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リニア・鉄道館

登録日:2022/02/04 Fri 11:54:17
更新日:2024/12/09 Mon 21:39:44
所要時間:約 18 分で読めます




リニア・鉄道館とは、東海旅客鉄道(JR東海)が運営する鉄道関係の資料を展示する博物館施設である。
2011年3月14日に開業した。

●目次

開業までの流れ


かつて飯田線中部天竜駅に隣接していた鉄道博物館施設「佐久間レールパーク」を前身としている。

佐久間レールパークは比較的温暖な太平洋側の静岡県に所在するとは言え、山の中にあって年間の寒暖差から屋外展示の保存車両が傷みやすく、その管理に大変な苦労が伴ったため、同所の移転も兼ねて建設が計画された。

2009年に佐久間レールパークは閉鎖となり、同所やJR東海浜松工場、美濃太田車両区の保管車両を中心に各地から車両が集められた。
なお、佐久間レールパークの保存車両でリニア館入りから漏れた車両は東急車輛製造(現:総合車両製作所)横浜製作所への里帰りを果たした21-2023を除き現地で解体された。

アクセスはあおなみ線金城ふ頭駅が最寄り駅で、自動車は伊勢湾岸道名港中央インターよりすぐ。

展示品概要

「高速鉄道技術の進歩」のコンセプトの通り、東海道新幹線を中心としてJR東海管内で活躍した実物車両や各種資料を展示している。

1F

  • シンボル展示エリア
本館のメインテーマである「高速鉄道技術の進歩」の象徴となるエリア。
高速鉄道技術の進歩に大きく貢献した車両が展示されており、上部のモニターでは高速鉄道の歴史をまとめた映像が映される。

  • 車両展示エリア
メインエリア。吹き抜けとなっており、天井部からは自然光を取り入れている開放感ある構造。
ここにある車両の多くは実際に車内に入って見学することが出来る。
運転席には普段入れないが企画で公開されることがある。
車両の間には模型や鉄道備品なども展示されている。
北側では「鉄道のしくみ」と題しレールの幅や列車の運行の仕組みに関する展示を行っている。

  • 屋外展示エリア
後述のケ90とN700系新幹線を展示している。
N700系新幹線の車内は休憩スペースとなっており、飲食も可能。
柵越しならこれらの展示車両を館外から見学出来る。

  • 収蔵車両エリア
館内の東側に存在するエリア。
車両が狭いスペースに押し込まれており正面からしか見ることが出来ず、車内への立ち入りも出来ない。
時々企画で展示車両の車内公開を行っているが先着制。

  • 超電導リニア展示室
リニアモーターカーに関する資料を展示している。
歴代リニア試験車両やリニアモーターの仕組みを知れる模型がある他、「ミニシアター」では本物のL0系と同様のシートを使用し、車内を再現した空間で映像を用いたリニアモーターカーの乗車体験が出来る。
映像だけでなく車内の揺れまで忠実に再現されており、低速時の車輪走行と高速時の浮上走行の違いを体で感じることが出来る。

  • 鉄道シミュレータ
列車の運転手及び車掌の仕事を体験出来る施設。別途利用料金が必要。
在来線運転シミュレータは211系タイプと313系タイプがある。
在来線車掌シミュレータは313系の実物大模型を使用する。車掌体験シミュレータは鉄道博物館史上初のものである。
これらは実際の乗務員の養成に用いられるシミュレータをベースとしている。
新幹線シミュレータはN700系の実物大運転台と10m×3mの巨大スクリーンから構成される大掛かりなもの。

これらのシミュレータは人気が高く、予め整理券を受け取っておく必要がある。

  • 鉄道ジオラマ
名古屋駅を中心とした巨大なHOゲージのジオラマ。
普段は走行していないが特定の時間になると実演が始まり、走行する。
ただ走行させるだけでなく、「鉄道の24時間」をテーマとしており始発列車から始まりやがて夜になって最終列車、更にはサンライズエクスプレスや保線車両が走行するという構成である。
保線作業時にはちゃんと作業員が現れるなど芸が細かい。
ジオラマは車両だけでなく様々な箇所に注目してみよう。昔話の登場人物や地底人などの小ネタも豊富。
313系が新橋駅まで来るのはご愛嬌。

  • ミュージアムショップ
退館ゲートの先にある。
本館の展示車両やJR東海のグッズを中心に販売している。

2F

吹き抜け構造になっているのでシンボル展示エリアや車両展示エリアの車両を上から見下ろすことが出来る。

  • キッズコーナー
子供たちがプラレールで遊ぶことが出来るエリア。
下駄箱が自動改札機を模したものになっている。

  • 飲食コーナー
飲食も可能な休憩エリア。

  • 体験学習室
触って学べる展示が多く存在する。

  • 歴史展示室
鉄道の歴史を様々な貴重な資料と共に学ぶことが出来る。

  • 収蔵展示室
制服や時計、車両のナンバープレートやヘッドマークなどの展示物が展示されている。
展示内容は時折変わる。
特筆すべきは1930年製の国鉄バスの第一号車が展示されている。
元は埼玉県の鉄道博物館に保存されていたが、初めて運行されたのが愛知県ということで移転することとなり、重要文化財に指定されている。

  • デリカステーション
売店。駅弁やあのアイスなど駅でしか買えないものを売っている。
前述のN700系新幹線の車内や飲食コーナーに持ち込むことが出来る。

展示車両

JR東海エリアで活躍したリニア・新幹線・在来線車両を展示する本館のメインコンテンツ。
本項目では移設前の最終保管場所について佐久間レールパークなら、美濃太田車両区なら、浜松工場ならのマークで示す。

シンボル展示

高速鉄道鉄道の発展に大きな功績を残した車両達。この三両は全てスピードに関しての記録を持っている。

  • C62-17
1948年製造。特急「つばめ」などで知られる高速旅客牽引機のC62形蒸気機関車
この17号機は1954年12月に東海道本線木曽川橋梁にて狭軌の蒸気機関車としては世界最速の時速129kmを記録。なおこの記録はスピードレコード樹立のための試験ではなく、鉄橋の耐久試験のついでに樹立されたもので、未知の領域に挑むため試験列車に乗務する機関士・助士は長男以外の独身者を選んだという逸話が残る。
リニア館に来る前は東山総合公園(東山動物園)にいた。

  • 955-6
1994年製造。300Xこと955形新幹線の東京方先頭車。
JR東海唯一の試験用形式で、300系の開発後更なる技術進歩のために開発された。
空気抵抗の違いを研究するために前後で顔の形が違い、こちらは「ラウンドウェッジ型」と呼ばれる。
1996年7月26日、米原駅~京都駅間にてリニアモーターカーを除く鉄道としては日本最速の時速443kmを記録した。

なお、博多方の先頭車である955-1*1滋賀県米原駅付近の鉄道総合技術研究所 風洞技術センターに保存されている。

  • MLX01-1
1995年製造。山梨県の実験線用に開発された9代目リニア試験車。
これまでの試験車両は小さく、人を輸送出来るようなものではなかったが本形式から他の新幹線車両同様大型になり、シートが搭載された本格的なものに。
先頭は「ダブルカスプ型」と呼ばれる形状で、無人運転車両のためライトとカメラ以外は付いていない。
リニアモーターカーは低速時車輪を使用するが鉄の車輪ではなくゴムタイヤを使用する。車体下を覗き込むとそれが分かる。
乗降用のドアは上に開く。
1996年12月24日に鉄道車両としては世界記録の時速550kmを記録
愛・地球博で展示され、名古屋市内で腐食試験に用いられた後、本館に収蔵された。

車両展示エリア

エリアの南側に在来線車両、北側に新幹線車両が展示されている。
車両は南側に展示されているものから順に紹介する。

在来線車両

  • ED11 2
1923年にアメリカより二両だけ輸入された電気機関車。
当初は1010形という名称だったが後にED11形という名称に変更。
東海道本線、横須賀線伊東線にて運用された。
廃車後は浜松工場の入換機となったが後述のED18 2に置き換えられ休車となった。
兄弟分の1号機は西武鉄道に譲渡されてE61形となり、現在も横瀬車両基地で保存されている。

  • ED18 2
東海道本線電化のために1952年にイギリスから輸入された電気機関車のED52形を中央本線用に改造したものをその後更に改造し線路規格の低い飯田線北部用にした形式。三両存在した。
飯田線では貨物列車牽引用となり、その後2号機のみ前述の通りED11 2の置き換え用として入換機に転用。ED62が入換機になったことでこちらも置き換えられ、静態保存され後に佐久間レールパーク入り。1992年にはなんと後述のEF58形と共に飯田線の観光列車「トロッコファミリー号」牽引機に選ばれ復活。2005年に故障がきっかけとなり引退した。

  • C57 139
1940年製造。その整った外見から「貴婦人」の愛称で知られるC57形蒸気機関車の一両。
名古屋機関区のお召し列車牽引機となり、お召し列車を18回牽引した。
お召し列車牽引機に選ばれた理由は『番号が全て奇数なので「割れない」』『数字が全て違うので「重ならない(ぶつからない)」』という願掛けによるものである。
1969年には関西本線のSLさよなら運転に使用され、中部鉄道学園(現:JR東海研修センター)に後述のケ90と共に保存されていた。
1971年に準鉄道記念物に指定。

  • ホジ6014
1913年製造。ホジ6005形に属する気動車。
本館の展示車両の中では最年長で、開館から2年後100歳を迎えた。
気動車ではあるがディーゼルエンジンではなく蒸気機関で走る「蒸気動車」。
普通蒸気機関車といえば機関車が客車を牽引するものだが、これは蒸気機関で稼働する鉄道車両でありながら客車と動力機関が一体化しているというもの。
前面の扉を開けると小さな蒸気機関車のようなボイラーがそのまま出てくる。
最初は神戸鉄道管理局に配属、その後門司鉄道管理局に転属し1944年廃車。
廃車後は名古屋鉄道に譲渡されたが使われず、かつて存在した犬山遊園地に保存された。
1962年に鉄道記念物に指定され、この際国鉄に戻り、名古屋工場で整備され保存。
そして名鉄に貸し出され愛知県犬山市の博物館明治村にて展示。「貸与」扱いだったのでリニア・鉄道館の開館に伴い国鉄から継承したJR東海に返却された。
現存唯一の蒸気動車であり、鉄道記念物に指定されている。
そして2019年に国の重要文化財に指定された

  • モハ1035
1922年製造。モハ1形に属する木造電車。
かつては京浜線用のデハ33500形デハ33509号で、そこから改番している。
飯田線の前身である三信鉄道に譲渡されその後再び国有化。その後は大井川鐵道に譲渡され千頭駅構内に留置展示されていた。
1994年にJR東海が大井川鐵道から購入し、1997年にJR東海発足10周年記念事業として復元され、伊那松島運輸区に保存されていた。
なお復元後に保管場所となる伊那松島運輸区まで機関車牽引で輸送されたが、東海道本線大府駅手前で台車から火を吹き、しばらく立ち往生したという逸話が残る。

  • EF58 157
1958年製造。EF58形電気機関車の一両で、通称はゴハチ。
電気機関車といえば箱型ばかりだった中、流線形の機関車として人気を博した。
この157号機は1985年に廃車となり、国鉄清算事業団の所有となっていたが静岡地区生え抜きの車両であることや122号機の予備機として1988年にJR東海が購入し復活。
当時157号機は青塗装で、茶色塗装の122号機やED18 2と共に「トロッコファミリー号」などのイベント列車、レール輸送列車の牽引機として活躍。
JRのEF58動態機としては唯一の青塗装だった。
2007年に引退し122号機、ED18 2と共に浜松工場で保管。
157号機は新製時の茶色塗装に変更され、前面窓やワイパーなども新製時のものに復元された。
ちなみに、同僚だった122号機は保存から外され解体された。ナンバープレートが前述の収蔵展示室にて展示されることがある。

  • スハ43 321
1954年製造。スハ43系に属する普通客車で、急行列車を中心に運用されていた。
EF58と連結して展示。
なお現役時代は台車の交換と電気暖房装置の取り付けを行ったオハ47 2098だったが、収蔵に際して静岡県のフェルケール博物館で展示されていたスハフ42 2105から台車の供給を受けて製造当初の形式・番号に復元された。

  • モハ52004
1937年製造。旧型国電モハ52系の先頭車。
当時世界の鉄道トレンドだった流線形で登場し、「流電」と呼ばれ親しまれていた。
戦前は京阪神地区の東海道本線の急行電車(現在の快速)に使用され、戦後に阪和線を経て最終的には飯田線に転用された。
同車は廃車後、飯田線の象徴となったことから保存を望む声が上がったものの沿線に最適な保存場所が見付からなかった。そこで豊川市に工場がある日本車輌製造に打診された。しかしこれは川崎車輛製。他社の車両を保存するということに抵抗があり、反発もあったが日車側の英断で保存が決まったという経緯を持つ。
そして佐久間レールパークの開業に合わせ移設された。しばらくは引退時の姿のままで展示され、その後原型に近付けるため塗装の変更やジャンパ栓の撤去などの整備が行われたがベンチレーターや客室扉、増設された乗務員扉などは手が加えられなかった。しかしリニア館入りのためにこれらにも手が加えられ、完全に当初の姿に復元された。

  • クモハ12041
1927年製造。クモハ12形に属する電車。
モハ10形を改造した牽引車のクモヤ22112号を1987年に旅客用に再改造したことで誕生した。
飯田線のイベント列車「元祖ゲタ電号」に使用された。
2000年に引退し、伊那松島運輸区で保存されていた。
「元祖ゲタ電号」のヘッドマークを付けて展示されている。

  • クハ111-1
1962年製造。ご存知かぼちゃ電車。
111系は113系のベースとなった形式で、東海道本線東京口横須賀線に投入された。
トップナンバー車でゾロ目車。
浜松工場には中間車のトップナンバーであるモハ110-1・モハ111-1も保存されていたが、こちらは解体された。

  • クハ381-1
1973年製造。381系特急電車の先頭車。
中央西線の電化にあたり後述のキハ181に代わり特急「しなの」に投入された車両。
カーブの厳しい路線のため振り子式となっているが、曲線前後での揺れがあまりにも酷く、三半規管の敏感な乗客や車掌が乗り物酔いを起こしたこともあり、各席にエチケット袋が常備され、車掌が酔い止めを携帯していたというエピソードが残る。
後述のクロ381や中間車と編成を組んで保管されていたが中間車は保存から漏れ、解体された。

  • キハ181-1
1968年製造。キハ181系の先頭車。
客室の三分の一程を占める巨大な機関室(中身は冷房などのサービス電源を供給する発電機)が特徴。
非電化時の中央西線で特急「しなの」として運用されていた。
同車は中央西線から撤退後、四国地区に転属。JR四国に継承されその後中間車のキハ180-1と共に東海地区に帰ってきた。
そしてキハ181は国鉄色に復元の上佐久間レールパーク、キハ180は四国色のまま美濃太田車両区で保管された。
キハ180の方はその後も美濃太田車両区で保管されていたが後に解体された。

新幹線車両

  • 21-86、36-84
ご存知0系
21-86は1971年、36-84は1975年製造。
21-86はJR東海に引き継がれた初期の大窓車の博多方先頭車。
36-84はJR西日本に引き継がれた食堂車。車内では当時の食事が食品サンプルで再現されている。

  • 123-1、168-9001
いわゆる100系
123-1は1986年、168-9001は1985年製造。
123-1はG1編成→X2編成の博多方先頭車のトップナンバー車。
168-9001はX0編成→X1編成の食堂車。通路には歴代東海道本線の車両がエッチングで描かれている。こちらも車内には当時の食事が再現されている。そしてあずきバーの広告がよく目立つ。

  • 322-9001
初代「のぞみ」こと300系
1990年製造。
先行試作車のJ0編成の東京方先頭車で後に量産化改造を受けJ1編成に。
前面窓の形状なんかが他の量産車とは違う。
後述の323-20が解体されたことで現存唯一の300系になった……という訳ではなく大阪府内の新幹線関係の施設で323-45が清掃訓練用に保管されているため唯一ではない(しかし一般公開はしていない)。

  • 922-26
1979年製造。新幹線電気軌道総合試験車ドクターイエロー922形T3編成の東京方先頭車。
JR西日本に継承され、廃車後は博多総合車両所に保管されていた。
ドクターイエローといえば検測機器の搭載で知られるがこれは乗務員の休憩や視察に来た関係者などが乗車するための号車で、座席が付いている。
車内では保線に関する資料やビデオを公開している。
2025年に石川県のトレインパーク白山へ移設することが決定した。これはドクターイエローの923形を展示するスペース確保が目的とされる。

  • 723-9001
700系。1997年製造。
先行試作車C0編成の博多方先頭車で、こちらも322-9001同様量産化改造を受けC1編成となった。
量産車とは連結器カバーが完全に外れず、上側に巻き上げる形になっているという違いがある。
700系の東海道新幹線引退時には、2003年10月1日の品川駅開業に合わせて行われた「AMBITIOUS JAPAN!」キャンペーンのラッピングが再現された。

収蔵車両エリア

前述の通り館内東側に位置する収蔵車両エリアで展示されている車両で、殆ど顔しか見れない車両達。
こちらも南側に展示されている車両から順に紹介する。

  • スニ30 95
1929年製造。オハ31系客車に属する荷物車。
後に事故復旧機材を搭載してスエ30 8に改造されるが復元された。

  • オヤ31 12
1937年製造のスハ32 426を1956年に改造し誕生。スハ32系に属する建築限界測定車。
建築限界測定車とは、駅のプラットホームや電柱などの線路の脇の設備が列車と接触する範囲に無いかを調べるための車両である。
オヤ31は周囲に何本もの矢羽根が付いており、建築限界に抵触するものがあれば矢羽根に当たり、倒れることで障害物の存在を検知する。
この特徴的な外見とゆっくり走る姿から「オイラン車」と呼ばれている。

  • オハ35 206
1941年製造。オハ35系に属する普通客車。
旧型客車としては一番メジャーなタイプ。
大井川鐵道なんかで今も現役。

  • マイネ40 7
1948年製造。元々進駐軍専用列車に使うため軍の指示で製造されたがそれが無しになったので特急・急行列車に転用したもの。
豪華な内装の寝台車で、後に線路工事の作業員の宿泊用のオヤ41 1に改造されたが復元。群馬県の碓氷峠鉄道文化むらにも同型車が保存されている。

  • オロネ10 27
1960年製造。10系客車の二等寝台車。
従来の客車より大幅に車体を軽量化し、その後の国鉄車両近代化のベースとなった。
第一線から引退後はマイネ40から改造されたオヤ41とペアを組む工事作業員宿泊車のオヤ10 2へと改造された。佐久間では外観の塗装と表記のみオロネ10の姿に復元しての保存だったが、リニア館収蔵に際しては新潟県魚沼市でSLホテルとして使用されていたオロネ10 2083から内装部品の供給を受け、登場時の姿へと復元された。

  • キハ48036
1956年製造。キハ10系の両運転台仕様車。
国鉄の気動車で初めて液体式変速機を実用化し総括制御が可能となった車両。
非電化路線の近代化のみならず国鉄気動車の基礎を築いたマイルストーン。黎明期の車両故、軽量化のために車体サイズを小さくしたり、座席を質素なものにしたりと至らない部分も多かったが。
同車は国鉄から茨城交通(現:ひたちなか海浜鉄道)に譲渡され、キハ113として運用された後、1995年に番号を復元して佐久間レールパークに保存された。
同型車は埼玉の鉄道博物館にも保存されており、そちらも国鉄で廃車後に茨城交通で活躍していた。

  • キハ82 73
1965年製造。キハ80系の先頭車。
途中駅での増解結を考慮した貫通式の先頭形状に変更されたもので、その機能性と美しさを両立させたスタイルは同社の373系の設計時に参考にされるなど現在まで多大な影響を与えている。
北は北海道から南は九州まで四国を除く各地に足跡を残し、東海エリアでは特急「ひだ」「南紀」として運用されていた。
ヘッドマークは時々切り替えられる。
美濃太田車両区では編成で保管されていた。

  • モハ63638
1947年製造。4扉20m車体を採用した現代通勤形電車のパイオニア。
戦時設計車両の代表格で、様々な点においてコストカット・工作資材節約をして開発された。
同車は営業運転から引退後に牽引車のクモヤ90005に改造されたが、原型に復元の上展示されている。なお復元に際しては佐久間レールパークに展示されていたクモハ12054の部品が一部使用されている。
現存する唯一の63系。

  • クモハ165-108
1963年製造。165系の先頭車。
直流電化区間を代表する急行形車両で、JR東海では「伊那路」「東海」などで運用されていた。
大型のヘッドマークが特徴で、時々切り替えられたり外されたりする。
美濃太田車両区では編成で保管されていた。

  • サロ165-106
1967年製造。165系の中間グリーン車。
普通車がボックスシートなのに対しこちらはリクライニングシートが配置されている。
中間車だが入換運転用に運転台とヘッドライトが付いている。
現存する唯一の急行形サロ。

  • クハ117-30
1982年製造。117系の先頭車。
私鉄王国である京阪神地区において対抗するために生まれた形式で、1982年からは名鉄と対抗する東海道線名古屋地区にも投入された。
詳細は後述するがかつては屋外展示車で、海に近いことから塗装が劣化していたが屋内展示に切り替えるにあたり再度塗装された。
なお、同型車は京都鉄道博物館にも展示されているが、こちらは連結器の自動解結装置がない。

  • 37-2523
1983年製造。0系の普通席併設のビュッフェ車。
ビュッフェの回転椅子は廃止され立食となっている。
現存する唯一の37形。

  • 16-2034
1986年製造。0系のグリーン車。
27形以外の奇数形式とのペアで運用されていた。

屋外展示

屋外の展示スペースに展示されている。
敷地外からでも柵越しに見られる。

  • ケ90
1918年製造。ケ90形に属する軽便鉄道用蒸気機関車。
初代東濃鉄道ではA形という名称だったが国有化された際に現在の形式名となり、太多線の改軌工事まで用いられた。
後に中部鉄道学園の教材として使われる際にボイラーやシリンダーの一部を切り取り、中の構造が見られるようにされた。
弟分のケ91は浜松市の遊歩道で展示されている。

  • 783-9001、786-9201、775-9001
2005年製造。五代目N700系X0編成の1、14、8号車。
N700系の先行試作車だが、同編成は300系や700系とは違い量産化改造はされず営業運転に入ることなく廃車となった。
本館の保存車両の多くが新製時の姿に復元されるがこれは引退時のA仕様での保存。
休憩スペースとして解放されており、車内での飲食も可能。
8号車はグリーン車だが特別な料金なんかはいらない。

過去の展示車両


  • 323-20
1993年製造。300系J2編成の博多方先頭車。
先行試作車と量産車の違いを比較出来たが、700系に廃車が出るまでの繋ぎだったようで700系に置き換えられ撤去された。

  • クロ381-11
N700の展示でリストラされた車両その1。
1988年にサロ381-6を先頭車化したパノラマグリーン車。
木曽路の雄大な景色を楽しめ、この特徴は383系にも受け継がれた。
今クハ117がいる場所にいた。
実は先頭車への改造に際しては鋼製の運転台ユニットをアルミ合金製の客室部へ特殊ボルトを使って結合していたため展示されていた頃にはかなり劣化が進行しており、接合部に亀裂があった。
この理由から300系、117系とは異なり、ファンの間でもあまり展示終了・解体について賛否は割れなかった

  • モハ117-59、クハ116-209
N700の展示でリストラされた車両その2、その3。
モハ117-59は1982年、クハ116-209は1986年製造。
今N700系がいる場所に展示されており、休憩スペースの役割を担っていた。


追記・修正は高速鉄道の歴史を振り返りながらお願いします。

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最終更新:2024年12月09日 21:39

*1 先頭形状は「カスプ型」と呼ばれる。