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「これは "ハードSF作家・山本弘" の遺書だと考えてください。」『プロジェクトぴあの』著者あとがき全文公開

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※書影は販売サイトとリンクしています

アニメーション映画監督の片渕須直氏とSF作家の野尻抱介氏に推薦を頂き、ハヤカワ文庫JAより好評発売中の山本弘プロジェクトぴあの上下巻。その下巻の収録されているあとがきを、全文公開します。本作をできるだけ多くの方に読んで頂くため、担当編集から著者の山本さんにお願いをいたしました。ぴあのとすばるの物語が、サイハテの更に先へ届きますように。

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あとがき

 これは2014年にPHP研究所から出版された作品の文庫化です。
 多くの方がすでにご存じでしょうが、僕は二年前に脳梗塞を患いました。本当に突然の発病でした。現在、いくらかは回復してはいますが、依然として計算能力や論理的思考力は低いままです。
 今の僕の状態をSFの登場人物に例えるなら、ダニエル・キイスアルジャーノンに花束をの主人公チャーリイ・ゴードンでしょうか。それもラスト近く、知能が本来の自分に戻ったチャーリイに。

 本当に単純な二桁の足し算すらできないんです。

 でも、記憶だけは元のまんまなんですよ。たとえばこの『プロジェクトぴあの』を書いた日のことは鮮明に覚えています。特に丸の内のインターメディアテクに出かけて、マルチン・シリング社の幾何関数実体模型コレクションや、ミンククジラの骨格標本を目にした時の興奮は、今でもまだ記憶しています。「そうだ、ぴあのはこれを見て、光双曲面物理学を思いついたことにしよう」と考えました。(みなさんも行ってみてください。面白いです)

 僕は小説の中で架空理論を考えるのが好きです。この光双曲面物理学もそうした例のひとつ。ちなみにこれまでに思いついた中で最強の架空理論は、『チャリス・イン・ハザード2 脅威の少女核爆弾』(同人出版物)に出したミューオン・アバランチ理論じゃないかと思います。ミューオンを利用して、少女の子宮に詰めた二八〇グラムの重水をキロトン級の核爆弾に変えるというもの。思い切り成人向けですが(笑)。



 僕は昔からマレイ・ラインスターの大ファンなもので、天才発明家が発明した技術のおかげで世界に大規模な変化が起きるという話にしたかったんです。もちろん嘘八百の架空の技術ですよ。ラインスターという人、こういう架空の技術を思いつくのがすごく上手い。特にお気に入りは中篇「宇宙震」で、時間の流れをコントロールする〈拡時界装置〉が、反動無しで宇宙船を推進するなんてくだりにはしびれました。『第五惑星から来た四人』では、タイムマシンが不可能である理由が「質量保存則を破っているからだ」と説明したうえで、予想外の方法で質量保存をクリヤーしてタイムトラベルを可能にしてみせました。もちろん『青い世界の怪物』の〈泡攻撃〉のすごさは印象的でしたし、五〇年代という時点に現代のインターネットを正確に予見してみせたユーモア短篇「ジョーという名のロジック」も忘れ難い作品です。
 僕がラインスターを好きなのは、ものすごい屁理屈をきかせた架空理論で読者を煙にまき、不可能を可能にしてしまうところです。それは科学的正確にこだわる現代のSFが忘れてしまったものではないでしょうか。



 でも、今の僕はこういうものを書けません。
 リハビリを受けてもいっこうに良くなる気配はなく、二桁の足し算すらろくにできない。『プロジェクトぴあの』のような高度な数学を駆使する作品は二度と書けないのです。

 だからこれは「ハードSF作家・山本弘」の遺書だと考えてください。これからも小説を書くことはあるかもしれませんが、ハードSFを書くことは永遠に不可能なのです。

 でも、僕は結城ぴあのというキャラクターを深く愛しています。こんな素敵で魅力のあるキャラクターを書けたことを、誇りに思います。

山本弘

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