日経サイエンス  2003年3月号

ポロックの抽象画にひそむフラクタル

R. P. テイラー(オレゴン大学)

 抽象表現主義の画家,ジャクソン・ポロック(Jackson Pollock,1912~1956)。彼が絵の具をカンバスにたらして描いた作品には意外な秘密が隠されていた。一見するとデタラメだが,実は自然界に見られるのと同じ秩序を含むパターンがひそんでいたのだ。

 

 著者は物理学者だが,趣味で抽象画を描いていた。ある時,画家を目指すことを決意して英国の美術学校に学んだが,そこで偶然にもポロックの秘密に迫る手がかりをつかんだ。風に応じて絵の具をカンバスにしたたらせる仕組みを作っておいたところ,嵐の夜が明けるとポロック作品によく似た絵が出来上がっていた。

 

 樹木や雲,山なみの形など,自然には一見すると不規則だが,ある種の秩序を含む図形が現れる。フラクタルと呼ばれる性質だ。著者が再び大学に戻ってコンピューター解析したところ,ポロック作品はまさにフラクタルだとわかった。自然界のフラクタル構造が発見されたのは1970年代だが,ポロックはその25年前にそれをカンバスに描いていたことになる。

 

 さらに分析を進めると,同じような抽象画でもフラクタル構造を持つのはポロック作品だけであること,ポロックの作品は後代のものほどフラクタル構造の複雑さが増していることなど,興味深い事実が見つかった。また,複雑さを示す指標が一定の範囲内にあると,鑑賞者がリラックスした気分になることも判明した。

 

 

再録:別冊日経サイエンス210「アートする科学」

著者

Richard P. Taylor

オレゴン大学の物理学の教授。ニューサウスウェールズ大学(オーストラリア)の物性物理学科長を務めていたときに,ポロックの絵画作品の謎解きを始めた。現在もポロック作品の解析を続けるとともに,さまざまな物理系におけるカオスとフラクタルを調べている。主にポロックに関する研究により,ニューサウスウェールズ大学から美術理論の修士号も受けている。

原題名

Order in Pollock's Chaos(SCIENTIFIC AMERICAN December 2002)

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

ジャクソン・ポロックドリップペインティングフラクタル次元