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加速する「宗教の中国化」 イスラム教徒の街で相次いだ不可解な出来事

 中国の習近平指導部が、信仰より中国共産党の指導を優先させる「宗教の中国化」を加速させている。イスラム教を信仰する少数民族の回族が数多く暮らす青海省の省都・西寧市を9月上旬に訪ねると、不可解な出来事が相次ぎ、異変を目の当たりにした。(青海省西寧市で坂本信博)

 北京から西へ約1300キロ。西寧の近郊にある空港でタクシーに乗り、市内の東関清真大寺に向かった。国内有数の信徒を抱える中国西北部最大級のモスク(イスラム教礼拝所)で、中国政府が認定する国家級観光名所でもある。30分ほどで着くはずだった。が、何げなくスマートフォンの地図アプリで現在地を確かめると、車が逆の方角に走っているのに気付いた。

 「西寧に向かっていますよね?」。男性運転手に尋ねると大きくうなずいた。けれど、道路脇の標識にある進行方向の地名は、西寧と反対方向だ。語気を強めて運転手を問い詰めると「道を間違えた」と認めた。そして「引き返す前に給油したい」と言い出した。

 仕方なく、近くのガソリンスタンドで給油を終えた時だった。「特警(特殊警察)」と書かれた黒い車とパトカーがやってきて、降りてきた8人ほどの警察官に取り囲まれた。うち一人の言葉に驚いた。「この運転手は強盗事件の容疑者です。身柄を確保します」

「運転手は強盗事件の容疑者」警察で待機3時間

 警察官の説明はこうだ。運転手は乗客を狙った強盗事件の犯人として追われていた。防犯カメラで居場所をつかみ、駆け付けた。あなたを刃物で刺して現金を奪うつもりだったようだ。事情聴取をするので一緒に警察署に来てほしい-。

 頭が混乱した。命拾いしたと堵(あん  ど)し、危ないところだったと怖くなった。中国の街角のあちこちにある監視カメラを初めて頼もしく思った。しかし、徐々に違和感が膨らみ始めた。

 男は手錠をかけられておらず、警察署には男が運転するタクシーで移動。助手席に座った警察官は小型ビデオカメラで私を撮影し続けている。署内で待機する間も、私の前にはずっとカメラが置かれ、撮影ランプが点灯していた。

 3時間待たされた揚げ句、私への事情聴取はなかった。署長が私への賠償金として300元(約5千円)を男に払わせ、謝罪させた。署員に男の刑事処分を尋ねたが教えてくれず、「西寧には行かずに、北京に帰った方がいいのでは」と勧められた。私は断った。

ホテルの部屋まで付いてきたガイドの“友人”

 不思議な出来事はさらに続いた。警察署から西寧まで車で1時間ほどと聞いていたのに、署員が手配してくれたタクシーは何度も道を間違え、法定速度を大幅に下回るノロノロ運転。西寧市に入ったのは3時間後で日が暮れ始めていた。本来は午前中に合流できるはずだった現地ガイドと落ち合うと、友人と名乗る回族の男性が付いてきた。

 回族は唐や宋の時代に中国に渡来したアラブ人らが起源とされる。人口約1千万人。中国最大のイスラム教徒の民族集団だ。ガイドには東関清真大寺や他のモスクを巡りたいと事前に伝えていたが、“友人”から「補修工事中で見るべき価値がない。もう日没だし、工事が終わったら見に来てほしい」と断られた。

 「代わりに1カ所だけ」と、補修を終えた別のモスクに案内され、驚いた。以前はアラブ風のドームや塔(せん  とう)があったそうだが、奈良の刹(  さつ)のような仏教寺院風だった。補修ではなく改造だ。“友人”は「古くなったから地元政府が新しくしてくれた。回族はみんな喜んでいる」と笑顔を浮かべた。ただ、スマホを建物に向けると真顔になり「写真は駄目」と制止された。

 ガイドと“友人”は、翌朝の飛行機を予約していた私が空港近くのホテルの部屋に入るまで付いてきた。

「維持補修と改修」一掃されたアラブ風建築

 「強盗事件は外国人記者を足止めするための芝居。ガイドの“友人”は公安当局の監視役だ」。現地事情に詳しい関係者は断言する。真偽は確かめようがないが、そうだとしたら記者に見せたくないものが西寧にあることの裏返しではないか。後日、当局の目をかわして西寧を再訪し、その疑念が確信に変わった。

 当初の目的地だった東関清真大寺。明代の創建とされ、ラマダン(断食月)明けの祝祭には数万人の信者が集まることで有名なモスクは、背の高い工事用のフェンスで囲まれていた。モスクの象徴だったアラブ風ドームや尖塔、イスラム教を象徴する三日月マークが撤去され、赤い中国国旗が風にはためく。

 「国家3A級観光地」の看板は残るものの、外観ではモスクと分からなくなった建物を、ヒジャブ(イスラム教徒の女性が髪を覆う布)を着けた中年の女性が見つめていた。回族だろうか。「いつ工事が始まったんですか?」と声をかけると、困ったような表情を浮かべ、無言で立ち去った。

 西寧市内のモスクを巡ると、少なくとも計10カ所がいずれもドームや尖塔を撤去する工事中だった。街からアラブ風建築を一掃するかのような徹底ぶりだ。

 周りに人がいないのを見計らって、回族の男性に話を聞くことができた。東関清真大寺について「7月上旬に突然、維持補修と改修をすると発表があり、翌日から工事が始まった」と教えてくれた。8月からは、新型コロナウイルス対策を理由に、金曜の礼拝でモスクに集まることが制限されたという。当局が改造工事を見せたくなかったのは外国人記者だけではないのかもしれない。

 男性は「アラブ風の造りが駄目だそうだ。政府の決定だから反対できない」と言葉を継いだ。取材協力者によると、反対運動をして当局のブラックリストに載れば、孫の代まで就職や生活に支障をきたすという。

キリスト教も芸能人も…共産党以外への信奉警戒

 関係者によると、一連の改造は昨年、小規模のモスクから始まり、今年から大規模施設も対象になった。 工事の理由について、当局側は老朽化や尖塔が倒壊する危険性を挙げる。東関清真大寺のドームは完成してまだ20年ほどだが、モスクの管理組織は「ドームや尖塔は文化財ではない」と撤去を正当化。「下心のある人々が社会の安定を壊すのを防ぐ」としている。

 中国は憲法で信教の自由を保障している。ただ、2012年に発足した習指導部は、海外ともつながる宗教活動が民主化など反共産党的な動きと連動することを警戒して「宗教の中国化の堅持」を掲げてきた。

 少数民族のウイグル族や回族が信仰するイスラム教を「テロを起こす宗教過激主義の温床」とみなすだけでなく、国内に1億人超とされるキリスト教徒に対しても、政府公認教会の監視や非公認組織「地下教会」への弾圧を強化。今年5月には、すべての宗教の聖職者に「共産党の指導や社会主義制度の支持」を義務付ける規則を施行した。

 6月に青海省を視察した習国家主席(共産党総書記)は、新疆ウイグル自治区とチベット自治区に隣接する同省を「新疆・チベット安定の戦略的要地」で民族団結のモデル省と位置付け、「宗教の中国化を堅持し、宗教が社会主義社会に適応するよう積極的に導かねばならない」と強調した。

 来年秋、5年に一度の党大会で異例の3期目続投が確実視され、終身支配が現実味を帯びる習氏。最近は、政府によるIT大手や芸能界の統制が目立つ中、宗教の中国化も権力基盤固めの一環との見方がある。

 北京の外交筋は「芸能人のファンクラブの取り締まりも宗教統制強化の延長線上にある」と指摘。「キリスト教徒だけでも、中国共産党員(約9500万人)の数を上回っている。習指導部は、自分たちでコントロールできない組織と、党の指導以外を信奉する人々同士の連帯を強く警戒し、恐れている」と話した。

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