生成AIを活用する企業の間で今注目度を増している「RAG」について、そのメリットと活用事例、企業の競争力強化のためのアクションをビジネス視点で紹介する。
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AIやデータ分析の分野では、毎日のように新しい技術やサービスが登場している。その中にはビジネスに役立つものも、根底をひっくり返すほどのものも存在する。本連載では、ITサービス企業・日本TCSの「AIラボ」で所長を務める三澤瑠花氏が、データ分析や生成AIの分野で注目されている最新論文や企業発表をビジネス視点から紹介する。
生成AI市場は急速に拡大しており、2024年の市場規模は169億ドル、2030年には1094億ドルまで成長すると予測されています(注1)。しかし、単純な生成AIには以下のような課題があり、ビジネス現場では信頼性と有用性を損ねる可能性があります。
そこで注目されているのが「RAG」(Retrieval-Augmented Generation:検索強化生成)という技術です。これは外部のデータベースやツールを大規模言語モデル(LLM)と連携させながら出力するもので、上記の課題を効率的に解決できます。
ガートナーは「日本におけるに未来志向型インフラ・テクノロジーのハイプ・サイクル:2024年」の中でRAGを「将来に向けて企業が注目しておくべきテクノロジー」の一つとしています(注3)。
以下では、RAGがもたらすメリットと活用事例、取るべきアクションを解説します。
RAGの主な特徴は、外部知識ベースとの動的連携によって、最新のデータや企業固有の情報をリアルタイムで利用することです。取得した情報を基に、より正確で関連性の高い回答を生成できる他、情報の出典を明示し、透明性と信頼性を向上させることも可能です。
これらの特徴により、RAGは従来の生成AIの単独利用と比べて正確で、最新かつ企業固有のニーズに適応した出力を提供できます。
従来の課題例 2022年のデータでトレーニングされた大規模言語モデル(LLM)に2024年の市場動向を尋ねても、正確な回答は得られない
RAGによる解決 外部データベースと連携させて、リアルタイムに最新情報を取得し統合する
具体例 金融アナリストが使用するRAGシステムは、最新の市場データやニュース、企業発表を即座に分析に組み込み使用できる
従来の課題例 一般的な知識ベースを持つAIに自社の内部プロセスについて質問をしても的確な回答が得られない
RAGによる解決 企業固有の文書やマニュアル、過去の事例などを外部知識ベースとして活用する
具体例 新入社員や中途採用の社員が使用するRAG搭載の社内ヘルプデスクシステムが、社内規定や部門固有の手順を正確に案内
従来の課題例 AIが自信を持て誤った情報を提供し、ユーザーを誤った方向に導くリスクがある
RAGによる解決 生成された情報を外部ソースと照合して信頼性を検証し、情報源も明示 する
具体例 法務部門が使用するRAG搭載の法規制チェックツールが、最新の法律データベースを参照し、誤った解釈を防ぐ
社内ナレッジ管理 米IBMでは、社内ナレッジベースにRAGを導入することでHR(人事部門)の生産性が40%向上した(注4)
カスタマーサポートの高度化 生成AI開発のpiponでは、RAGを用いたチャットbotにより、オペレーターの作業負荷を30%削減した(注5)
迅速かつ正確な市場分析 米Bloombergでは、RAGを用いた金融市場分析ツールによりアナリストの生産性が向上した(注6)
製品開発プロセス最適化 独Siemensでは、RAGを用いた設計支援システムにより製品開発サイクルを20%短縮した(注7)
資料のレビューと改善提案 米MicrosoftではRAGを搭載したOffice製品により、組織全体で生産性が3%向上した他、一人当たり一週間に62分の時間節約効果があり、1万人のユーザーがいる企業と仮定すると、3年間で約2390万ドルの節約効果が見込まれる(注8)
ITモダナイゼーション支援 米Amazon Web Servicesでは、1000以上あるJava 8アプリケーションを2日でJava 17にアップグレードした(注9)
ITMSの効率化 米ServiceNowではITSM(ITサービスマネジメント)に生成AIを組み合わせることで、インシデントの重要度や優先度を判断する作業を月間1200時間削減した他、80%の精度で1日1000件のインシデントに担当者を自動アサインできた(注10)。
RAGシステムの導入と運用においては以下のような金銭的、時間的、人的コストがかかります。
一方、便益と長期的な投資対効果としては以下が挙げられます。
一時的なコストと保守運用のコストはありますが適切に導入することでそれを上回る利益が得られる可能性があります。(注11、12)
RAGの活用はビジネス戦略上どのような意味を持つのでしょうか。BCGの調査によると、生成AIの利用状況は業界によって大きな差があることが明らかになっています。最も進んでいるのが「IT業界」で、62%の企業が中〜高成熟度で利用しています。次は「銀行・小売・消費財・医療」で、32〜39%。以降は「エネルギー・旅行観光・保険」が40%以下となっています。
成長重視の企業は、コスト重視の企業よりも15%多く投資する傾向があることも分かっています。投資により今後の企業成長が二極化される可能性もあり、適切な投資判断が企業の将来を左右する可能性があります。(注13)
RAGは単なる技術ではなく、企業の競争力を根本から変革する可能性を秘めています。RAGを用いた生成AIのシステムへの投資は正確な戦略を引くことで比較的短期間で回収できる可能性があり、長期的には持続的な競争優位性をもたらします。これにより組織全体としてAIを中心としたビジネストランスフォーメーションを加速させ、データ駆動型の意思決定文化の醸成が進みます。
生成AI分野の技術進化は早いため、RAGの将来展望についても考えてみたいと思います。まずはテキストだけでなく、画像や音声、動画を含む複合的な情報処理が可能になる「マルチモーダルRAG」が登場するでしょう。また、エッジコンピューティングとの融合により、リアルタイム性の向上と、よりパーソナライズされた情報の提供が可能となるかもしれません。
そして、自己学習型RAGの登場により、人間の介入なしに継続的にデータベースを更新し、精度を向上させる技術の実用化が進むでしょう。各業界の特殊なニーズに対応したRAGソリューションが登場するかもしれません。このようにひとえにRAGといってもさまざまな可能性を秘めています。
劇的な変化の中でRAGのシステムの早期導入は企業の未来を左右する戦略的な選択となる可能性が高いです。最後に、企業全体で取るべき推奨アクションを挙げたいと思います。
AIセンターオブエクセレンス本部 AIラボ ヘッド
日本女子大学卒業、東京学芸大学大学院修士課程修了(天文学) フランス国立科学研究センター・トゥールーズ第3大学大学院 博士課程修了(宇宙物理学)。
2016年入社。「AIラボ」のトップとして、顧客向けにAIモデルの開発や保守、コンサルティングなどを担当している。
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