/おかあさんはクリスマス、見たことがある? ないわよ、あれは人間のものだから。 そうか、ぼくたちには関係がないのか……/
おばあちゃん、クリスマスってなあに?
ああ、むかし、そんなのがあったらしいね。最近はどうなのかねぇ。
おかあさんは見たことがある?
ないわよ、あれは人間のものだから。
そうか、ぼくたちには関係がないのか……
でも、きれいだったって聞いているよ。ぴかぴかしているんだよ。
え?
ほら、町の方の話さ。前はこの山まで、楽しげな音楽も聞えてきたんだよ。
上の広場まで行ったら見えるかな?
いや、昔の話だよ。町のどこかには、まだあるかもしれないけれど。
おとうさん、あれきり帰ってこないね……
……
クリスマスを見に行ったのかな……
……
さ、ごはんにしましょ。おばあちゃんも、どうぞ。
あ、外で音がする! おとうさんが帰ってきた!
行っちゃだめ! 二本足の音よ!
おやおや、こんな年の瀬に猟師かい?
猟師って人間?
そう、私たちを鉄砲で撃つのよ。
え、撃ってどうするの?
毛皮にしたり、薬にしたりするのよ。
ぼく、薬になんかされたくない……
だいじょうぶ、それももう昔の話だよ。いまどき、そんなもの、欲しがる人はいないよ。
じゃあ、なんで……
炭焼き小屋のようすでも見に来たのかしら。ちかごろは、そっちが本業みたいだし。
あのひとも、たいへんだねぇ。
でも、去年、お嫁さんが来たのよ。
へぇ、それはよかった。でもまた、なんでこんな里に?
町で疲れて、いまは家でお裁縫とか染め物とかをやっているらしいわ。
まあ、町には向かない人もいるからねぇ。
ただ、困るのよ、あの人、こっちへ登って来ちゃうの。
山へ?
そうなの、秋にも見かけちゃって、こっちが隠れないと。
なにをしてるんだい?
黄色い花を探してたみたい。
ああ、ハンゴンソウかい。でも、あんなもの、わたしらだって食べないよ。
染め物に使うんじゃないかしら。それで、やっかいだから、わたしが集めて、道の向こう側に置いておいたわ。
うーん、なんにしても、山には入って来てほしくないねぇ。
でも、きっとしばらくはもう来ないでしょ、ちょっとおなかが大きかったから。
ああ、あかちゃんかい、そりゃおめでたいねぇ。
おかあさん、ドングリおかわり!
さあ、どうぞ。でも、いっぱい食べたら、もう寝るんですよ。
うーん、春までか…… ちょっとその前に、外の空気を吸ってくる。
でも、人がいないか、気をつけてね。
穴の出口までしか行かないよ。
……
せがれ、やっぱり帰ってこんかったねぇ……
ええ、あの騒ぎでしたからね。
……
おかあさん! これ!
なに、それ、どうしたの?
外にあったんだ!
物語
2019.12.17
2020.08.01
2020.12.23
2021.04.17
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2024.12.16
大阪芸術大学 哲学教授
美術博士(東京藝大)、文学修士(東大)。東大卒。テレビ朝日ブレーン として『朝まで生テレビ!』を立ち上げ、東海大学総合経営学部准教授、グーテンベルク大学メディア学部客員教授などを経て現職。