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八甲田山 死の彷徨

登録日:2012/03/02(金) 16:40:22
更新日:2024/07/29 Mon 21:49:41
所要時間:約 7 分で読めます






そこには「白い地獄」が待っていた!



『八甲田山 死の彷徨』とは、約200人もの犠牲者を出した1902年の山岳遭難事件「八甲田山陸軍遭難事件」を題材とした新田次郎の山岳小説である(1971年刊行、1978年に文庫化)。
あくまで実際の事件に取材したフィクションであり、作中の人物描写等には脚色が加えられている点には注意が必要である。
ここでは、同小説を原作とした映画『八甲田山』(1977年公開)の内容も交えて記述する。

◆あらすじ

1902年、日露戦争開戦を間近に控え、帝国陸軍では軍備の増強が急がれていた。
バルチック艦隊の津軽海峡~陸奥湾封鎖及び艦砲射撃により青森-弘前、青森-八戸間の道路や鉄道が破壊された際には八甲田山系の縦走路を使用せざるを得なくなる事が予想された。
その中にあって寒冷地装備の研究・運用は遅れており、青森県内に拠点を置く「弘前歩兵第31連隊」「青森歩兵第5連隊」はそれぞれ別のルートを辿り、冬季の八甲田山中での雪中行軍訓練を行う事となる。
地元の人間ですら立ち入らない厳冬季の八甲田踏破という無謀な命令。
責任者として任命された徳島・神田両大尉は無事に計画を進め、八甲田山中で対面する事ができるのか……。

◆登場人物

※()内は映画版キャスト。

【神田隊/青森歩兵第5連隊】

徳島率いる31連隊は後述の理由から最低限の人数の少数精鋭編成で、神田も当初はそれに倣った編成を考える。
しかし、徳島隊より上の実績を残したい山田少佐のごり押しで一個中隊規模、200人近い大所帯に。
また、その影響で雪山経験のない者や他県出身者が大半を占める。
本来ならば行程自体は徳島隊よりも楽なものであったが、指揮の混乱や兵の対策不足から遭難してしまう

  • 神田大尉(北大路欣也)
秋田県出身の中隊長で、5連隊の雪中訓練責任者。
映画版の中の人は若かりし頃のSBのお父さん
徳島との「八甲田山で会おう」という約束を胸に、訓練を果たそうとする。
優秀で思慮深い指揮官だが、上官の思惑に翻弄され……。

  • 山田少佐(三國連太郎)
神田の上官で大隊長。軍人としての意地から神田の指揮に横槍を入れ、彼の計画を狂わせていく。
モデルがいる中であまり言いたかないが、大体コイツのせい
よかれと思い指示を飛ばすものだから余計に質が悪い。

  • 倉田大尉(加山雄三)
神田大尉の腹心とも言える部下で、神田や山田が正気を失った後も残った兵士たちを導いた。
行軍前に行った東京でゴム長靴を購入していたことや、毛糸の手袋*1を着用していた事、新聞紙を体に巻くなど防寒対策をしていた事が幸いし、数少ない生還者となる。

  • デスマーチに付き合わされる第5連隊の兵卒の皆さん
「県外出身者が多く冬山の恐ろしさを知らない」
「事前の予行演習が天気に恵まれたまたま成功した」
「日程1日目の宿泊地が温泉*2
「帰路は汽車」
……など、様々な理由から士気が緩みきっており、楽勝ムードが漂う。
しかし、1日目から部隊は迷走を始め、世界史上最大規模ともいわれる遭難事故を起こしてしまうのだった。

【徳島隊/弘前歩兵第31連隊】

計画の無謀さを危惧した徳島によって編成された、県内出身者や雪山経験の深い兵から成る精鋭部隊。
一個小隊に満たない20人弱の部隊であり上官には苦言を提されるも、余計な装備を廃し行軍の速度を上げるためとして徳島はこの編成での訓練実施を固持した。
また、「自ら志願した兵なら万が一計画が失敗した場合に遺族への言い訳が立つ」という徳島の配慮もあった。
途中、負傷者を一人汽車で帰すが、その後は一人の落伍者もなく無事に八甲田山踏破を成し遂げる

  • 徳島大尉(高倉健)
青森県・五所川原出身の第31連隊中隊長。神田との約束を果たすため、神田隊の4倍近い行程の指揮を成し遂げる。
中の人は日本一雪の似合う、健サン。

◆計画の内容と実際

前述の通り、日露戦争を睨んだものであるが、軍上層部が計画していたのは、
  1. 冬季の八甲田山踏破
  2. 参加するのは青森と弘前の部隊
  3. 両部隊はそれぞれの基地から出発し、八甲田山中で握手←しかもこれは思い付き
という、極めてアバウトなものであり、実施時期や場所についても安全性や現実性は全く考慮されていなかった。
そのため、計画の詳細については責任者である神田・徳島両大尉に丸投げされる事になってしまった。

  • 装備
防寒装備の研究を兼ねた計画でもあったため、十分とは言い難く、コート等軍の正式装備や雪駄・寒敷といった支給装備を除き、兵士各員が各自の経験に基づいて対策をしなければならなかった。

雪山経験者の多い徳島隊ではあまり問題とならなかったが、神田隊では「食料が凍って食べられない」などの問題が発生。

  • 指揮権の混乱
神田隊には大隊本部として山田少佐(大隊長)他数名の上級士官が加わっている。
これは神田の補佐・監督のためであり、建前上は神田が隊の指揮官だが、決定権は山田の方が優先というねじれ現象をもたらした。

上官の命令は絶対ゆえ、神田は要所要所で意見を出したがる山田の不正確な判断を正す事が出来ず、ますます状況を悪化させてしまう。

  • 民間への協力申請の有無
徳島隊は雪山のガイドを現地の人間に頼り、設営装備を減らすため宿泊も道中の民家に頼んだ。
(ただし、戦時中に確実に得られるはずもない民間の協力を頼りにした行軍には疑問の声もあり、データを得るよりあくまで生還を重視したが故の判断……と言えるかもしれない)

神田もガイドを頼む事を考えていたが、直前になるまで村人からの確約がなく計画に組み込めなかった。
当日の村人からの申し出も山田少佐が軍人の意地で拒否したため、彼らの協力抜きで冬山に挑んでしまった。

◆映画版の見所

原作を忠実に再現しており、日本映画界を代表するキャストの極限状態での演技は鳥肌もの。
ロケも実際に八甲田山を中心とした冬の雪山で行われており、特撮・合成など一切無しのガチンコ撮影である。
その厳しさは出演者の中にロケから逃亡して降板した者が出たほど。
また、徳島大尉役の高倉健は撮影中軽い凍傷にかかった

登場人物たちの回想、もしくは幻覚という形で挿入される春・夏・秋それぞれの青森の情景も、彼らが現実に置かれる過酷な冬山の景観と対比され、より切なさを煽る構成になっている。
何よりひとり、またひとりと倒れていく兵の悲痛な最期は映像作品でしか味わえない。未見の方には鑑賞をオススメする。
雪が降りしきる中、暖房も着けずに布団にくるまりながら視聴するといいかもしれない。命の保証はできかねるが。

主な史実との相違点

  • もともと第5連隊の計画と第31連隊の計画は別々に進められており、訓練日がたまたま一致しただけ。両隊長の面識もなかった。
    • もちろん行軍中に合流して握手という計画もフィクション。

  • 神田大尉のモデルとなった人物は、当初から隊長を任せられていたわけではなく臨時の代役だった。

  • 劇中では傲慢で無能なトラブルメーカーとして書かれている山田少佐だが、モデルとなった人物は温厚な人柄で、道案内を申し出た村人を追い返したのも別の下士官とみられている。

  • 一方、映画では協力してくれた地元民に優しい態度をとっている弘前隊だが、史実及び原作ではかなり雑に扱っている。最後には申し訳程度の謝礼だけ渡して雪山に置き去りにした
    • 彼らも重度の凍傷によって障害を抱え、中には若くして死亡した者もいたが軍から顧みられることはなく、それを不憫に思った村が後に七勇士として功績を讃え石碑を建てた。

  • 「生還後、山田少佐は拳銃自殺を遂げた」とされているが、公式には彼の死因は「心臓麻痺」となっている。
    • 肘下・膝下に重度の凍傷を負った山田少佐が拳銃の引き金を引くのは不可能と考えられることから、現在では拳銃自殺という説は創作とみなされている。

◆遭難事故からの教訓

始めに述べたが、これは実際の事故を基にしたフィクションである。
が、遭難した部隊と無事生還した部隊との対比が明確に描かれており、組織やプロジェクトの経営管理、リスクマネジメントについて学ぶ際のよい教材となる。

理不尽な判断・命令を下す上司や、計画の重要性に対し楽観的な部下とどう向き合うべきか。
極限状態に陥った組織をどう救うか、或いはそうなる前に防ぐにはどうするべきか……。
この作品は現代に生きる私たちに様々な事を考えさせてくれる。

文庫やDVDも普及しているので、是非一度手に取って頂きたい作品である。







神田ァッ!神田大尉ッ!!
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最終更新:2024年07月29日 21:49

*1 疎水性が高いため濡れても冷えにくく、現代でも凍傷予防に一番推奨される。

*2 ただし大人数が一斉に入浴できるような規模でもなく、冬場はすっぽり雪に埋まって見つけるのも困難。