Netflixが強化するアジア発のバラエティ番組は、「世界でのヒット」がゴールではない

アジア各国でローカルコンテンツへの投資を加速させているネットフリックス。なかでも日本や韓国、インドではジャンルの幅を広げ、ゲームショーやリアリティショーといったバラエティ番組にも力を入れ始めている。そこにネットフリックスはどのような可能性を見出そうとしているのか。
世界の視聴者からも反響を呼ぶバラエティ番組の代表格である韓国発の筋肉ゲームショー「フィジカル100...
世界の視聴者からも反響を呼ぶバラエティ番組の代表格である韓国発の筋肉ゲームショー「フィジカル100 」。韓国発のバラエティ番組として初めてNetflixグローバルTOP10(非英語シリーズ)で1位を獲得し、世界82カ国でトップ10入りを果たす実績をつくった。Photograph: Netflix

アジア太平洋(APAC)地域のNetflix加入者のうち、2022年は4人に3人がリアリティショーやドキュメンタリーといったドラマや映画以外の番組を視聴していた──。この8月にネットフリックスが韓国で開催したイベント「APAC Unscripted Showcase」で発表されたデータである。

この「APAC Unscripted Showcase」は、ネットフリックスがゲームショーやリアリティショー、コメディ、ドキュメンタリーといった台本のない(アンスクリプテッドな)コンテンツのアジア発の新作を発表するために初めて開催したものだ。

イベントではネットフリックスがアジアにおいてこのジャンルへの投資を強化する理由も説明された。冒頭のデータについてネットフリックスのコンテンツ取得部門APAC担当バイスプレジデント(インドを除く)を務めるキム・ミニョンは、「これはアジアの視聴者の好みを表しています」と語る。

背景として大きいのは、アジアがNetflixにとって2年ほど前から実質的に最大の成長基盤になっていることだろう。同社にとって過去最高の契約数の増加を記録したのもAPAC地域である。今年に入っても順調に伸びており、7月20日に発表されたネットフリックスの第2四半期決算によると、APAC地域におけるNetflixの有料会員数は4,055万人に達した。

英国の調査会社のOmdiaは、この勢いを「今後5年間の世界のNetflix全体の加入者純増数の60%以上をAPACが占める」という予測まで立てている。それを考えると、ネットフリックスが競争力を高めるべくアジア発コンテンツを拡充する戦略を推し進めるのは当然の流れだろう。Omdia によると、ドラマシリーズに限らず、バラエティ番組など台本のないアンスクリプテッドコンテンツも増える見通しだ。

ネットフリックスにとっての「成功」の基準

さらに、ネットフリックスが定義するコンテンツの成功基準も深く関係している。「ネットフリックスが常に優先していることは、現地の視聴者からの反響です」と、ネットフリックスのキムは言う。このためにネットフリックスは各国の視聴者の嗜好を理解する現地チームを配置し、地元のクリエイターとも協力関係を結んでいる。言い換えれば、世界ヒットを目指すことが番組づくりの第一の目的ではないのだ。

「ネットフリックスの成功の定義は、世界的に反響が広がることであると誤解されがちですが、実際は必ずしもそうではありません」と、キムは語る。「もちろん、番組が世界中の多くの視聴者に観てもらえれば本当にうれしいことです。でも、特にアンスクリプテッドコンテンツにおける成功は、現地の視聴者から支持されることが重要であると強調したい。番組が視聴者に浸透していく過程において世界にも広がっていくことがあれば、それはローカリゼーションがうまくいった証だと思っています」

Netflixのアンスクリプテッドコンテンツのアジア発の新作について説明するネットフリックスのコンテンツ取得部門APAC担当バイスプレジデント(インドを除く)のキム・ミニョン。

Netflixのアンスクリプテッドコンテンツのアジア発の新作について説明するネットフリックスのコンテンツ取得部門APAC担当バイスプレジデント(インドを除く)のキム・ミニョン。

Photograph: Netflix

キムが言うローカリゼーションとは、現地語への吹き替えや字幕の制作を指す。アジア発のバラエティ番組のユーモアをさまざまな地域のNetflix会員に効果的に伝えるには、文化的背景や言葉のもつニュアンスを理解してもらうことがポイントになる。だからこそ、ネットフリックスは多言語の吹き替えや字幕制作に投資し、さらにその作業時間を十分に確保するために、世界同時配信が始まる前にシーズンすべての撮影を完了する手順を踏んでいるのだ。

また、多くのバラエティ番組は早口かつ大量の会話が繰り返されるので、いかに正確に翻訳し、会話のエッセンスを理解しやすくするかについても気を配っているという。キャストの吹き替えはシリーズを通して一貫して同じ声優が担当することで、視聴者が番組を楽しみやすい配慮もしている。

こうした細やかなローカリゼーションを追求することで、すでに世界の視聴者からも反響を呼ぶバラエティ番組が韓国から生まれている。その代表格が、筋肉ゲームショー「フィジカル100 」だ。韓国発のバラエティ番組として初めてNetflixグローバルTOP10(非英語シリーズ)で1位を獲得し、世界82カ国でトップ10入りを果たす実績をつくった。

日本ならではのバラエティ番組を世界にも

こうした実績が、アジア発のバラエティ番組の強化を後押ししている。実際、日本のNetflixでも15以上の番組が企画中か配信予定であることが、「APAC Unscripted Showcase」に登壇したネットフリックスのプロデューサーの太田大から明かされた。

そのひとつが、トップクリエイターのひとりである佐久間宣行がプロデュースし、お笑い芸人の千鳥がMCを務めるバラエティ番組「トークサバイバー」のシーズン2(23年10月に全世界配信)である。このほか、35歳から60歳の男女が出演するデートショーとして「あいのり」をリブートして反響を集めた「あいの里」シーズン2の製作が決定したところだ。

またプロデューサーの太田が企画する「韓国ドラマな恋がしたい」は、23年11月28日に全世界配信が予定されている。4人の日本人女優と4人の韓国人俳優が出演するリアリティショーで韓国ドラマの世界観を生み出すという、新感覚のバラエティ番組だ。いずれも多様なバラエティ番組を生み出してきた日本ならではの企画といえるだろう。

「日本のバラエティ番組は形式にとらわれず、あらゆる要素がかかわり合っています」と、太田は説明する。太田はフジテレビ出身で、ドラマからバラエティ、報道などさまざまな番組に19年間にわたって携わった後、ネットフリックスに移籍した人物だ。それだけに、言葉には実感がこもっている。

「日本の地上波テレビのプライムタイムでバラエティ番組が占める割合は70%以上にもなります。テレビの歴史が始まって以来、日本の視聴者の生活に密着しながら、『8時だョ!全員集合』から『進め!電波少年』までさまざまなジャンルのバラエティ番組が生まれてきました。日本の視聴者の好みと、日本の社会と文化を深く理解する番組づくりがそこにはあります」

Netflixで日本発のバラエティ番組に新たな可能性を見出していく取り組みは始まったばかりであり、韓国のような実績をつくり出せるかは未知数だ。しかし、現地の視聴者が求めるものを追求し、ローカライズにも力を入れていくネットフリックスのアジア全体でのコンテンツ戦略には、それを実現するだけのお膳立てが十分に揃っているといえるだろう。

(Edit by Daisuke Takimoto)

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