIが言葉の意味を正しく認識できず、そこから生成されたテキストが間違ってしまったりするケースがあります。現在は質問の仕方を工夫する(はい・いいえでお答えくださいなど)、録音データを再生して確認してテキストを編集して修正するという対応をしています。
角●生成AIでは関西弁で回答できるので、生成AIを活用すれば対応できるのではないですか。
鈴木●その通りです。この課題に対して生成AIを活用した対策を検討していて、訛りを含む発話をいったん全てひらがなに変換し、そのテキストが訛っている前提であることを生成AIに指示し、そこから標準語に自動的に変換して正しい意味のテキストを生成するという仕組みを試行しています。
災害以外の用途にも活用が広がる
民間ではユニークなユースケースも
角●陸前高田市以外ではシン・オートコールはどのように活用されているのですか。
鈴木●自治体では例えば岩手県岩手町で要支援者・支援者への情報伝達・共有の仕組みとして2024年度に運用を開始する予定です。また北海道今金町では高齢者などのみまもりシステムとして導入準備中、東京都調布市では特殊詐欺対策システムとして導入済みです。
このほか特殊詐欺が発生した際に警察署が金融機関に対して注意喚起する仕組みとして利用されています。特殊詐欺が発生するとシン・オートコールを利用して管轄内の金融機関に高額の現金の引き出しに注意するよう要請する電話を自動的に架電する仕組みです。電話を受けた金融機関が応答するまで一定回数、自動で架電が続けられます。
角●公共以外でも活用されているのですか。
鈴木●はい、民間でも実証実験を実施しています。ユニークな事例としては寺院のDX支援を行う366とNTT東日本が共同開発した「おてらコール」があります。これはお寺と檀家さん、檀信徒さんをつなぐコミュニケーションサービスで、シン・オートコールの仕組みを使ってお寺のご住職の法話が肉声で直接届いたり、ご住職にメッセージを届けたりできます。
このほかLINEなどのメッセージアプリから電話をかけて、入力したメッセージを音声で相手に伝え、その返事をメッセージアプリに文字で伝える支援機能や、かかってきた電話にAIが本人に代わって応答し、合言葉で取り次ぎをするかしないかを判断し、問い合わせ内容から連絡先を推定して取り次ぎをする電話番のような仲介機能などにもシン・オートコールの仕組みが活用されています。これは迷惑電話や詐欺電話への対策にも役立ちます。
今後はシン・オートコールの特許を活用して、私の取り組みの理念に賛同いただける事業者の皆さまが独自のサービスを構築し、さまざまなビジネスが展開されることを目指していきたいと考えています。